転章
その日、魔界は朝から妙に騒々しかった。
「勇者一行が・・・」
「ああ、またか。人間も懲りないな」
すれ違う魔族がそんな会話を交わしていた。
どうやら世のセオリー通り魔王が居れば勇者も居て、当然ながら魔王討伐にやって来るらしい。
・・・しかし討伐する必要なんてあるのだろうか?
そりゃあ人間苦しめてるとか、魔王が居るから魔物が跋扈しているとか言うならわかるけど・・・
「特に何もしてないよね?」
「何だ?」
問いかけると魔王が首をかしげた。魔王は「まおう」さんという名前ではなく役職でした。
初めこそびびったが、魔王は特に何をするでもなく異世界迷子である自分をここに置いてくれた。
『出て行くなり、元の世界に戻るなり好きにしろ』と。
うん、それが好きにできるならこんなところに居ないと思うよ。
それ以来元に戻る方法を探しながら魔界で過ごしているわけ。
そして魔王は無愛想ではあったが、付き合いは良かった。
勇者がやって来るというのに、こうして付き合ってくれてるし。
「ほら、勇者さん?が来るんでしょ」
「・・・ああ」
それだけかい。
「子どもが気にすることでは無い。むしろお前は人間なのだから丁度良いのでは無いか?」
「わたしのことじゃなくて、だって濡れ衣でしょ?」
身長が低いので、執務机の上に首だけ出して魔王に言う。
「難しい言葉を知っている」
・・・どこまで子ども扱いだ。
「仕方あるまい。人は魔という存在そのものに嫌悪感を抱くように造られた。弱き己の身を守るためにな。謂わば生存本能と言い換えても良い」
「へえ・・・」
そう言われると仕方ない、のかな。
「でもそれならなおさら、魔族に手を出したりしないんじゃない?」
「人も一律ではない。弱いからこそ恐怖を抱く。ならばその対象を消してしまえば良い」
随分と身勝手な言い分だ。
「そういうの・・・嫌い」
魔王が苦笑した。
無愛想だけど、魔王はとっても・・・
「人が生まれし時からの宿命。神の悪戯は悪辣だ」
「神様嫌い」
宥めるように魔王の手が頭を撫でた。
「一種のイベントだと思えば良い。これが済めば当分勇者とやらも現れぬだろう・・・確か前に来たのが300年ほど前であったか」
ちなみに魔王、貴方何歳ですか?
そう、愚かな私は魔王の言葉を信じた。