*3*
少女の手の平に小さな炎が点っていた。
それは初めて少女が手にした魔法の欠片だった。
ここ数日、王宮は慌しい気配に包まれていた。
喧騒とは遠いところにあるはずの離宮にまでその騒々しさが伝わってくるのだから相当だ。
だがおかげで王子も王女も姿を見せない。
気軽にどこにでも出歩いているように見えるが、この国の軍事の中枢にある二人の仕事は多く責任も重い。
少女は手のひらの火を消すと、部屋に置かれているチェストの引き出しを開けた。
茶色のマントは先日城下への買い物にお忍びで連れ出された時に着せられたものだ。
目立たないようにと地味なものを女官は選んだのだろうが、どれほど地味にしようと三人揃っていると目立つなというほうが無理な話だった。王子や王女は鬘まで被っていたが効果は無いように見えた。
女官も苦笑して見送っていた。
そのマントを取り出した少女は、周囲をもう一度伺って庭へと続く扉を潜った。
目指すのは図書館から見えた聳え立つ塔。
見つかれば引き止められる。
そこには近づかないようにと皆が口を揃えて少女に注意した。
魔女が居るから。この世界を破滅に導く魔女が封印されているのだと。
おかしな話である。それならば魔王だって封印できたのではないのだろうか。
それとも魔王より魔女のほうが強いとでも言うのだろうか。
塔の下にたどり着いた少女はぐるぐるとそこを回る。
石レンガに継ぎ目が無く、どこにも入口が無いのだ。
困ったように上空を見上げ、そっと石レンガに手をついた。
すると・・・
「っ!!!」
すっと引き寄せられる感覚がして、少女は踏鞴を踏むように塔の中へと転がった。
くすくすくす。
頭上から響いた笑い声に膝をついていた少女は勢いよく身を起こし、声のしたほうを見上げた。
「久しぶりのお客様・・・いえいえ、初めてのお客様ね」
豊かな銀色の髪が視界全体を覆い尽くす。
女は宙に浮いていた。
「ようこそ小さなお姫様」
妙齢の美女にしか見えない魔女は楽しそうに笑い声をたて、少女の周囲をくるくるまわる。
引き止めようと少女は手を伸ばすが、届いたと思った瞬間に銀の髪は空気に溶けるように消えてしまう。
「予言の魔女である私にどんな御用かしら?」
果たして声を無くした少女がどのように魔女に訴えるのか。
「弟子にして」
声を失ったはずの少女は、小さくけれどはっきりと口にした。
少女は声を失ってはいなかったのだ。