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少女は目に沁みるような青い空を見上げた。
「晴れて良かった」
背後で王子がそう呟いている。
現在、少女は王子に抱かれて馬に乗っていた。
ちなみにユーリア王女とリリアーナ王女は昨日約束した通り二人で(もちろん護衛も居たが)城下に出かけたらしい。
そして何故少女が馬上に居るのかと言えば・・・
朝食を食べているところへ王子の襲撃に遭ったからだ。
「シェーラ。散歩に行こうか」
にこやかに現れた王子に、いつもの庭園の散策だと思った少女は無表情で頷いた。
しかし少女を連れた王子は庭園を通り過ぎ、離宮の出口まで来るとそこに繋いであった馬に少女を抱き上げ、あっという間に走り出した。
少女が拒絶する隙も無く、王子は馬を走らせると城下を抜けたところで速度を緩めた。
そして現在。
草原地帯をかぽかぽ馬に揺られながら『散歩』しているというわけだ。
「もう少し行ったところだよ」
何が。
声が出たならば少女はきっと聞いたことだろう。
「シェーラに見せたいと思ったんだよ」
草原にある小高い丘を登って、見下ろした先には湖があった。
少女が無表情で見下ろした先には、鹿の親子が居た。
母鹿と思える足元に二頭の小鹿が戯れている。警戒心の欠片も伺えない。
微笑ましいワンシーンだ。
「先日演習の際に見つけたのだよ。このあたりは天敵となる肉食の獣が居ないから安心して子育て出来るのだろう」
鹿の親子を見る少女の無表情はぴくりとも動かず、その表情からは喜んでいるのか悲しんでいるのか可愛いと思っているのか全くわからない。
その表情が見えないからか、王子は気にせず楽しそうだ。
「もう少し近づいてみようか」
馬首を返して丘の横から湖のほとりへと下りて行く。
ここまで近づくと野生動物なら警戒して逃げていくものだが、母鹿は僅かに視線を向けただけで逃げる様子は無い。それどころか小鹿たちの一頭が王子たちに近づいてくる。
おぼつかない足取りで馬へと近づいた小鹿は不思議そうに見上げて、母鹿に戯れるように馬の足に擦り寄った。馬は僅かに鬱陶しそうにしながらも好きなようにさせている。
「無防備なものだ。・・・もう少し警戒心を持ったほうが良いな」
王子はそう言うと母鹿のほうを向いた。
母鹿は子供の様子を伺っていたが小さく鳴くと、馬にじゃれついていた子供が一目散に駆け寄ってく。
帰ってきなさい、とでも叱られたのだろうか。
「母鹿のほうはそれなりに聡い、か。・・・ん?」
少女が見上げていたのに気づいたのだろう。王子が苦笑する。
「少し殺気を飛ばしてみたのだよ」
返された言葉に少女は鹿へと視線を戻した。
(俺は野生の動物を見たことが無い。・・・動物は人と違って勘が良い)
少女はきょろきょろと首をまわした。
「どうした?」
「・・・・」
少女は俯き首を振った。
もう鹿たちにも目をやらない。
どこか意気消沈した空気を感じ取ったのか王子は困ったような顔をしながらも帰路についた。
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帰城した城には鬼が居た。
鬼の名はユーリアと言う。
「お兄様っ!!」
離宮の入口に仁王立ちで二人を待ち受けていた。
どうやらユーリア王女を出汁にして二人で出かけていたことがバレたらしい。
「ただいま、ユーリア」
だが怒っているユーリア王女を気にすることなく王子は悠然と馬を下りると、続けて少女を抱き下ろす。
「私怒ってますのよ!」
「そのようだ」
怒り心頭に達しているらしい王女は腰に手を当て王子に詰め寄る。
「すまなかったね。リリアーナ王女の毒気は少々シェーラには強すぎるだろうと思ったのだよ。その点、ユーリアならば上手くあしらってくれるだろう?」
「ま、まあ確かに。私ならともかくシェーラでは好き放題に言われてしまうでしょうけれど」
「そうだろう」
わが意を得たりと王子は頷く。
「シェーラもユーリアに感謝しているよ」
「シェーラが?・・・本当に?」
何故か未だ王子に抱かれたままだった少女はユーリアの問いかけるような視線に、無言で頷いた。
「・・それなら仕方ありませんわね!」
上手く丸めこまれた王女は、上機嫌になって少女と王子と共に離宮に入って行く。
王子と少女はそっと視線を見交わした。