久谷舞香
――あれは、数日前のこと。
『……あの、ひょっとして……由良恭一さん、でしょうか?』
『…………へっ?』
突如、久谷さんが倒れた日の放課後――どうしたものかと、彼女のご自宅近辺をうろうろしていたその頃。
怪しい者ではありません――そんな相当に苦しい僕の主張に被さる形で、控えめに尋ねる端麗な女性。初めまして、ではあるけれど……ある美少女を鮮明に思わせるその容姿から、彼女がどういう人か流石に分からないはずもなく。
ともあれ、少し慌てつつ彼女の問いに肯定の意を示す僕。すると、安堵したように微笑む女性。それから、徐に口を開いて――
『……彩香から、話は聞いています。初めまして、由良恭一さん。私は久谷舞香――これ以上の紹介は不要かもしれませんが、六つ歳上の彩香の姉です』
そう、柔らかな笑顔で告げる。……まあ、そうだろうね。姉妹であろうことは容易に察せられるし、少しあどけなさはありつつも久谷さんより歳下にはまず見えないし。……まあ、どっちも久谷さんなんだけども。
『……まあ、聞いていると言っても、私が聞くので仕方なく話してくれてる感じなんですけどね。ですが、それでも由良先生のことは楽しそうに話してくれて……だから、きっと素敵な人なんだろうって思ってたんです。そして、実際にお会いしたらやっぱり素敵な人で……』
『……いえ、そんな』
すると、少し面映ゆそうに微笑みそう口にする舞香さん。……うん、僕も恥ずかしい……と言うか、申し訳ない。僕は、そんな立派な人間じゃ……いや、どころか軽蔑されても当然の――
『……それで、由良先生。彩香は、その……』
そんな後ろめたい思考が、彼女の言葉でぴたりと止まる。……そうだ、今は自己嫌悪に陥っている場合じゃない。今、僕のすべきことは――
『……あの、舞香さん……その、実は……』
『……そう、ですか……彩香が……』
そう、少し俯き呟く舞香さん。説明したのは、今朝の件に関する詳細――そして、ここ最近の久谷さんの様子がそれまでと違っていたことに関してで。
……ところで、今更ながら良かったのかな? 舞香さんとお呼びして。同じ呼び方だと、少しややこしいかなと思って……でも、うん、大丈夫だよね? 見たところだけど、不快に思っているご様子もなさそう――
『……あの、由良先生。それは、間違いなく私が原因なのだと思います』
『…………へっ?』
そんな不安の最中、徐に顔を上げそう口にする舞香さん。一方、彼女の言葉に呆然と声を洩らす僕。……えっと、舞香さんが原因? それは、いったい――
『……その、私、生まれた時から重い病気を抱えていまして。それで、お母さんが――』
すると、僕の疑問に答えるようにゆっくりと言葉を紡ぐ舞香さん。そんな彼女の話に驚きつつも、同時に腑に落ちる感覚も抱いていて。
……うん、なるほど。もちろん、舞香さんは何も悪くない。だけど、そういう事情なら彼女に対する久谷さんの気持ちもまた自然と言える感情で。……ともあれ、そういう事情なら僕のすべきことは――
『……あの、舞香さん。その、もし宜しければ――』
「……お姉ちゃん、なんで……」
時は戻り、病室にて。
そう、唖然と呟く久谷さん。まあ、そうなるよね。よもや、来ると思わなかっただろうし。お姉さんの思慮深い性格を、きっと誰よりも知ってる久谷さんなら。
実際、舞香さん自身も訪れるつもりはなかった。自分が行っても、妹は喜ばない――どころか、ただ不快にさせてしまうだけとのことで。そんな彼女を、どうにか説得……出来たかどうかは分からないけど、どうにか説得し来ていただいた次第で。
ともあれ、唖然とする久谷さんの方へゆっくり向かっていく舞香さん。そして、ベッドの前まで到着したところで――
「……ごめんね、彩香。ずっと……ずっと辛い思いをさせて、本当にごめんね」
「……なんで、お姉ちゃんが……」
そっと手を掴み、真っ直ぐな瞳で告げる舞香さん。そんな彼女に、困惑の瞳で呟く久谷さん。そして――
「……ずっと、思ってた。私なら大丈夫……大丈夫だから、これ以上彩香を苦しめないで……そう、お母さんに言わなきゃって、ずっと思ってた。でも……言えなかった。そもそも、心配かけちゃってるのは私だから……こんな身体で生まれてきた、私だから……」
「……お姉さん」
「……でも、今度こそちゃんと言う。彩香を見てあげてほしい、彩香の気持ちを分かってあげてほしいって……ほんとに今更だけど、今度こそちゃんと言うから。だから……もう、一人で抱え込まないで、彩香」
「……おねえ、ちゃん……」
そう、ぎゅっと抱き締め告げる舞香さん。そんな彼女の抱擁を受け、ポツリと姉の名を口にする久谷さん。少し震えた、潤んだ声で。
……そろそろ、僕らは行こうか――そんな意図を込めそっと視線を移すと、同じことを思っていたのか、柔和に微笑みこちらを見ていた蒔野さん。そんな彼女に微笑み返し、なるべく音を立てず病室を後にする僕ら。その際、同じく震えた声で告げる舞香さんの言葉に確信を抱いた――もう、二人は大丈夫だと。
「……今まで、ほんとにごめん……そして、本当にありがとう、彩香」




