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「はい。今日も終わりです、皆さん気をつけて帰るように。」
先生の、ホームルームを締める言葉とともに、赤木紗耶香は、誰よりも早く、教室から出て行った。
僕は、そんな彼女の迅速な行動にあわてて、後を追うように教室を後にした。
「赤木さん!」
校門の前で、彼女に追いついた僕は、息を若干切らしながら、声をかけてみた。
彼女は、僕の呼び止める声に反応し、立ち止まってから、僕の方に振り向いた。
相変わらず、彼女の表情には、明るさを感じなかった。
「ちょっと、いいかな。」
声をかけてみようとは、思ったものの、いざ声をかけるにしても何にも考えが浮かんではいなかった。一緒に帰らない?などと異性へは声をかけづらい。
彼女は、少しだが、頭を下げて頷いたように見えた。
校門からしばらく歩いたが、僕ら二人には沈黙が続いた。ちょっと、いいかな。なんて声をかけたもんだから、当然、僕から話を切り出さなくてはならない。意を決してみた。
「赤木さん、家は遠いの?」
「いいえ。」
「そっか。」
「なんのようでしたか?」
「いや、特に用があったわけじゃないんだけど、ほら、まだ赤木さんと話してなかったから。」
・・・・・・焦った。本当に何も用事はないが、いきなり核心もつけない。
「そうでしたか。」
彼女の受け答えに棘はない。しかし、僕に対して、壁を作っていたように思える。
「赤木さん、こっちきてまだ日が浅いけど、慣れた?」
「不自由はしてませんよ。」
「そっか。」
言葉のキャッチボールは、彼女とは難しい。この調子ならば、クラスの連中も遠のくはずだ。
そうこうしているうちに、僕らは駅までやってきた。
「赤木さん、じゃあ俺電車に乗るから。」
今日の成果はほとんど得られなかった。しかし、そう思った矢先のことだった。
「いえ、私も電車に乗ります。」
「そうなの?じゃあ・・・。」
それから、言葉も交わさないまま、僕たちは私鉄の下り電車に乗った。
そこで、不思議に思ったのは、僕が座った隣に彼女が座ったことだった。普段、他人とは距離を置いているような彼女だが、それを考えると不思議でならなかった。
彼女は、鞄から、MP3のポータブルプレイヤーを取り出し、イヤホンを耳にかけた。
しばらく、時がながれるのを待ち、僕は彼女の肩を叩いて尋ねた。
彼女は、イヤホンと外し、僕の方に目を向けた。
「何を聴いているの?」
彼女の答えは、実力派で知られる女性R&Bシンガーの曲だった。
「へえ~。赤木さん、そのアーティストが好きなんだ~。」
しかし、彼女からの答えは違った。
「いいえ、特に好きなわけじゃないですよ。」
好きでもないアーティストの曲を聴くってか?!ますますもってわからない。
そして電車は、僕らが乗った駅から4駅目の駅に到着した。彼女はMP3プレイヤーを鞄にいれ、席を立った。
「それじゃあ、わたしはここで。」
そういうと彼女は、ホームへと向い電車を降りていった。
僕は考えるよりも先に、彼女を追ってホームに出た。そんな僕に気付いた彼女は、僕に首をかしげながら聞いてきた。
「工藤君もこの駅ですか?」
ドキッとした。僕が用事あるのは、実は一つ前の駅だった。
「いや。実は、一つ手前の駅。」
僕は苦笑いしながら、答えた。
「そう。では、お気をつけて。」
そう言い放ち歩き出した彼女を僕は慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って。ここから歩いていきます。」
だからどうしたというのだ? 彼女の表情は、そう物語った。
駅から出て、破れかぶれな気持ちで僕は、彼女に対して核心をついた。
「赤木さん、まだクラスになじめてないよね?先生から聞いたんだけど、赤木さん今年で18になるんだって?もしかして、それで他のみんなと距離とっているのかな?」
それを聞いた彼女は、僕をにらみつけた。今まで、そんな目をした彼女をみたことがなかったので、僕は驚愕した。やはり、年齢のことを異性に言われるのは、どの年代においてもタブーなのかと思った。僕は、慌てて弁明した。
「いや、違うんだよ!!そういうことをいいたいんじゃなくて・・・。実は、俺も君と同じ生まれ年なんだ。つまり、皆より一個上。だから、赤木さんがそれで、悩んでいるなら力に慣れるんじゃないかって・・・。」
「そう。ありがとう。でも、そんなことは気にしてない。私が、なじまないのは、私自身の性格に問題があるだけだと思う。」
「そうか、それならいいんだけど。」
良くはない。彼女の性格が問題で、クラスになじまないようにしているのなら、クラスにとって彼女はホント爆弾になりかねない。それなら、今僕は、何のためにこんなことをしているんだ?と思ってしまう。だが、僕はそれ以上に、言葉は見つからなかった。
そして、僕らは、駅から10分ほど歩いた表通り沿いにあるとあるビルの前まで来た。マンションではない5階建てのビルだった。
「それじゃあ、私はここで。また明日。」
そう言い残し、彼女はそのビルへと入っていった。
何の?ビルだろう?疑問が出てくる。住居ではなさそうだし、学校帰りに、得体の知れぬビルに入っていく、彼女はいったい何をしているんだ?まあ、なんか悪さをしてなきゃいいんだが・・・。
考えてももちろん納得のいく答えは出ない。
「しょうがない。俺も行くか。」
そう独り言をつぶやき僕はビルを後にした。
歩き始めようと一歩踏み出し、ふと思った。
(また明日。)
彼女が言った言葉が頭によぎる。少なくとも、僕に対して彼女が歩み寄った感じに取れる言葉だった。
「まずい。もうこんな時間だ!」
携帯電話の時刻表示をみて、僕は慌てて走り出した。
「・・・・・また明日。か・・・。そうか~。」
僕は、走りながら顔には笑みがこぼれていた。少しだが僕の心の中に嬉しさが込上げてきた証拠だった。