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開館を前にして、会場の入り口に約100人程度の人だかりができていた。そして、僕は、その人だかりから少し離れていたところで、近所の商店街の花屋で作ってもらった花束を片手に孤立していた。
家を出てくる際に、母が持っていきなさいと言ったからだ。母曰く、ピアノの発表会では、発表者の友人が尊敬の意味を込め、花束を贈るものだ、といい、僕は渋々こしらえた。母の言うことも満更でたらめではなかったように、何人かは花束を抱えていた。しかし、僕の持ってきた花束よりも、スケールが大きい。僕は自分の花束を見つめ、なんだか恥ずかしさがこみ上げていた。
僕が会場についてから約10分ほど時間が経ったぐらいに、会場の入り口の扉が開かれた。
先ほどまでできていた、人だかりが、徐々に小さくなっていった。僕も、その様子を見守りつつ、空いたところで会場内へと足を運んだ。
今回の発表会に使われるのは、隣の県の中心部にあるところだった。よく、ミュージシャンや劇団公演も行われていて、会場自体も大きく広い。しかし、それらは、この会場の大ホールで行われることがほとんどで、今回の発表会は、それよりも規模が劣る中ホールで行われる。
中ホール入り口前には、大きな胡蝶蘭が飾られていた。関係者か支援者の名前らしき札が添えられていた。ますますもって、僕の花束が幼稚なものに思えてきた。
チケットを係員に渡し、スタンプを押してもらってから、入場した。中ホールとは言えど、最大収容数は500人ぐらいはできる会場だろうと思う。僕の印象は、広いと思った。
ステージには、真紅の幕が下ろされており、すでに、会場の前の席には、先ほどの人だかりにいた人たちが、談笑しながら陣取っていた。
席はすべて自由席で、僕は、中間の列と一番後ろの列のちょうど中間の列の真ん中の席に腰を下ろした。映画を観るときもそうだが、間近で観るよりも、やや後ろで、全体を見渡す方がよいと考えていたからだ。しかし、だからと言って、前列が悪いということにはならない。演劇なんかでは前列に座ることにより演者の細かな表情を間近で見れるというメリットもある。だけども、僕は、敢て後ろに座った。ジャズダンスというものをわかっていなかったからだ。表情よりも、全体像を観てみたいと思ったからだった。
僕が席に座ってから、人は増えていった。満員とまではいかないが、400人に少し足りないくらいだろうと思った。僕の周りにも人が座り始めていたが、予定時刻の5分前には、入ってくる人はまったくいなくなっていた。
――ご来場の皆様。本日は「ジャズダンス〜TAK〜 定例発表会」にお越しいただき、心より御礼申し上げます。
女性の声のアナウンスが会場へ響き渡った。その声は、ハスキーな声でとても色っぽい大人の女性を連想させた。
――「ジャズダンスTAK」代表のミズキタカコです。この発表会のため、練習生は皆、つらい練習を積み重ねてまいりました。しかしながら、まだまだ未熟者ゆえに、いたらぬ部分があるかと思いますが、どうぞ温かい目で見守っていただければ幸いでございます。それでは、まもなく開演でございます。最後まで、どうぞお楽しみくださいませ。
アナウンスが終わると同時に、会場の照明からは明るさは消え、暗闇へと変貌していった。いよいよ、始まる。僕は、ドキドキしていた。もちろん、楽しみだという気持ちがそうさせている。