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1人目 怒りの刃は振り下ろされる

 復讐してやる。俺はあの時誓ったんだ。あいつら全員に復讐してやる。最低の死をくれてやる。

 準備は整った。最初の標的、等々力大将も呼び出した。

 後戻りはできない。するつもりもない。


   * * *


 俺はうっすらと眼を開けた。


「ん……?」


 どこだここは? 俺は何でこんなところにいる?


 どうやら俺は気を失っていたようだ。気を失う前、確か俺は何かの目的で家から出て、そして……?

 そう、呼び出されたのだ、あいつに。きっとあの話だろうと思って俺は呼び出しに応じた。どんな罵倒でも受けるつもりだった。あれは俺達の所為だったんだから。

 だが、待ち合わせ場所に着く前に気絶させられてしまった。裏路地に引きずり込まれて、口元にハンカチを当てられた。あれに睡眠薬か何かが染み込ませてあったんだろう。そんな推理小説はよくある。


 俺は辺りを見回した。それから自分の状況を理解して、


「え?」


 呆然とした。

 どう言う状況だ、これは?


 俺がいる部屋は薄暗かった。どこか全体的に茶色っぽい。金属が錆びたような色だ。不気味な雰囲気をもたらしている。

 そして俺は今、硬いベッドに寝かされていた。両手両足が拘束されていて、逃げる事は出来ない。

 しかも、俺の腹の上辺りには怪しく輝く巨大な刃がセットされていた。半月のようなそれは、俺のへそを狙って今にも振り下ろされそうだ。俺は直感的な恐怖を感じた。


 その時、ブツッ、と音がしてモニターの電源が入った。刃の先にあるモニターだ。


『ハァイ、お早う等々力大将クン。聞こえてるかな?』


 モニターに奇妙な覆面が映った。紫色で、眼の部分は紅い。口元はにやりと笑っていた。


『返事がないけど続けるよぉ。君、今の自分の状況は理解してるかな?』


 そいつの声は加工されており、生理的嫌悪を催す声だった。だがそれと同時に、それ以上の恐怖を煽った。


『今、君の腹の上には巨大なギロチンがあるね。装置があって、落ちたら確実に君の腹を断ち切るようになってる。真っ二つだ』


 モニターの覆面はくっくっと低く笑った。


『ま、でも安心してよ。そのギロチンの刃は、鎖で滑車に繋がっていて、何も衝撃がなければ落ちてくることはないから。何も衝撃がなければね』


 覆面は、やたらとその部分を強調した。だが、俺は分かっていた。コイツが、その『衝撃』を加えるつもりだ、と。


『ところで、ギロチンの刃の上に細長い水槽のような受け皿があるのが見えてるかい?』


 それは俺も気になっていた。ギロチンの厚さ分の水槽が上に向かって伸びている。これはどんな役目のものなのか。


『さらにその上には、水道の蛇口があるんだ。遠隔操作で、今僕がいるところからでも開けられるようになっている』


 それを聞いて、俺は理解した。あの水槽が、どんな意味を持っているかを。


『蛇口を開ければ当然水が出てくる。そしてその水は、受け皿である水槽に溜まっていく。そうすれば水の分だけ重さが加わって、ギロチンの刃が落ちてくる』


 やはりだ。あの蛇口が開けられた瞬間、逃げられない俺の死は確定する。


『それも、すぐには落ちてこないよ。少しずつ、少しずつ下がるんだ。君の腹の皮を少しずつ切り裂いて、その後君の内臓を切り裂いて、それから背骨を切り裂いて、それから君の身体を真っ二つにするんだ!』


 覆面は興奮した様子で言い放った。


 何だそれは。何なんだ。そんな、少しずつ苦しめながら殺すのか。どうしてだ。お前は誰なんだ。

 いや、分かってる。分かってるんだ、本当は。こいつが誰なのか。どうしてこんな事をしているのか。俺は分かってる。だけど、眼を逸らそうとしているんだ。


『さて……説明も終わったことだし、早速蛇口を開けようか』

「待て、待ってくれ!」


 俺は覆面がこれ見よがしに赤いボタンを押そうとするのを止めた。


『……何だ?』

「お前の……お前の目的を、教えてくれ」

『復讐だよ』


 覆面はそれだけ言って、今度こそ赤いボタンを押した。蛇口が開いて、受け皿に水が注がれる音がする。


「復讐って、あいつのためか!? あれは確かに俺たちが悪かった! ほんとにそう思ってる! でもだからって、こんな方法じゃなくたっていいだろう! 復讐の方法はほかにいくらでもある筈だ!! あいつのために、お前が人殺しになるなんて―――」

『うるさいなぁ』


 俺は覆面を糾弾したが、向こうはうるさそうに首を振って一蹴した。


『僕が誰だか分かってるんだろ? だったら、この復讐の正当性も分かる筈だ』

「だからって人を殺すなんて間違ってる!」


 刃は少しずつ下がってきており、既に俺の腹に触れているが、今はそれどころではない。あいつの凶行を止めなくては。


「お前の標的は俺だけじゃないんだろう! あの時、関わっていた全員だろう! あいつ一人のために、お前が罪を負って、しかも人を殺すなんておかしい!!」

『おかしくない!!』


 覆面がいきなり声を荒げたので、俺は身を固くした。


『あいつは……あいつは俺にとって、自分自身に等しかったんだ。お前だってそれは分かってるだろう? その復讐をして何が悪い。俺は自分を失ったんだぞ。人を殺す事さえも、等価交換だ』


 最後に、あいつがよく使っていた言葉を口にした。


 ギロチンの刃が、俺の皮膚に入り込んできた。


「つっ……」

『痛いだろう? それはあいつが負った痛みで、俺が負った痛みだ。痛みを背負いながら死ね』


 言っている間にも、刃が俺の中に侵入してくる。冷たい金属の感触。身を焼くような痛み。ぐらぐらと視界が揺れる。


「あ……っぐあッ!」


 どんどん刃が下がっていく。俺の身体も切れていく。


「う、おぇっ」


 刃が胃を傷つけたようだ。急に嘔吐感に襲われる。


『たっぷりと苦しんでから死ぬんだな』


 覆面は身を翻して画面から消えた。それから、ブツッと音がしてモニターの電源が切れたようだが、今の俺にはそんな音を聞く余裕はない。


 刃が止まった。何だ? 水は変わらず注がれている。


 ガキン、と音がして、俺の中で何かが壊れた。一気にギロチンが落ちる。どうやら背骨に当たって止まっていたようだ。


 もう皮一枚の筈なのに、俺の意識はいやにはっきりしていた。視界はぐらぐらと揺れている。腹からは真っ赤な血がドクドクと溢れていた。


 ギロチンの刃が支えを失って一気に落ちるとともに、俺の意識も深い闇に落ちていった。

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