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宮殿内は静かだった。
特にこの離宮は王族とその世話をする者しか出入りすることが無いので特に。
「姫様」
雲一つ無い青い空を広く開かれた窓から見上げていた少女が振り返った。
華美では無いが上質のドレスを身に纏い、結い上げることが礼儀とされる髪を背中に流している。
しかし誰もが「はしたない」と眉を潜めるよりも、その艶のある黒髪にうっとりと目を細めるだろう。
何より少女は幼くとも後の美しさを確信させる容貌で、惜しむらくは抜け落ちたような表情の無さが全体に影を落としている。
だがそれさえも、彼女の生い立ちを知れば然にあらんと同情と憐憫を寄せるだろう。
「本日は良いお天気でございますね。庭にお出でになりますか?」
こちらはシニョンキャップで髪をきっちりと纏め、女官に支給されるエプロンドレスを身に纏っている。
柔和な笑顔は反応の薄い少女に気にすることなく向けられている。
少女は少し考えたように動きを止め、首を横に振った。
「まあ。それでは本日も図書室に行かれますの?」
こくんと少女が頷く。
「本当に本がお好きなのですねえ。シェーラ様は」
そう言われた少女は一拍置いて頷いた。
「ですがお昼にはお戻り下さいね」
「・・・?」
「本日は殿下がお渡りになるとのことですから」
やはりそれにも表情を変えず少女は頷いた。
表情を翳らせたのは女官のほうだった。
「殿下・・・兄君様はシェーラ様がご心配なのですわ」
己の義妹という立場になった少女のことを、兄王子はとても心配し、心を砕いていた。
言葉を返せない少女に苛立つことなく相手をし、不便は無いかと忙しい中離宮まで足を運ぶ。
「姫様がこちらにいらしてもう一年。早いものでございますわ」
しみじみ呟いて女官は朝食を片付けて行く。
その様子を少女はやはり表情を変えず見つめていた。
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離宮に併設されるように建てられている図書館は5代か6代か前の王が書を好む妃のためにと建てたものだ。そのためごく限られた者しか出入りしないが所蔵数も多く、ここにしか無いような貴重な本も置かれていた。
その図書館の更に奥の部屋で少女は熱心に本に目を通していた。
手にある本のタイトルは『属性魔法 火の章』。
中級レベルの火属性の魔法について詳しく書かれた教本だった。
火属性といえば、主な魔法は攻撃魔法となる。少女が興味を示して読むには少々物騒だった。
「・・・・・・」
活字を真剣に追っていた少女は小さく溜息をつく。
静かな部屋では小さな溜息も大きく響く。
『魔と起源』『初歩的魔導書』・・・などなど少女の傍らには魔法関係の書物が重ねられている。
この国では魔法を使える者というのは珍しくは無い。庶民でも生活に使うちょっとした魔法は使うことが出きる。
それ以上のことを知りたければ王立の魔導学校へ行くことになっている。
魔導の才能があると認められれば庶民も通うことが可能だ。
伊達に近隣随一の大国の看板を掲げていない。
まして魔王を討伐した勇者を王子としているのだから。
少女の握り締められた小さな手が震えている。
本を傷めないようにと小さく切りとられた窓から見える塔を見つめた。
そこは禁忌の塔。決して近寄ってはならないと戒められている。
そこには魔女が封じられているという。
この世界を破滅に導こうとした魔女が。