1‐(1)opening
何もかもが寝静まった夜の道を、青年はただ歩いていた。黒いコートに黒いズボン、黒い靴とまさに黒ずくめの彼の整った中性的な顔には、一筋の涙がこぼれていた。そして手のひらを見る。掠れた血で汚れた手のひらを握り、彼は額に当てた。そして、あの時交わされた会話を思い出す。
「……それで、あんたはこの後どうするつもりなんだ?」
「何度も言ったはずだ。もしお前が生き残ったら、僕がお前に手を下すと」
目の前にいる、自分と似たような顔をした青年。声も似た彼は、さらに言葉を続ける。
「やっぱそうなるのか。……じゃあさ、約束してくれねぇかな」
「何を約束するんだ。ろくでもないものだったら……」
「もし、俺が死んだらあんたがこの戦争を終わらせてくれないか」
「…っお前……!」
「これはあんたにしか出来ないことだ。それに、俺はこいつを守らないといけない。何があってもだ」
「それは、お前のエゴだとでも云うのか。」
「もうエゴでも何でもいいよ。それにこれは、俺たち二人しか知らない『呪詛』を持っているあんたにしか頼めないものだ。だから約束してくれ。絶対、終わらせるって……」
「……解っている。この先の三叉路は、すべて一方通行だ」
独り言のようにつぶやいた青年は、頬に流れていた涙を拭く。
「それでもいい。その先にお前が望んだ世界があるなら、僕は必ずそこへ辿り着いて見せる」
そして、青年は星の煌めく夜空を見つめた。
「だから、もう少し待っていてくれ、恭丞。……必ず、終わらせる」
その手に、叢書で経文のように書かれたものに目も向けぬまま。