妖しいスピリッチャー眼鏡 10
キラ再び。
莉子に仕返しする。
莉子のトラウマの正体が。
登場人物
岩見沢莉子 十九歳。身長百五十八センチ。髪はショートカット。体重は三十キロ台。小学校高学年の記憶がなかった。守護霊は巫女。たまにブチギレるが、基本的にコミュ障。
神宮寺ニキータ涼子 十七歳。高三。身長百六十四センチ。髪はワンレンロング。超美人。霊能者。守護霊は天使と観音様。よく泣く割には気が強い。
斉田心美 十八歳。身長百四十五センチ。髪型はショートボブ。基本的に怖いものはない。お姉さんの霊が憑いている。莉子の親友。
行雲寺観幸 十歳。莉子のいとこ。身長百四十二センチ。霊能者。髪型はショートカット。説教くさい。守護霊は尼僧の水蓮さん。
阿久津キラ 十七歳。高二。身長百六十センチ。髪型はボブからのローポニーテール。霊能者。催眠術も使える。でかい悪魔が憑いていたが涼子が祓った。
猪瀬真理凛 十八歳。霊聴ができる。髪は金髪ポニーテール。性格は明るいが実は野心家。チューバー。
松井礼良 十八歳。身長百九十三センチ。くせ毛のセミロング。女性。涼子のストーカー。実は空手二段。
巫女の霊 身長百四十センチ。
1
涼子の「トラウマを治療させて」から逃げ出してきた。
喫茶店の外は十一月。秋本番。
通りにたくさん落ちていた黄色いイチョウの葉をしおりにするために本に挟んだ。
私にしては小洒落た事をした。
映画を見る。よくあるアメリカのアクション映画。
まだ三時。五時前には終わる。
映画はヒロインになった気になれる。
ヘタをするとマッチョな男性ヒーロー目線で見てたりする。
この映画は実は四回目。私は気に入った映画は四回以上は見る。一回目は普通に見てストーリーを理解し、二回目は前の方の席で細部を見る。三回目以降は映画を見ながら似たような事を思い出して考えながら見る。
なので今日も考えながら見ている。
ヒロインが味方の司令官に抗議している。有名モデルがこの作品で女優デビュー。
でもまだ涼子の方が美人か。涼子恐るべし。
涼子のやつ・・・
私の未来が見えないって?それは普通だ。見えてたまるか。
でも 確かにやる気が薄い。トラウマは確かにある。
思い出せない。思い出したくない。
ヒロインの衣装が無駄にセクシーだ。戦場で黒ワンピはない。
黒ワンピといえば山添麻衣・・・
涼子と口論になってしまったところを止めてくれた。
嫌いだったが、助けてもらうと急にいい奴に思えてくる。同じ人物なのに不思議だ。
でも、たまたま偶然の、良いタイミングだったのかも。性格悪いなら少し離れた席で最後まで聞いているだろう。
いや、実はそうやって聞いていて、自分の時間切れで私たちに介入したのかも。なんて嫌な見方しすぎか。
『うがった見方』と言いたいところだけど、それは『穿つ』という漢字を使うところから『物事の本質を鋭く貫いた見方』のことで、『嫌味な見方』の事ではないと最近知った。
でもあいつ、自己中だと思う。だから逆に、私と涼子がケンカしていて面倒だがやめさせて、自分の用事を優先的に済ませたかったのだろう。結果締め出されたわけだし。
いや、逃げてきたのは私の方だけど。
映画はクライマックスへ。連続大爆発の中、機関銃を撃ちながらヒロインが走る。
CGじゃなくて本物の爆発。
火薬の灰色の爆発煙ではなくて、ガソリンか灯油を使った赤い二メートル大の火の玉と、黒いキノコ雲。
爆発が熱そう。女優が可哀想になる。
最後は巨大な爆発で赤い巨大火の玉が上がる。音もすごい。ドバッファァ〜!って。
エンディング。ヒロインと司令官がよくある軽いウイットを言い合って終わり。エンドロール。
でも、このB級映画っぽさがたまらない。
何回見てもいい映画だった。単純に気分が良い。
映画館を出て、秋の風を肩で切って颯爽と歩く。ヒロイン気分。
「岩見沢先輩?」
背後からの声に振り返った。ちょっとだけハスキーボイス。
低い位置のポニーテールの女。ローポニーテールと言う。前髪が長い女。ちょっとカワイイ女。
「キラ?」
無地の地味な黒いスウェットを着ているが、まぎれもなく、阿久津キラだ。
キラ「ちょっと話そうよ。」
コワ。映画館の前で待っていた?ということは二時間も待っていたということ?コワ。
涼子たちに居場所を聞いてきたということはあり得ない。最悪そうでも一緒に来るはず。
「あの、急いで帰りたいんだけど」
「大丈夫よ」
大丈夫じゃない。
でもキラは彼女っぽく?私の腕を両手で抱えて組んでくる。胸が当たるけど放してくれない。
歩き出す、というか引っ張って行かれてる。連行される。身長は少しだけ私より高くて、力は強い。
近くの喫茶店に入った。来たことのない知らない店。
二階席があって一階にしか店員がいない。お客は席の五割は入っている。でもロック系の英語の曲がかかっていて少々の声を出しても目立たない。
一階カウンターでキラは「ブレンド二つ」と注文して私を二階席に促した。
二階のボックス席で対峙する。すぐに二人分のコーヒーが運ばれて来た。店員さんは下に降りて行った。
「先輩を探してたのよ。」
「何で?怖いよ。学校に来ればいいじゃん。いつも居るよ。」
「今日は日曜でしょ?探してたのよ。」
この子の目を見ていると頭が痛くなる。目を逸らした。
「で何?」
コーヒーを飲んだ。いつもの店より酸っぱくて苦い。当てにドーナツとか頼めばよかった。砂糖を入れた。
キラが言う。
「あたし、薬中毒の施設に入ってたじゃない?で、もう常習性がなくなったから、出ていいって事になったのね。」
「ああ、あれって九月の終わりだからもうすぐ二ヶ月だよね?」
でも、二ヶ月で大丈夫なの?あれって一〜二年かかるんじゃなかったっけ?
キラは不機嫌そうにした。私が騙されなかったから?
キラは舌打ちした。
ヤベ。こいつも心が読めるんだった。
「正直言って、あんたさあ「不幸自慢すんな」とか言ったじゃん?あたしそれずっと許せなくてさあ」
ヤバい。ゾッとした。
恨まれている。『ぶっ殺すって言ったよね!グサ!』とか無いよね?
キラは右手で頬杖をついて目を細め「ふん」と鼻で笑った。
最悪の場合、刺される。
まあ、でも、言いたいこと言えば、こうなる事はある。
中学の時、男子に色々言って修羅場になったことがある。
クラスのみんなが止めてくれて殴られたりはしなかったけど、こういうの何度目かな。
キラはため息をついてから静かにゆっくり話し始めた。
「施設って言ってもさ、刑務所じゃないから、出ようとすれば出られるわけよ。でも私は入院治療コースで出ないで頑張ってたんだけど、薬じゃなくって、こっちが我慢できなくて、出てきちゃった。変なこと言わせて動画に撮って流して恥かかしてやろうかと思ったけど、ムカついてしょうがないから、そんな面倒なことやめたの。」
「言いすぎたのはごめん。でもあんたもそれひどくない?」
パン!と音がした。左頬に衝撃。
平和な喫茶店に乾いた音が響いた。
キラは立ってテーブルに左手をついて乗り出している。
キラの開いた右手が私を通り過ぎて止まっていた。
平手打ち。すごい速さだった。
左の頬がジンジン痛い。思わず手で押さえた。
キラはイスにドサッと座り直して静かに言った。
「何にも知らねえのに思いつき言うな。そういうの軽薄って言うんだよ。」
急に何?思いつきって?前の話のこと言ってるの?
急に体が震えてきた。
キラは横を向いて目だけこっちを見て吐き捨てるように言う。
「知ってるだろうけど、私も霊能力あるんだ。あんたの未来ないよ。」
叩かれたショックで涙が出た。正直怖い。
今死ぬから未来ないの?
キラはニヤッとした。
「泣くんだ。弱いね。・・・私だけじゃなくて、あんたにも嫌な痛い思いさせてやろうと思って出て来た。そうでなきゃ不公平でしょう?」
何も言いたくない。でも悔しい。
キラ「あたしね、一時期ナイフ持って渋谷うろついてたんだ。『リベンジのキラ』『バタフライナイフのキラ』って有名だったんだ。でも、病気が分かってから渋谷に行くのはやめたけど。」
キラは胸元からナイフを出し、手慣れた感じでナイフの柄が二つに分かれた部分を片手で開いて、くるくる回して持ち直してから、刃先をピッと私に向けた。刃渡りたぶん二十センチ。細身の長いナイフ。二つに分かれた柄の部分に刃先部分が入っていて、開いてひっくり返すと刃が出てくる構造。これがバタフライナイフ。
リベンジのキラ。仕返しはこいつのポリシーだった。
私も間違ったことを平気で言ってる奴には、怖くても一言だけでも言い返してから逃げる。
後で悔しいのは嫌だから。これも一つの仕返しだけど、私は相手にも非があることを示せればそれでいい。
でも、仕返しだからって相手を追い詰めて傷つけるなんて、それは間違っている。
泣きながら言った。この前、言えなかった私の結論。
「復讐なんてダメだよ。あんたの結論は間違ってる。神は『復讐するは我にあり』って言ってるんだよ。」
「は?神?あんたが?」
「悪への報いは神がする!誰かのせいにするのやめな!悪いことされたって、自分も悪くなることないのよ!」
キラは、テーブルにほおづえつきながら手を伸ばして、私の頬の涙をナイフの刃先でたどった。
「・・・あんたさあ・・・本当にぶっ殺すよ。」
「もう殺せば?」
キラはナイフをたたんで胸元にしまって言った。
「へっ。言ってやろうか?女の生き霊がずっと憑いてるよ。そいつ、死ぬまで追い込む気だよ。仕返し。あんたも恨まれてるんだよ。」
涙も引いた。
「うそだ。涼子はそんなこと言ってないよ。」
「何も憑いてないのにそんなに暗いわけないじゃん。別の強い呪力が関係してるから神宮寺には見えないんだよ。あの子は天使ちゃんだからね。私には見える。私は地獄霊とか悪霊・悪魔を視るのは得意だかんね。」
「嘘だよ。涼子が私の憑依霊の類はみんな成仏させたもん。」
「封印されてる。そっか、あんたの過去も未来も見えないのはこれだね?」
キラがニヤッとした。鳥肌が立つほど冷たい笑い。
トラウマあるのに霊能者の前に立つなんて、傷口から血を流して裸で歩いてるのと同じか。
キラは言った。
「はは〜あんた面白いわ。」
「何よ。」
キラはニヤニヤしている。怖い。
「何なのよ!」
「小学校の先生、覚えてる?」
来た。こいつ・・人の嫌なところに・・・
「その記憶ないのよ。覚えてないの。」
「記憶ない?あんたねえ、よくもそれで人に『不幸自慢するな』なんて言えたわね。」
「・・・」
キラは深く「ふーっ」とため息をついてから椅子の背もたれに、またもたれかかって言った。
「まっ、いいけどね。」
「え?」
キラはまた冷たい目でニヤッとした。怖いっての。
キラ「私さあ、催眠術すごく詳しいんだ。知ってるでしょ?オカルト部の子とか、そっちのオカ研の子とか自由に動かしてたでしょ?あたし・・・退行催眠とかも出来るんだ。」
ゾッとした。
その私の顔を見てキラは嬉しそうにニヤニヤ笑う。
こいつ・・・ひどい奴だ。
トラウマ治療の一環で、意識して痛い過去を思い出して語る方法があるけど、こいつのは違う。
トラウマを思い出させてダメージを与えようとしている。
キラ「私の目を見て。」
う、見てしまった。かっ開いた眼。顔が動かせない。目も閉じられない。
「やめて」
キラ「長ーい髪の、白ーいブラウス、黒ーいスカート」
ゾッとした。
でも同時に美人の女性が廊下を歩いている光景が頭に浮かんだ。
そう。すっごい美人だった。感動するぐらいの美人。
映画なら主演、グループアイドルならすぐセンターになるぐらいの美人。
美人でも冷たい感じがしない。気取っていない。涼子とどっちが上だろう。
いや、でもこの人と会ったことがある。
さっきみたいに頬を張られた。突き倒された。上から睨むあの眼・・・
寒気、手が震える。
キラ「ああ。全部思い出せそうね。」
その声は、虫に殺虫剤をかけた後の感想のように何の感情もなかった。
でも、それは遠くの音のように感じていた。
先生が私を見下ろしている。
悔しいのか、私が憎いのか、分からない。すごく強い怒りなのか、分からない。
キッツイ眼。やめて欲しい。つらい。
いやな後悔と自己嫌悪の感じが押し寄せた。あの時何があったか。
立てなかった。
キラはその私を満足げに見ながら、コーヒーに砂糖を二杯入れてスプーンでかき回し、ごくりと飲んだ。
横に人が立った。
黒っぽい紺色の袖口。金ボタンが二つ付いている。私より白い綺麗な手。涼子だと思う。
え、いつ来た?
ゆっくり見た。やっぱり涼子だ。
涼子は無言で右手を手刀にして、キラの前の空中をシュッと斬った。ああ。霊を斬るやつだな。
キラは怯えて両手で頭と顔を抱えるように防御姿勢をして椅子に倒れ込んだ。
喫茶店なのにバチン!と家鳴りのラップ音がして、暗い雰囲気が両サイドに吹っ飛んでいった。
涼子「反省しないから、マリリンが祓ったヤクザの霊が戻って来てたのね。」
後ろからレイラが来た。涼子の尾行か。
レイラ「キラ?施設逃げ出したの?今探してるんだって。電話きた。」
涼子が私を見た。
「え・・莉子さん?その霊なに?すごく強い・・・生き霊?」
私に聞いたって・・・たぶん先生だけど。何か重たいし、感じが悪い。
それに昔の記憶が押し寄せてくる。小学校の記憶。
涼子が手刀を振り上げた。
黒い服の女性のイメージが逃げるようにシュッと私の胸の奥に消えた。
一瞬、吐き気がした。
涼子は手を下ろして祓うのをやめた。
そして涼子はキラに聞いた。怖いほど真剣に。
涼子「莉子さんに何した?」
キラ「・・・うふふ。みんなは優しかったのに、こいつだけ嫌なこと言うから仕返ししたのよ。」
レイラは呆然と立っている。
涼子は震える声で言った。
「ねえ。莉子さんはこう見えてナイーブだから、こういうことしないで。」
キレるのか?涼子は。
キラ「へえ、ナイーブだと何言ってもいいんだ。」
涼子「そうじゃないよ!」
涼子が声を荒げた。泣いている。
キラは「へっ」と嘲笑を吐き捨てて横を向いた。
レイラは言う。
「キラ」
キラ「何だよ」
レ「涼子ちゃんに何かしたら許さないよ。」
二人は睨み合った。
でも何も心が動かない。涼子の涙にも。
どうでも良いつまらない映画を眺めている感じ。
何だか、自分が自分でない感じ。
キラは息を「ふうっ」と抜いてから言った。
「脅してもダメよ。わたし薬が切れて頭が働くようになってきたから負けないよ。でも、みんなは優しい人たちだから許してあげる。今度こそ、さようなら。」
キラは席を立って出て行った。
2
ピンポンが鳴りました。
焼きそばを炒めていた正人くんが「ミユキ出てくれる?」と言ったので、走って玄関に行きました。
莉子ちゃんたちが帰って来た。
涼子様、じゃなくて涼子ちゃんも来た。やっぱりすごくオーラが大きい。惚れぼれしちゃう。
それにこの前の大きい女の人。松井レイラちゃん?お友達になったの?
莉子ちゃんがよろよろしている。
具合悪そう。リビングに入るなり、何も言わずに床に座り込んで、体育座りになって膝に顔をうずめた。
涼子ちゃんがそれを見て驚いている。心の声が聞こえた。
『何回も見たイメージ通りになった・・・』
涼子ちゃんの顔が青ざめている。
二人はそのまんま写真のように動かなかった。
レイラちゃんが言った。
「二人ともどうしちゃったの?動いて!喋ってよ!」
涼子ちゃんは気づいたように目をパチパチさせてから、大きな声で言った。
「莉子さん!大丈夫?どうしたの?何された?話して!」
莉子ちゃんは少し横を向いて、ちょっとだけ笑った口で力なく言った。
「聞こえてる。」
涼子ちゃんの心の声が聞こえた。
『重症だ。でも、あの時の霊は見えない。ええ?何でこんな風になるの?信じられない・・』
涼子ちゃんが動揺している。私はそれが信じられない。
莉子ちゃんが「うう」と泣き声を漏らした。
あの強くて前向きな莉子ちゃんが、なんて言うと「弱くて消極的」とか絶対怒られるけど・・・信じられない。
涼子ちゃんが座って莉子ちゃんの腕や顔を触った。「冷たい」と言った。
正人くんがリモコンを持ってきて暖房を入れた。
涼子ちゃんがソファーの上の毛布を取って莉子ちゃんをくるんだ。
そのまま涼子ちゃんは莉子ちゃんを毛布の上から抱きしめて聞いた。
「莉子さん?どうしたの?」
「・・・何で人が怖いか・・・ちょっと思い出した。」
莉子ちゃんの目からポロポロ涙が出て、見ていて辛い。涼子ちゃんも私も泣いた。
涼子ちゃんは莉子ちゃんをギュッとして、頭を何度も撫でた。
莉子ちゃんが言う。消えそうな声で。
「ごめん。大丈夫。思い出しただけ。犯罪とかそういうんじゃないから。大したことない。」
「莉子さん。考えちゃだめ。」
「大丈夫。もっと辛い目にあった人たくさんいるから。傷つく私が悪いの」
「そんなことないよ。」
「・・・優しいね。涼子は」
みんな喋らなかった。涼子ちゃんはママみたいに莉子ちゃんを抱きしめて頭を撫でていた。
正人くんが言った。
「ねえ、なんか食べようか。体があったまるよ。焼きそば焼いたよ。」
涼子ちゃんは莉子ちゃんの答えを待っている。
「・・・」
莉子ちゃんが答えなくなってしまった。
「・・・・・」
涼子ちゃんは『待ってもだめだ』と考え込んでいる。その目は真剣なのに涙が頬に流れている。
でも莉子ちゃんがこんな風になるなんて信じられない。どうして?
涼子ちゃんの心の声が聞こえる。
『過去を思い出しただけで?何かされた?霊を移された?でも居ない。霊はいない。憑依?あの時居た霊は?見えない。どこに行った?・・・考えてもダメか』
涼子ちゃんは莉子ちゃんから離れて正座して両手を合わせて祈った。
「主よ、私に力を下さい。守護霊よ、指導霊よ、私をお導き下さい。」
涼子さんの光る霊体が体を抜け出して、莉子ちゃんの頭から入った。
飛んでいる。
果てしなく霧の中を降りてゆく感じ。
下に学校が見えた。屋上から天井を抜けて教室に降りた。
教室で漫画を読む二つ結びの女の子。前髪に日が当たると茶色に見える。少しくせ毛。
莉子さんの小さい頃の姿。胸に名札。五年一組と書いてある。
教室の引き戸を少し開けてショートカットの女の子が手招きをした。
「りっちゃん。ちょっと」
「心美ちゃん?何?どうしたの?」
莉子さんは漫画を置いて小学生の心美さんに近づいた。
今より幼い心美さん。身長はあまり変わっていないけど、とてもかわいい。
クラスの子達が振り向いて注目している。
心美「パパの机の上に置いてあったの。パパってカメラマンだから」
雑誌。
莉子「それは知ってるよ。何?エロ本?」
心美「アハハハ!違うよお!」
クラスの子達が集まって来た。
「世界の美人100人?」
心美さんが雑誌を開く。
「わあ!キレーイ」
「この人カワイイ!」
「この人なんか怖い!」
みんなワアワア盛り上がっている。そんな雑誌あったのね。
チャイムが鳴った。心美さんは「じゃあね〜」と去って隣の教室に入った。
莉子さんたちも席についた。心美さんとはこの頃からの付き合いなのね。
あの黒い服の霊は誰だろう。
景色が飛んだ。
学校の廊下を莉子さんが走っている。
居た。背中までのストレートロング。黒いジャケット。黒くタイトなスカートの女性。前を歩いている。
莉子「鈴木先生!」
振り返った先生。すごい美人。でも、冷たい感じがしない優しい顔の美人。
さっきの雑誌に載っていたランクインした数人の日本人の中のアイドルの人に似ている。
白いブラウスの胸に青い紐の写真入りの教員証をさげている。
優しい笑顔。
「まあ莉子ちゃんどうしたの?」
先生は莉子さんの頭を撫でた。莉子さんも嬉しそう。感情が霊体の私の心に直に入ってくる。
莉子さんは先生を見上げて一生懸命に話し始めた。
「先生、先生に教えてあげたいことがあるの。」
「なんでしょう。」
「あのね、吉田くんは悪くないの。やっぱりいじめられてるのよ。田原くんと松本くんがいじめてるの。」
先生は優しい笑顔のまま一瞬答えが遅れた。
「・・そう。よく教えてくれましたね。莉子ちゃんは優しい子ね。もう、みんなに話しちゃダメだからね。私に任せてください。」
莉子さんは笑顔で嬉しそうに「はい!」と言って走って行った。
景色が流れる。
莉子さんの二つ結びの髪の毛先がカットされて揃っている。新学期かも。
莉子さんが必死な表情で廊下を走っている。
前を歩く先生が振り返った。
莉子さんが言う。
「先生どうして?吉田くんケンカしたことになってるよ!吉田くんはいじめられてたんだよ?なんで転校しちゃうの?」
先生は優しい笑顔で言う。
「莉子ちゃ〜ん。ごめんね〜。ちょっとこっちに来て。」
手招きされて、歩く先生についてゆく。
莉子さんは一瞬、躊躇した。
でも先生がその手を握って引いて行った。
教室から遠い廊下の隅に連れてこられた。
先生を見上げると、真っ赤になってふるふると震えていた。
「先生?」
「莉子ちゃんもう余計な事しないで!」
「!」
莉子さんの息が止まった。びっくりして声も出ない。
先生は怖い真顔でまくし立てる。
「いじめがあったなんて言ったら大問題なのよ!もう学校と吉田くんとかの親たちと話がついてるの!騒いだらあなたが悪くなるのよ?」
莉子さんは目を瞑って横を向いた。見ていられないぐらい怖い。
先生「分かったら分かったって言って!」
莉子さんの声が震える。
「先生、怖いよ。」
「は?あなたちゃんと聞いてた?」
怖い顔。莉子さんは目をつぶって叫ぶ。
「でも、吉田くん悪くないよ!ケンカなんてしてないもん!みんなだって知ってるよ!」
先生がビシャッと平手打ちした。
顔が痛い。私も顔も痛い。ジンジンする。片耳がおかしい。キーンとして聞こえずらい。
先生が怖い顔で莉子さんの両肩をつかんで揺すりながら何か言っている。
その顔は必死。少し涙が出ている。
でも、その言葉は遠くて聞き取れない。その上に動揺がすごくて頭に入ってこない。
「・・・!・・・・!・・・・!・・・!」
先生のすごく怖い顔。莉子さんはびっくりして涙している。
『違う人だ、違う人だ・・』
先生は莉子さんを放してうつむいて自分の涙を拭いた。
「痛いよ先生。」
先生がハッとした。動揺したのが分かった。
先生の顔から血の気が引いて青くなった。
莉子さんの胸からふつふつ怒りが込み上げた。
「暴力教師!校長先生に言ってやる!」
莉子さんが廊下を走る。
先生の声が後ろから遠く聞こえる。今度は聞こえた。
「待って!莉子ちゃん!待って!叩いちゃった。ごめんなさい!」
莉子さんは立ち止まって振り返った。
「えっ?」
先生はその莉子さんに一瞬驚いたが、目の前に来て上から莉子さんを睨むようにすごく強い目で見た。
さっきより凄く強い目・・・
莉子さんは怯えてたじろいで床にお尻をついた。
上から莉子さんを睨む先生。
これだ。
先生は首の教員証を頭から外して床に投げ捨てて歩いて行った。
この後どうなったんだろう。
振り向いて莉子さんを見た。
小さい莉子さんが怒ったような顔で立っていた。
聞いてみた。
「この後どうなったの?」
莉子さんは言う。
「ショックで記憶が飛んだの。」
「耳は?怪我はした?」
「大丈夫。耳もすぐ治ったよ。・・・犯罪とかじゃなくってよかったでしょ?ぜんぜん大した事ないでしょ?でも地味にきついんだこういうの。」
「あなた・・・喫茶店で莉子さんに会った時に来たよね?」
「分かってる。私は記憶。インナーチャイルドって涼子が言ったの正しいよ。私はいつも莉子の中にいる。ごめんね。口が悪いのは私だよ。」
違和感。莉子さんの心の中。思いは読めている気でいた。
「今の莉子が思い出したから、たぶんもうすぐ私は消えちゃうの。一体化するの。」
なんだろう。何かの違和感。
小さい莉子さんは強い目で私を見ている。牽制している?
「あなた・・・何か隠してる?」
「ない!涼子もう帰んな!」
小さい莉子さんの後ろを見る。
今の莉子さんが体育座りで座って顔を膝に埋ずめているのが見えた。
傷ついた莉子さん。涙が出る。
「莉子さん。人が怖いの分かるわ。私を信じなくてもいい。でもあなたにはいつも二人味方がいるわ。あなたの守護霊と神よ。二人は、どんなにあなたが傷ついても、どんな罪を犯しても、どんなに深い地獄に沈もうとも、必ずあなたの横にいてあなたを見守ってくれている。あなたが再び立ち上がろうとする時に力を貸してくれる。だから」
小さい莉子さんが遮るように叫んだ。
「もうやめて!!」
小さい莉子さんの頭に二本の黒いツノが生えている。
あっ!そうだった。莉子さんの心には鬼がいるんだった。
真っ黒い鬼が小さい莉子さんの頭からニュルっと上に出て来た。
大きな鬼・・・レイラより大きい。裸で筋肉でゴツゴツしていて腰には緑っぽい灰色の粗布を巻いている。
でも背中にコウモリのような?翼竜みたいな?翼が生えている。
これは悪魔?
小さい莉子さんがその左足の内側にしがみついて私を涙目で睨んでいる。
私の観音様を呼べば斬ることはできる。でも・・・
鬼の足に当てた小さい莉子さんの手が黒くなっている。同化している・・・?
なんだろう。これってどういう状況?
鬼?が身構えてジリッと右足を前に出して来た。まずい。攻撃してくる。
私の横にスッと子供が現れた。
巫女さん。子供の巫女さん。顔はウサギみたいで可愛い。
最初に莉子さんの家で過去を見ようとした時に来た強い霊。
小さい巫女さんが右手のひらを鬼に向けた。鬼は少し止まってから諦めるように脱力した姿勢になった。
この大きな鬼を止める・・・この子かなり強い霊だ。
「涼子、こいつを斬ると莉子も斬れちゃうよ。そしたら還ってくるどころじゃなくなる。」
「うん。そんな感じがした。」
「共依存、って言うの?そういう状態。鬼と小さい莉子。」
鬼は小さい莉子さんの肩を優しく持っている。
「莉子の守護霊さんと私とでこいつの元の悪い存在からは切ったんだ。だから本人には危害は加えない。でもちっちゃい莉子が依存してるから消すと具合が悪い。多分パニックになる。で、こいつも消えたくないから、ちっちゃい莉子の言うことを聞く。でも本人の霊的パワーを吸っている。そんな状態。」
「あなたって莉子さんのなんなの?」
「莉子の魂に関係ある霊なのよ。」
「でしょうけど。でも、この子が隠している過去に核心がある。なんとかそれを」
「莉子の過去を見て、それで救えるの?」
「本人の反省になるようなことを伝える。」
「私は古い神道系だから仏教系ほどの反省術は心得てないけど、他人が反省させるのって難しいんだよ。」
「難しくてもやる。救う方法を考える。」
「過去は変えられない。タイムマシンで過去に行って救う?」
「莉子さんの過去への認識が変わればいいの。それは過去を変えたのと同じになる。」
「だからさあ、私たち色々やったんだよ。その結果がこうだから、これ以上やったらこうなるの分かってたんだよ。だから前の時は止めに出てきたのに、涼子あんた話聞かないから」
「うん。ごめんなさい。私も軽く見ていた。」
「でしょ?涼子も調子に乗ってんのよ。」
「ごめんなさい。でも、神道系には『封印の法』があるはずよね?」
「ああ、あれは陰陽師系ね。私はあの時代は封印されてたから勉強してない。でも、古神道に同じようなのがあるけど・・でも今すでにこいつを莉子の中に封印してる状態なのよね。この子だって莉子自身だし、二重封印になっちゃう。莉子の自己封印を解いて帰って来させたいんならマイナスだよね?」
「ちょっとの間でいい。」
「そう?一時的になら簡単。限界きたら勝手に切るからね?それで良ければやる。」
「ありがとう。」
小さい巫女さんは右手の人差し指を立てて空中を何か複雑に切ってから両手を合わせてパチンと柏手を打った。
周囲から光がシュッと合わさって鬼と小さい莉子さんが灰色になった。
その小さい莉子さんの頭に入った。
朝
小さい莉子さんがお母様に言っている。
「今日学校行きたくない。」
「まあ。珍しい。何かあったの?」
「・・・」
見下ろす先生の怖い顔を思い出す莉子さん。
「・・・何にもないけど」
先生をかばう?優しい・・というか相当好きだったのね。
「ふう。仕方ないわねえ。でも、行ってみれば大丈夫かもよ?」
「・・・うん。」
「嫌だったら帰って来なさい。」
人のいない廊下を歩く小さい莉子さん
クリーム色のダブルのボタンがついたツーピースの中年女性。廊下を歩いてきた。
莉子さんは柱の陰に隠れた。
下は同じ色の膝までのタイトスカート。白いハイヒール。髪は巻き上げてアップにしていて、まばらに茶色く染めて軽い感じにしている。顔にはとんがった眼鏡をかけている。
五年一組の教室に入ってゆくのが見えた。
莉子さんは足を早めた。
クラスのみんなの声が聞こえてくる。
「えええ?教頭先生?」
莉子さんは教室に入らずドアの横に立った。
クラスの子たちが言う。
「遅いですよ〜。」
「もうホームルームの時間も終わりですよ。」
教頭「はい。静かにしなさい。」
「鈴木先生は?」
教頭「ちえみ先生は、精神を病んで休職されました。しばらくは私が担任を預かります。」
「えええ〜!」
教頭「ええじゃない!仕方ないでしょ」
莉子さんが愕然としている。『精神を病んだ』とか言っちゃ駄目なはずなのに。
クラスの子が言う。
「あの〜ホームルームで言いたいことあったんですけど?」
教頭「なんですか?時間ないから早めにね」
「昨日、五組の田原と松本がスカートめくりしました。なんとかしてください」
教頭「またなのもう。田原くんにはお家に行って私から言っておきます。松本くんはそうねえ、岩見沢さんが来たら言ってもらうといいわ。」
「え、なんでですかあ?」
「バカな子同士ぶつけたらどっちかおとなしくなるでしょ?」
みんながワッと笑った。
「先生それひどい〜」
莉子さんは呆然と動きを止めていた。この先生ちょっとクセがある。
事務の紺色の服を着た人が廊下に来た。教室の教頭先生を呼ぶ。
「教頭先生。電話が、」
教頭「え?」
教頭は廊下に出て来た。また柱の陰に隠れた莉子さんには気づいていない。
「今朝、松本と田原が電車に飛び込んで」
教頭「何ですって?」
「遺書が、犯人扱いした鈴木先生に抗議するって」
二人は廊下を走って行った。
莉子さんは青ざめて立っている。脚がガクガク震えた。
チャイムが鳴ってみんな廊下に出て来た。
クラスの女子が言う。
「あ、りっちゃんだ。知ってる?昨日、五組の吉田くんがまた自殺未遂したんだって、私のお母さん看護師だから知ってるの。今度こそ危ないんだって。」
莉子さんは両耳を手で塞いだ。
「やめて」
莉子さんの足が震えてその場に座り込んだ。
「あたしダメだ。あたしバカだったんだ。あたしがみんなを」
小さい莉子さんにツノが生えた。
こっちを見て私を突き飛ばした。
「え」
どこまでも飛ばされる。
私の横を小さい巫女さんが飛んでいた。
「ごめん!限界!」
3
心美ンからのラインで莉子ピが意識不明と知った。
涼子は霊的原因だと言っているらしい。
現在六時三十二分。空はもう真っ暗だ。
ダークブラウンの鉄製のドアをノックする。叩いた後でインターフォンがあるのに気づいた。
私の安アパートにはインターフォンがない。ノックがクセになっている。
ドアが開いた。身長百四十五センチの心美ンがお出迎え。
「ああ、やっぱりマリリン。入って。」
中に入りスリッパに履き替える。前はなかったが「靴下が黒くなった」とミユキが指摘したせいだと思う。
なんであだ名をつけないで『ミユキ』なのか。ミユタンとかミイニャンとか呼んでやりたかったのに。
ミユキのやつ、涼子みたいにあたしの未来を見て『マリリンは結婚相手を選ばないとDVされて泣くわ。』などと抜かしやがるので、憎たらしくて悔しくて『ミユキ』になった。莉子ピがいつまで経っても私を『猪瀬』と呼ぶ感じが分かった。涼子は私の未来が見えても教えてくれない。死にそうに危なくないなら涼子は何も言わない。
廊下を歩きながら、おそらく中に居るであろう莉子ピに大声で言う。
目覚めていることを前提に。
「莉子ピごめん!この間、修学旅行のお土産見せに来た時に騒いだから、隣のお姉さんに怒られたって?わたし地声が大きいから!」
リビングに入ると涼子が座ってブランケットにくるまれた莉子ピを抱いていた。
莉子ピは目を閉じて眠っているようだった。
ミユキが言う。
「隣のお姉さんは結婚したから居ないし、ご両親も二人暮らしだと広すぎるって引っ越しちゃったよ。」
「あそう。莉子ピまだ起きないんだ。涼子?、え、また泣くぅ。落ち着いてよ。」
涼子が裏返った声で必死に話す。こういう涼子は珍しい。
「ごめん。こんなこと初めてだから。霊的な失敗はすぐ人が死ぬから、莉子さんも、うう」
「もう、そういうこと言うのやめな。」
涼子「ごめん」
右手で口を押さえてただただ泣く。泣いてもキレイなんてズルい。
いや涙を流しながらも何か色々考えている。
私に心美んからラインが来てから一時間。タフな涼子も辛かろう。
でも、思えば莉子ピの言動には精神的外傷が感じられ、キラは不良時代に『リベンジのキラ』と呼ばれていた。必ず復讐する女だったという。涼子だって人助けだったら蛮勇を振るう。
ゆえにこうなる可能性は高かった。こうなって欲しくないから考えようとしなかっただけで。恒常性バイアス。
心美「莉子のご両親、来てくれるまで三時間かかるって。」
「秩父だったね。」
レイラ「入院したほうがいいよ。点滴したら元気になるよ。」
涼子は泣き続けて疲弊している。表情も痛々しい。
霊的にも色々試みたのだろう。そわそわして考えている。平時の冷静を失っている。
「涼子、一旦休もう。」
涼子「莉子さんの中に黒い鬼がいた。鬼だけど翼があるの。悪魔かと思ったけど、小さい莉子さんの言うことを聞くみたいなの。小さい莉子さんと手が一体化してた。あの時の小さい巫女さんの霊が来て『共依存』だって言ってた。」
「あの巫女も最近の難しいこと知ってるね。何者だかな。」
涼子が黙った。莉子ピの顔の横に自分の額を当てて黙って虚空を睨んで何か考えている。
言う。
「羽が生えた鬼か。悪魔というか、ソレって『ガーゴイル』だよね?洋物だ。」
涼子「何で?どうしてそんなものが憑くの?」
「さあねえ。」
沈黙した。
涼子は「ふうっ」と小さく息をついて莉子ピを放した。
「・・・マリリンが来てくれてよかった。」
「にゃは。そりゃどうも。」
「私の経験量じゃ足りない。祈願してくるわ。マリリン、莉子さんをお願い。」
涼子が立ち上がった。でもよろけてトトッと数歩横に足を出した。ずっと座っていたせいだ。
レイラが言った。
「待ってよ涼子ちゃん。どっかに行かないで莉子ちゃんについててあげなよ。その方が」
「レイラは黙ってて!!」
すごい金切り声だった。涼子か?
あまりの声にみんな黙った。
私の心臓がドクドクと自分の存在を主張する。たぶん拍動が分速二百回を超えた。
涼子も興奮しているものだから声にむやみに霊力があって破壊力があって、私たちの精神に悪い。
涼子は震える手で口を押さえて鼻をすすりながら言う。
「ごめんなさい」
レイラは口を開けて茫然自失している。涼子に怒られたことは何度もあるだろうに。
涼子は走って出て行ってしまった。
レイラはまるで頭を掴まれて引きずられるかのように、フワーッと出て行った。ちとキモい。
心美「マリリン、涼子ちゃんのいつも言う祈願って何なの?しなきゃいけないの?」
「う〜ん。涼子によると守護霊の他に指導霊がついてくれるらしいよ。」
「ふ〜ん。でも、私はこういう莉子も知ってるよ。中学の時なんて落ち込んでる莉子を何度も家まで送ってったよ。大丈夫よ。」
本当に大丈夫なのか?ジッと莉子ピを見ていたらココミンが聞いた。
「マリリン今日はどう?なんか見える日?」
「ごめん。しばらく精舎修行してないからダメだね。見えない。」
正人「修行?精舎ってそれパワスポみたいなもんかな?」
心美「それどこのスポドリ?」
正人「パワースポット」
「ミユキは?なんかみえないの?」
ミユキ「私は莉子ちゃんのトラウマ関連のものはあんまり見たことないの。水蓮さんが見せてくんないから。」
「そう。じゃあ、そうとう危ないものなのかな。」
ミユキ「真理凛ちゃん、声の方は?莉子ちゃんの心の声は聞こえる?」
「莉子ピの心の声は聞こえない。心がしゃべってない。」
心美ンは座り込んだままの莉子ピを見て、何か決意したように目を強くした。
「もうっ!しょうがないなあ!私が見てやるッ!」
心美ンは笑いを誘った。そして自分のエナメルホワイトの小さなバッグから、グレーの眼鏡ケースを取り出した。よく見ないと分からないほど細かい唐草模様の浮き彫り風デザインの古臭いプラスティックの眼鏡ケース。
心美んはケースから古い金縁の眼鏡を出してかけた。あの、『フリマの親父がスピリッチャーと言ったからスピリッチャーだ』と頑なに言い続ける『スピリチュアル』な眼鏡を。
心美は「え〜っとどれどれ?」と、莉子ピの横に座った。
「心美のお姉さんは?居る?」
「居ないって。私は見たことないんだってば・・・あれ、誰あんた?」
その時、高い声がした。子供の声。
「え、巫女だけど。」
パリパリとせんべいを食べる音がした。一瞬レイラの仕業かと思ったが違う。あいつは居ない。
巫女の服を着た小学校高学年ぐらいの少女が座って、ローテーブルの上の醤油せんべいを勝手に食べている。
「え、出た!」
巫女はせんべいをボリボリかみくだいて飲み込んでから言った。
「ごめんね。塩気が欲しくて食べちゃった。」
「なんで?」
「心美のお姉さんはねえ、私が怖いから部屋に入ってこないのよ。」
「答えねーし。」
正人「え、この子、僕も見えるけど?」
心美「霊がせんべいを食べる?」
「違う。これ実体だわ。」
ミユキ「物質化するほど強い霊。」
昔のアメリカの降霊術で実体化する霊が現れたという話は知っている。
白い着物に朱色の袴。やや袖が長くて手先しか見えていない。霊光を放っている風でもなく、黒い想念を発しているでもなく、ただただ存在していた。
髪は背中まであるのを先で縛ってゆったりめにまとめている。前髪は眉上でパッツンで、横は耳下でパッツンのいわゆる『お姫様カット』。
顔は幼い。莉子ピ似のミユキに比べたらハムスターを思わせる小動物系の顔立ち。体も小さく、首にはターコイズブルーの勾玉が三つついた、黒・白・赤色の丸い石の首飾りをしていた。それは研磨されたようにテカテカと光っている。
巫女が立ち上がった。片手でまたせんべいをパリパリ食べてボリボリもぐもぐしている。
緊張感のない巫女。
でも私には寒気が襲った。膝が震える。本能的反応。
ヤバイやつだ。思わず後ずさった。
心美ンは眼鏡を外しながらうろたえる。
「やだ!外しても薄くならないよ!この子誰よ!いつ入ったの!」
「だから実体だわって言ったでしょ?」
巫女はせんべいを飲み込んでからゆっくりと言った。
「私はアマミガ沼の大蛇神の巫女。会うのは二度目よね?ココミちゃん?」
ココミンは青くなって毛布の莉子にギュッと抱きついた。
正人「みんな答えてくんないけど、僕も見えるんだけど?」
巫女「今日はみんなに話したいから物質化してみました。」
ミユキ「あなた・・・あの時の巫女さんね?」
「この世のものじゃない。莉子ピにずっと取り憑いてるの。今まで。ずっと。」
巫女は両手を腰に偉そうにして言う。
「取り憑いてたわけじゃないよ。元は一体の魂だったの。でも私も失敗しちゃってさ。千年間も地上で不成仏で暴れちゃって、またそのあと千年間も地上で封印されちゃったから、その間は魂グループの次の人が地上に出てこられないじゃん?だから切り離されて別の魂になったのよ。だから人格としては別人になるわけ。まあ分からないかもしれないけど。」
私以外はポカンとしている。
巫女「説明すると、魂ってのは大きいのよ。だからその一部が地上に生まれてくる。残りの部分は潜在意識よ。前世とか前前世とか大体五人か六人を一まとめの魂グループとして順番に転生輪廻している。その中の一人が守護霊をやる。それぞれの魂は経験が違うから得意分野は違うけど、その人格はほぼ同じで、その経験はあの世に帰った後は互いに自分のものとして共有する。その本体部分は全員を自分として認識している。六番目が死んであの世に帰ったら一人目は人格を失って、その魂全体の記憶の一部になるの。それは永遠の記録になるの。何年遡って読み取れるかは、その魂の悟りの力による・・・」
「この子ってすごい詳しい」
ミユキ「あっでもそれ聞いたことあるけど、事情に応じて魂の組み替えもあるって。」
正人「う〜ん。それ君たちの宗教の話?」
ミユキ「いいえ。地球系霊団の真実よ。」
巫女「そうそう。」
心美「何が言いたいの?」
巫女「う〜ん。莉子を助けるために事情を教えるわ。」
「あんたって信用できるの?」
巫女「猪瀬ぇ。またむやみに莉子の記憶に入ると危ないから来てあげたのに。」
「呼び捨て」
ミユキ「でも涼子ちゃんはやったよ。莉子ちゃんを連れて帰ろうとしてくれた。」
巫女「あの子は天使ちゃんだし観音様もついてるから強いよ。でもあの子だって帰れなかったら死ぬんだよ。」
みんな沈黙した。
心美「じゃあ、まあ聞こうよ。」
巫女「八年前ね。莉子が自分を無くしていたの。死霊、生霊、邪念の塊が憑いてたし、ストレスで死にそうだったか助けてあげたの。」
心美「どうやって?」
巫女「莉子の魂が幼かったし傷ついてたからすごく難しかった。だから記憶と邪念の部分を切り離して封印したの。それがあの幼い莉子の霊体。インナーチャイルド。」
「邪念って・・・鬼?」
心美ンの眼鏡をかけて巫女の目を見た。
ザザーッとどこまでも過去の時代に意識が飛びそうになった。
「うあ!」
慌てて目をそむけて眼鏡を取った。
過去の記憶の量が半端ない。この子の過去に吸い込まれる。失敗した。見ちゃだめなやつだった。
巫女「猪瀬え。それ前もやった。学ばないわねえ。言ったでしょ?あたしは二千年間も地上にいるんだってば。別にウソ言ってないから。そんな眼鏡かけなくていいんだよ。」
心美「馴れ馴れしいわね。何で呼び捨てなの?」
巫女「莉子と同じ呼び方でしょ?莉子の様子をたまに見に来てた。みんなの名前は知ってるよ。莉子とも夢の中では話すよ。莉子はミユキと混同していて私だと思ってないけど。」
「二千年?・・・」
巫女「最近の千年はこの勾玉の首飾りと一緒に箱に封印されてた。これは私の意識が作ってるんだけど、本物は大学の倉庫にあるわ。」
「呪物ね?」
巫女「私の宝物だったから少し執着があるの。でも首飾りに取り憑いてるわけじゃないよ。」
「前の時『縁故霊』って言ってたよね?」
巫女「縁故霊って範囲が広いからね。そう言っとけばいいって適当に言ったの。」
「こらあ」
巫女「ウフフ。この勾玉の首飾り、これ封印されてた神社の御神体だったのよ。私は封印されてたけど、みんなの声は聞こえてた。だから霊的に答えることは出来た。だからその神社の神様をやってた。前世の莉子は巫女さんで私に祈ってた。でも私の神社は小さかったから明治の時に諏訪神社だってことにされたわ。」
「でも二千年前の不成仏霊って、それ『妖怪』よね?」
巫女「猪瀬ぇ、御神体だっての。確かに封印されてたけど、村人に信仰されてた。でも戦争で空襲があって、その諏訪神社も焼けて、封印が解けたから最近はこうして自由に出て来ているのよ。ああ、このスタイルは一番幸せだった頃のやつ。死んだ時は十八歳だったからもうちょっと大人だったけどね。どんな姿にもなれるわよ。」
「日本の神社は昔は何を祀っていたか分からない。恐ろしい霊がいたら神社に祀ることで封じていたことも多いって言うわ。あんた・・・妖怪よね?」
「二回も聞く?確かに二千年前に死んだあとは大蛇に生け贄にされたせいもあって下半身が蛇だったわ。でもグロいから蛇は切り離してその姿はやめたの。長いこと苦労しちゃったわ。今は女の子だけど?」
「妖怪は怖い。妖怪とか天狗とか仙人とか魔女とか天国の裏に住む『裏系霊人』は騙してくるから怖い。」
「ええ?もう妖怪の自覚は無いんだけど。今は嘘つかないよ。それに、わたし前世は女神様で信仰されてたし、その前も尼さんだったし、その前はシャーマンだったのよ?じゃあさー、猪瀬わたしを救ってよ。いい宗教やってるんでしょ?」
「そういう試してくるような霊は救えない。素直に仏陀に帰依して反省しないと救えない。あんたの考えのここが違うから不成仏なのよって言っても自分を変えないでしょ?そんな不真面目な霊は救えない。」
「まあまあ冗談だけどさ。悪い冗談。でも今は地獄霊みたいな憎しみや恨みは持っていないよ。」
「ほんとかね。」
「反省って言っても、実はさ、千年前に封印された時、陰陽師と密教僧が来てさ、その人に言われて、一応、三宝帰依して今までずっと八正道の反省ってやってたんだよ。」
「ウソだ。」
「笑っちゃうでしょ?神社の中で仏教修行してるなんて。でも誰も助けに来てくれないから正しく出来てないかもしれない。まあ、二千年前は暴れてたからダメか。」
「妖怪に反省なんてできるわけない。」
「ははは。呪力を込めた字で『正しい見方・正しい思い・正しい言葉』」とかって『八正道』が書かれた箱に千年も封印されたら反省もするって。でもおかげで人間に戻れた気がするわ。」
「言葉だけで信用するわけにはいかない。」
巫女の子は笑っている。
ミユキがそっと聞いた。
「何で妖怪になっちゃったの?」
巫女「蛇の心と同じになっちゃったのよ。蛇は執念深いの。私も恨み心が出ちゃったから同化してしまった。」
ミユキ「なんで蛇なの?」
「昔は大きな蛇がいたの。それが沼に住み着いて、人を襲ってさ。だからしょうがないから村長が村娘を毎月一人か二人、生け贄にしたの。」
正人「そんなのみんなで叩き殺せばいいんじゃないの?」
巫女「無理無理。人間を飲むぐらいでっかいのよ。動きも早いし、それにそういう蛇は霊力もあってこっちの動きを察知して逃げるし、怒ったら祟るから手がつけられなかった。」
「昔のアニミズムでは大きい蛇なんて信仰の対象だもん。信仰されたら霊力も出るよ。」
「そのうち村に娘が一人もいなくなって、わたしは巫女だし霊力で村の人の相談に乗ったり困り事を解決してたから生け贄にはならないはずだった。でも、そういう時代だったし、みんなのためなら生け贄になってもいいぐらいの気持ちはあったのに、村長が私を騙してね。人気があったから邪魔に思ってたらしいわ。村人も命がかかると冷たいの。お祭りでお酒を飲まされて酔い潰れたことにされて、沼に置いていかれたわ。本当は私が霊術を使えないように食事に痺れ薬を入れられたんだけどね。」
「妖怪は人間を悪く思っている。文明社会とかは嫌いなのよ。」
「そうね。蛇はそう思ってたわ。私を飲んだ大蛇は、私が霊力で殺した。でも蛇の霊は人間を憎んでいた。私も村長や村人たちへの憎しみが出て大蛇の心に同通して、霊としては同化してしまった。でも、言ったように私って長年修行してる巫女の魂だから蛇の霊力を超えてたの。蛇の魂を支配して村人に仕返ししたわ。その後は祟り神として信仰されてた。で、封印されちゃった。」
「それでその勾玉が呪物として収集されてるのね?」
巫女「らしいよ。」
ミユキ「何で生贄って女の子なんだろう。」
巫女「男の子の生け贄の場合もあるけどね。でも昔は働き手としては男の方が使えたから、山奥の村なんか男尊女卑が当然だったんでしょうよ。ジェンダーとかの思想ないし。」
「それ現代語よね?」
「ああ、言葉?戦争で私の神社が焼けて、戦後は自由になったって言ったじゃん。学校とか大学とか色々見て回ったわ。TVも好きだよ。」
心美「服装だって最近の巫女さん風だし、古い霊に見えないよね?」
「悟った霊は霊的な姿なんてどうにでもできるのよ」
「う〜ん。」
巫女の子は指で側頭部をかきながら言った。
「これって何の時間なの?莉子の話させてよ。」
心美「あんたが信用できるかって話なの!」
「私ここ二千年は地上にいるけどその前は言ったように女神で巫女でシャーマンだったし、天上界の光る霊、って天使とか菩薩とかの仕事を手伝う立場だった。莉子が前世で祈っていた相手が私。その願いを聞いて村を導いていけるよう言葉を降ろしていたのも私。殺した村人たちには気の毒なことをしたと悔いているわ。」
「・・・信じろっての?」
「早く莉子の話がしたいんだけど。」
ミユキ「わたしは信じるよ。」
巫女「ありがとう。」
「あんたって巫女さんの姿ってことは日本神道よね?本当に仏教に帰依してるなら霊的にも姿が変わるはず。」
「うん。霊の姿は自己表現というか自己認識なのよね。でも、最近の神道は西から来た教えだから信じてないの。当時たくさん来ていた渡来人系の漢字圏の宗教だと思ってる。私って二千年前の関東の人だから、当時はもっと古くて偉大な神様がいたのよ。私はそっちの巫女なの。」
「ほおお?」
「二千年前だからタケルという武人が関東まで攻めてきた頃よ。女装して酒の席で敵の頭領を殺してその名前を奪うような卑怯な人!」
正人「それって日本神話だよね?神様の話だと思うけど?すげえ失礼。」
「名前を貰ったのか奪ったのかはわからないよ。神話だから何かの象徴かもしれないし、女装で暗殺というのも、勇気が要るし、当時の軍事レベルでは奇抜すぎて感動に値するかもしれないし。本当に感動して名前をくれたのかもよ?」
巫女「でも、まともに見たら卑怯でしょ?武士道じゃないでしょ?頭領に成り代わってその領地と部下を支配したと見た方がいいと思う。卑怯だけど神だから敬えと言うのは洗脳よ。美化されてんのよ。古事記とか日本書紀とかは、それ以前の神様をいなかったことにして隠蔽する意味があるの。私の古神道の神様は日本だけじゃなくてアジア全域で信仰されていたから、中国とかと差別化したかった当時の政治家たちが最近の神を信仰するように強制したのよ。」
ミユキ「それはどうして?」
巫女「稲作収益を得るためよ。国を動かすぐらい大量のお米を育てるには、集団を季節に応じて軍隊みたく適切に作業させないといけない。それを税として納めさせるには神の権威が要る。その結果、お米がみんなたくさん食べられる。「俺たちの新しい神の方が上だ。お前たちも米を作って献上しろ」ってことよ。私たちの方は山奥だったから伝統的な栗の木とかの栽培とか沼の漁とか物々交換とかで食べていた。」
「見方が逆なのね。今も日本史は『記紀』が正史だけど、逆の立場の人ってわけ?」
巫女「私たちは滅ぼされた側だもの。彼らは食糧が潤沢だったし鉄の武器をたくさん持ってたし、私たちの古神道の結界力とか幻を見せる力とかだけでは最終的には勝てなかった。私たちは元々『文化立国』で軍事力とか重視してなかったから、私の村も戦わないで彼らの考え方を受け入れて、彼らの支配下で稲作労働をして食料を増産する方を選択したから、古神道の巫女である私が邪魔だったのよ。私たちの古神道の神様は宇宙の中心的存在で、彼らの神様よりずっと上位存在だと知っていたから、「従う必要はない」と常々言っていた。それは『お米の神』に祟られる。だから殺された。」
「う〜ん。」
ミユキ「でも、それは祟りたいかもね。」
「でしょ?でも私の神様は祟り神じゃないから、私が祟っていいって教えなんて無いんだけど、その辺は失敗しちゃったのよ。でもあいつらの神だってすごい祟り神だよ。あっちこそ妖怪の神よ!」
「それ、簡単にいうけどさ。ヤバいよ。」
「猪瀬とかミユキならわかるでしょ?どんなに中心神だって言っても、偏ってるでしょ?教えがないでしょ?今は亡き古神道の『叡智の法の目』で見たら誤魔化せない。仏陀やキリストが人に祟る?ないでしょ?祟るなら真理に照らして悪だと分かる連中だけにしてほしいわ。」
「う〜ん。」
「新しい神道には反省もないでしょ?祟り神は気分を損ねたら容易に悪魔と同じになる。手下の動物系の眷属を使ってきたり、西洋黒魔術みたいな生け贄や呪いをやる。彼らは関東や東北の宗教と神々を滅ぼし、別の歴史を教えて、自分たちの正体を隠した!」
ミユキ「まだ怒ってるの?」
巫女「冷静よ。怒りは表現すると余計頭にくるし、楽しいのも楽し〜いって表現すると余計楽しい。さっきのは二千年も前の昔話だけどね。集団稲作労働が全国に普及しつつあった頃のこと。それでみんな豊かになれた。飢えは辛いもんね。理解はしてる。だから恨みってほどのものはもうないよね。ひどい目にあったと思ってるけど、迎え撃つには人数が少なすぎた。大きな時代の流れには逆らえない。もともと昔の富士山や西の方の阿蘇山?とか、火山の噴火で西だけじゃなくて関東の高等宗教文明もほとんど滅びたのよね。それから何千年かは大陸から知識人をたくさん呼んで日本を建て直してた時代だから、私たちなんかが山奥の村で伝統古神道を守ろうとしても駄目だった。それは仕方ないよね。」
ミユキ 「物知りだね。莉子ちゃんぽいかも。」
「分かった。とりあえずもう分かったわ。」
「やっと信じてもらえた?」
心美「分かったから莉子ピの魂を返してよ」
「私のせいじゃないよ。」
巫女はせんべいを二つに割ってまたパリパリ食べた。
正人がペットボトルから紙コップに入れた冷たいお茶を出した。
巫女はごくごく飲み干した。そして白い着物のたもとで口を拭いて言う。
「キラが来たのは誤算だったわ。でも、不幸中の幸いだったのは、苦労してこっちの式神にした鬼まで元に戻されなかった事だわ。」
「莉子ピの心の中の鬼って何?涼子の話じゃガーゴイルみたいだけど。」
「あなたたちの大学の神奈川校で、呪いをやってる人たちがいる。猪瀬知ってる?」
「ずっと呼び捨てなのよね。ほんと莉子ピみたい。でもあの時キラが言ってた。神奈川キャンパスの田中教授があの悪魔の土偶買ってきたって。多分関係あるよ。」
「莉子の中の鬼はアレの関係。アレって言ってもあの太った女悪魔じゃなくて別ものだけど、アレの使い魔を私と莉子の守護霊とで無力化したけど、莉子の魂と同化しちゃってる部分があるから、その鬼を消し飛ばすと莉子の魂の傷がまた開く。そうするとまたさらに憑依されやすくなって危ないことになる。」
心美「その鬼は消せるの?」
「呪物の悪魔が作った邪念の塊だから消せなくはないよ。前の太った女悪魔の使い魔たちは人霊だったから消せないけど、あいつらも涼子に斬られちゃったからパワーとしては今は全然弱い。ご主人の女悪魔がいなくなったから、もうただの悪霊だと思う。」
正人「人霊は消せないんだ。」
「人霊は神が創ったものだし、神のかけらとしての『光子体』とか『光神体』の部分があるから神しか消せない。」
「あの太った悪魔は消えたの?」
「見ないけど、存在は消えてないと思う。地獄の底の阿鼻叫喚地獄に行って探せばどっかにいるんじゃないかな。負けたから弱くなって自己嫌悪中だと思うよ。」
「軽く言うけどさ。」
「当分出てこないよ。それより、莉子の中の鬼だけど、無力化したとは言ったけど、さっきの感じだと小さい莉子が怒ったら攻撃してくる。私が居れば止めることはできるけど、それだけじゃ莉子は帰ってこない。」
「説得が必要か。」
巫女「でも涼子じゃダメっぽいんだよね。」
ミユキ「何で?」
巫女「信用の問題?莉子は美人が苦手だ。」
ミユキ「そうなの?」
巫女「トラウマの原因が黒い服の美人教師だし、どうも見てると涼子を軽くあしらってるんだよね。本気で相手にしてないって言うか心を許してないっていうか・・・」
ミユキ「涼子ちゃんは一生懸命なのに・・・かわいそう」
巫女「ミユキが行ったらうまくいきそうだよ。」
ミユキ「ええ?私の方が軽くあしらわれてるよ?」
巫女「でも、大事に思われてる。涼子よりね。」
ミユキは少し頬を紅潮させ「そうかなあ」と頭を掻いた。
巫女「莉子はミユキのためなら命をかけるよ。七不思議の時だってそうだった。」
ミユキが涙ぐんだ。両手で目をこすった。
巫女「私がサポートするから、涼子みたいに莉子の記憶に入ってくれない?」
「ねえソレ危険なんだよね?戻れないと死ぬんだよね?」
心美「それは莉子だって止めるよ。」
巫女「だからこそ、帰ってくると思う。」
心美「ええ〜?」
「う〜ん、人質みたいで賛同できない。」
ミユキ「わたしやる!莉子ちゃんに恩返しする!」
巫女はうなずいた。
正人「それって今すぐやる?姉ちゃんだって飯も食えないんだから疲れるだろ?」
「病院でもできるかな?点滴ぐらいしないと。水も飲めないんだし。」
巫女「点滴ぐらいはいいよ。色々薬を打たれたりすると影響して支障が出るかもしれないけど。」
4
病院
病室に莉子ちゃんが運ばれて看護師さんが来て点滴をして吊るして行きました。
巫女の子は霊に戻ったので、みんなには見えません。病室に来るまでの間、そこに居た不成仏霊たちをパッパッと祓ってくれました。
わたしはパイプ椅子に座りました。
巫女『眼鏡をかけて。体から出るのは瞑想的技術が要る。それは眼鏡の霊にやってもらう。』
「はい。」
心美ちゃんの眼鏡をかけた。心美ちゃんは入院の手続きとか着替えを持ってくるのとか色々やってくれました。
マリリンちゃんに言われて家で少し食べてからまたくるそうです。
巫女『心細い?大丈夫。ミユキが莉子の記憶に入るのは私がやる。そのあと私は邪霊とか鬼とかから絶対守るから、ミユキは莉子の記憶に集中して。』
「はい。」
巫女『猪瀬と正人は支援する気持ちで祈ってて。』
正人くんは霊の声が聞こえていないので真理凛さんが伝えました。
猪瀬「正人。莉子ピを助けてくださいっつって祈ってて。」
正人「つって?」
猪瀬「ん?」
正人「いや分かった。」
二人もパイプ椅子に座っています。両手を合わせました。
巫女「祈りなさい。」
「はい。」
神様と眼鏡の霊に祈る。
「主よ。創造主エルよ。守護・指導霊よ。眼鏡の霊よ。私を導いてください。」
自分が見ている景色がスッと下に下がった。
私は病室の天井の下に浮かんでいる。
下に座っている私。
巫女の子は両手を合わせて祈った。
『はらいたまえ、清めたまえ・・・』
自分がギュウッと細くなったように感じた。
そして巫女の子が紙がたくさん付いた棒を振ると、私は莉子ちゃんの頭に吸い込まれた。
学校
教室。四年一組と書いてある。
中では、みんな座っている。
教卓の横で男の先生に紹介されている子がいる。
「斉田心美です!神奈川から越してきました!仲良くしてね!」
小学生の頃の心美ちゃん。ニコッとした。メッチャかわいい。
先生「では岩見沢さんの隣が空いてるから、そこにしなさい。」
心美「はい!」
二つ結びの莉子ちゃんが「かわいいぃ」と言った。
クラスメイトの人たちもカワイイカワイイ言っている。
心美「岩見沢さんの下のお名前は?」
莉子「声もカワイイ!私、岩見沢莉子!」
心美「じゃあ、りっちゃんって呼んでいい?」
莉子「うん!」
先生「はい。ホームルーム始めますよ」
HRが終わって休み時間。
心美ちゃんが喋り倒してる。
「私ねえ、神奈川の伊勢原市ってとこにいたんだけどぉ、横浜に引っ越したのね。でね、パパとママが離婚したの。でも二人とも大好き。だから、てゆうかパパの仕事の関係もあるんだけど、埼玉のマンションに越してきたのね。パパはカメラマンなんだよ。いろんなところに行って写真を撮るから、今のマンションも何年かしたら引き払って別のマンション借りるんだって、だからわたし転校は多いんだ。でも横浜の家は持ち家だし、売る気は無いんだって。」
周囲には女子たちが集まっているけど、心美ちゃんがあんまりにも話すので少し引いている。
「今の家は二千万円で売れるんだけど、パパは買った時より下がってるから売れないって」
心美ちゃんが喋るほどに浮いてしまう。
莉子ちゃんが『まずいなあ』と思っている。
莉子「キミめっちゃ喋るやん。黙ってればカワイイのに。」
集まった女子たちが「フフ」と笑った。
心美「ええ?りっちゃん?そういうこと言ったら失礼なんだよ?」
キレ気味の心美ちゃん。クラスメイトが引いた。
莉子「やだあ。説教くさ〜い。」
心美ちゃんが『あ、ヤバい』と思った。
心美「ウフフ〜そうでもないよ。」
莉子「そうじゃんよ〜」
心美ちゃんが『まずい。『空気読めない女』になっちゃう』と焦った。
心美「ん〜と、ん〜と、説教って何?」
みんな止まった。
莉子「アホか。」
みんな莉子ちゃんのツッコミでドッと受けた。
心美ちゃんの緊張が飛んだ。
心美「ごめ〜ん。」
みんな笑った。
莉子「お昼休みは学校を案内してあげるよ。」
チャイムが鳴ってみんな席に戻った。
心美ちゃんがホッとしたのを見て、莉子ちゃんもホッとした。
二人はお互いを見て苦笑いを浮かべた。
校内を歩きながら話す二人。
莉子「ダメよお。あんなに一方的に喋っちゃあ。みんな引いてたよ。会話はキャッチボールなのよ。それに自分の個人情報喋りすぎ。」
「ごめんね。でも助かったわ。莉子ちゃんありがと〜。わたしって思ったことみんな喋っちゃうから、けっこう誤解されるのよね〜」
「ダメダメ。言葉は一回考えてから出さないとダメって父さんが言ってたよ。」
「あれ、でもお、りっちゃんの方が説教くさいよね?」
「あはは〜よく言われるのぉ。色々教えてあげると『説教くさい』って。父さん大学教授だから家に本とか図鑑とかいっぱいあるからぁ。わたし色々物知りなのよ。」
心美「ええ?いいなあ。今度お家行っていい?」
「うん!」
二人は会った時から仲がいいんだ。
二人で色々周る。給食室。理科室。調理実習室。図書室。体育館。ウサギの飼育小屋。花壇。
男子小学生が三人。前から来た。何か食べながら歩いている。
莉子「ああ、あの子たちは不良。」
心美「ウフフ。それも説明するの?」
莉子「えへへ。」
男子の真ん中の子が怒った。短い髪でゴツゴツした顔の子。莉子ちゃんより頭一つ分身長が高い。上級生。
「お前ら、俺を見て笑ったな?」
莉子「ええ?違うよお」
男子「いや、目が合ったぞ!謝れ!」
莉子「やあよ!」
男子「謝るか殴られるかだ。女だって容赦しねえぞ」
心美「何言ってんの!あんた最低!」
男子が心美ちゃんの腕を掴んだ。
莉子「やめなよ!」
莉子ちゃんが男子の手首のところを両手で持った。
男子は心美ちゃんを放して莉子ちゃんの肩を突いた。
よろっとして莉子ちゃんはお尻をついた。
男子笑う。
莉子ちゃんが怒った口をした。ちょっと涙ぐんでいた。
ゆっくり立ち上がってお尻の砂を払った。
男子は突っ立って腰に手を当てて笑う。
「あっはっは!弱ええ!」
莉子「もろ手突き!」
莉子ちゃんは男子の腹を両手のひらで突いた!
男子は「うう!」と言ってしゃがみ込んで、お尻をついて横向きにうずくまった。
心美「すごい莉子ちゃん!」
莉子「お相撲さんの技だよ。」
その男子の横にいた男子たち二人は焦った。
横にうずくまった男子がオエッと吐いた。
莉子ちゃんと心美ちゃんは顔が青くなった。
莉子『ヤバいかも』
横に付いていた取り巻き?の男子は言う。
「うえ!きったねえ!」
「カッコわる!」
うずくまった子が寝たまま怒鳴った。
「うるせえおまえら!ぶん殴るぞ!」
莉子ちゃんは少しホッとした。『元気そう』
男子二人はうずくまる男子を蹴った。
「う〜るせえ!」
「日頃の恨み!」
何人か男子が来た。身長が大きい上級生たち。
「おお!村松やられてる!」
「やっちまえ!」
五〜六人が大きい子をけりまくった。
心美ちゃんと莉子ちゃんは立ちすくんでいた。
来た男子の一人が言う。
「お前ら何年生?」
莉子「よ四年生です。」
「見てたぞ!すごいな!お前小四最強!」
莉子「へ?えへへ〜。」
「こいつ偉そうでさ、色々嫌なこと言ってきて、みんな大っ嫌いだったんだ。」
村松くんはまだ蹴られている。泣いている。
「やめてくれえ!」
かわいそう。
廊下を歩く莉子ちゃんと心美ちゃん。
何ヶ月か経った感じ。莉子ちゃんたちの服装が違う。
莉子ちゃんが早足になって走った。
「こらあ!正人ー!またいじめられてんのか!」
廊下に幼い正人くんがいて、同級生三人に足を蹴られている。
莉子「やめんかあ!」
莉子ちゃんは一年生三人を次々に突き倒した。
莉子「正人をいじめる奴は相手になるぜ!」
腕を組んで宣言。
心美「かっけえ!男前!」
莉子「男じゃねーし。『姉弟は助け合え』って父さんが言ってたし。正人もあたしのスマホで格闘技の動画見ていいし。」
心美「なんで「しー」なの?莉子ちゃん調子に乗ってる?」
ははん。この辺が『小四最強伝説』だよね?本当にケンカ強かったのかな?
後ろから声がした。
「そんなわけないじゃん。男子には勝てないよ。冗談半分で言ってただけ。」
振り返ったら莉子ちゃんだった。大人の莉子ちゃん。
良かった!駆け寄って抱きつこうとしたら莉子ちゃんが言う。
「ミユキ何やってんの?眼鏡なんかかけちゃって」
私いま眼鏡かけてたのね。
莉子ちゃんの冷めた口調。言葉が耳で聞くよりはっきり心に入って来る。だから私も足が止まった。
記憶の世界だから霊界に近いのかも。霊界は思いの世界。思いが直に心に入ってくる。
「いま莉子ちゃんの記憶を見てるの。」
莉子「あたしも見ていい?」
「一緒に見よう!」
5
桜が咲いている。四月?
五年一組と書いてある教室。
教室。みんな席に座っている。小さい莉子ちゃんも座っている。
心美ちゃんはいない。
大きい莉子ちゃんが後ろで言う。
「あいつは隣のクラスになったのよ。」
ベテラン風の女の先生が入ってきた。クリーム色のツーピース。髪は上にアップにしてまとめている。とんがった眼鏡。いくつかな。ママよりはずっと年上かも。
小さい莉子ちゃんが言う。
「あっ、教頭先生だ。」
その後ろから女の先生が入ってきた。黒いジャケットに黒い膝までのスカート。背中までの長い黒髪。
子供達が「わあ〜!」と歓声を上げた。
莉子ちゃんは立ち上がって「きれい〜!」と大声で言った。
確かに、感動するほどのちょ〜美人。
「担任の鈴木ちえみです。五年生と来年の六年生、二年間あなたたちを担当します。よろしくお願いします。」
みんな見とれている。
先生は困ったような笑顔を浮かべた。
教頭先生は教室の前の隅に行って腕を組んで見始めた。そして言う。
「ホームルームの時間は自己紹介をしてお互いの理解を深めましょうね。」
鈴木「あ、はい。」
莉子ちゃんが真っ先に聞いた。
「先生はどこから来たの?前の学校は?何歳なの?」
鈴木「ウフフ。質問は一つづつね。」
莉子「はい先生!」
鈴木「出身は東京都です。出身校は農電大学です。卒業したばかりなので二十二歳です。」
莉子「若〜い!」
鈴木「うふふ。」
莉子ちゃんの思いを読む。
『わああ!笑うとカワイイイ!』
莉子ちゃん舞い上がってるわね。まあカワイイけどさ。
今の莉子ちゃんが腕を組んで「はっず」と言った。
ホームルームが終わって教頭先生と鈴木先生が廊下で話している。
莉子ちゃんはハイテンションで隣の子に言っている。
「キレイな先生だね〜!二年間楽しそ〜!」
先生たちは廊下で真剣に話している。
何話してるんだろう。
自分が飛んで廊下に移動した。
教頭「あの子が岩見沢よ。女子なのに『小四最強』とか言っちゃって。暴力がひどいの。一年生を突き飛ばして怪我させて。親だけじゃなくて前の担任も私もご家族に謝りに行ったのよ。」
鈴木「まあ、そうなんですか?」
莉子ちゃん?
振り返って今の莉子ちゃんを見たら横を向いてとぼけていた。
『言われてる!恥ずかしい〜』という気持ちが直に伝わってきて、私も恥ずかしくなった。
教頭「特に、五年生には五組に地元の有力者のご子息がいるから要注意よ。」
「はい。気をつけて見ていこうと思います。」
「私に考えがある。あの子を風紀委員に推薦して。」
「風紀委員ですか?」
「あの様子ならあなたの言うことなら聞きそうだから。」
「でも、児童にそんな特別な権威を与えたら浮き上がっていじめられませんか?」
「そんな弱い子じゃないから。そのぐらいで丁度いいのよ。あの子って大学教授の娘だからって生意気で、色々文句つけてきて面倒なのよ。色々ぶつかって人間関係というものを知っておとなしくなれば成功よ。」
「はあ。」
こんなこと言ってたんだ。先生って怖いなあ。
後ろの莉子ちゃんの動揺した気持ちが伝わってきた。
莉子ちゃんがポツンと言った。
「大人の評価ってやだね。」
廊下の隅で男子三人がもめている。
一人が羽交締めにされて、もう一人に殴られている。腹から頬。
小さい莉子ちゃんが走っていた。腕に風紀委員の黄色い腕章をしている。
「やめなさーい!」
またいじめ?本当に多いんだなあ。
また殴られているのは黒いくせ毛で前髪が長くて目元が見えない子。
羽交締めにしているのは茶髪の子。殴っているのは赤い髪の子。
莉子ちゃんは三人の前に立って、両手を握りしめてまた言う。
「やめなさーい!」
莉子ちゃんの足は震えている。怖かったの?
後ろの莉子ちゃんが言う。
「そりゃ怖いよ。殴られたら痛いし」
赤い髪の子が言う。
「なんだよ引っ込んでろよ。お前クラス違うだろ!」
莉子ちゃんは突き飛ばされて尻もちをついた。
茶髪の子「おい交代しろよ」
赤い髪の子が黒髪の子を羽交締めにして茶髪の子が殴った。
三人とも黒いモヤモヤしたものが後頭部から背中にくっついている。憑依霊だわ。
教室のクラスメートたちは見ているような、見ていないような感じで教室の中にいる。
小さい莉子ちゃんは言う。
「ああそう」
莉子ちゃんは立ち上がって殴っていた茶髪の子をドンと両手で壁に押した。
茶「いて!こいつ!」
赤い髪の子が唖然として羽交い締めを放した。
莉子ちゃんは赤い髪の方を思い切り押した。
その子は少し浮いて床にお尻から落ちて少し滑った。上履きが床に当たってキュッと鳴った。
「何やってんの!!」
鈴木先生が来た。
莉子ちゃんが職員室でイスに座って先生と話している。
鈴木「ねえ岩見沢さん。あんなに押したら後ろに物があったらケガしちゃうでしょ?」
莉子「うん。でも、殴ったり蹴ったりするよりいいかと思って、」
先生はバインダーボードの上の紙に記録をとりながら訊く。
「だめです。それで?岩見沢さんは止めに入ったのね?」
莉子ちゃんは先生に見とれている。
『キレイいいぃ』
ダメだなあ莉子ちゃん・・・
後ろの莉子ちゃんを見た。
また横を向いた。恥ずかしさが伝わってきて私も恥ずかしくなる。
鈴木「岩見沢さん?聞いてるの?」
「あのね、あの子達は二人で一人をいじめてるの。前は怖くて見逃したんだけど、風紀委員だから今日は止めたの。ウフフ。」
「岩見沢さん!だからって暴力はダメです!暴力はいけません。」
莉子ちゃんはまた見とれている。
『ワザと怒った顔作ってる。カワイイィ』
後ろの莉子ちゃんを見た。
また横を向いた。
鈴木「聞いて。暴力はいけないの。それは昔から偉い人も言ってるのよ。」
「ええ、誰ですかぁ?」
先生がウッとなった。
「・・・ガンジーとかよ。『非暴力主義』で有名になった人。有名なイエスキリストだって『右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさい』って言ってるのよ。世界の偉人は非暴力主義なの。」
「先生すごい。勉強してる〜」
「何言ってるの。大人はこのぐらいみんな知ってるのよ。」
と言いながら先生はちょっと赤くなった。
莉子ちゃんは『赤くなってるカワイイい』と言っている。かわいいけど。
後ろの莉子ちゃんを見たら、同時に横を向いた。また恥ずかしがってる。
先生は『この子厄介だなあ』と思った。
後ろの莉子ちゃんが先生を見た。口を開けて唖然としている。
すごい動揺してる。私もソワソワしてしまう。
教室の後ろの壁、行事予定が書いてあるホワイトボードの隅に生徒手作りの『鯉のぼり』が貼ってある。
五月ね。
莉子ちゃんが廊下を走る。
「先生!言う通りにやってみたよ!」
右目が赤く盛り上がって腫れていて、左頬が真っ赤に腫れている。
鈴木「えええ!やめて岩見沢さん!ケンカはダメ!」
「ケンカじゃないよお。イジメを止めたんだよ。」
鈴木「保健室!保健室!」
「大丈夫。そんなに痛くないから。」
鈴木「いいから。行きましょうね」
焦りながらも優しい笑顔。
先生の思いを読む。
『何この子!ヤバいわ!ヤバい子だわ!』
今の莉子ちゃんが言う。
「笑顔とは裏腹にすごく動揺してるね。知らなかった。」
「莉子ちゃん?嫌そうにしてるけど」
莉子ちゃんは横を向いた。とても悲しいみたい。
職員室
丸イスに座った茶髪の子が鈴木先生に言っている。隣に赤い髪の子。
「違います。イジメじゃありません。」
「でも相手の子は反撃しないんでしょ?」
「・・・」
「風紀委員の岩見沢さんを殴ったでしょ?」
「殴ってません。」
「岩見沢さんは二回も『いじめを止めた』と言ってるけど?」
「チッ」
赤い髪の子が思っている。
『二回見つかったんだよ。くっそ、あの女ァ今度仕返ししてやっからな。それより他の奴らも巻き込んでアイツを『イジられ役』になるようにしなきゃな。』
わりい子たちだなあ。でも顔はイケメンかな。
・・茶髪の子はジロさんぽい?顔は似て・・・ないな。髪色だけだ。
鈴木先生が思っている。
『この子たち嘘ついてる。どうしよう。教頭先生がこの子たちの親は偉い人だって言ってるし・・・』
後ろの莉子ちゃんに言う。
「先生って大変だね。」
莉子ちゃんは横を向いた。悲しい気持ちが伝わってきた。そして言った。
「分かんなかった。」
外は雨。アジサイが咲いてるから六月ごろ?
莉子ちゃんが廊下を歩きながらチラチラ五年生の教室を一つ一つ見て回っている。腕章はしていない。
鈴木「岩見沢さん。何してるの?」
「ああ鈴木先生!」
先生は優しい笑顔。莉子ちゃんもニコニコしている。
莉子「ちょっと見てるの。」
鈴木先生の眉がピクッとした。でも優しい笑顔。
「ちょっと職員室来ようか。」
「うん!」
職員室
「岩見沢さん?風紀委員はもう二週間も前に廃止したでしょ?もう何も取り締まらなくていいのよ。お父様も言ってなかった?静かにしててね?何もしなくていいの。非暴力よ。」
先生はニコッとした。
莉子ちゃんが『カワイイ。センセ、カワイイ』と見とれている。分かるけどさ。
後ろを見ると今の莉子ちゃんが横を向く。
先生が手を伸ばす。
『聞いてない。つねってやろうかしら。』
後ろの莉子ちゃんが「はあ」と言って心のジクジク感に耐えている。私も心がジクジクした。
莉子ちゃんは笑顔で言う。先生は手を引っ込めた。
「センセ、あのね、父さんは『非暴力・不服従』だって言ってたよ。ガンジーは暴力を振るう支配階層に、非暴力だけど服従しないことで抗議してたんだって。それは紳士の礼儀を大切にするイギリス貴族に向けての抗議だから、日本の悪い子相手にやっちゃダメだって。イエス様の頬の話も「その言葉がイエス様の命を縮めた」って。「もしイエス様がもっと長生きしたらもっとたくさんの人が救われた」って言ってたよ。」
先生は笑顔のまま黙った。
『うわー、何このガキ、怖あ。怖いガキ・・』
先生、口悪いね。やな事思うなあ。
後ろの莉子ちゃんは、またため息をついた。辛い気持ちが伝わって辛い。
先生「・・・よく勉強してるのね。偉いわあ。」
笑顔の鈴木先生は莉子ちゃんの頭を撫でた。
莉子ちゃんはぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
『褒められた!キャアー!』
用事で来ていた、たぶん年下の女の子が羨ましげな嫉妬の視線を向けていた。
先生は笑ったまま思う。
『飛ぶな飛ぶな。コワガキ。』
心は冷たいのね。
後ろの莉子ちゃんのガッカリ感・失望感が伝わってくる。好きだったんだね。分かるけど。
上機嫌の小さい莉子ちゃんは続けた。
「ウフ!父さんは「この二つの言葉がいじめを生んでいるから気をつけなさい」って言ってたよ!」
「そう」
『この子本当に厄介だわ。この前、顔腫らしたせいで大学教授のお父さんにもお母さんにも怒られたけど、風紀委員にしたから抗議されたけど、五組の子の親は責任取る気ないし・・・これ、あと二年も続くのかしら・・・』
小さい莉子ちゃんが言う。
「悪から身を守るのは正当防衛だって。悪を止めるのは正義だって。だから、わたし、風紀委員じゃなくっても、いじめを見たらやっぱり止めると思う。」
先生「やめて!」
先生が声を荒げた。
莉子ちゃんは「えっ」という顔で聞き返した。
「先生?」
先生は優しい笑顔に戻った。
「あ、ごめんなさい。ウフ。強く言っちゃった。あのね、えと、そう、過剰防衛というものもあるのよ。」
「あソレ父さんも言ってた。やりすぎはダメだって」
莉子ちゃんはテヘペロ。
先生「もう・・クラスも違うのにいじめかどうか分かんないでしょ?」
「そうだよね。」
「はい。教室に帰りなさい。」
「はあ〜い。」
莉子ちゃんが去った。先生はガクッと肩を落とした。
『もうッ、憎たらしいガキ』
後ろの莉子ちゃんに言った。
「先生嘘つきだね。」
「・・・うん。悲しいよ。分かんなかった。私バカだったね。辛いよ。」
素直だな。いつもの莉子ちゃんなら言わない。心の世界だからだ。心の痛みが私の心に入ってくる。
鈴木先生のところに教頭先生が来た。
教頭「いやあ、思った以上に厄介な子ね。これ、こじれる前に動いた方がいいわよ。」
「え、どういう事ですか?」
「これ、ケンカだかいじめだか分からないけど、保護者同士で話し合った方がいいわ。あの子があんまり騒ぐと大問題になりそう。」
「え、わたし、そのいじめのクラス担任じゃありません。」
「知っての通り五組の担任は休職中なのよ。誰かがやらないと。それともあなた岩見沢をおとなしくできる?」
「ええ?教頭先生があの子を風紀委員にして色々ぶつからせればおとなしくなるって言ったんじゃないですか」
「あら、私そんなこと言ったかしら。」
「言いました!」
「私は、なればいいわねって言ったのよ。でも案の定、私の心配通りになりそうだわ。」
先生は思う。
『この人ひどい。風紀委員にしろって言ったのに。とぼける気だ。卑怯だわ。』
鈴木先生が周りを見ると、他の先生たちはうつむいて仕事をするふりをした。
『ここって、ヤバい学校だったの?』
先生はうつむいて震えた。
教頭先生の頭の後ろに黒いモヤモヤしたものがいる。悪霊が憑いてる。
教頭先生が思っている。
『嫌なら辞めろ。こんな美人いらないのよ。いろんな男を誘惑しやがって。どうせすぐ誰かと結婚して辞めるくせに。』
これは先生のいじめだ。こんなのあるんだ。
6
学校の廊下を莉子さんが走っている。
黒い服の鈴木先生が前を颯爽と歩いている。
莉子「鈴木先生!」
振り返った先生。優しい笑顔
でも心の中を見た。
『何よもう。ヤバガキ。もうすぐ夏休みだってのに厄介ごとを持ち込まないで』
先生冷たい。
でも優し〜い笑顔で、子猫ちゃんに言うみたいに言った。
「まあ莉子ちゃんどうしたの?」
嘘つきな先生は莉子さんの頭を撫でた。莉子さんも嬉しそう。ニコニコしている。
莉子さんは先生を見上げて一生懸命に話し始めた。かわいそうになっちゃう。
「先生、先生に教えてあげたいことがあるの。」
「なんでしょう。」
「あのね、吉田くんは悪くないの。やっぱりいじめられてるのよ。田原くんと松本くんがいじめてるの。」
先生は思う。笑顔のまま。
『ウッソだろ?五組の子の名前聞いて調べてんじゃん!やめろよ!動くんじゃない!家族で協議しようって段取りつけてるとこなのに!』
先生は裏腹な笑顔で言う。
「・・そう。よく教えてくれましたね。莉子ちゃんは優しい子ね。もう、みんなに話しちゃダメだからね。私に任せてください。」
小さい莉子ちゃんは先生に笑顔で嬉しそうに「はい!」と言って走って行った。
先生『うわわあ!こうしちゃいられない!なんとかしなきゃ!大騒ぎにされちゃう!』
先生は走った。
後ろの莉子ちゃんは冷静な声で言った。
「でも普通だね。普通の人ならこう言うよね。天使じゃないもんね。先生も普通の人だったんだね。」
「うん・・・大学出たばっかりだかんね。」
「フッ。ミユキお前ほんとに幾つなんだ。」
入道雲。青い空。夏空。ムワッとした暑さを感じる。
汗だくで走る小さい莉子ちゃん。
必死な表情で廊下を走っている。
前を歩く鈴木先生が振り返った。
莉子ちゃんが言う。
「先生どうして?吉田くんケンカしたことになってるよ!吉田くんはいじめられてたんだよ?なんで転校しちゃうの?」
先生思う。笑顔のまま。
『うわああ!みんなの前で言うな!せっかく夏休み中に頑張って丸く収めて来たのに!他の先生に頼んで議員の親に頭下げてセクハラ言われて笑って誤魔化して、ヤクザの親に怒鳴られて罵られて、ああもう!クッソ!あいつらが悪いのに!』
でも先生は優しい笑顔で赤ちゃんに言うみたいに言う。
「莉子ちゃ〜ん。ごめんね〜。ちょっとこっちに来て。」
手招きされて、歩く先生についてゆく。
先生のすごい怒りが伝わってきた。怖い。
後ろの莉子ちゃんは「ついて行っちゃだめ」と言った。
小さい莉子ちゃんは聞こえたかのように一瞬立ち止まろうとした。
でも先生は笑顔で莉子ちゃんの手を握って引いていった。
莉子ちゃんは感動した。
『うわー柔らかい手・・手を握ってくれた!でも冷たい手。冷え性なのかな。』
今の大きい莉子ちゃんは、ため息をついて首を振った。
小さい莉子ちゃんは教室から遠い廊下の隅に連れてこられた。
先生を見上げると、真っ赤になってワナワナと震えていた。
「先生?」
「莉子ちゃんもう余計な事しないで!」
莉子ちゃんはびっくりして足が震えた。
今の莉子ちゃんも震えている。私も震えが。
先生に黒いものが憑いた。
先生は目を大きく開いて大きな口を開けて、裏返ったこれ以上ない怒りの感情の入った声を、小さい莉子ちゃんにぶつけた。
「いじめがあったなんて言ったら大問題なのよ!もう学校と吉田くんとかの親たちと話がついてるの!騒いだらあなたが悪くなるの!」
小さい莉子ちゃんは青くなった。怖くて先生を見ていられなくて目を瞑って横を向いた。
後ろの莉子ちゃんはそのまま先生と莉子ちゃんを見ている。目が涙ぐんでいる。
先生「分かったら分かったって言って!」
小さい莉子ちゃんは震える声で言う。
「先生、怖いよ。」
「は?あなたちゃんと聞いてた?」
かわいそう。
でも先生の冷たい声に莉子ちゃんは感情を爆発させた。目をぎゅっと閉じて叫ぶ。
「でも、吉田くん悪くないよ!ケンカなんてしてないもん!みんなだって知ってるよ!」
先生がビシャッと平手打ちした。
莉子ちゃんはびっくりして、動きが止まった。
鈴木先生は『あれ、自分が止められない』と唖然としている。
先生の後頭部の黒いモヤモヤから『キャハハ!』と声が聞こえた。
え、これなんだろう。どんな霊なの?
黒いモヤに集中すると小学生の霊が見えてきた。男女十人?二十人は居る。
その過去が見える。
それぞれの子が、いじめや教師の心無い言葉で傷つき自殺した霊だった。
前の高学年の女の子が私に答えた。
『古い子は何十年も居るのよ。この学校って昔からパパママたちを脅したり、お金で黙らせたりでうまく隠すからみんな泣き寝入りなの。私たちはああいう目立つ子はうらやましいから、私たちと同じ目に遭わせてあげるのよ』
ええ?それやめた方がいいよ。悪いことしてると天国行けないよ。神様とかパパやママたちに祈ってみたら?
霊は首を振った。
『うちの両親は信仰心ないもの。私は死んじゃったから消え去ったと思ってるよ。』
光のある方向を探して。神様を信じて。そっちに行くの。
『でも、いじめる側の人もいるからそんなにウロウロできない。』
んん?どういう意味?
赤い髪の子と茶髪の子に意識が飛んだ。
その後ろの黒いモヤに意識が集中した。
簡単な和服を着た若い男の人が二人見えた。二人とも髪の毛が赤い。
その霊が言う。
『うははは!俺たちは泣く子も黙る宿場荒らしの『赤髪兄弟』だぜ!ここは俺たちのナワバリだ!』
え?ダサ!雑魚?
『誰が雑魚だ!お前の学校にも行ってやろうか!』
えへ?うざ!チンピラ?
『バカにすんじゃねえ!俺たちはすごく昔からここに居るんだぞ!金を巻き上げ!殴る蹴るで言うことを聞かせ!女を奪い!うるせえ奴は刺してやったこともあるんだぜ!』
へえ。やっぱチンピラじゃん。
『怖いんだぞ!』
本当の地獄も知らないくせに。塚の武者霊の方がずっと怖かったよ。
『ばっかやろ、そいつを連れてこい!俺がぶっ飛ばしてやる。』
ほんとに呼ぼうかしら。こんなのが憑依するのか。
ねえ、あんたたちに親分はいないの?
『なんだと?俺たちじゃ話にならねえから上を出せって?お前!ヤクザか!』
そういうノリいいから。
『親分なんかいねえ!そんな話すんな!あいつが来ちゃうだろ!』
誰よ。
周りが暗くなった。
後ろにとっても大きい人が立っていた。三階建ての家ぐらいある人。
簡単な和服。でっかい顔。お相撲さんみたい。口はカエルみたいに大きい。でも口には牙があって、ひたいに長いツノが一本生えている。
大男の鬼さんは、怯える赤い髪の一人を、私の上から手を伸ばして掴んで口に運んだ。
大きな口。鬼さんは一人を頭から食べた。
バリボリいう口の中で「助けて!ぎゃあ」と言っている。かわいそう。
鬼さんは飲み込んだ。そして言う。
『ここは地獄の一丁目。こいつらは毎日いじめたりいじめられたりを繰り返している。たまに地上に行って憑依してまでいじめを続ける悪党だ。』
言いながらもう一人を捕まえて食べた。
食べちゃダメ!
大鬼さんは噛まずにゴックンと飲んでから言う。
『大丈夫さ。ここはあの世だから死なないんだ。』
チンピラ二人はいつのまにかさっきの所で怯えている。
大きい鬼さんが言う。
『飽きるまでいじめたりいじめられたりを続けるんだろうよ。自分が死んで霊になった事が心底分かって、悪い事をしたらいけないことが心底分かるまで、天国には上がれないのさ。』
あなたよく知ってるのね。なんで地獄にいるの?
大鬼「裁く役目も必要なのさ。」
上の空に、白い頭巾をして青紫色の着物を着た尼さんの霊が来た。わたしの守護霊の水蓮さん。
『あの巫女の子が記憶に集中してって言ったでしょ?戻ってらっしゃい。』
あの学校って一体・・・
『昔は刑場で墓場だったのよ。死霊たちの想念の影響で空間が地獄に繋がっていたの。』
いたのって?今は違うの?
『今もだけど、多少改善した。』
意識が飛んだ。
こげ茶色の机に両手をついて怒っている鈴木先生が見えた。
水蓮『校長室よ』
鈴木「私はこの学校を辞めます!そして、この学校を告発します!イジメの隠蔽、許せません!」
校長らしい少し歳をとった男の人が向かい側の大きな椅子に座ったまま言う。
「君い、よしなさい。もう教職に就けなくなるよ。」
鈴木「構わないわ!私はあなたたちを許せない!」
ああ、先生すごいわ。ただの冷たい嘘つきじゃなかったのね。
水蓮さんは言う。
『彼女の告発で学校に文科省と教育委員会の査察が入って改革が行われました。過去のいじめを隠蔽していたということで、校長と何人かの教師が退職したり異動になりました。あのいじめをしていた二人の児童もしばらくの間、監視下に置かれて大人しくなりました。でもそのいじめ事件自体は議員の親の力で隠蔽されました。』
校長が荷物をまとめて去り、何人かの先生が去ってゆく姿を見て、自殺した子供の霊たちが一人二人と上空に浮き上がった後、飛び去った。
霊たちは三人ぐらいを残してほとんど居なくなったのが見えた。恨みが晴れたのね。
でも、莉子ちゃんは?
意識が飛んだ。
莉子ちゃんが叩かれた左頬を押さえた。
ピイイイイと耳鳴りがしている。
先生の叩いた手の中指が耳の穴に当たって左耳がよく聞こえなくなった。
先生が鬼のように真っ赤で怖い顔で、莉子ちゃんの小さい両肩をつかんで揺すりながら何か言っている。
ちょっと泣きながら。でも言葉はよく聞こえない。
「・・・!・・・・!・・・・!・・・!」
泣いてるけどすごく怖い顔。莉子さんはびっくりして涙している。
『違う人だ、違う人だ・・』
先生は、なんて言ったんだろう。
先生の頭に集中。巻き戻った。不思議。
先生「あの子たちが次は莉子ちゃんをいじめるって言ってるの!教頭も校長もそれは無視する!お願いだから静かにしてて!」
聞こえていない莉子さんが言った。
「痛いよ先生。」
赤い目の先生がハッと息を吸い込んだ。
『まずい。体罰教師になっちゃう。私、クビだ。』
莉子ちゃんがキレて叫ぶ!
「暴力教師!校長先生に言ってやる!」
莉子ちゃんが廊下を走る。先生は追いかけた。
先生「待って!莉子ちゃん!待って!叩いちゃった。ごめんなさい!」
『ああ、もうだめだ。私はおしまいだ。』
莉子ちゃんは立ち止まって振り返った。今度は聞こえた?
「えっ?」
先生『止まった。・・なんて素直な子』
先生は少し泣いた。
『こんないい子に私なんて事を・・』
そして先生は莉子さんの前に立って莉子さんを上から見て思った。
『この学校を告発して、この子を絶対護る!』
先生の顔はすごく怖かった。莉子さんは怯えた顔でペタンと尻もちをついた。
先生は教員証を捨てて歩いて行った。
今の莉子さんが言った。
「ああ、突き倒されたんじゃなかったんだ。私に怒ってもいなかったのね。」
でも小さい莉子ちゃんは呆然と座ったまま動かなかった。
私の心に小さい莉子ちゃんの感情が直に入ってくる。
悲しい。笑顔だけど怒ってた。裏切られた。好きだった先生。もう優しくしてもらえない。嘘ついてた。許せない。もう信じない。先生の気持ちが分からなかった。許せない。だめな私許せない。
全ての悪い感情が押し寄せた。それが先生の最後の顔のイメージになった。
今の莉子ちゃんが言う。
「ミユキのおかげで先生の気持ちがわかったよ。自分の気持ちもね。」
「ショックだったんだね。」
「うん。」
しばらく話さなかった。
莉子ちゃんは言った。
「私のは大したことないね。涼子とか猪瀬とかレイラとかキラとかと比べたら大したことないよ。」
「苦労は比べちゃだめ。人は進んだ距離と努力の量とで評価されるのよ。」
「んふふ。だからお前ほんとにいったい幾つなんだ。」
「でも、傷ついたんだよね?すごく。」
「うん。生きてく自信がなくなった。」
「でも、明るくて強い莉子ちゃんがこのぐらいでふさぎ込むかな?」
「ミユキ。私は弱いよ。暗いし。お前は最近の私の表面しか見てないし、私の深いところが分かってない。」
「小さい莉子ちゃんは傷ついたけど、今の莉子ちゃんは負けないと思う。続きを見ようよ。」
莉子ちゃんが私の後ろを見た。
振り向くと小さい莉子ちゃんが立っていて言った。
「もういい。思い出したくないの。」
「まだ何かあるのね?」
大きい莉子ちゃんが言った。
「優しくてどうしたらいいか教えてくれる先生。大好きだった。いつも味方してくれた。『最強』とか言ってたのも男子が怖かったから。私も守って欲しかった。先生と仲直りしたかった。でも先生は精神を病んで辞めちゃうの。私が無神経だったから。私を守ってくれる人は居なくなった。でも、本当はぜんぜん味方してなかったね。」
小さい莉子ちゃんが言う。
「涼子が見たやつ、見てたの?」
大きい莉子ちゃんも答えた。
「私の記憶だもん。最初に思い出したよ。いじめられた子は自殺しちゃった。いじめた二人も疑われたことに怒って電車に飛び込んだって。私が色々騒いだから、みんな死んだの。」
「え・・・」
教頭先生の声がする。
『ちえみ先生は精神を病んで休職されました』
事務の人が教頭先生に耳打ちするのが聞こえている。
『松本と田原が電車に』
同級生の女の子が
『いじめられてた子自殺しちゃったよ。』
小さい莉子さんが膝をついて座り込んで両耳を塞いでいる。
ドキドキが強くなって息が苦しくなって床に倒れた。
『私のせい・・・』莉子ちゃんの思いが私に入って途切れた。
周りは霧。床が凍りついて寒くなってきた。
小さい莉子ちゃんと大きい莉子ちゃんが手を繋いだ。
あれ?
大きい莉子ちゃんの肌が黒くなって、牙が生えた。そして両方のこめかみから黒いツノが生えた。
大きくなってゆく。そしてどんどん筋肉質の男の鬼になって、背中に翼が生えた!
何これ!どういう状況!
上に浮いていた水蓮さんが言った。
『鬼は大きい莉子とも一体だし、どちらの姿にも化けることが出来る。でも分断された莉子の記憶を両方とも共有している。どれも莉子だと言うことができる。大きい莉子も、小さい莉子も、鬼も。』
小さい莉子ちゃんが言う。
「もう分かったでしょ?帰って!」
「だめよ。大きい莉子ちゃんはどこ?私、一緒に帰るの!」
「嫌なんだって!ミユキ帰りな!」
「いやよ!一緒に帰る!」
「だったら力ずくで帰らす!」
鬼が一歩出た。足もお腹もすごい筋肉。
その時、巫女の子がスタッと横に降りてきた。
小さい莉子ちゃんが「チッ」と舌打ちした。
もう一人巫女さんが降りてきた。莉子さんぐらいの年齢かな?首に数珠をして手にも数珠を持っている。
「莉子ちゃんの守護霊さんね?」
大きい巫女さんはうなづいた。
二人が手を合わせると風が吹いて鬼と莉子ちゃんの後ろの霧が晴れて座り込んだ莉子ちゃんが見えた。
7
体育座りで膝に顔を埋めた莉子ちゃん。
白い。霜が降りて凍っているように見える。
声をかける。息が白い。
「莉子ちゃん!これは過去!」
小さい莉子ちゃんが言う。
「バカやろ!今だよ!」
「違うよ!今の莉子ちゃんなら乗り越えられるはず!」
「だめなんだよ!うわああああああ!」
黒い鬼が一回り大きくなった。レイラちゃんよりずっと大きい。
両サイドの巫女さん二人が手を合わせた。風が吹く。どんどん強くなる。
鬼が揺らぐ。風の勢いに合わせて姿がぼやける。
鬼の足にしがみついた莉子ちゃんが叫ぶ。
「やだやだ!怖いよー!」
小さい莉子ちゃんも揺らぐ。
二人の巫女さんは目を開けた。
風が止まり、二人の揺らぎも止まった。姿は修復する。
鬼は大きなコウモリみたいな翼をガッと広げた。
小巫女「これはガーゴイルっていうんだね。呪物の魔から切り離した念の塊だから壊せなくなはいんだけど、小さい莉子までこんな感じなのよ。一体化していて手が打てない。これ以上やると小さい莉子の方は霊体が吹き飛んで光子体だけになっちゃうから、それはこの世で言うと死と同じ。莉子が半分死ぬから、たぶん地上には帰って来れない。」
鬼が一歩出てくるが、小さい巫女さんが手のひらを向けるとぐぐぐと止まった。
「あなた強いのね?」
鬼は諦めてだらっと休んだ姿勢になった。
「う〜ん。困ったね。どうしよう。」
水蓮さんが巫女さん二人の後ろの方から言った。
「困ったら涼子ちゃんはどうしたっけ。」
祈る。
「そうだ!祈るわ!」
二人の巫女さんもまた目をつぶって祈った。
「主よ。莉子ちゃんをお救いください。莉子ちゃんをお救いください。」
手と頭から光線が出て空に果てしなく伸びて行った。
上空から光るものが降りてきた。
光る玉。
小さい莉子ちゃんが舌打ちして悔しそうに言う。
「チッ、ありゃあ涼子だね。」
近づいてきた。光じゃなくて天使。天使が一人来た。
ギリシャ風の白い服。白い鳥みたいな翼。
背中に黄金のオーラ。後頭部にお盆のような大きさの後光が差している。
金髪美人。涼子ちゃん?顔はそっくり。
天使は私たちと莉子ちゃんたちの間に、莉子ちゃんたちに向かって立った。
天使が振り向いて微笑んで言う。
「やっと場所が分かった。ミユキちゃん、ありがとう。」
「いいえ。どういたしまして。」
綺麗。ポーッと見とれちゃう。だめだなあ。私も莉子ちゃんと同じだ。
でも大きな鬼が身構えた。莉子ちゃんがその足にしがみついた。
小さい巫女さんが言う。
「涼子!力任せに鬼をぶち斬ったりしないで!莉子も切れちゃう!」
涼子ちゃんの顔の天使は両手を合わせた。
天使はバーッと車のライトが大きくなったみたいに輝いてそのまま前に歩き始めた。
鬼が下がる。
天使が光をビカビカ発して前に進む。
小さい莉子ちゃんは身を縮めて怯えた。
鬼はビョンと飛んでバサッと羽ばたいて空中で消えた。
大きい巫女さんは「逃げた!」と嬉しそうに叫んだ。
小さい巫女さんは「逃げただけ」と言った。
小さい莉子ちゃんは鬼から落ちて地面にうつ伏せに倒れた。
でもすぐに両手でガバッと起きて立ち上がった。
天使は歩いて近づく。
莉子ちゃんは両肩を上げるように小さくなって怯えた。
光る天使が小さくなってゆく。身長が縮む。横幅も。
天使は光の量を下げた。
莉子ちゃんは目を見開いた。
「え」
天使さんが幼い姿になってゆく。カワイイーッ!
金髪の涼子ちゃん風の小さい天使ちゃん!カワイイ!かあいい!ううう!
天使ちゃんは振り向いて人差し指を立てて「しっ」と口に当てた。
「うん!静かにするね!」
天使ちゃんはニコッとした。
「・・っ!もうッ!だめだッ!カワイイーッ!」
天使ちゃんは振り向かずに「うるさいなあ」と言って歩いていく。
そして莉子ちゃんの前、二十センチで言った。
天使「莉子さん。私を助けてくれたよね。ありがとう。」
莉子「あ、え?え、」
天使がガバッと莉子ちゃんに抱きついた。
「あなたが好き!好き!好き!」
天使がまたビカビカにババババと光って莉子ちゃんを抱きしめる。
光が愛を帯びていて、見ている私も心が温かくなって涙が出る。
莉子「わーっ!」
天使「好きーッ!」
光が小さい莉子ちゃんに浸透して光を帯びさせる。
莉子ちゃんは泣きながら天使の手を逃れて走った。
「助けてーッ!」
天使「スッキーッ!」
天使はてけてけ追いかける。
莉子「キャーッ!」
「あはは。」
巫女二人も腰に両手を当てて笑って顔を見合わせた。
大巫女「力技だ。愛の力だ。」
小巫女「やっぱりパワープレイじゃん。」
莉子ちゃんは座っている大きい莉子ちゃんにすがりついた。
「助けてーっ!死んじゃう!」
大きい莉子ちゃんはスッと顔を上げた。
泣いている小さい莉子ちゃんを大きい莉子ちゃんは抱きしめて優しく言う。
「死なないよ。」
小さい莉子ちゃんは「うえええん」と小さく泣き声をあげた。
大きい莉子ちゃんはママみたいに優しく言った。
「泣けなかったんだよね。あの時は。」
小さい莉子ちゃんは上を向いて「わああああん」と大泣きした。
大きい莉子ちゃんも涙を流した。
小さい莉子ちゃんは泣いたまま大きい莉子ちゃんの胸に吸い込まれるように消えた。
大きい莉子ちゃんは顔を上げた。
小さい天使はスーッと光を収めて大きい莉子ちゃんの前に立って、両手を腰にニーッと笑った。
そして大きくなって今の涼子さん似の姿になった。金髪の涼子ちゃん綺麗。
「私は涼子であって涼子でないのよ。今は守護霊と一体化している。」
莉子「また訳の分かんないこと言う。」
天使「・・・あなたが好き。」
莉子「・・・お、おう。」
天使「でもビアンじゃないからね。神様があなたを愛するように莉子さんが好き。」
莉子「・・・うん。分かった。でもそれ気をつけろ。誤解しちゃうだろ?」
天使「うふふ。」
莉子ちゃんが誤魔化すみたいに遠くを見た。
涼子ちゃん風の金髪天使は言った。
「あなたは自己愛だとか批判するけど、あなたは自分を愛して大事にする事も知った方がいい。」
莉子ちゃんはそっけなく涼子ちゃんを見ないで答えた。
「・・・そうだね」
近づいて莉子ちゃんに言った。
「ねえ!莉子ちゃん!帰ってきて!お願い!」
莉子ちゃんは私を見て、しばらくボーッと見ていた。
そして言った。少し笑って。
「向こうに帰んなかったら死ぬのかな。」
泣いた。心の世界だから止められない。
「わああああん!帰ってきてよー!うああああ!」
莉子ちゃんは私の頭を撫でて言う。
「泣くなよー」
「泣くよバカーッ!あああああん!もおお!」
莉子「ふっふっふ。」
「みんな待ってるよ!ジローだって待ってるよ!」
莉子「あああ。返事しないと悪いよね。」
「そうだよお!もー!」
莉子「分かった。とりあえず帰るよ。」
「とりあえずって何よバカーッ!」
ハッと目が覚めた。
病室。
椅子に座っていた。
両サイドの椅子には正人くんとマリリンちゃん。
マリリンちゃんは目を閉じて祈っている。正人くんの祈る手は下がってて寝てるみたい。
前のベッドに莉子ちゃんが寝ている。点滴はまだ半分くらい残っている。
頬が濡れていた。涙を手で拭いた。
巫女さんが二人、霊体の莉子ちゃんの両腕を抱えて空中にいる。
霊の莉子ちゃんが、寝ている莉子ちゃんにストッと入った。
莉子ちゃんは大きく息を吸って吐いた。
小さい巫女さんが笑って言う。
『とりあえず帰ってきたね。』
「うん。でも鬼は?」
『小さい莉子の心に繋がっていたから、今の莉子の心にも繋がっている。あの世には距離なんてないから、あの鬼は莉子がまた怒ったら出てくるよ。』
「取れないんだ。」
『霊的にくっついてるね。あれがエネルギーを吸い続ける。どうにもならない。たぶん救う方法はない。』
莉子ちゃんがむくりと体を起こした。
思わず走って飛びついた!
莉子「痛いよミユキ。」
後ろで椅子が動く音がしたから、マリリンと正人くんが立ち上がったと思う。
莉子ちゃんの体は少し冷たい。かわいそうになってギュッと抱きしめた。
ノックの音。マリリンがドアを開けた。
「莉子ぉお!!!」
耳が心配になるような大声で高い声!
莉子ちゃんは顔をそむけた。
り「うるさいよ心美。」
こ「バカやろ!!」
心美ちゃんが私の上から莉子ちゃんを抱きしめた。あったかい。
8
あれから一週間。土曜日。
莉子ピはまだ涼子に会っていない。
今日、涼子は優利くんと車で来る予定。
莉子ピのマンションの玄関横の花壇の縁石に座って待った。心美ンやミユキと一緒に。
ガーベラが咲いている。
なぜかレイラが来て、無言で玄関前の階段に座った。服はいつもの白ジャージ。
みんなノーリアクションなのが面白い。私も何も言わない。
莉子ピが立ち上がった。私たちも。
優利くんの軽4WDが前に止まった。
涼子が助手席から降りてきた。
莉子ピは、両手を腰に「フッ」とニヒルに笑った。なにその顔。
不可解。莉子ピの思いを読む。
『あのちっちゃい涼子かわいかったな。』
何それ!後で詳しく聞く!
涼子は笑顔から泣き顔になって走ってきた。
二人がガシッと抱き合った。
涼子「ごめんね。ごめんなさい。わたし、莉子さんを死なせるところだった。」
莉子「泣かないで。私がごめんなのに。ありがとう涼子。」
ボロ泣きの涼子。
莉子ピは五センチ高い涼子の顔を両手で首元に引き寄せた。
涼子はしばらく、莉子ピに口を押し付けて声を殺して泣いた。
涼子の方が助けてやるって言ってたのに不甲斐ない。でも強すぎない涼子がいいなと思っている。
レイラが無言で二人に近づいて抱きしめようとしたので、心美とわたしで慌てて止めた。やっぱり無言で。
莉子ピはだいぶ落ち着いた。というか寂しげに見える。
元々そんなに笑わないのに今は全然笑わない。
心を読もうにも、もう固く閉じていて何の思念も伝わってこない。
落ち着いた涼子が顔を上げて莉子ピに囁いた。
「私、キラちゃんと先生に会うわ。まだ生き霊が見える。」
「いいよ涼子。もう、そこまでしなくていい。」
「・・・」
「て言ってもダメか。私は会わない。怖いもん。」
「何とかする。何とかするから」
また涼子がメソメソ泣く。
莉子「何もしなくてもいいよ。」
涼子が囁くように「だめ」と言った。
莉子ピが言う。
「私なんかのために、そんなに一生懸命にならなくていいんだよ。ありがとう。もう充分だよ。」
「まだ、あなたを救えていない。」
莉子ピは「ふう」とため息をついた。
「あなたを救いたいと思っているのはわたしと、ミユキちゃんぐらいよ。」
「でもだめだったんでしょ?」
「私は今も救いたいと思っている。まだ救えると信じている。」
「もういいんだけどな。」
「あなたを救えるのは、救うことを諦めていない人しかいない。私が諦めるわけにはいかないの。」
「ふう・・・だろうね。」
「私は諦めない。たとえ、あなたがずっと前に諦めていたとしても。私は絶対あきらめない。」
涼子の涙はひいた。でも莉子ピの目から涙がこぼれた。
莉子ピは口を押さえて横を向き嗚咽をこらえた。
莉子ピは、近づく涼子をまた手で制止し、一人で泣いた。
日曜日
朝。天井が見える。
とりあえず帰ってきた。
この一週間、普通に学校に行き、普通に過ごした。
あのトラウマの記憶を消化しきれたわけではない。
でも、みんなにお礼を言うために帰ってきた。
同時に、お別れを言うためでもある、かもしれない。
大崎の母は前に、今年中に私が死ぬと言ってたし、異世界の『私』も、もうすぐ私が死ぬようなことを言っていた。あの夢の世界。リアルな夢の世界から帰らなければ死ぬ。
あの小五のショックの後、記憶を失う前、もうそのまま死のうと思っていた。思い出した。
涼子はそれを知っていた。涼子に言われて涙が止まらなかった。
でも、幸いなのか不幸なのか、小五の十月には、もう忘れてしまった。
記憶が思い出せなくなったあと、なんであんなに本ばかり読んでいたのか。
それは、無意識に、この自己嫌悪やマイナス感情に耐えられるだけの知識を、脳に入れようとしていたのかも知れない。
今も辛いけど、なにも出来ないほどではない。
スマホが鳴った。
今十時。
誰だ?日曜の朝から。
猪瀬。珍しい。
「何よ猪瀬。」
『ああ、莉子ピ?これから家に行っていい?』
「は?何しに?」
『冷たいな。あのね、マッセの家でカレーパーティしようと思ってたんだけど、お兄ちゃん夫婦と赤ちゃんが来てて騒げないからどうしようかって思ってたの。莉子ピんち近かったから。』
軽薄な早口。負けるものか。
「ええ?誰と?騒ぐの?うちを溜まり場にしないで。」
『カレー食べたくない?食材がもったいないからさ、ご飯炊いといてよ。多めに。』
「はあ?何人で来る気?厚かましいわね。」
『じゃあ二十分で行くわ。ブツッ』
「あっ」
切られた。
そうだった。あいつはこういう奴だったんだ。油断していた。
ドアがノックされた。きっかり二十分で。
開けてやる。
「もう。インターホンを知らないの?」
「つい癖で。莉子ピもうちの安アパート知ってるでしょ?うちにはそんな高級品ないもん。」
「何言ってんの?世の中全然標準装備だし。」
猪瀬の他に女子が三人も入ってくる。コンビニ袋をカサカサ言わせて。
「おじゃま〜」
「お邪魔しますう」
「失礼しまっすぅ」
私はスリッパを置きながら「おはよ」と言った。午前中にカレー作りに押しかけたことへの嫌味も兼ねて。
女子の一人が「堅いな」と言った。ふつうの挨拶だろ。
「あっ」と気づいた。声が出てしまった。二人ぐらいが振り返ったがそのまま奥に入ってゆく。
こいつら『マリリングループ』だ!
三年七組でいつも騒いでいる連中。
猪瀬は一年からずっと理系進学クラスなのでメンバーはほぼ固定。
急襲をかけられた。これは大変。我が家の一大事。未曾有の危機。
猪瀬がそんな私を見てニヤッと笑った。こんにゃろう。
廊下を小走りして追いついて猪瀬に言う。
「ちょっと猪瀬、今日は心美も正人も居ないんだけど?わたし料理のフォローなんて出来ないよ。あんたたちにカレーなんて作れるの?」
言った後、大きい声で言いすぎたかなと後悔した。前の三人は初対面だった。まずい。つらくなる。
長身の痩せた子が言った。
「シツレー。私ら家庭科で一年の時、やったもん。ねー?」
ツッコミを入れてもらえるとホッとする。
髪はショートボブで、まばらに茶色に染めている。ブリーチ失敗ではなくて、たぶんデザイナー系のスタイリストとかのヘアサロンでしてるんだろう。全体にツヤツヤだし、綺麗に整えられた前髪。顔はわりかし美人なのでその髪もよく似合っている。
もう一人は青に染めたボブの子。
「究極のココナッツカレーを食わせてやるわ。あははっはっは!」
前髪ぱっつん眉下で。顔はかわいい系だけど、目がめっちゃ強い。
もう一人は長髪メガネ。前髪は長くて真ん中分け。両耳下でお姫様カットにしている。
「ごめんなさい騒がしくして」
常識ある風。沖縄で見た子だね。眼鏡美人。
リビングに入ったところで猪瀬が言う。
「紹介するね。噂の莉子ピで〜す!」
「ちょっと裏で噂するのやめて」
長身の子が言う。
「ええ、でもすごく面白い子だって聞いてるよ。」
「ほらあ。私は面白くない。いや、私が面白くない。」
マッセ「あはは。やっぱ面白い。」
リビングでコンビニ袋が床に下ろされた。ドサッと鳴った。結構な量だ。何人分作る気?
猪瀬は気にせず紹介を続ける。
「この子はカワッパル。」
「か?カワッパル?」
背の高い子が言う。
「川井本晴菜。」
猪瀬「身長は正人ぐらいね。モデルやってるのよ。事務所のイチオシ。スレンダー美人でしょ?」
休日なのに四人とも制服。
カワッパルはスカート短い。
その下に細い黒スウェット。横に英大文字で『セックススキャンダル』と書いてある。
何がセックススキャンダルだ。そんなん履いてるとそういう目に遭うぞ。
「でも、ハルナでいいんじゃん?」
猪瀬「アヤッパルも居るし。」
「アヤッパル?」
長髪メガネが言う。身長は私ぐらい。
「綾鬼部春奈です。剣道部です。」
「沖縄で舞踊の衣装着た子だよね?」
猪瀬「青い子がマッセ。バスケ部だよ。」
青「真木崎聖子だよ。ごめん。今日は。」
身長は涼子ぐらいか。
「マッセと言うと、ビリヤードの技で上から白球を突いて回転をかけてコースを曲げるやつ?」
猪瀬「にゃはは!そんなの知らん〜!」
青「うふふ。おもろー。」
「猪瀬ぇ。青い人の家がだめであたしンちに押しかけてきたっての?」
マ「青い人?キヒヒ。」
カワ「莉子ピ。キーマカレーをご馳走するから許して。」
「すでに食い違ってるけど?何カレーを食わせる気?」
猪瀬「まあ、気にしない気にしない!」
「するわ」
マ「牛と豚と鶏とひき肉。莉子ピどれがいい?」
「なんか不安しかないわ。得意なのにして。上手く作れるやつ。」
カワ「大丈夫よ莉子ピ。」
こいつら、すぐに莉子ピと呼ぶ。無遠慮な奴ら。馴染めん。
でもミユキなんか初めから『莉子ちゃん』だったな。あいつは年上とか全然気にしない。
猪瀬「でも今日は小っちゃくならないね。いつも初対面だと縮こまってたじゃん?」
「はあ?縮こまってられるか。最大警戒体制よ。」
アヤ「ええ、何があ?」
カワ「私たちが何をするって言うんだ?」
「大惨事にならないように見てないと」
猪瀬「にゃはははは!」
他の三人もアハハと笑う。
「笑い事じゃない。」
猪瀬「ね?おもしろいでしょ?」
カワ「ヒヒ。オモロい。」
「面白くない。」
でも、何か、過去の厳しい体験を思い出したせいか、怖いとかどうでもよくなってきた。
いや、怖いは怖い。でも前ほどの萎縮感は感じない。何でかな。
死を意識したせいかな。
猪瀬がバシッと背中を叩いた。
「い〜!超痛い!体力バカ!手加減しろ!」
「暗い顔しない!にゃははは!」
猪瀬と三人は食材を出しながらニヤニヤ笑う。
笑い事じゃない。肉がないから肋骨折れる。たぶん手形にアザになる。たぶん寝るたび痛い。
猪瀬は『うるさいな』みたいに苦笑した。
カワ「ウフフ。でも新鮮。マリリンを体力バカっていう人、初めて見た。」
マッセ「でもそうだよ。あははー!」
猪瀬「これでも学年一位なんですけど?」
「あの学校の三年が全部バカなのよ。私も含めて。」
みんな笑う。半分本気で言ったのに。
アヤ「シシ、莉子ピって上からよね。」
カワ「お姉ちゃん気質なのよね。」
猪瀬「姐さん気質なのよ。」
ミユキが来た。
「何?真理凛の友達?」
マッセ「あら!カワイイ!」
アヤ「カワイイい!」
カワ「カワイイー!」
カワッパルはしゃがんでミユキをハグした。
確かにミユキは子供の割に整った顔をしている。ミユキの母は私の母より美人だ。
見た目はカワイイことはカワイイ。言うことの半分以上は憎たらしいが。
ミユキはびっくりしている。ハグされたまま言う。
「あ、の、ミユキです。莉子ちゃん?真理凛のお友達?」
「インベーダーどもだ」
「なに?英語?侵略者?」
カワッパルはミユキの両肩を持ったまま上を向いて大笑いした。
「あっはっはっは!莉子ピやっぱ面白い!」
猪瀬「にゃは!私の友達はみんな面白いのよ。」
「猪瀬とは友達じゃねーし」
猪瀬「またイケズなこと言う〜」
抱きついてくる猪瀬を剥がす。
マッセ「やだあ、なんかうらやましい〜」
猪瀬「じゃあこう、」
猪瀬はマッセをハグ。そのまま胸をつけたまま進んで両手で後の二人を捕まえてハグした。
三人赤くなって黙る。
「人んちで何やっとんじゃ」
アヤ「バカ!あっついよ!」
腕をかなぐり捨てるように解くアヤッパル。
他の三人はクスッとした。
アヤッパルは私に近いと感じる。
リビングの向こうにカウンターキッチン。こっち側に丸椅子を置けばバーみたいになる。
キッチンの床は縦に畳二畳ほど。
そこにひしめく女子四人。お揃いの真っ黄っ黄色のエプロン。
猪瀬が「ねえソースない?」とキッチン入り口の冷蔵庫を勝手に開ける。
他の子たちも作業しながら喋っているがいまいち噛み合ってない。
「ヨーグルトを入れるといいってよ?」
「味噌を隠し味に。」
「あたしのココナッツミルクは?」
「ねえ?玉ねぎは何分の一?てか何個?」
「キーマはひき肉?」
「肉は焼いてから入れるってよ」
「それどこ情報?普通は炒めるんだよ?」
「何これ、レッドペッパー?ガラムマサラ?ターメリック?誰よこれ買った奴」
ため息が出た。うるさい。
『女三人寄れば、かしましい』とはよく言ったものだ。誰かしら喋っていて沈黙の時間がない。
喋りながら我が家の使っていなかった大きい寸胴鍋に食材と水を入れる女子四人。
猪瀬「ご飯炊いてくれた?」
「炊飯器動いてるでしょ?三合炊いてるよ。七人前?」
猪瀬「ね?気がきくよね?」
「バカやろ。半ば命令だったじゃん。」
猪瀬「でもやってくれちゃう。」
「米洗うのに洗剤使われたら困るの。」
アヤ「え何がいけないの?
マッセ「え、お米って洗うの?」
「うお〜い、大丈夫なのか?本当に家庭科でやったんか?」
猪瀬「にゃはは!面白い!超楽しい!」
「そういう問題じゃねえ」
三人は私のツッコミで笑った。まあ、みなさん、ご機嫌が良くて何よりだよ。
猪瀬「まあまあゲストの君達はソファーでくつろいで居てくれたまえ。」
「バカやろ。逆だ。お前らがゲスト。」
カワ「フッフ。ツッコミ細かい。」
でもキッチンが狭いからミユキとソファーで待つことにする。
ミユキはカウンターのこっち側からキッチンの四人に話しかける。
「えと?カワッパルにアヤッパルに?」
マ「マッセ」
ミ「面白いね。」
猪瀬「クラスにはマッケイもいるよ。丸本景子。副委員長。生徒会長の薫子はカオタンだよ。」
カワ「ねえ、これ水多くない?」
アヤ「ええ?蒸発すんじゃん?」
マッセ「ええ〜?これだと何時間かかんの?」
アヤ「じゃあ強火。」
ぐつぐつ音が強くなった。嫌な予感。
ジュアアアアと嫌な音が。
「「「「キャアアアア!」」」」
慌てて見に行く。
吹きこぼれた。すごい量。コンロが水浸しだ。
「もう。やっぱり大惨事じゃーん。」
猪瀬「にゃははっはっは!」
「笑い事じゃねえし。」
アヤッパルが私の顔色を見てから言った。
「ごめん。笑ってないでさ、鍋どけて拭こうよ」
アヤッパルは寸胴鍋を素手で持った。素手だぞ!
ア「ああっつ!」
慌てて放すアヤパル。揺れる寸胴。半分ずれてる!
「やーばい!」
慌ててアヤッパルを引っ張った。他の三人も「キャーッ!」とキッチンから駆け出た。
寸胴がゆっくりとコンロ上から倒れてゆく。
ザザー、ボトボトボト、に続いてトンコロン。と緊張感のない音がした。寸胴は床に落ちた。
熱湯と野菜でキッチンの床一面から湯気が上がっている。
タマネギ、ジャガイモ、ニンジン。ああもったいない。
カレールーはまだ半溶けのが転がっている。
みんな青い顔で呆然と立ちすくんだ。茫然。
ミユキが私の横から顔を出してキッチンを見る。
「あ〜あ。何やってんの?」
それでもみんな動かない。虚無。みんな声も出ない。
「・・・フッ。ふっふっふ。何これ?何これ?酷すぎて笑っちゃう。」
アヤ「ごめん。」
「シシシ。アッハッハッハッハ!ヒーヒヒヒ!」
猪瀬「にゃははは!莉子ピ壊れた。」
「アッハッハッハッかっかっか・・・!」
おかしくて声も出ないほど笑いが出る。自分でそれがおかしくて笑いが止まらない。
体がくの字になるほど笑う。涙が出る。
ミユキ「うふ。何笑ってんの?」
「腹痛い!はっはっはっは、床がカレー臭くなっちゃう。へっへっへっへっはっはっは」
みんなは苦笑している。
アヤ「ふふ。ごめん」
「へへっ、いくら料理下手だからって?何これ!ははーは!アッハッハッハ!」
だめだ。指差して笑った。収まりそうにない。
猪瀬「にゃはははっは!莉子ピの方が面白いよ!」
カワ「うふ。あはははは!」
みんな声をあげて笑った。
とりあえず、しゃがんで野菜ジャガイモを拾って床に置いたボウルに入れる。ヘラヘラしながら。
「ま、これ浴びなくてよかったね。アヤパル手は?」
アヤ「ん?・・全然?」
「ああ、初対面でアヤパルって言ってごめん。ミユキとりあえずシャワーで冷やしてあげて。」
アヤ「大丈夫だよ。すぐ放したし。」
ミ「ううん。ピリピリしない?」
ミユキはアヤッパルを連れて向こうに行った。
猪瀬が横にしゃがんでまだ白いタマネギを拾いながら言う。
「莉子ピ、やっと笑った。」
「へ?はは、うっせえわ」
カワパルは雑巾で床のカレー水を拭いて流しで絞る。
「ほんと、しゃべりは楽しそうだったけど顔が笑ってなかったから。」
「へへへ、カワパルそれ手がカレー臭くなる。あははは!」
カワ「フフッ。しょうがないじゃん?」
でも「笑え」とか大きなお世話だし。
人間、笑ってたって心は怒って泣いてる時もある。ちえみ先生みたいに。逆に自分は楽しくてしょうがないのに、周囲は「あいつが笑ってないからうぜえ」とか「キモイ」とか言われることもある。私や清美は後者だ。
まあ、言う気はないけど。こんな嫌なこと思いながら、顔はニヤニヤにやけている自分が可笑しい。
猪瀬「今日は莉子ピの笑顔が見れただけで来た甲斐があったよ」
「ぷ。何?私を笑かすために?ははは。これってシナリオ?わざとなの?」
マッセは「そんな訳ないじゃん!」と隣に座って手にいっぱい拾ったニンジンとジャガイモをボウルに入れた。
「あはは!じゃあほんとに料理下手が四人も集まったの?ええ?料理しに?わはははは!」
低い笑い声が出た。それが自分でおかしくてまた笑いが止まらない。
猪瀬「にゃはははは!」
カワ「ウフフ。失礼だわ!センスはあるよ。家庭科だけは得意だもん。」
猪瀬「じゃあなんでこうなった〜?」
マッセ「おかしいな。この前のパンケーキパーティはうまく行ったのに。」
カワ「あれは生地を焼くだけ。」
アヤッパルがハンドクリームの匂いをさせながら来てかがんで言った。
アヤ「ママがカレーを失敗する奴はいないって言ってたよ。」
マッセ「お前だ!」
猪瀬「犯人はお前!」
カワ「九割お前だ!」
アヤ「でも水入れすぎたのマリリンだよね?」
猪瀬「にゃはははは!」
マッセ「あ、誤魔化した!」
騒がしい。でも嫌いじゃない。
笑いがこみあげてヘラヘラしながら片付ける。
ミユキがミーッと笑いを浮かべながら覗き込んできた。
「なーによミユキ」
ミユキ「笑顔は『顔施』とも言って、人に愛を与える行為の一つなのよ。笑顔を作る努力というのも尊いことなのよ。」
カワパルとアヤパルが揃って「おお〜」と言った。
「出た。またそういうウンチクを。説教臭えな。」
ミユキ「おばあちゃんになった時、笑顔が似合う可愛いおばあちゃんになりたいよね?」
マッセ「だねえ。」
確かに。私たちの千恵子ばあちゃんは怖い顔だったが、山梨の雪絵おばあさんは柔和な顔つきだった。
ミユキ「笑顔を作るだけでパッとオーラが出て明るくなるのよ。」
カワ「へえ。ミユキちゃんってオーラとか見える人?」
ミユキ「うん。笑顔を作れば、気持ちも明るくなってくるの。人間は二つのことを考えられないから、しばらくやってると悩み事から離れられるのよ。」
「それだと忘れるだけで悩みの解決ができないよ。」
ミユキ「うん。それは解決能力がいるけど。笑顔の効能よ。」
マッセ「なんかすごいこと言う。」
どうせ私は無愛想で暗いよ。場が凍りそうなので言わないけど。
野菜はおおかた拾ったので雑巾や古タオルを出してきて床を拭く。チャプチャプ状態。肉は無かった。
マッセ「でもそれ、笑うもんには福きたる、よね?」
アヤ「そうそれ!それな!」
猪瀬「にゃはは!」
あえてツッコまない。使い古されたボケ。ボケなのか?
カワ「ねえそれボケじゃないの?」
マッセ「え、なんか間違えた?」
カワ「正しくは『笑うカド』だよ。」
マッセ「知ーらねえよー。ウチら理系クラスだもん。」
アヤ「でも、一般常識じゃね?」
マッセ「お前ー!『そうそれ』って言ったろ!」
猪瀬「にゃははは!」
ミユキ「あは、みんな明るいから楽しいよね。」
なんかカチンとくる。ふだん暗くしてるあたしへの嫌味か。
「じゃあミユキ、明るさの効能を言ってみな。」
猪瀬が「無茶ブリ」と囁いた。
みんな床を拭きながら注目する。
ミユキ「えっとね、簡単に言うと、神様の本質は光だからよ。神は光。神は明るい。だから、神に創られた人間の魂も本質は光であって、魂の本質は明るい光なのよ。逆に地獄は暗い。それは生前の心の反映なの。だから、明るさは人間本来のあり方なのよ。」
マッセ「おお。難しいこと言う。」
う〜ん、もっともなんだけど具体的じゃないな。みんなもちょっと首を捻った。ちょっとズレてる。
カワ「でも、答えられるってこと自体すごいけどね。」
「ミユキ難しい。効能って分かってる?薬の効能書きとかの。明るいとどんな結果が来るかを述べよ。」
猪瀬「のべよ?にゃは。」
カワ「スパルタ教育だわ。」
マッセ「幼女虐待はんた〜い。」
みんな掃除しながらフフッと笑う。
ミユキは両手を腰に上を向いて思い出しながら言う。私たちは床のカレー水を古タオルに染ませて流しで絞る。
「う〜ん。心と思いには三つの法則があるわ。まずは『思考は実現する』の法則ね。」
マッセとアヤパルが「おお〜」と言った。
カワ「すげえ。ホーソク。」
作業しながら話題に乗ってくれる。優しい。
こいつら猪瀬の友達だからこういう話も聞いていて抵抗がないんだな?
でも、こいつらは信者っぽくない。たぶん違う。
こういうわちゃわちゃが気に入ってるから信者にしようとしてないな?逆にそれは信者としてどうなんだ?
猪瀬は『いずれ信者にするよ』みたいにニヤッと笑った。
ミユキ「明るいことを考えてると明るいことが実現するし、暗くて消極的な事を考えてるとそういうことが起きる。良いことを考えていれば、後で良いことが起きるのよ。アリアリと思い浮かべるといずれは実現するの。でも良い思いも悪い思いも両方実現しちゃうの。だから、明るくしているほうが良いことがあるわ。」
アヤ「ふ、アリアリね。」
アヤ「ええ〜?スラスラ言う。」
ミユキ「法則の二番目は『波長同通の法則』。心は磁石みたいなものだから、明るいことを考えている人には、明るい人や明るい物事が引き寄せられてくる。暗い人には暗い霊が引き寄せられてくる。」
マッセ「コワ!急にコワ!」
ミユキ「ごめんね。でも天使みたいなことを考えている人には天使が実際に来るのよ。」
涼子を思い出す。
ミユキ「三つ目。『与える者は与えられるの法則』。明るさを人にあげれば、後で明るい何か前向きなものが返ってくる。人になにかをあげても、その分、神様から与えられる。あと、物じゃなくても、笑顔とか、いい思いや、いい言葉でも人にあげると後でその分が帰ってくるの。これも逆もあって、奪うと奪われる。だから、自分のためだけに何かを実現させようとしてもだめなの。そうじゃなくて、他の人も幸福にする願いを実現させようとして念じるなり、祈るなりしないといけないの。だから布施の精神、無償の愛が大事なのよ。」
黙って聴いていた三人は「おお〜」と揃って言った。
ミユキ「だから明るさの効能は『幸せを引き寄せる』ってことよね。」
「・・・うん。まあまあ分かった。」
猪瀬「莉子ピ偉そう。」
ミユキ「ムフ。」
マッセ「じゃあ私の笑うもんにはって正しいんじゃん。」
カワ「カドな」
アヤ「ミユキちゃんってだいぶ頭いいね。宗教系の小学校なの?」
猪瀬「ミユキも信者だよ。」
マッセ「小学生の発言じゃないよね。」
カワ「天才少女現る。」
照れるミユキ。頭を掻く。そのあと手櫛にしてショートの髪をなでつけた。
でも、やっぱりみんな掃除作業していて大したリアクションはしない。
みんな優しい。
もし意地悪だったらすぐに批判との戦いが始まるぞ。
ミユキをそうやって追い詰めたかったわけではないけど。
ミユキは私の思いを読んでニコッとした。そして言う。
「わたしも宗教オタクだよ。」
猪瀬「にゃははっはっは!」
カワパルは雑巾を流しで絞って言う。
「でも思うと実現しちゃうんじゃあ悪いこと考えらんないよね。」
ミユキ「そうよ。それが心の修行なのよ。」
三人がみんな低い声で揃って「シュギョー」と言った。
猪瀬「にゃっははは!」
「ふふははは。」
でも、これは私も涼子とかに何度か聞いた話。
私は被害妄想になると思ったので、そんなに厳密に『良いことしか思わないぞ!』なんて考えてはいない。悪いこと考えちゃう事はあるけど、これでも極力良い方に考えようとはしている。
ミユキ「もし悪いこと思ったら『いけないっ』」って止めて、神様にごめんなさいして、これからは『自分のためにも人のためにもなるような実現しても良いこと』を考えようって神様に誓うの。」
三人が低い声で「神様」と復唱する。
「ふふふ。面白いって。」
猪瀬「ふっふっふ。」
やっぱり猪瀬はこいつらに信仰を持っていることを認めさせている。
みんな声が大きいから、たぶんクラスでも公認だろう。
でもこういう『ふざけた関係』を続けたいから、真剣に信仰に誘ったりはしないんだろう。
でもまあ、そうだろう。学校での伝道なんて問題にされるだろうし。
猪瀬「へへ。ふざけた関係?後で入ってもらうし。」
カワ「変な会話。」
マッセ「マリリンまた心読んで話してんの?」
アヤ「意味不。」
ミユキ「ええ〜?マリリンの読心術もみんな知ってんだね?みんなすごいね!」
カワ「まあ、色々あったけど」
マッセ「私たち読まれても後ろ暗いことなんてないもんね?ねー?」
アヤ「マッセ声でかい。」
ミユキ「それすごい!無執着の境地ね!」
「ミユキそれ言い過ぎ。」
正人が来た。帰ってきた。
「何これ?どうしたの?」
「おお救世主!」
ミユキがチラッと私を見た。
三人が揃って低い声で「救世主」と復唱した。笑ってしまう。ミユキがちょっとおかんむりだけど。
薫子と心美も来た。床の大惨事を見た。
心美「キャア!何これ!」
マッセは薫子たちを見上げて言う。
「え、カオたん?あれ、やっぱ岩見沢正人と付き合ってるんだ。」
カワ「フゥー!」
薫子は少し赤い顔で、でも毅然として言った。
「それが何か?」
ちょっと睨んだ。コワ。
マッセは薫子から目をそらして下を向いて、床を磨くかのように拭いた。
カワ「マッセ、それシャバくね?」
アヤ「シャバいわ。シャべえ。」
『シャバい』ってのは出家した坊さんから見た一般人の世界『娑婆世界』っぽいということ。お坊さんが一般人みたいなことをしていると『娑婆い』と言うのだろう。転じて、ヤクザ衆が一般の堅気のような事をしているのを『シャバい』と言うようになった。どちらも半端な事をしていてカッコ悪いということ。不良言葉からギャル言葉になって女子高生も普通に使うようになった。
でも薫子が二人をジッと見ると、二人も目をそらして床を磨きだした。前より床が綺麗になる。
理系クラスでの関係性・・・
猪瀬「いつもカオタンとマッケイには叱られてばっかなんだよ。」
「二人の苦労が偲ばれるわ。」
正人はボウルいっぱいの具を見て言う。
「まだ全然煮えてないね。洗って作り直す?肉なんかまだパックのままだし。」
「ええ?落っことしたもの食うの?」
「毎日料理したあと床拭いてるから汚くはないと思うよ。よく洗えば食べられなくはないでしょ?」
猪瀬「煮るし。大丈夫だよ。」
アヤ「適当」
カワ「煮沸消毒な。昨日見た医療漫画に載ってた。」
マッセ「この量だもんね。もったいないお化けが出るかあ。」
アヤ「でも、ここから作り直せるの?」
正人「ええ?楽勝でしょ」
カワ「料理の魔術師・・・」
「へへ、正人が魔術師なの?ははは!」
猪瀬「やはは!」
心美「全くバカばっかりだね!私も手伝うよ!」
心美が『piyo piyo 』のヒヨコエプロンをして、偉そうに腰に両手を当てて言った。
「おーいポンコツども、よーく聞け。初心者はバエるもの作ろうとせずレシピ通り作れ。」
カワ「初心者じゃねえし。」
マッセ「なんかひでえ。」
アヤ「なんかココミンてウチらが揃うと当たり強くない?」
心美「お前らが揃うとマリリンのいい加減が四倍になるんだよ!」
猪瀬「いい加減て思われてたんだあ。心外。」
「違うんかい」
アヤ「シシシ。」
カワ「でもカレーのレシピなんて色んなのが沢山あんじゃん。どれにすんのよ。」
心美「バカもの。カレールーの箱の裏に書いてあるだろが。」
見るマッセ。
「ああほんとだスゲエ」
心美「それも見ないマッセの方がスゲエわ。」
猪瀬「どれ・・でも二人前と書いてあるけど?」
心美「学年一位、食う人数分を計算しろ。」
猪瀬「あいよ。」
正人「食材多すぎだね。なんで肉使ってないの?肉なし野菜カレーにしようとしたの?」
猪瀬「後で焼肉にしてから入れようと思ってた。」
アヤ「それな!うまそう!」
「フフ、知らずに作ってるし」
カワ「なんか弟くんエプロン姿がりりしいね。」
正人は黒い料理人風のエプロン。
薫子「は?」
薫子がカワパルを見た。ヤベ。
カワパルはあっちを向いた。
心美「肉も野菜も具は鍋で油引いて最初に炒めるのだ!」
マッセ「ええ〜?」
アヤ「炒めものはフライパンでしょ?」
カワ「掟破り。」
心美「何がおきてだ。ど素人どもが。」
カワパル「知ってたよ。抵抗があっただけ。」
アヤ「ツッコミ厳しい。」
カワ「ちょっと泣きそう。」
心美「私だってあんたには今まで二回泣かされてますけど?」
カワパルは「にひ〜」と笑う。
でも心美は楽しそうにリズミカルに必要な道具ーザルとかーを並べ始めた。
猪瀬「何があった?とか聞かないの?」
「んん。大体分かる。」
猪瀬「さすが親友。」
心美は家族のことを言うと泣く。自分からは喋りすぎるぐらい家族のことを話すのに、人に言われると泣く。
でも涼子が「お姉さんの霊が帰ってくる」とか言った時は、後で心美は「言われて悲しいのより、帰ってくるなら嬉しいのが勝って泣きはしなかった」と言っていた。
お姉ちゃんは行方不明。両親は離婚。でも心美はみんなが大好きなんだ。
でも前にミユキのやつが杓子定規に「仏教で言う四苦八苦の中には愛する人と別れる苦しみがある。それは釈尊の時代から避けられない苦しみと言われている。その苦しみを克服するには仏陀への信仰に基づいた正しい見方が必要」とか言うから、心美が泣きながら抗議して修羅場になったことがある。
でも、ミユキも心美も過去を気にしない性格なので、修羅場の後も平気でヘラヘラ話していた。
私は「気にしい」なので、しばらくハラハラしていた。私ばかりが気を揉んでバカを見たという話。
あれ以来、ミユキに「心美の家族の話は禁止」と言ってある。でもミユキは平気で言うかもしれない。
猪瀬が『ふ〜ん』みたいな顔をした。ふ〜んじゃねえ。
猪瀬「何も言ってないけど?」
心美「では拾った具材を洗って炒めるところから始めよう。洗いながらゴミ付いてないか確認しな。」
猪瀬は「ハイ小隊長!」と敬礼した。
マッセ「マリリンそういうボケいらない。」
「いつもこんな関係性なの?」
アヤ「ん?・・うん。」
ちょっと表情が曇った。さっきも「ん?」だったな。何だろう。
心美が低い椅子をズズズと引っ張ってきた。
心美は料理をするときは台になるものを持ってくる。背の低い心美にはうちのキッチンやコンロは高すぎる。
でも寸胴はさらに高さがあるから大変だと思う。
薫子は「私も手伝っていいかしら?」と上着を脱いだ。ん?気が利く。考えることは同じ。
猪瀬「あれ、カオタンってスタイルいいね。」
薫子「うるさいんですけど」
正人が母が置いて行った白いエプロンを薫子に渡した。
カワ「フゥー!」
正人「何?この人ノリが猪瀬っぽい!」
薫子が真顔でカワパルを見る。カワパルは顔を逸らしてこっちを見た。笑ってる。楽しんでるな?
正人が長めのしゃもじを心美に渡した。炒めやすそう。気が利く。
猪瀬「莉子ピ、ご飯七人分だっけ?九人いるけど?」
「ああ私はご飯いいや。具のじゃがいもで充分。」
カワ「あたしも!モデルだから!ウフ!」
笑って手を上げるカワパル。
心美「やかあしや」
カワ「ぐすん。もう。心美ン嫌い。」
と言いながら二人ともニヤついている。コイツらこういう掛け合いが気に入っているようだ。
ミユキ「莉子ちゃん、今のは『やかましいやい』を縮めて言ったの?」
「ミユキ、改めて聞くんじゃない。」
もうすぐ二時。
やっとカレーができてみんなで頂く。スタンダードポークカレー。残りの肉は絶対に持ち帰らせる。
正人がソファーのローテーブルの横に折りたたみのローテーブルを出した。気が利く。
うちのリビングは一人掛けのソファーが二つ。三人掛けが一つ。
心美「上座がオーナー。お前らは床に座って草でも食っとけ。」
カワ「むはは!」
マッセ「それ前になんかで見たかも。」
猪瀬「カオタンはオーナーの弟婦人だからソファーだね。」
薫子睨む。
アヤ「もう。カオタン怖いい。」
正人がソファーからあぶれた四人にはザブトンとクッションを渡した。気が利く。
カレーが配膳される。いい匂い。みんな席につく。
ミユキや猪瀬が手を合わせて「頂きます!」と言う。
私たちもつられて手を合わせて「いただきます」と復唱する。
薫子「ウフ。美味し。」
カワ「でしょ?」
薫子「カワハルが作ったんじゃないよね?」
カワ「ジャガイモ切ったよ」
マッセ「ああ、だから大小不揃いなのね?食べずらい。」
カワ「あんたの切った肉も繋がってたよ。」
マッセ「え」
アヤ「それをそのまま炒めて煮るココミンもいい加減よね。」
心美「うん。分かってたけど九等分にちぎってから炒めた。下手だった証拠を残すために」
マッセ「やだあ!スッゲエ嫌味!コワあ!性格わる!」
心美「人んちに押しかけてカレーぶちまける方がコワあだわ。」
「心美。確かに今日のツッコミきついわ。」
カワ「ココミンはいつもこうだよ。」
たぶん私の口の悪いのがうつったんだ。そう思うと申し訳ない。話を逸らすために薫子に水を向ける。
「薫子ちゃん今日は?」
薫子「生徒会の打ち合わせでした。」
「あそう。」
カワ「カオタンをチャン付けで呼べる女。さすが義理の姉。」
薫子がキッと睨む。カワパルは同時にスッと横を向く。
怖いからツッコミ入れとく。
「義理の姉は早いよ。結婚してからだよ。」
薫子と正人は赤くなった。薫子は赤い顔で言う。
薫子「私のことをカオタンと呼ぶのもあなたたちだけですけど?」
猪瀬「カオタンじゃダメ?カオカオにする?」
薫子「なんで悪くするの?カオタンでいいです。」
ミユキ「薫子ちゃんもみんなに当たりが強いからハラハラしちゃう。」
マッセ「もう一人ちゃん付け出来る子がいた!」
薫子は不満げに目を閉じて言った。
「だってこの子たち遊んでるくせに成績が私よりいいんですもの。」
「ええ?学年二位は薫子ちゃんでしょ?」
カワ「総合点はね。私は物理化学得意だもん。高校で二回百点とった。」
確かにカワハルはツッコミが少しキレるなと思っていた。頭がいい感じがしていた。
マッセ「わたしも一学期の期末テストで数学で百点とったよ。」
アヤ「私は生物で。」
薫子「百点よ?信じらんない。」
「さすが進学クラスだね。」
私も小学校で国語で百点を連発したことがあった。これも忘れていたけど。今の成績はそこそこ。
カワ「まあ天才とはそういうものだよ。カオタン。」
薫子「ふざけないで。悔しいわ。本当に。」
正人が薫子に視線を送る。薫子はちょっと笑って見せる。仲いいな。
カワハルがそれを見て発声せずに『フウ』と口の形を作った。
アヤ「でも私らは総合点が高くないから国立は受けられないよ。私はノーデン大でいいわ。」
マッセ「でも、国立受かったら二人は付き合いが変わっちゃうんじゃない?」
薫子と正人が顔を見合った。
すごいな。踏み込むなあ。遠慮がない。
正人「でも国立大はここから十五分だし、今と大して変わんないと思うよ。」
薫子はちょっと赤くなって言う。
か「そう、そうかしら、色々高校とは違うと思いますけど。」
みんな見る。薫子は照れ隠しにカレーを口に入れた。
心美「ここから通えば?」
薫子が一瞬「んぐっ」とカレーを噴きそうになった。慌てて水を飲む。
「心美ィ、部屋がもうないよ。」
こ「正人の部屋で問題ないよ。」
正人は下を向いた。
薫子が真っ赤になって恥ずかしそうに怒って言う。
「問題です!ダメですっ!」
猪瀬「にゃははは!」
他の三人もケラケラ笑った。
心美はニヤッとする。やめろって。
「私も薫子ちゃんがいいなら来てもらってもいいけどさ。」
薫子は小さくなって下を向いて小声で言う。
「下宿します。」
カワイイな。みんなそう思ってるようにニコニコ見ている。
「心美は?優利くんと出かけたんじゃないの?」
カワ「心美んを呼び捨てできる女。」
アヤ「それはいいでしょ。ずっと同級生なんだし。」
心美「出かけてないよ。階段のとこで長ラインから長電話してた。あの人今日関西で社員研修だから」
「ああ心配だね。」
マッセ「ココミンは社会人と付き合っている。」
カワパルとアヤパルが顔を見合わせてニヤニヤした。
心美「カワッパルうるさい。」
カワ「わたしは何も言ってないよ。」
ミユキが聞いた。
「でもマリリンの友達は今まで会ったこと無いよね?なんで?いつも、みんなで遊んでるんでしょ?」
猪瀬「それはアヤッパルが・・・」
カワ「なんだか避けてたんだよね?何で?」
ん?
アヤパルはスプーンをテーブルにパンと置いた。
「莉子ピって、あの岩見沢莉子よね?」
「あの?」
「わたし埼玉で同じ小学校なの!『小四最強』の岩見沢莉子よね!」
心美がご飯を「ウプッ」と噴いた。
ミユキが「ああもう」と、ティッシュボックスを渡した。
みんな私を見る。ちょっとやだ。肩が上がる。
「うん。ショックなことがあったせいで、あんまり覚えてなかったんだけどね。」
アヤ「職員室で!美人の先生になでなでしてもらって!私うらやまし、ちが、だ大嫌いだった!」
「ああ・・・ごめんね。」
アヤ「・・・あの先生もそうよ!ぺこひいきよ」
マッセ「エコひいきな。アヤッパル今日ボロボロだね。」
アヤ「うるさい!みんな噂してたもの。あいつら許せないって。過保護の先生の手先の風紀委員が取り締まりに来るって!」
「ごめん。」
猪瀬「それで緊張気味だったのね?」
アヤ「緊張?してねーし」
カワ「してた。」
ミユキが語る。
「ナデナデなんて、先生は生徒にむやみに触っちゃダメだって習ってないのかしら。新人でもそのくらい習うよね?」
猪瀬「今度聞いてくるわ。」
ミユキ「現に嫉妬されてるし、児童心理学的にアウトよね。」
マッセ「ふふふ。あんたは何を知ってるんだ。コナNか。」
カワ「ハイバRの方でしょ?」
ミユキ「ガヤガヤうるさいわね。」
「ごめんね。わたし調子に乗ってたかも。」
アヤパルは目をギュッと閉じて「・・・もういいけど!」とヤケ気味に、ややコミカルに言った。
「ごめん。」
アヤ「さっきはありがと!引っ張ってくれて!」
カワパルは「ああ、あれ危なかったよねー。」とスプーンでアヤハルを指して言った。
アヤ「行儀悪い!」
猪瀬「にゃはは!」
マッセ「アッハ〜、アヤッパルはマナーにうるさい〜」
心美「お前らみんなマナー悪いんだよ。」
カワ「ごはん噴いたやつに言われたくない〜」
みんな食べながら喋ってる。
猪瀬「うっふ楽しいィ。動画撮ればよかった。」
アヤ「やだあ、恥じゃん!」
マッセ「でも、コメントだけで行けんじゃね?」
カワ「じゃあ今度うちで撮ろう。ココミンなんか作って。」
心美「何であたしが」
カワ「なんか映え料理を食べながら話そうよ。」
マッセ「やめとけ。年上彼氏のがいいでしょ?」
心美「うっさいバカ。死ね。」
マッセ「ひでえ〜死ねはないよね?」
カワ「あれ、マリリン?前に『言葉は実現する』とか言ってたよね?」
猪瀬「にゃはは!コトダマなー。」
マッセ「ヤダ!死ぬ!ココミンにコロサレル!」
心美「わーかった。生きろ!」
マッセ「うん。生きる!めっちゃ生きる!」
薫子もすましているけど楽しそう。
ワイワイしている。
こういうのも良いかな。嫌いじゃない。
猪瀬とミユキが私を見て微笑んだ。何だよ。
ミユキ「楽しいね。」
「ハイハイ。」
以下11へ。
読んで下さりありがとうございます。小生は、中学高校ぐらいから漫画ネタを書いたり考えることが多くなって、授業や仕事のほかにずいぶんと時間を投入してましたね。人と共有できればその時間が無駄では無かったということになるので、とってもありがたいですね。次回はジロー編です。




