9 美栄(2)
「先生。ちょっとよろしいでしょうか?」
私は、放課後、担任の先生に相談しにきた。
「どうした? 佐々木~、元気ないじゃない?」
先生は、私が訪れるまで、机に向かい事務仕事をしていたようだった。右手にはボールペンが握られ、私の声に振り返って答えるという状況だった。
「実は、相談したいことがありまして・・・。」
「なんだ? 恋の悩みか? いいぞ、先生も高校生の頃は、よく恋に悩んだもんだ。」
先生は、私の思いつめた表情をみて、元気付けようとしてくれたのか、もちろん冗談だと思われるような口調で言ってきた。
「先生。それセクハラになりますよ。それに恋で悩んでるんじゃないし!」
私は、冗談だと思いながらも、今は笑えない状態で、むしろそのセリフにイラついた。
「そうか?! 申し訳ない。それで、一体どうしたんだ?」
先生は、やりすぎたと思ったらしく、本当に申し訳なさそうに、冗談口調から、穏やかな口調になった。
私は、一連の流れと、ここ数日、思い悩んでいたことを話した。昼の誠一とのやり取りについては、とりあえず伏せた。先生は、私の話を真剣な面持ちで聞き、終わると腕を組みながら、考え込んでいた。
「佐々木、申し訳ない。」
「それって、どういう意味ですか?」
「実は、私も赤木さんのことは、心配していたんだ。本来なら、真っ先にお前に相談するべきだったんだが・・・・。」
「私に?」
「そうだ、生徒のことは生徒同士で何とかするもんだ。それが一番いいとも思っている。教師である私が変に出て捏ね繰りまわすのもどうかと思うしな。それで~・・・。」
「それで?」
「私も考えたんだが、このことは、工藤に頼んだんだよ。」
「誠一・・・、にですか?」
「そうだ。」
「でも、何で彼なんですか?」
先生は私の問いに、困った様子だ。話そうか話さないか、そのどちらかで迷っていたように思える。
頭を掻き、何か小声でブツブツ言っている。
「あー!! わかった、お前にも言おう! 工藤にはもう話をしてある。赤木さんはな~、工藤と同い年だ。当初お前を始めとした女子連中が仲良くなるもんだと思っていたんだが、女子どころか男子ともそうはならなかった。だから、安易なこととは考えたが、同い年ということで工藤には私の方から、無理にお願いする格好となったんだよ。」
急に吹っ切れたか、先生は、自分の中にあって、話すことをためらっていたすべての内容をぶちまけた感じに、早い口調で話をした。
先生の話を聞き、私は誠一のことを考えた。
「そういう経緯があったんですか・・・。」
「その後、工藤はどうなんだ?赤木さんとは仲良くなったのか?」
「私の見る限りでは、他の皆より彼女に近い位置にいる存在になりつつあるように見えます。」
私は、私の目線で感じたとおりに先生に正直に答えた。
「そうか~。それはよかった。私の考えも満更でもなかったんだな。」
先生は、腕を組み、うなずきながら、つぶやいていた。どうやら思惑通りといったところで、その表情には、勝ち誇った満足感があった。
「本当にそうでしょうか?」
「どういうことだ?」
「彼一人仲良くなったところで、赤木さんは、それ以上は求めないかもしれない。一人理解者がいることで、気持ちはだいぶ楽になったりして、他の皆には今までどおりと変わらない距離感で終わってしまうかもしれませんよ。」
私は、先生の考えが正しいとは思えなかった。赤木は、考えている以上にもっと複雑な存在だと思っていたからだ。もちろん、根拠はない。あくまでも私の感覚にすぎない。
「そうならないために、工藤には上手くことが運ぶように頼んだのだが・・・・・・。佐々木、お前からみて、工藤にはそこまでは期待しない方がいいか?」
「わかりません。なにせ、赤木さん自体誰も未だに何もわからないようなもんですから。でも、誠一一人では、負担が大きいかもしれませんね。私たちより、1つ上だからといって、まだまだ、世間的には子供ですから。」
「そうか。」
先生は、私の言葉を受け、さっきとは逆に残念な面持ちだった。
しばらく、先生は考えていた。う~ん、う~んと唸る声が聞こえてくる。すると、突然先生は目を見開き、そうだ!と声を上げた。
「どうだろう? 佐々木、工藤がいい流れを掴みつつあるんだろう? 流れを掴んだとき、お前が手を差し伸べてくれないか?」
「私が? 私にはできません!」
「どうしてだ? お前はクラス委員としても、十分立派だ。私も随分助けてもらった。お前のことを信頼しているつもりだ。」
「私は先生が考えているような人間じゃありません。失礼します。」
私は、先生にそう反論し、先生の前から逃げるように立ち去った。
「ちょっと、佐々木~。」
誠一が赤木に近づいていった経緯はわかった。だけど、私には、それだけで納得できない。
――何で? 何でなの? 何で赤木さんに私や誠一、先生までも振り回されているの?
私の周りの環境は、彼女の転校によって少しずつ乱されているように思った。だからといって私は、今どうして意地になったり、落ち込んだりするのだろう?
――もう、嫌だ! 何もかもがわからなくなってきた。これ以上何も考えたくない!
そんな中でも、私は思うことがあった。今度、誠一にはちゃんと謝らなければならないと。