*19*
ありえない・・・そんな思いで兵士たちは城壁の名残…もはや瓦礫としか言いようの無い場所を見た。
王子が大規模攻撃魔法を使用するということで、兵士たちは一旦退いた。
その様子に王弟軍は警戒しながら追撃はかけてこない。
「殿下。第三軍撤退完了いたしました」
「わかった」
王子は頷くと、腰の剣を抜き前方の城に向けた。
勇者の剣はビリビリと帯電し、周囲に誰も近づけない。
その剣を王子はいっそ無造作にも思える動作で城門へ向けて振った。
その直後凄まじい雷鳴と爆発と、雨上がりの薄暗さを吹き飛ばすような鮮烈な光が辺りを覆った。
誰もが反射的に目と耳を覆う。
魔力の余波が肌を撫ぜ、総毛だつ。
光が収まり、目を開けたその光景に味方の兵士たちさえ言葉を失ったのだ。
「殿下。聊かやり過ぎじゃないですかね?」
「そうか?」
スインドラ将軍が口元を引き攣らせながら王子を伺う。
「あの状態では、追撃の魔法なんて必要無いでしょう」
城門といわず、城の半分が抉れている。
居たはずの敵兵士の姿も無い・・・今ので吹き飛ばされたか、消し去られたか。
「そうだな。フィアース将軍」
「はっ」
「兵を率いて叔父上の身柄を押さえよ。抵抗する者も少ないだろう」
「畏まりました」
今の攻撃を見て更に抵抗する人間は愚か者か自殺志願者だ。
「王弟殿下、巻き込まれて無いといいですなあ・・・」
少しばかり哀れみをこめてスインドラ将軍が呟いた。
どうやら王子が戻ってきたらしい。
離宮は相変わらず静けさに包まれているが、流れてくる空気が騒がしい。
「私も本日でお役御免です、姫様。楽しかったので、残念ですね」
「・・・・」
離宮に来て、茶を飲んで、一人話して、時折アニーの一喝を受けながら。
給料泥棒と言われても無理の無い生活をラスカー将軍は送っていた。
「惜しむらくは姫様の笑顔を賜れなかったことですね。お笑いになると大層お可愛らしいでしょうに。もちろん、今のままでも十分に愛らしいですよ」
浮ついた物言いはそれが本気か社交辞令なのかすぐには判断できない。
「疑っていらっしゃいますね?」
「・・・・」
無言の少女の前にラスカー将軍は膝をついた。
そうすると身長差があるために丁度ラスカー将軍の赤い目と合わせる位置となる。
初対面の時を彷彿とさせる立ち位置だ。
「姫君。貴方さえ私の手を取って下さるのならば、喜んで私はその身を捧げましょう」
ラスカー将軍は笑みを消し、真剣な表情で少女を見つめた。
王族でも無い、確かな身元も後ろ盾さえない少女に何故そこまで下手に出るのか。
何が狙いなのか。
「その憂いに満ちた瞳。・・・その中に隠された闇は誰に向けられているのですか?」
少女は緩慢な動作で取られていた手を払おうとした。
しかしラスカー将軍は放さなかった。
「教えていただけませんか?」
少女は小さく息をつくと、座っていた椅子から立ち上がり部屋の外の廊下へと続く扉へと向かった。
そして扉の前に立つと、何をするのかと見つめていた将軍を振り返り扉を開けた。
「・・・酷い方だ」
出て行けという少女の無言の言葉を正しく理解した将軍は立ち上がった。
群青色の、黒に近い濃い色の髪を持つ男は貧乏貴族の出で、実力でここまでのし上がってきた。
柔らかな物腰で貴族の令嬢には人気が高いという。
だが。
初対面のときに見せた男の姿こそが真実。
取り込んで上手く使うという手もあっただろう。
しかし確実性を狙うのならば、不確定要素は少なければ少ないほうが良い。
優しさなど。慰めなど。・・・憩いなど。
不要なのだ。
「闇の姫。殿下には気をつけろ」
去って行くラスカー将軍が、入れ替わるように歩いてくる王子に頭を下げて立ち止まる。
王子は何か二言三言告げると小さく頷きラスカー将軍は今度こそ少女の視界から消えた。
そして、王子が少女の姿を見て笑みを浮かべる。
「ただいま、シェーラ」