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 次の日の朝、僕はクラスで一番早く登校し、未だ静かな教室の中で、独りで時がたつのを待った。特に何を考えているわけじゃなく、無心に近く、ボーっとしているだけだ。


 早く来た理由は、特にない。ただ今日は、早くに目が覚め、家でそそくさと、家事をする母親の邪魔にならないようにと思いこういった結果になったに過ぎない。


 始業時間の30分前に、教室の後ろ側のドアが開く音がした。ようやく、この退屈な時間から開放されると思い、後ろを振り向いた。しかし、振り向いた途端に、退屈を凌ぐにはあまり適さない人物がそこにはいた。


 そう。赤木紗耶香だ。



 僕は、一瞬びっくりしたが、昨日のこともあったので、挨拶をしてみた。


「お、おはよう。」

 僕のその言葉は、ドギマギした不自然な感じになってしまった。


 正直、彼女相手では、どう対処したらよいか、昨日の会話だけでは見出せずわからない。

しかし、思ったのは、彼女のことだ、どうせそんな朝の挨拶にさえ返事はあまり期待が出来ないということだった。



「おはよう。」

 意外だった。彼女は、僕の方を見ることはなかったが、僕の挨拶に、返事をしたからだった。やはり、昨日の僕の行動はよい方向へと導いたのか?


 彼女が教室にやってきてから、何分間だろう? 昨日の下校時と同じく、僕ら二人には、しばらくの沈黙があった。僕の次に来たのが、彼女で、もちろん先ほどの僕からは、想定の範囲外となるわけで、何を話したらよいのかも考えていない。本来なら、会話することにいちいち自分が話すこと一語一句考えることはないが、彼女に関しては、別。

 共通の趣味の話題があるわけでもなく、むしろ何を考えているかすらわからない。彼女をまだ僕は知らない。だから、僕は、他の連中のように気軽には話しかけづらく、会話の一歩すら、昨日の件があっても踏み出せずにいる。



「工藤君。」

 ビックリした、まさか彼女から離しかけてくるなんて!僕は、危険を察知する動物がごとく、すばやく彼女の声に反応し振り向いた。彼女は、僕に近づくわけでも、席から離れることもしていなかった。席に座ったまま、こちらを向き語りかけてきたのだ。


「何?」

 妙な緊張感があった。同じような体感をしたことがある。宿題を忘れて、先生に怒られる寸前のあの緊張感と似ていた。


「昨日のことだけど・・・。」

 彼女の声は、やはりボリュームが低い。教室の前と後ろでは、聴くにしても、少々難儀する。


 僕は、あえて、席を立ち、彼女の方へ近寄り、微妙な距離感を保ちつつ、会話を続けた。


「昨日のこと? 一緒に帰ったこと? ゴメンね。そんなつもりじゃないんだけど、変に皆から疑われたら、赤木さん困っちゃうよね? 何か言われたら、適当に喋っておくよ。例えば~、ストーキングしてたとか? ・・・・・・いやいや冗談。ゴメン。」

 どうせ、下校のことだ。それしか思い当たる節はない。だってそれ以外、彼女との接点はなかったからだ。冗談を入れたのは、場が和むかなと思って言ったに過ぎないが、僕は言ってすぐ、後悔していた。彼女は、僕の冗談にクスリとも微笑することもなく、全くの無反応だったからだ。



「そのことじゃないの。」

「そのことじゃない?! じゃあ・・・・・・。」

「ビル。」

「ビル?! あー、そのことね。」

「私が、あのビルに入っていったことは誰にも言わないでほしいの。」

「別に、それは構わないけど、何か理由でもあるの?」

「それは~・・・・・・。」

 彼女は、僕の問いに言葉がつまった。どうやら、答えづらいことだろう。いよいよもって、妖しくなってきた。何か悪いことに巻き込まれてなきゃいいのだが。


「いいよ、いいよ。皆に話すなってことは、俺にも知られたくなんでしょ? だから、言わなくていいよ。」

 これは、嘘。気になる。気になってしょうがない。人間、一度知りたいと思ったことは、どうしても知りたいものだ。人間は、昔から好奇心の塊のようなものであって、だからこそ、今日の技術力発展や学問結果を残してきた。人間の好奇心があってこその、人間の進化というわけだから。

僕は、知りたい。


「ごめんなさい。」

 彼女は、自らの頼みごとに関する理由が話せないことを申し訳ないと思ったのだろう。


「いや、謝らないで。別に赤木さんは悪いことしているわけじゃないんだからさ。それとも、何か悪いことしてるの?」

 話さなくても良いといいつつ、その辺はやはり気になる。だから僕は、自分の発する言葉の流れで、聞いてみた。なんだ、けっこう僕も話す方が上手いのかな?


「悪いことなんかしていない! それは、絶対に・・・・・・。」

 彼女の表情は、僕の問いに反発するような怒りが込められているかと思ったのだが、実際は、許しを請う、子どものようなものだった。


「それなら、いいんだ。」


「ありがとう。」


 そこで、彼女との会話は終わった。3分も話していなかったが、僕は、彼女との会話が長いものだと錯覚していた。


「おはよー!!」

 僕が、赤木との会話を終え席に着いた後すぐに、美栄がいつものように、神々しい明るい大きな声とともにやってきた。


「お、誠一、今日早いじゃん。珍しいこともあるんだね~。こりゃ今日は、雪が降るかな? もしかして槍とか?」


「いい加減にしろ、美栄。これも、親孝行の表れだ!」


「何それ? 変なの。・・・・・・赤木さん、おはよー。」


「おはよう。」

 なんだ、挨拶は、誰にでも出来んだな。僕は、心の中でそうつぶやいた。

 どことなく、赤木の人間らしい部分を今日発見できたかもしれない。これであれば、朝早く来るのも悪くない。

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