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これが恋なら終わってる  作者: たろさん
第一章 出会いは何かしらの始まり
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第3話 契約

俺の視点、彼女と初めて出会います。

 服がない。


 これから不動産屋へ行くというのに、それなりに着られるものがひとつもない。

 自分の()()に対して、あまりに無頓着すぎて辟易するほどだ。


 仕方ねえ、通勤用のくたびれたワイシャツにスラックスでいいや。

 靴は履いていないのがあったはず。年季の入った靴箱を見ると、泥のついた長靴と真新しいスニーカー。その中に、ぐしゃぐしゃに丸めたチラシが入っている。


 なんだこれ。広げてみると、新しくできるらしい店の案内だった。


 ●近日開店(予定)●

『あなたの隣にやすらぎを』をモットーに安心安全なサービスを提供いたします。

 ・各種豊富な品揃えのマンガ読み放題

 ・長時間座っていても疲れない、ゆったりとしたソファー

 ・Wi-Fi完備の完全個室でネット環境抜群、仮眠もOK

 ・シャワー室もあり、長期滞在可

 ・ソフトドリンク飲み放題【セルフ】出前も可

 ・ほぼ24時間営業(年末年始、不定休あり)

 初めての方でも、スタッフが丁寧に対応いたします。お気軽にお越しください。


 ☆インターネットカフェ ネコチャーン☆


 ……化け猫のキャラクター? しかも、5年も前のチラシじゃねえか。


 俺はせっかく広げたチラシを雑に丸めて、ごみ箱へ投げた。


 甲高の足に馴染まないスニーカーを履いて、部屋の外に出ると、青空が広がり、いつになく空気が澄んでいるように感じた。


 月曜の朝だが、一日有給のおかげでなんとも気持ちがよい。

 俺はゆっくりとボロい階段を下り、近所の不動産屋へ向かった。


 朝の9時、通勤や通学の時間帯を過ぎているからか、人や車はまばら。

 歩道で犬の散歩に出くわし、飼い主と目が合い軽く会釈。

 ついでに犬を見ると、ベロがはみ出ている。


 さっき見たチラシの化け猫を思い出した。

 下手くそながら味のある感じではあったが、シッポとヒゲの長さが異常な長さで、それが余計に不気味だった。


 そんなことを考えながらも、小さな町にひとつだけある不動産屋の前に到着した。住宅街を少し外れたとこにある、少々寂れた感のある佇まいだ。


 中に入ると、受付にメガネのおっさん。それと、その前には若い女性が座っている。横に大きなリュックサックとキャリーケースが置いてあった。


「あ、お客さん。そこ座って、ちょっと待ってて」


 メガネのおっさんは角の破れたソファーを指さす。俺は端っこに座り、ほうっと息を吐いた。聞きたくもないが、おっさんと女性のやりとりが聞こえる。


「あんた働いてないんでしょう? ちょっと難しいな~」

「昨日までは働いていたんです。なんとかなりませんか?」


 店の時計に何度も目がいく。

 5分、10分と時間が過ぎていくが、一向に話がまとまらないようだ。

 出直そうかと思っていた矢先、おっさんが声をかけてきた。


「お客さん、どうぞ。おまたせしました」


 言われるまま、俺は女性の隣に座った。

 彼女はふてくされたのか、テーブルに顔を突っ伏したまま動かない。


「この人、大丈夫?」


 小声で尋ねると、おっさんは難しい顔をして首を横に振った。


「で、どんなご用件で」


「ああ、あの今住んでるアパートが取り壊されるんで、すぐ入れるところ探してるんですけど、ありますか」


「……もしかして、裏に集合墓地があるとこの?」


「あ、はい。知ってるんですか」


「知ってるもなにも、そこの大家さんから頼まれてて。住人がうちに来るかもしれないって」


 もうそんな話になっているのか。だったら、話は早いだろう。


「それで、どこか空いてるとこないですか。独身なんで狭くてもいいんで」


「う~ん。空いてるには空いてるんだけど、訳ありなんだよね」


 おっさんのメガネがギラッと光る。事故物件とか、そういうやつか?


「いや、もうかまいません。気にしないんで」


「じゃあ、実際に見てみます? ここから5分ぐらいで着きますんで」


 こりゃ、ラッキーと思いながらも、隣の彼女のことがなぜか気になった。



 歩く速さは普段と変わらないが、ほんとにものの5分で着いてしまった。


『メゾン・ド・福子』


 名前は別として、二階建ての見た目はきれいなアパートだ。

 全部で6部屋、ベランダに布団や洗濯物が干されているのがいくつか見える。


「大家さんが福子ふくこさんて方で、旦那さんと一緒に住んでるんですよ。今から見に行くお部屋は、二階の角。大家さんのとこの真上ですね」


「角部屋は人気ないんですかね」


「そうでもないんですけど、なぜかそこだけ人が入らないんです。だから、大家さんも困ってるんですよ。まま、どうぞ中へ」


 頑丈そうな階段を上がると、通路は広くはないが、これまた頑丈なフェンスが。

 これなら、酔っぱらって帰ってきても落ちる心配はなさそうだな。


「さあ、こちらです」


 おっさんが合鍵でドアを開けると、生温かい空気に混じって、ツンとした臭いが流れ出てきた。これは、やはりヤバいやつなのか?


「窓、開けますね」


 おっさんが、シャッとカーテンを開けて窓を開け放つと、気持ちのよい風がふわりと入ってきた。


「家具や電化製品は備え付けで、部屋は2つ。トイレはお風呂と別になってます」


 台所は小さいが、自炊しないからいい。居間はまあまあの広さだな。


「お部屋もどうぞ。どちらも6畳で、ベッドは未使用ですから」


 ほほう、ベッドも備え付けか。だが、各部屋にひとつずつ?


「ルームシェアもできますよ。あ、ペットはダメですけど」


「じゃ、ここに決めます」


 おっさんは「へえっ?」と驚いて目を見開いた。


「……訳あり物件ですけど本当にいいんですか」


「ええ、そういうの気にしないんで」



 アパートを出て不動産屋へ戻る間、おっさんは何度も首を傾げていた。俺が瞬時に決めたことを納得できないようだった。

 戻ってきた時、まだ彼女がいた。外の段差のあるところで頭を抱えて座っている。


 本契約は後日改めてだが、今日は身分証明の免許証と簡単な書類を書いて出した。


「あ、ちょっとお借りします」


 俺はテーブルにあったメモ用紙に11桁の番号を書き、おっさんに会釈をして店を出た。彼女はまだそこにいる。


「気が向いたら、ここに電話して。部屋、空いてっから」


 声をかけると、彼女は頭を上げ、不思議そうにこちらを見た。

 その顔は可愛らしく、思ったより若く、まるで学生のように見えた。

 

 彼女は俺の手から紙切れを受け取ると、黙って会釈し、荷物を持ってどこかへ行ってしまった。


次回は、彼女の視点です。

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