12
「もしもし。」
次の日の土曜日に、僕の携帯電話に着信があった。相手は、美栄からだった。
「美栄。どうした?
「特に用事はないんだけど、何してたかなって。」
美栄から休日電話があることなんて、今までになかったが、よく考えれば、なかったことも意外な感じする。
「特に、何にもしていない。」
「用事とかないの、今日は?」
「ああ、ないね。何しようかとも考えていない。」
「そうなの? 意外。」
「意外って、何だよ?」
「ううん、なんでもないの。じゃあさ、今日ちょっとこれからどこかに遊びに行かない?」
「ああ、いいよ。こんなにいい天気なのに出かけないのももったいないし、ちょうどいいや。」
僕らは、今から1時間後の12時に学校の最寄にある駅前で会う約束をした。天気もよく、僕の部屋の窓からは、心地よい風が入ってきていた。僕は、特にアウトドアな性分でもないが、用事も予定もないが外に出なくてはもったいない気がした。
12時ちょうどに、美栄はやってきた。休日、美栄とあったことがないせいか、彼女の私服姿が、新鮮に思えた。デニム生地のミニスカートにスワロフスキーで装飾されたミュール、上半身は肩口まで大きく開けられた黄色のTシャツ。髪型は、いつもと変わらないが、彼女の顔は、化粧が施されていて、彼女の可愛らしい別の一面を除かせていた。僕は、彼女の姿を、見て、あっけにとられていた。
「お待たせ。どうしたの?」
「ああ、いや……。」
「なんか変なの。」
「ああ。」
「じゃあ、もうお昼だし、ランチしに行こうか。」
「ああ。」
いつもの制服姿からは想像もしえない彼女の姿に僕は、少し恥ずかしさがあった。これならもっと考えて着てくる服を選んでくるべきだったな。
僕らは、駅近くのコーヒーショップに入り、僕はアイスコーヒーとチーズトースト、美栄は、ホットのカフェ・ラテとベジタブルサンドを注文し、僕らは、屋外のテーブル席に腰を下ろした。
「今日は、いい天気ね。」
「ああ。」
「……ちょっと! さっきから誠一、ああしか言ってないじゃない?」
「ああ。」
「もうまったく、どうしたっていうの?」
僕は美栄のその言葉を受け、我に返った。
「すまんすまん。びっくりしたから。」
「何に、びっくりしたのよ?」
「いや…、ほら。美栄の学校以外で会うなんて初めてだったから。」
「それって、どういう意味?」
「何だろう。緊張しちゃって。」
僕の言葉に美栄は、顔を赤らめた。
「ちょ、ちょっと。変なこと言わないでよ。恥ずかしくなってくるでしょ! …変かな?」
「いや! 変じゃない。むしろ…。」
「むしろ?」
「なんていうか、可愛い。」
僕の言葉に、美栄はさっきより一段と顔を赤くした。
「ちょっと、からかわないでよ!」
「いや、冗談じゃなく、純粋にそう思った。美栄にも女の子らしいところあるんだな。」
「何よ~、それじゃあ、いつもは女の子らしくないみたいじゃない。」
「そうかもな。」
「こらー!」
僕らそんなやり取りを終え、噴出したように笑いあった。いつもはこんな話題では笑うことはなかったかもしれない。そして僕は、安心した。この間のことで、彼女とは少し蟠りがあった気がしていたからだ。彼女の笑顔は、そんな思いを吹き飛ばしてくれた。
軽めのランチを終え、僕らはゲームセンターへ行き、無邪気に遊んだ。その中でも、美栄は笑顔が絶えなかった。
ある程度のゲームをやった後、ゲームセンター内にあるボウリング場で僕らは、ボウリングをすることにした。僕は、ボウリングが得意だ。僕の父親は、趣味が行き過ぎてアマチュアスポーツボウラーで、地域のボウリング大会では、上位に入る常連だった。その、父の影響で、僕も幼い頃からボウリングに連れて行ってもらった。その甲斐もあって、ボウリングは好きだし、得意なスポーツでもある。
ボウリングは、集中力の鍛錬にはとてもいいスポーツだ。他にも、意外や意外、女性の美容と健康にも最近一目置かれるスポーツとなっている。理由として、腕を集中的に使うスポーツと捉えられがちなのだが、実際は、腕をあまり使わない。全身運動なのだ。イメージしているよりも、カロリー消費が高く、楽しく効率良く、ということに関して一番適しているスポーツなのかもしれない。
「よし! 誠一、勝負だからね~。」
美栄は、力みが出ている感じがした。力むと、イメージとはかけ離れた結果になり勝ちだが、これはあくまでも遊びだということを忘れてはいけない。
「美栄。あんまり、力むなよー!」
「うるさい、集中させて!」
美栄は、運動神経のいいほうだし、勉強も出来るから、集中力も申し分ないはずだ。僕は、彼女の第一投を後ろから、暖かく眺めることにした。
美栄は、1つ息を吐き、静かにアプローチに入った。彼女のフォームは、流れるようにとてもきれいで、やりなれた僕から見て、とても期待が持てる感じだった。が、四歩目、スライドしているとき、気がついた。彼女は、ミニスカートだった。彼女の、投げる姿に見入っていたために、短い丈のスカートの裾から、彼女の下着が見えてしまった。
ガコーン。
「やった~! いきなりストライク~!」
美栄は、下着がチラ見してしまったことを知らずか、無邪気にストライクを喜んでいた。僕は、彼女の下着が見えたことに、気をとられてしまってて、唖然としていた。当然、彼女が、ハイタッチを要求してきた時の反応が一瞬遅れた。
「誠一? どうしたの?」
美栄は、僕の様子に気づき、僕の顔を覗くように言葉を投げかけてきた。
「あ!? なんだ、その。パンツが見えて・・・。」
僕の、言葉に、彼女は、顔を赤らめた。今にも、顔中の穴という穴から湯気が出てきそうなほどだ。
「もう-! バカー!」
2ゲームやり、結果は、当然僕の勝ちだったが、美栄のスコアは、アベレージとして140と、一般的は、やはりレベルは高いかもしれない。
「140か~、私天才かな~?」
「お前が、天才なら、俺は神の子だな。」
「うるさいな~! いいの女の子だから。」
本当にうれしかったのだろう。彼女は、丁寧にスコアシートを折りたたみ、バッグにしまいこんだ。
夕方近くになってから僕らは、駅近くの公園のベンチに座っていた。会話自体の内容はたいしたことなく、普段どおりのやり取りだと思う。
「誠一。」
先ほどまでの、笑顔から美栄は、少しだけ真剣な面持ちへと変化していた。声のトーンも1つ下げた感じになっていた。
「何だ?」
「この間のことなんだけど。」
「その間のことって?」
「屋上でのこと。」
「ああ。あのことか、別に気にしてないぞ。」
「ううん、ちゃんと謝らなきゃなって思って。」
「そうか…。」
「本当にごめん。」
「いいって、安心したし。」
「安心したって?」
「ああ。この間から、美栄、元気なかったからさ。でも、今日お前が笑っている姿見て、安心したよ。」
「そう。ありがとう。」
会話が終わり、一瞬だが、沈黙があった。一瞬とはいえ、僕は、赤木のことを考えた。こんな沈黙は、赤木としか最近なかったなと。赤木との沈黙は、必要不可欠なことで仕方ないと考えていたが、今は、美栄との間にある沈黙が、苦痛に近いものだと思った。普段は、美栄自身、おしゃべり気質なため、本来はまるべきものが、上手くかみ合わないもどかしい感じの歯がゆさがあった。それが苦痛ともとれるものになっていたのかもしれない。僕は、そんな苦痛に絶えられず、口火をきることにした。
「あのさ。」
「あのさ。」
僕と美栄の言葉がかぶった。
「何?」
「いやいや、美栄こそ何だよ?」
「誠一、いいよ。」
「そうか? いや、そろそろ暗くなってきたし……帰るか?」
「そうね。」
「美栄の方は、なんだったんだ?」
「ううん、いいの。さあ、帰ろ。」
美栄は、ベンチから立ち上がり、僕にそういった。
「ああ。送るよ。」
「いいよ、近いし、まだ日が長くて明るいしさ。」
「そうか……」
僕らは、その公園で別れた。僕は美栄の背中を見送った。
なぜだろう? 彼女の背中には寂しい感じが漂っていた。その背中に向かい僕は、声をかけずにはいられなかった。
「美栄ー!」
僕は、叫んだ。普段はあまり出さないだろう大声で。
美栄は、立ち止まってから振り返った。その表情は、驚きと疑問の面持ちだった。
「今日は、ありがとう! 楽しかったぞー!」
美栄の表情は、僕の言葉を聴き、笑顔へと変わった。
美栄は、軽く手を振り、再び僕に背中を向け、歩き遠のいていった。