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狂った針は戻らない  作者: 暦海


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大事な話

「――さて、長くなって申し訳ないけど……改めて、みんな楽しい夏休みを過ごしてね。二学期、みんな元気な姿で会えることを楽しみにしています」



 それから、数日経て。

 壇上にて、皆の顔を見ながらそう伝える。すると、至る所から弾けた声が響く。そんな皆の様子に、クスッと微笑ましい思いになる。今日は、一学期の終業式――そして、明日からは皆の待ちに待った夏休みで。


 ……まあ、厳密には皆、というわけでもないのだろうけど。実際、今も少し表情かおを曇らせている子もいるわけだし。




「――じゃあね、先生」

「またな、先生」

「うん、またね三島みしまさん、石川いしかわくん。二人とも、良い夏休みを」


 それから、ほどなくして。

 教室にて、笑顔で手を振る二人の生徒――三島さんと石川くんを、こちらも笑顔で手を振り見送る。いつも二人でいる印象だけど、やっぱり付き合っ……うん、無粋な考えはそう。



「…………さて」


 そう、ポツリと呟く。ついさっきまでの賑やかな空間が、一気に静謐な空間ものへと変わる。楽しそうな皆の話し声が響く時間も、柔らかな自然の音が耳をくすぐる穏やかな時間も、どちらも僕はすごく好きだ。そして、この穏やかな空間にて静かに腰掛ける一人の生徒へと近づきゆっくりと口を開く。



「……ごめんね、お待たせして。それで……大事な話があるんだよね? 蒔野まきのさん」





「いえ、謝る必要などありませんよ。私側の都合で勝手に待っていただけなのですし」


 すると、僕の言葉に優しく微笑み答える蒔野さん。前述の通り、彼女から大事な話があるとのことで、こうして皆が帰った後二人になるのを待ってたわけで。


「……でも、ここで良かったのかい? たぶんないとは思うけど、もしかしたら誰かが戻ってくる可能性もゼロとは言えないかなと……」

「いえ、ご心配には及びません。もしも誰かに聞かれたとて、何ら困ることもありませんし」

「……まあ、君がそう言うなら」


 そんな懸念を口にするも、言葉の通りまるで気にした様子もない蒔野さん。まあ、彼女自身がそう言うなら僕としては――



「――それで、早速本題なのですが……今日を以て、先生とお別れしなくてはなりません」


「………………え?」



 ――刹那、思考が止まる。……え? 今、なんて言ったの? 僕と、お別れする……?



「……正確には、お別れすることになるかも、ですけれど。実は――」


 そう言って、詳細を話す蒔野さん。蒔野さんのお母さま――彼女が幼い頃、お父さまと離婚したお母さまが最近、再婚なさったとのこと。


 当時、お母さまは一人で子どもを育てる自信がなかったとのことで、愛娘を当時の旦那さま――即ち、蒔野さんのお父さまに泣く泣く任せたとのことで。


 だけど、再婚のお相手は経済力も育児経験も豊富な男性――それで、お母さまもこれなら大丈夫と思い、現在の旦那さまとの相談の結果、お父さまから蒔野さんを引き取ろうと考えている、とのこと。そして、そうなれば蒔野さんはご夫婦が現在住んでいる北海道で暮らすことになる、とのことで。



「……それで、お父さまは何と……」

「……ええ、そのことですが……父は、私が決めていいと言ってくれました。どんな決断でも私の意思を尊重すると、そう言ってくれました」

「……うん、だろうね」



 そう尋ねると、柔和に微笑み答える蒔野さん。……うん、そう言うよね。あのお父さまなら、そう言うよね。


「……それで、蒔野さんは……どう、返事したの?」


 ともあれ、恐る恐るそう尋ねてみる。目下、最も大事なことを。すると、少し間があった後――



「……先生は、どうしてほしいですか?」

「……へっ?」




「……どうして、ほしい……?」


 僕の問いに、予想外の問いが届く。……えっと、どうしてほしい、とはいったい――


「……はい、言葉の通りです。母の申し出を受けるかどうかについて、由良ゆら先生は私にどんな選択をしてほしいか、ということです」

「……うん、だよね」


 ……うん、だよね。いや、改めて聞くまでもなかったけども。


 ……どうしてほしい、か。もちろん、僕もお父さまと同じ――蒔野さん自身の意思を、最大限尊重したい。そもそも、彼女の教師である以上そうあるべきなのも当然で。だから――



「…………いや、だ」




「…………へっ?」

「……っ!! あっ、いや、ごめん!」


 思い掛けず零れた自身の言葉に驚き、慌てて謝意を告げる僕。……いま、なにを言った? ……いや、分かってる。分かってるけど……あんなの、教師としてあるまじき――



「…………ふふっ」

「……へっ?」

「ふふっ、そうですか。嫌、ですか。それほどまでに私と離れたくないのですね、由良先生は」

「あっ、えっと、その……」

「全く、仕方のない人ですね。なので――」


 すると、微かな声を洩らした後、悪戯いたずらっぽく微笑み話す蒔野さん。そして、一人慌てふためく僕に向け続けて言葉を紡ぐ。ハッと息を呑むほどに綺麗な、花も恥じらう満開の笑顔で。



「――これからも、そばにいてあげますね。先生?」





 


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