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13 真の姿

 次の日の日曜日、僕は、あるところへきていた。クラスの連中や、赤木、美栄にすら、このことを話したことはない。

「工藤。昨日ちゃんと休んだか?」

「ええ。気分転換もできたし、来月の試合までがんばりますよ。」

「当たり前だ。今日から気持ち切り替えてビシビシいくからな!」

「押忍。」

 実を言えば、僕には、今夢中になることがある。小さい頃から、野球やサッカー、バスケなんかその時その時に、周りの友達なんかがやっていたスポーツや、父親の影響でボウリングもやったが、僕には、どうもしっくりくるものがなかった。中学を卒業するちょっと前に、友人から、総合格闘技のDVDを借り、観た瞬間に衝撃を覚えた。何も道具を使わず、拳や足、いや体全体で、男同士が真剣勝負する姿に僕は、心が躍った。

 今いるジムに通い始めたのは、それから1週間とかからなかった。むしろ、そのときのことはあまり記憶がない。無意識のうちに、ジムの門を叩いていたような気がする。

 格闘技を始めるまで、喧嘩はおろか、人を殴ることすらしたことがなかった。もちろん、柔道やボクシングなどの一般的に格闘技に通ずるような武道やスポーツもやっていなかった。

 始めた当初、母にはすごく反対された。ルールがあるとはいえ、他のスポーツを比べ、危険度はかなり高い。試合中や練習中の怪我は絶えず、下手したら、一生残る障害や最悪、死に至ることもある。自分の息子が、哀れな姿になることを極端に嫌ったのだろう。そんな時、父は反対せず、むしろ背中を押してくれた。

――どんなスポーツでも真剣勝負となれば、命を懸ける。だから、危険も伴うが、男たるもの真剣勝負をしないまま生きていくことは、大きくはなれない。決めたことを納得するまでやり続けなさい。

 時代劇好きの父らしい言葉だった。でも、そんな父を僕は、親として男として、人間としてとても尊敬している。母も、渋々だったが、父の言葉を受け、格闘技をやることを許してくれた。

 危険なスポーツだし、それに懸ける選手の精神状態は並大抵ではない。だが、決して殺し合いではない。野生的本能を売りに戦う選手もいるが、むしろ常に冷静さが求められる。冷静さを保つため、精神力も半端なものではない。生半可な気持ちでできないのも格闘技だと思う。だからこそ、皆が皆、体のことを一番に考え取り組んでいると思う。

 格闘技に取り組み、いくつか試合にも出てみた。もちろんアマチュアの試合だから、プロに比べて、危険度も低い。ヘッドギアもするので、なかなか、顔にあざを作りにくい。だから、今まで学校の連中などには、悟られなかった要因とも言えるだろう。

 戦績は、8試合にこなし、勝つときもあれば、当然負けることもあった。だけども、勝利の喜びより負けた悔しさが今でも残っている。その気持ちが、僕を練習へ取り組む糧になっているのだと思う。

 去年の暮れの頃に、行われた地方大会のトーナメントで僕は、優勝した。トーナメントといっても、実際は、3試合ほどしか行っていない。しかし、その優勝をきっかけに、来月、プロとしてのデビューにこぎつけた。

 当初は、プロに関して、あまり関心がなく、目標にすることすらしていなかった。プロ転向の話を、会長にされたときには、一瞬ためらった。もちろん、危険がかなり高まってくる。しかし、会長は、お前の年でプロの話が来るなんて、なかなかないことだからやるだけやってみろ、と言われ、プロになる決心をした。父は、プロになると言ったときに、とても喜んでくれた。母はというと、心配した面持ちで戸惑いも感じられたが、一言、気をつけなさいとだけ言ってくれた。

 プロになると言ってからの練習は今までよりも厳しいものがあった。勝つための練習もそうだが、何より怪我をしないために練習するということが重点的になって言ったような気がする。アマチュア時代は、1発、2発殴られたところで、ビクともしないが、プロになれば、1発のパンチをもらっただけで、負けにつながるし、怪我を引き起こす可能性も高い。


「まだまだ! しっかり、見ろ! ガード下げんな!」

 会長のミットめがけ、一心不乱に拳を打ち込んでいく。何発ミットを殴っただろう、疲れが1秒1秒時間が経過するたびに溜まっていく。だが、集中力を途切れさせてはいけない。一瞬でも途切れた場合、容赦なく会長のミットによる制裁が僕の下がったガードをいとも簡単にすり抜けて打ち込まれてくる。


 総合格闘技は、はっきり言って、まだまだメジャーなスポーツと言えないだろう。たまに、テレビで試合の模様が中継されたりするが、一般的な認知度は低いだろう。

――野蛮、危険。

 そんな声がいつも僕の耳に入ってくる。しかし、その考えまで至るのはまだまだ、マシな方で、人によっては、ボクシング、キックボクシングと勘違いされがちだ。実際、八百屋のおじさんは、何度説明してもボクシングだと未だに思っている。

 そんなこともあって、僕は今まで、クラスの連中に話していなかったのだと思う。何が楽しいの? とか、痛くない? とか、きっと根掘り葉掘り聞かれるだろう。それは、たぶん最初だけで、次第に考え方が変わり、あいつは危ない! 怖い! といわれるようになるだろう。もちろん、そんなことを言う連中だと思ってはいないが、時として何かのきっかけで距離をとってくるのも人間の姿だと思う。赤木の時を考えてもまったくのゼロに近い可能性とも言いがたい。クラスの連中はいいやつだ。だからこそ、今のままでいい。上辺だけの関係だといわれようが、今が楽しく過ごせているならあえて話す必要もないのかなと思ってします。

 赤木も僕の感情に似たものを感じていたのだろうか? だからこそ、彼女も敢えて話す必要がないと思ってるのかもしれない。よくよく考えてみれば、そう捉えても不思議ではないような気がした。


「どうした! どうしたー! お前はこんなものかー?」

 会長の熱が最高潮に来ていた。僕はそれに応えるように自分の体力を申し分なく出していた。


――ピー!

 ジムにあるタイマーのアラームがなった。いつも、3分に設定されている。大体の試合が、1ラウンド3分で、それに自分の体内時計を日々の練習で合わせていく。ラウンドとラウンドの合間に1分挟み、これを繰り返し、限られた中での自己の回復能力も高める効果もある。


 僕は、1分というインターバルの間に、色んなことを考えた。その中で、1つ結論を出した。

――赤木を試合に誘おう。

 断られるかもしれない。だけども、彼女なら、こんな僕の姿を少しは理解してくれるに違いない。多分、彼女と僕は、似たような部分がある。せっかく、彼女の公演にも、誘われたし、そのお返しも兼ねるという建前ではあったが。


――ピー!

「よし! 工藤。次いくぞ!」

「はい!」

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