1‐(2)とある一つの噂話
事の始まりは、およそ150年ほど前まで遡る。
日本が鎖国を終えようとした1860年代。一人の占術師がそれを書き終えた。
それが、『呪詛』と呼ばれる巻物であった。
数は30本。うち28本はそれぞれが2本1組であり、うち2本はそれぞれが独立していた。それぞれの巻物には壮絶な力が秘められていた。が、結果としてそれは人間が扱えるものではないとされ、政府総督府で堅く封じられた。
しかし、その40年後、一人の考古文学者がそれを発見してしまう。それをきっかけとして、呪詛は世間へと流布してしまった。さらに、『呪詛』の所持者の体にそれが取り込まれてしまうことが判明した。そうなったことにより、所持者は年をとっても老いることはなく、壮絶な力を己の身に秘めることとなってしまったのだ。
所持者たちがどうすればと悩みに悩んだ末に、とある一つの提案が上がる。それは、所持者たちで『戦争』を行うというものだった。ルールはいたって簡単、2本1組となる組み合わせの二人が手を組み、相手組の『呪詛』を奪うというもの。最終的には、生き残った二人組が勝利となるものだった。そして、今なおそのルールに従い、一般人たちの知らないところでそれは続いている。
それから100年近くが立ち、ここ最近の5年間で行われた『戦争』の中で大きいのは2年前のもの。この『戦争』では、最終的に所持者の3分の1が死亡した、と記録が残っている………………。
× × ×
「……ていうものなんだけれど、意見を聞かせてほしいかなーと思ってね」
「……またその話ですか、遠坂先輩」
話をまんべんなく聞かされたのか、少女はうんざりとした顔を見せる。その服装は、無地の道着に紺色の袴、手には弓を携えている。
「そんなこと言わずにさぁ。いろいろ郷土史研究部の友達に頼まれててね、この通りだから意見がほしいわけよ。だから、お願い奏多。この通り!」
「……相変わらず、友人関係の幅が広いですね、先輩」
奏多、と呼ばれた少女はそのことに感心するのみだった。
宮野奏多、それが少女の名前だ。年は18歳。長谷川体育大学付属高校に通っている普通の少女でもある。その隣にいるのは遠坂玲。奏多が先輩と呼んでいる少女だ。
そんな彼女たちがいるのは大学内の弓道場。二人は弓道部に所属しているのだが、付属高校には弓道場がないために奏多はいつもここで練習をしているのだ。
「正直に言いますけど、私は全然興味ないんですよ?そういうのを提示されてもこっちが困るんですが」
「でもねぇ……、そうしないとうちの友達も困るっていうからさ。後でなんか奢ったげるからさ」
「そんなこと言われても……。あ、すいません。全部打ちました」
「……へ?」
そう言われ玲が的のほうを見る。そこにはほぼ真ん中に20本矢が打たれていた。
「……相変わらず、命中率良いわよね。視力何ぼよ」
「0.8、ですよ。まず、今日は失礼します」
そういうや否や、一つに結わえていたミディアムの髪の毛をもとに戻した。その後、すぐさまに道着を脱ぎ制服へと袖を通す。その間、わずか1分。
「それさあ、早着替えってやつ?」
「どうでもいいと思いますけど。じゃあ、ありがとうございました」
持ちかけられた話をすぐに切り捨て、奏多は道場を後にした。
ただ、その話が、結果として彼女の運命を180度変えることも知らずに。
× × ×
高校の建物を出、奏多は藍色の髪の毛を揺らしながら歩いていた。しかし、その半面で玲の話を思い返してもいた。何せ、自分が所持者に当てはまる可能性もある。そのことを考えると、どうもその話が頭をよぎっていた。
「実際、私にも有得ることなんだよね。……でもなぁ、どうも信じがたいというか」
そう独り言をつぶやきながら歩いた時、何かにぶつかった感覚があった。慌てて前を見据える。そこにいたのは、黒いコートに黒いズボン、さらには黒い靴とまさに黒ずくめと形容してもおかしくない青年が立っていた。しかし、その顔は中性的で、むしろ整っているほうだ。
「って、す、すみません。大丈夫ですか……?」
「あぁ、大丈夫ですけど」
「そうですか。……ん?」
奏多が突然怪訝そうな顔をする。頭を下げた際に歩道が見えたのだが、そこに白い巻物が落ちていたからだ。かがみこみ、すぐさまそれを拾う。
「……どうかしましたか?」
「あの、これって……」
その巻物を見た青年は、驚いたような顔をしたが、すぐに落ち着いた表情へと戻した。
「……それ、宜しければ貰ってもいいですよ」
「え……、でも」
「僕が持っていても、どうにもならないので」
「……じゃあ、分かりました」
貰ってもいいといわれ、奏多は巻物をブレザーのポケットへとしまう。その動作が終わらないうちに、青年は奏多の行く方向の真逆へと歩きだしていた。
「…………なんなんだろ、あの人。お礼も言ってないし。……まあ、いいか」
疑問を抱きながらも、奏多はまた歩き出した。それこそ、さっきの青年には例の一言も言っていないため、あとで言うつもりなのだが。
「それにしても、これの中身ってなんなんだろ……」
ふと、彼女の中で、巻物の中身が気になったため、ポケットにしまっていたそれを取り出そうとした。しかし、入れたはずのポケットをまさぐっても、なぜか巻物はなかった。
「……あれ?入れたはずなのに。なんで……」
そういいながら、青に信号が変わった横断歩道を、奏多は歩こうとした。歩いて渡りきる、筈だった。
奏多が目を開けたのは、それから数秒たった後だった。なぜか、全身がずきずきと痛む。そのうえ、道路の上に彼女は横たわっていた。全身が痛くて動かせないため、唯一動かすことのできる目で彼女はあたりを見渡す。周りには人だかり。悲鳴を上げる人もいた。そして道路には、奏多を中心として血だまりが広がっていた。
(まさか……、私、死ぬ……?)
そう思った直後、奏多の意識は深い闇に堕ちた。