*18*
今日も今日とて離宮の一室からアニーの怒声が響いていた。
「ラスカー将軍!いい加減にして下さいませっ!!」
当の将軍は少女の目の前でのんびりとお茶を飲んでいる。
離宮の警護を王子に命じられたという将軍は少女の前に現れて以来、特に仕事らしい仕事もせず昼過ぎ頃に現れてはのんびりと過ごして帰っていくを繰り返していた。
最初こそ我慢していたアニーだったがついに堪忍袋の緒が切れたらしい。
「貴方の職務はいったい何なのですか!?」
「それは無論、この離宮の警護。つまり姫君をお守りすることと心得ておりますが?」
「貴方の警護というのは姫様のもとを訪れ茶を飲むことですか!?」
「・・・ふむ。まあそれも警護の一環でしょう」
激昂するアニーと対照的にラスカー将軍は飄々としている。
それがまた怒りを煽る原因なのだが。
「姫君は退屈では無いかい?一日中どこに行くでもなし、この離宮で過ごして・・・まるで籠の鳥」
「・・・・姫様はっ!!」
少女は静かに外へと視線をやった。
戦場から離れたこの離宮ではその喧騒も血の匂いも流れては来ない。
今どのような状況になっているのか・・・この将軍が毎日訪れるせいで確認が出来ない。
「イルシオン殿下がご心配ですか?」
問われ、少女は首を振る。
「姫君は兄上様を信じていらっしゃいますから!」
「魔王を倒した勇者殿下ですからね。国一・・・否、世界一と言っても良い強さでしょうな。確かに心配などされずともすぐに戻って参られるでしょう。では、どうです姫君。庭の散策でもいたしませんか?」
「外は・・っ」
少女は頷いた。
「姫様っ!?」
ラスカー将軍は微笑を浮かべると手を差し出した。
「それでは姫君。御手をどうぞ」
ちらりと差し出された手を見た少女は、その手をとることなく部屋の入口へ向かった。
ラスカー将軍は苦笑を浮かべてその後に続く。
アニーも負けてなるものかと早足で少女を追いかける。
少女が庭に出る時には、王子か王女が必ず付き添っていた。
「姫様。日差しがまだ強うございますから帽子を被って下さいませ」
王子に始まり、王女・アニーと非常に少女に過保護である。
「こういう機会でも無ければ、この見事な中庭を見ることなどそうは出来ませんからね」
「不謹慎ですよ、将軍」
子供を嗜めるようにアニーが眉を顰めた。
戦場には雨が降っていた。
初戦をフィアース将軍率いる4千の兵で打ち破った国軍は、篭城した王弟派を囲んでいた。
篭城戦といえば長期戦となるのは必至。
「・・・面倒だな」
「はあ。そう仰る気持ちもわからんでは無いですがなあ」
「しかし相手は長期戦を覚悟しておりましょう。正面から攻めてもなかなか難しいかと」
スインドラ将軍ばかりかフィアース将軍も如何ともし難いという意見だった。
「叔父上の軍に魔術師はどれほど居た?」
「温存でもしておれば別でしょうが、10分の1もおりませんでしょう」
魔術の素養を持つ者は珍しくは無いが、それが戦闘できる域にまで高められる者は稀だ。
王子はそれを聞き、頷いた。
「スインドラ将軍。私が城門を破壊する。そこへありったけの攻撃魔術を放って欲しい」
「・・・力技ですなあ」
城には大抵魔術によって結界が張られている。ちょっとした攻撃魔術ならば無効に出来るような。
それを王子は破壊すると言っているのだ。
「無理だと思うかい?」
「いや、出来るんでしょう?」
圧倒的な火力を誇る魔術師軍団を率いるスインドラ将軍にさえ王子の魔力の上限がどこにあるのかわからない。
「問題ない。フィアース将軍には私たちのカバーを頼みたい」
「畏まりました」
「叔父上の身柄は必ず確保するように」
「はっ」
何故、今この時に反逆するような行動に出たのか。
行動するのならば王子が魔王討伐に赴いていた時こそ絶好の機会だったというのに。
「では、一時間後に」
雨脚は徐々に弱くなりつつあった。