序章
周囲四方を囲む石壁に継ぎ目は無く、一枚の石で造り上げられている。傷の一つも無い。
堅固にして重厚な広間は痺れそうな緊張感と魔力の余波に包まれていた。
「滅びるがいいっ!!」
叫びと共に振り下ろされた剣から雷光が迸る。
目を覆う光の奔流とそれを吞み込まんとする虚無の闇がぶつかり合った。
う゛るぅるぐ・・う゛う・・・!!
地獄の底から響くような呻き声が聞こえ、剣を握る男に闇が迫る。
「闇、などに・・・闇などに、人は負けぬ・・・っ!!」
振り下ろしていた剣を再び天に掲げ、呪語を紡ぐ。
彼を剣を芯として、ぼんやりとした光があふれ・・・それはやがて目を覆わんばかりの輝きとなった。
輝きは苛烈な光の刃となり闇を切り裂いていく。
やがて静けさと少しばかりの薄暗さを取り戻したその広間に立っていたのは剣を掲げた男。
そして。
零れ落ちそうに目を見開き、太い柱にしがみ付く幼い少女だった。
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わぁぁと地響きせんばかりの歓声が彼等を包む。
街の大通りを馬に乗って行進しているのは、魔王討伐を果たした勇者の一行だった。
「イルシオン殿下万歳!!」
「我らが帝国に栄光あれ!」
先頭を行くのはこの国の皇太子であり、最大の功労者でもある。
長い旅路と戦いの激しさを思わせるくたびれた外套を纏っていても、光の勇者と称えられたその姿は万人が平伏さずにはいられない覇気に満ちていた。
その王子の腕の中には大衆の歓声の声も聞こえないように無表情で前を向く幼い少女が座っている。
王子は観衆の声に穏やかに笑顔を返しながら、出来るだけ馬が揺れないようにと気を遣いながら王城の門を潜った。
「お帰りなさいませっ!殿下!!」
「よくぞお戻り下さいました!!」
「さあさあ陛下がお待ちです!」
馬から下りるや方々から声が掛けられる。
「わかった。…すまぬが誰かこの子供をアニーのところへ連れて行ってくれぬか?」
「・・・子供?」
見れば王子の足元にフードを被った小柄な人物が立っている。
「ああ。魔王の城に囚われていたのだ」
「っ何と!!」
「心に傷を負っているようで言葉がしゃべれぬ」
「何と憐れな・・・畏まりました。殿下、私が責任を持ってアニーのところへお連れいたしましょう」
初老の男は頷き、子供と目線を合わせるようにしゃがんだ。
「子供よ。殿下は大変お忙しい身、代わりに私がお前をアニーという者のところへ案内する。なあに心配はいらぬ。アニーというのは殿下の乳母もしておった者ゆえな」
子供は依然として何の反応も無いが、初老の男はお構いなしだ。
「それでは殿下、この子供は私にお任せ下さい」
「頼んだぞ」
王子は一度子供に気遣わしげな視線を投げかけた後、城内に向かって去っていった。
「さて行くぞ。・・・色々と酷い目にあったのだろう。ゆっくりとここで心を休めるが良い」
やはり何の反応も示さない子供の傷の深さに初老の男は眉を顰め手を差し出した。
「さあ手を。城内は広い。迷ってはいけぬからな」
子供はその手をじっと見つめた。
もしや言葉がわからないのかと思い始めた時にそろりと小さな手を乗せてきた。
男は顔を綻ばせた。