5
鍵がかかった屋上のドアを、俺と谷崎で蹴破った。
しかし、屋上で待っていたのはヘリじゃなかった。
「礼…」
礼はあの時と変わらず、拳銃をまっすぐに構えて、こちらを見つめていた。
「任務ご苦労だったな。ここまで連れてきてくれて恩に着る」
「え?…」
俺達の中に、動じない人間が一人。
「う、嘘だろ…?」
谷崎。
谷崎は目を一瞬つぶり、済まない、と言うように歯を食いしばった。
「谷崎!お前…っ」
「ゴメンな。…アキ」
「谷崎くん…」
谷崎は沙枝の手を引いて、礼の方に歩いていった。
沙枝はもう何がなんだか分からない。抵抗すらできなかった。
「谷、崎…」
俺は膝を地面にがっくりとついた。
春香にマシンガンを連射されたときの沙枝の気持ちって、きっとこんなんだったんだろうな…。
俺は言葉にできない絶望感と喪失感に襲われた。
親友、じゃなかったのか?谷崎!!
「谷崎ィ!!」
俺は腹の底から声を張り上げる。
叫ぶ。
涙が頬を伝う。
礼は沙枝の首を左腕で抱え込むと、谷崎に拳銃を向けた。
まさか…?
やめてくれ。
谷崎も所詮使い捨てだっていうのか。
谷崎は俯いたままだ。
こうなることを覚悟していたんだろうな。
「アキ」
谷崎が声を掛けた。
「谷崎!なんで…なんでお前もそっちなんだよォ!!」
「ごめん。…でもさ」
「……」
「お前らと過ごしてた時間は、…とても楽しかった」
「谷崎…」
「だから、俺…」
後ろで、礼がシリンダーを回したのが分かった。
沙枝は顔を逸らして目をつぶった。
「谷崎!伏せろ!!」
「お前と……」
谷崎は聞こうとしない。
俺も目をつぶりたかったが、ここで目を逸らしたら、谷崎が悲しむ。そう思った。
「お前と、出会えてよかった」
銃声がした。
谷崎ががっくりと前に倒れた。
胸の中心に、銃で撃たれた穴が開いている。
血が流れないところを見ると、こいつも…。
「谷…崎…」
谷崎は、笑っていた。
お前って奴は…馬鹿野郎だ・・・。
お前には悪いが、俺は、沙枝を取り戻さなきゃならない。
俺は、一度は地に着いた膝を立て、まっすぐに立ち上がった。
頬に張り付いたままの涙の雫を拭う。
「礼…あんただけは絶対に許せねぇ」
「……フン、所詮谷崎悠也も我々の尖兵に過ぎない。使い捨てて何が悪い」
「……俺はもう、いろんなものを失いすぎた…だから」
沙枝の目をまっすぐに見つめた。
「沙枝だけは、絶対に守ってやる」
唯が刀を構え直した。
唯は今までのやりとりを、じっと静観していた。
その刀が、先ほどより重そうに感じるのは、こいつなりの責任感だろうか。
「いずれ沙枝は死ぬ。今さら遅い」
と、俺は谷崎の制服から、黒光りするものが覗いているのが見えた。
谷崎も拳銃を持っていたんだな。
俺は谷崎の元に駆け寄り、「少し借りるぜ」と呟いて胸のホルスターから拳銃を抜き取った。
本物の銃は、やはりモデルガンと違って少し重い。
護身用なのだろうか、礼が手にしている物よりは小さく、華奢な銃身だった。
「秋川君」
「ん?」
唯が不意に声を掛けた。
「私が隙を作ったら、その間に礼を撃って下さい。…できますか」
「できなきゃいけないんだろ」
「はい」
「分かってるさ」
「胸の中心にあるコアを撃ち抜けば、一撃で壊すことが可能です」
「コア…」
俺は礼の胸の中心にむけて銃を構えた。
唯は刀の構えを微調整しながら、礼に向き直った。
礼は相変わらずの冷酷な瞳で、不敵に笑っていた。
「礼…私はもう、あなたの妹でも何でもありません」
「…まだそんな事にこだわっていたのか。何度もいっただろう、無駄だと」
「妹…」
初耳だ。
ああ、あの時に中村と話していたことは、そういう事だったんだな…。
俺の脳内で話が全てつながっていく。
つまり、礼と唯は姉妹であり、元は同じ組織に所属していた。
そして唯が裏切って組織を出た…そして、唯は礼も悪の道から救い出すために、沙枝を守る傍ら礼を探していた。
そういう事だったんだろう。
しかし、もう唯は見切りをつけた。
礼という過去と決別することを決めたんだ。
俺は谷崎の銃のグリップを握り締めた。
「駄目だよ!アキ…!やめて!!」
沙枝が叫んだ。
「どんな未来も…変えられないんだ…」
沙枝はまた泣きじゃくった。
俺が死ぬ未来でも見たんだろう。
「沙枝、今日はお前の未来予報が外れる日だ」
俺は沙枝を安心させたかった。
「絶対に俺は生きて、お前を助ける」
口が勝手に動く。
「未来なんて、変えるためにあるんだからな」
礼は銃を唯に向け、シリンダーを回した。
唯は刀を構え、礼に向かって突進した。
「無駄だ!」
礼は一発発砲した。
唯は避けようとせずに肩に銃弾を受けた。
それでも唯は走っていく。
きっと唯も改造人間なんだろう。
素早くもう一発、と礼は構わず発砲する。
次は唯の首をに銃弾が掠めていった。
「アキぃ!!」
沙枝が叫んだ。
唯の刀が、礼の肩に食い込み、肩を斬りおとす。
礼はリボルバーを肩ごと取り落とした。
俺は引き金に指を掛けた。
「秋川君!」
唯が促す。
その瞬間唯が沙枝を抱えて身を後方に引く。
「くっ!」
俺は引き金を引いた。
目をしっかり見開いた。
谷崎の銃から放たれた銃弾は、……礼の胸を貫いた。
礼は倒れて動かなくなった。
唯は、沙枝を俺に預けると、礼の元に歩み寄り、開いたままの目を閉じてやった。
「せめて、安らかに…姉さん」
小さく呟いた。
沙枝は俺を見た。
「ポンコツだから、かな」
「え?」
「私の予見、外れちゃった」
真っ直ぐに見つめてくる瞳が、なんとなく怖いような、可愛らしいような。
「アキ」
「うん?」
「私達も…ここでお別れだね」
遠くでヘリの音が聞こえた。
唯が呼んだヘリがこちらに向かってくるんだろう。
ヘリが到着したら、沙枝とも別れなければならない。永遠に。
「…そうだな」
「…」
「何だよ、寂しいのか?」
「…うん」
正直、俺もだ。
沙枝の笑顔が見られなくなることを思えば、やっぱり寂しい。
「ねぇ、アキ」
「ん?」
「私、アキのこと…」
ヘリが俺達の上空に来て、降下を始めた。
プロペラが回る轟音にかき消され、その後に続いた声は聞き取れなかったが、唇がそう動いた。
沙枝は俺にぎゅっと抱きついてきた。
返してやるのが礼儀だろう。
ヘリのドアが開いて、中から知らない大人が何人か出てきた。
皆同じ格好をしている。
そのうちの一人が、俺が握ったままの銃を回収しに来た。
他の彼らは沙枝を連れて、ヘリの中に入った。
「ありがとう、アキ」
それが、最後の言葉だった。
大人たちは、谷崎の身体と、礼の身体を回収して行った。
唯は、一行の最後尾にヘリに入る。
ヘリに乗るとき、振り向いて俺に会釈してきたので、俺は手を振り返してやった。
全員がヘリに乗り込むと、ヘリは一気に上昇して行き、空の彼方へと消えていった。
俺はヘリが見えなくなるまで、手を振り続けた。
様々な物に別れを告げた。
屋上には、俺以外何も残されていない。
西からの夕日が眩しく、思わず目を細めた。
次はエピローグです