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 目を覚ました時には、僕はベンチの上に寝そべっていた。目線の先には、白いクロスが張られた天井、そして、40Wの蛍光灯の明かり2本を灯していた照明器具。その光が、目覚めたばかりの僕の目には、頭痛を催すくらいに煌々としていた。

 はて? 僕は、今ここで何をしていたのだろう? そんな疑問を抱く。しかし、何かを考えると頭痛が酷くなっていく。


「気がついた? よかった~。」

 その声の主はいったい誰? 依然として続く頭痛を堪えつつ、首を声のした方向へ回してみた。

――美栄? 何だ?

「すみませ~ん。気がつきました。」

 おそらく、どこかの一室に僕はいるみたいだが、次から次へと、この部屋に入ってくる人の気配が感じられた。一気に周りが慌ただしくなる。

「気がついたかー。よしよし、頭は動かすな。今医者を呼んでくる。」

 声をかけてきたのは、ジムの会長だった。いつもの、厳しい鬼のような形相が、この時ばかりは見られず、今まで見たことのない、優しさが溢れ出た表情だった。しかし、美栄といい、会長まで、なぜここに? ここは、どこなんだろう?

「会長?」

「よしよし、まだ喋るな。」

 会長は、僕の言葉を抑え付けるように慌てていた。


 次に、僕の顔を覗き込んできたのは、白衣を身につけた30代の男だった。さっきの会長の言葉の通りであれば、この人は医者だろう。


「うん。瞳孔もしっかりしているし、今のところは問題ないでしょう。ただ、精密検査をしていただくことになります。まあ、大事をとって。」

 医者の男は、ペンライトで僕の、目を照らし覗き込んだり、聴診器を胸に当てたりした。神妙な面持ちで、僕の診察をしている。

――救急車呼んでください。

 医者は、誰にというわけでもなく、声を高らかに言い放った。その言葉に反応してか、誰かが部屋の外へ駆け出していくのが気配でわかった。


「誠一。大丈夫?」

 美栄は、まだ僕の傍に腰をかけていた。僕の右手が彼女の両手に包まれている。さっきよりは、少し余裕があってか、目に入るものや状況を正確に認識することができる。彼女の目が、少し潤んでいた。


「会長。僕は?」

 僕の声は、自分自身の耳を通してわかるくらい、かなり弱弱しい。

「おまえ、KOされたんだ。」

「KO?」

「ああ。試合で見事に吹っ飛ばされた。」

「試合……。」

「何だ? 覚えてないのか?」


「脳震盪を起こしましたから、前後の記憶が飛んでいる状態ですから、無理もないです。」

 僕らの会話に割り込むように医者が言葉を挟んだ。そして彼が会長の疑問を解決した。しかし、僕にはまだ、この状況が全て飲み込めていない。

「まあ、いい。取り敢えず病院だ。詳しいことは、あとでゆっくり話してやる。」

 会長は、少々困惑気味な様子だったが、少しだけわかったことは、僕は今、皆から心配されていることだった。


 しばらくして、ジムのトレーナーが部屋にやってきた。彼の声は、男にしては、少々高く、独特の声質だったから、耳にするだけで彼だとわかった。

「救急車到着しました。」


「よし。病院へは俺が付き添う。トレーナーたちは、ここら辺を片して、帰っていいから。」

 会長が、周囲の人へそそくさと指示を出し、それに皆も従い、すばやく行動し始めた。

「あの~。私も付き添ってもいいですか?」

 美栄は、会長に、一人だけ場違いだと思ったのか、遠慮しがちな声で頼み込んだ。

「いいよ。お嬢ちゃんは、帰りな。家族も遅くなっては心配するだろう。」

「いいえ。もう家族には連絡しておきましたから、大丈夫です。」

「参ったな・・・・・・。あの、救急車へは何人乗れますか?」

 会長が、救急隊員の人に聞いた。

「2人くらいまででしたら大丈夫ですが。」

「わかりました。じゃあ、お嬢ちゃんもおいで。その方がこいつも安心するだろうから。」

「ありがとうございます。」

 そのやり取りを、僕は、静かに見守った。


 救急隊員の人が持ってきた担架に乗せられ、頭や体をベルトで固定されてから、僕は部屋から運び出された。見上げた廊下の天井には、規則正しく、一定の間隔で蛍光灯が次から次へと視界へと映りこんできた。それらを見るとまた具合が悪くなってきた。


 肌に触れる空気が変わり、外に出たんだと感じた。空は、雲がなく、朱色に染まっていた。疲労感がそこで、一気に押し寄せてきた。

――眠いな。少しだけど眠るかな。今日は、何があったかはわからないが、疲れた。

 目を閉じ、僕は意識を失った。

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