*8*
魔女が嗤う。
今まで浮かべた中で最高に鮮やかに嗤う。
「免許皆伝よ!」
「・・・何が」
「貴方に教えることは何も無いわ」
「特に何か教えてもらった覚えも無いけれど?」
「可愛くないわね~」
少女が魔女の塔に通うようになって二ヶ月が経った頃だった。
「気づいてなかったの?」
「何が?」
ふふふ、と魔女が笑う。
「この塔の中は時間の流れが違うのよ」
少女の顔がぎょっとして魔女を見上げた。
「あら。心配はいらないわ。この塔の中だけ。切り離されているだけだもの。外の時が流れても、外の時が止まっても。ここは別の『モノ』なのよ」
魔女の言葉が果たして真実なのかどうか、少女は今さらながら自覚した。
何時間も、それこそ城の者たちが不審に思わないはずが無いほどの時間をこの塔で過ごした。
少女はただそういう『気』がしていただけと思っていたが、真実時は過ぎていたのだ。
「だから、あなたの手にあるその本が」
最後の一冊なのよ。
魔女の言葉に少女はぎこちなく、本の表紙を閉じた。
「・・・読んだだけよ。まだ何もしていないわ」
「知識は力よ。この頭の中に、すでに力はある」
それをどう使うかは、少女次第なのだ。
ふわふわと漂っていた魔女が少女の目の前に降りてくる。
「さあ約束の時が来たわ」
少女は魔女と約束した。
弟子にする代わりに魔女の願いを叶えると。
「私を滅て」
少女は座っていた椅子から立ち上がる。
魔女は笑顔で佇んでいる。
「・・・て」
少女は目を閉じる。
「どうして、そのままではダメなの・・・?」
「待っているの」
魔女はまるでこちらが少女のように夢みる眼差しで呟いた。
「愛した人が待っているの」
少女が胸を抑えた。
「・・・待っている、の?」
「ええ。ずっと待ってくれているわ」
「・・・そう」
少女の手に光が集う。塔の闇を打ち消すほどの強い発光が迸る。
「私は、残されてしまったのに」
光が弾け、粒子となって降り注ぐ。
魔女の姿はもうどこにも無かった。
『小林沙耶』
「我、我が名に誓う」
誰も呼ぶことの無いその名に。
我が敵に、死を。