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 最初に、女性三人による公演が始まった。3人は、白のワンピースドレスを纏い、裸足で踊っていたいた。遠めからだったためか、しばらくたってから彼女たちはどうやら中学生と感じた。表情の中から、あどけなさが漂い、背伸びをした感じに大人の女性を演じていると感じたからだった。

 今流行の女性アイドルグループのバラード曲をBGMに踊り、歌詞の内容から創作されたのか、ダンス以外にも演技とも思しき動きが随所に表現されていた。

 曲がサビの部分になれば、3人の動きは綺麗にシンクロし、小さな体でありながら、とても躍動感あふれた動きをしていた。

 僕は、まだ始まって1組目の公演にもかかわらず、初めて肌で感じたダンスにとても驚き、圧倒されてしまっていた。


 3人組の演技は終わり、ステージに当てられていたスポットライトの灯火は一度、明るさを失い、会場が暗闇となった。その中で、観客による賞賛の拍手が3人組に対して贈られていた。僕も、考えるよりも先に、拍手を激しく彼女たちに対し贈っていた。


 そんな拍手の渦が鳴り止まない中、再びスポットライトの灯火は、ステージに向けて灯された。

 次に出てきたのは、僕よりも2、3歳上だろうか? 大学生風の色白で、背の高い男性だった。男性は、全身黒の装いで単独による公演だった。

 先ほどの3人組とは違い、男性というポテンシャルを生かした、激しく、そして力強い動きだった。彼がBGMで使っていた曲は、僕も好きなロックバンドのやはりここでもバラード曲だった。この曲は、僕もよく聴いていたためか、とても思い入れがある。歌詞の内容としては、別れた恋人の新しい恋を自らは身を引き、立ち去っていく内容だった。これだけの内容だととても哀しい感じになるが、最後には、自らも希望をもって新天地へ赴くという、とても前向きな内容で締めくくられる。

 男性ダンサーの表情には、最初哀愁が漂っていたが、その表情は、なぜだか僕には同性にもかかわらず、色気を感じさせた。きっと、彼の、見た目が色白で且つ、細い体つきに手足の長さがそう錯覚させていたのだろう。

 僕は近くにいた女性の観客のほうを向いた。彼女もまたそんな彼の色気に心を奪われていたのだろう、両手を胸の前で組み、その目は男性の方、ただ一点に集中し注がれているような感じだったからだ。

 僕は、そんな男性ダンサーに嫉妬の念を次第に抱き始めていた。ステージ上で、尚且つ、初めて彼を見たに過ぎないが、僕が努力しても決して与えられることのない何かを彼は持っていたと思ったからだ。


 その後、3組の公演があった。どの組の演者も体つきの小さい、幼い少女たちのものだった。

最初の2組とは違うのは、BGMの曲調がアップテンポのものを使用していたことだった。会場中の観客は皆、手拍子で彼女たちのダンスを盛り立て、振り付けの動きに未熟さが滲み出たと思っても、笑顔で声援を贈っていた。


 前半の5組が終了した時点で、中休みの時間が15分ほど設けられた。僕は、5組目の途中から、トイレに駆け込むことを我慢していた。今思えば、あの雰囲気の中、席を立ち、会場を抜け出したとしても差し支えがなかったと思った。

 トイレから、中ホール入り口へ戻る際、僕はあることに気がついた。僕と同等、もしくは、20代と思しき男性客の姿が、僕以外にいないということだった。男性客がいないわけではない。だが、誰もが、30代後半から40代以上と判断する人たちばかりだった。おそらくは、先ほどの、少女たちの家族に違いない。やはり、僕は場違いだったのかもしれない。


 後半の部が始まった。僕は、中休みに受付にプログラムがあったのを知った。ようやく、僕は、この公演が全9組による編成が組まれていたことを知った。しかし、演者の名前は記載されておらず、演目名が箇条書きされているに過ぎない至ってシンプルなものだった。

 1組、また1組の公演が終わっていく中、未だ赤木の出番までは回ってはこなかった。8組目の公演が始まった時にも、赤木の姿はない。どうやら最後の9組目に登場するようだ。


 8組目が終わり、いよいよ最後の9組目の番だった。赤木はここで登場する。僕には、今まで以上の期待感があった。ここまでの演目はどれも素晴らしいと思った。初めて観たジャズダンスの公演だったが、何がどうこうではなく、率直に言葉では表すことができない感動を覚えていた。だからこそ、知り合いの赤木が情熱を注ぎ続けているであろう、このダンスで、どんなものを魅せてくれるものか、期待が大きく膨らむ。


 ピアノのゆっくりとした旋律が、会場のスピーカーから流れてきた。僕は、そのメロディを聴いたことがある。そう、以前赤木が、ポータブルのMP3プレーヤーで聴いていた曲だった。このために、聴いていたのかと僕は悟った。だとしたら、彼女の、この公演に対する意気込みは半端なものではない。

 ステージ上には、2人の男女の姿があった。もちろん、女性の方は赤木。男性の方は、2番目に登場したあの男性だった。赤木は、真紅のドレスで、スカートの丈が、左右非対称だった。右から左下に向け、切り落とされたような感じだ。僕は、頬を赤らめた。彼女の、女性としての魅力を感じさせる白い脚線美を見たためだ。まだまだ、僕も女性に対する抵抗力が弱いかもしれない。

 2人は、寄り添ったところから、演技が始まった。ゆっくりとした曲調のためか、2人の動きは、とても緩やかだった。しかし、ダンスのダの字も知らない僕から見ても、彼女たちの実力は、少なくともこの公演に登場した、誰よりも1段も、2段も上を行くものを感じさせた。

 手の指先、足の指先、細かな部分に至るまで、2人のダンスにはキレがあった。男性は、相変わらずも雄雄しく、そして赤木は、女性にしか出せない妖麗な動きを見せ、ダンスという手法をとりながら、2人は、曲の内容に添う演技を行っていた。

 男女の、悲しい恋物語を歌った曲を見事に演じている。赤木の表情には笑みはない。悲しい表情。だが誰もが彼女の表情に魅せられている。僕も例外ではない。

 時には、2人が、激しく抱き合い、かなりきわどく顔を近づけたりしていた。しかし、そんな様子に嫉妬を覚えている暇はなかった。

 サビで、2人はシンクロした動きを見せ、先ほどより、激しい動きをしていた。赤木のソロパートで、彼女がすばやく踊っているはずなのに、僕には、ゆっくりと動くように見えていた。彼女から発せられた汗一粒一粒まで見える感じがする。

 

 4分30秒ほどの長くもない曲のはずなのに、とても長く感じた。またピアノの旋律とともに、終わった二人の演技に、僕は絶句していた。いや、僕だけじゃない。他の観客もまた、言葉にできずに、しばらく静寂が会場を包んでいたのだった。

 やがて、誰かが口火を切ったように、二人を賞賛する拍手の渦が巻き起こった。今までの誰に対してもここまで大きい拍手は与えられなかっただろう。それは、ずっと鳴り止むことを知らぬまま、会場いっぱいに響きわたっていた。拍手をする観客の中には、涙を浮かべる者もいた、完全に情が入り込んだに違いない。しかし、その気持ちもわからなくもない。僕の、眼にも何か熱いものを感じたのだったから。


 終了の挨拶を告げる、アナウンスで、拍手はやがて、だんだんと小さくなっていった。会場を後にしようとしている観客は、皆、満足そうな顔をしている。誰もが、話すことの内容は、そんな最後の演目についてだった。素晴らしい。感動した。綺麗だった。単純な言葉でしか言い表せないのは、僕だけではなかったようだった。


 僕は、最後の方に会場を出ることにしていた。人がいなくなりつつある会場では未だに、あの拍手の余韻が残っている気がした。入り口前の列が短くなった時、僕は、席を立ち、会場を出た。


 出たところで、僕は、廊下の奥から、数人が騒ぐ声を聴いた。僕は、声のする方向へ足を運ばせていた。だんだん、声に近づいていく。

 声の主たちは、どうやら、今日の公演でダンスを踊った演者たちによるものだった。そこらは、控え室らしく、関係者たちなども含め、30人ほどの人だかりが出来上がっていた。喜びを全身で表現する者、互いに抱き合って喜び合う者、皆さまざまな方法で喜びを分かちあっていた。

 僕は、その中から、赤木の姿を見つけた。彼女もまた、喜びを抑えきれずに皆と分かち合っていた。しばらく、その様子を窺っていると、赤木がおもむろに僕の姿を発見し、こちらへ歩み寄ってきた。


「工藤君! 観に来てくれたんだ。ありがとう。」彼女の顔は、今まで見たことのない、笑顔を見せていた。すると、彼女は、僕に抱きついてきた。僕の体は背中に針金を入れたように固まってしまった。彼女の体が触れたのを感じたとき、彼女の体がとても細く華奢で、柔らかさを感じた。こんな体つきにも関わらず、あのダンスを踊る彼女にとても凄みを感じた。

「赤木さん。凄かった! 感動したよ! なんか…… うまくいえないんだけど、とにかく凄かった!」

 彼女の体が、僕の体から離れるのを見計らって、彼女に僕の素直な感想を述べた。僕もまた、興奮が冷めていない。つまらない感想しか言えなかった。

 僕は、慌てながらも、持参した、今や貧相にしか見えない花束を、赤木に差し出した。

「あの。これ…… 本当に凄かった。」

「わあー、綺麗。嬉しい、ありがとう」

 彼女は、まだ笑顔だった。いや、笑顔が途切れないのだろう。しかし、笑顔の中に、僕に抱きついたことに恥じらいを感じたのか、少々頬を赤くしているようにも見えた。目線は僕からずれ、花束を見つめていた。


――沙耶香ー!」

 廊下の奥の方から、彼女を呼ぶ声がした。男の声だった。

「はーい! ごめん、行くね。連絡するから。」

 彼女は、僕に軽く手を振り、声のした方へ向かっていった。


 どうやら、彼女を呼ぶ声の主は、相手役の男性ダンサーだった。僕は、頭がいいわけじゃないが、耳のよさだけは、自慢できるほどよかった。美栄にはよく「地獄耳」といわれていた。

 そんな地獄耳が、その場から立ち去る際に、赤木と男性ダンサーの会話の断片を少しだけ捉えた。

――あの男の子、誰?

――学校の友達です。



 僕は、嬉しかった。友達。ようやく、彼女に友達として、認められた。単純に嬉しかった。だからこそ、恥ずかしくて、その場から早く立ち去りたかった。

 友達。会館をでて駅に向かう途中でも、赤木のその言葉を、僕は、その噛み締めた。顔は、当然気持ち悪いくらいにニヤついていたのだった。

 しかし、1つだけ、気になることがあった。連絡するといっても、携帯電話の番号はおろか、メールアドレスも知らない。もちろん、家の電話番号だって知らない。今までを振り返り、なんとなく、彼女が、なかなか友達のいない性格だとわかりつつあった。

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