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狂った針は戻らない  作者: 暦海


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返事

 ――それから、数日経て。



「……その、音咲おとさきくん。その、私、前から音咲くんのこと気になってて……だから、その、お友達からでもいいので……」



 お昼休み、ふと校舎裏の方から届いた声。恐らくは女子生徒の――そして、傍から伝わるほど強い緊張に満ちた声で。

 ……いや、聞き耳立ててたわけじゃないよ? 中庭へと向かう道すがら、偶然耳に入っ……うん、誰に言い訳してるんだろうね。


 まあ、それはともあれ……どうやら、その真摯な言葉の対象は音咲くんのようで。僕の知る限り、彼は少なくとも校内においてはほとんど人と関わっていないはずだけど……それでも、この短い期間でこうして惹き付けてしまう魅力に改めて凄いなと思う。



「…………」


 ……うん、分かってる。盗み聞きなんて無粋だってことくらい、流石に分かってる。だけど……その、お返事だけでも――



「…………へっ?」





「……なあ、どうかしたのか?」

「……へっ?」

「いや、なんかぼおっとしてるから」

「……あ、いや、その……ごめん、ちょっと考えごとを……」

「……ふーん……なんの?」

「……あ、えっと、その……」


 それから、十数分後。

 中庭のベンチにて、隣から怪訝そうに僕へ問い掛ける音咲くん。……うん、しまった。そうなるよね、考えごとをしてるなんて言ったら。

 でも……うん、流石に言いづらい。その理由が、さっきの――



「……ひょっとして、さっきの告白のこと?」

「…………へっ?」

「……違った?」

「あ、いや……その、ごめん」

「……いや、なんで謝んの?」


 すると、僕の謝罪に呆れたように微笑み尋ねる音咲くん。……えっと、ひょっとしてバレてた? でも、決して覗いてたわけではな――


「……別に、見えてたとかじゃないよ。ただ、場所的にもタイミング的にも、聞こえててもおかしくないかなって。いつも由良ゆら中庭ここに来る方向から考えても、たぶんあの辺を通ってるんだろうとは思ってたし」

「……な、なるほど」


 すると、僕の心中を察したようにそう告げてくれる音咲くん。……そっか、良かった……いや、良かったっていうのもおかしいか。



 ……まあ、それはそれとして。


「……ねえ、音咲くん。その、自分でも無粋だと分かってるし、無理に答えなくてもいいんだけど……あの返事は、どういう……」


 そう、少し躊躇いつつ口にする。そもそも、こっそり聞いていただけでも十分に無粋だし、ましてやその返事ことについて詮索しようなんて――



「……ああ、あれ? 別に、言葉の通りだよ」


 すると、僕の不躾な問いに気分を――少なくとも、表面上は気分を害した様子もなく仄かに笑う音咲くん。そして――



「……付き合う、付き合わない以前の問題だよ。そもそも――俺には、人を好きになる資格なんてないんだ」





 ――それから、二週間ほど経て。

 


「……資格、か」



 黄昏の染まる空の下、閑散とした住宅街を進みながらポツリと呟く。何の話かと言うと……まあ、説明不要かと思うけど、あの時の音咲くんの台詞に関してで。



『――俺には、人を好きになる資格なんてないんだ』



 刹那、ズキリと胸が痛む。……どうか、そんなことを言わないでほしい。そんな悲痛な表情かおで、そんな悲しいことを……どうか、言わないでほしい。……それに、あの表情かお、どこかで――



「…………ん?」



 ふと、立ち止まり声を洩らす。そんな僕の視線の先には――



「……音咲、くん……?」


 そう、ポツリと呟く。そんな僕の視界には、一軒の家の前に佇む音咲くん。きっと、応対を待っているのだろう。


 暫し、壁の裏に身を潜め見つめる僕。……いや、何をしてんるだろうと自分でも思うけども……それでも、どうしてか、ここで目を離しちゃいけない気がして――


 その後も、誰一人として姿を見せることはなく家の前を立ち去る音咲くん。悲愁の漂うその姿に、僕の胸にも悲しみが込み上げる。それでも……今、声を掛けるべきでないことは流石に分かる。なので、今日のところは僕も――



「…………へっ?」


 帰ろうとしたその刹那、ピタと視線が止まる。たった今、あの家から人が出てきたから。音咲くんと同じ歳くらいの、端整な顔立ちの男の子だ。


 そして、遠くをじっと見つめている。悲愁を纏い去り行く音咲くんの背中を、どこか苦痛さえ窺える表情かおで。そして……どうしてか、僕はその表情かおを知っている。そして、今の……あの日の、音咲くんの表情かおも――



「…………っ!!」



 刹那、脳裏に稲妻ひかりが走る。そして、そっと目をつむり思う。……根拠なんて、何もない。言ってみれば、ただの直観……それでも、自分でも不思議なほどに揺るぎない確信を覚えていて。


 



 


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