3
ちょー!!
思ったより長かったです。すいません。
次こそは…。
3
ゆっくり目を開けると、俺の目の前に、…手が転がっている。
手?…手にしか見えない。
手だけが転がっているのに、血が一滴もたれていない?
何故だ。
俺はゆっくり上体を起こすと、俺のすぐ横に、刀が伸びていた。
女の手が切り落とされていた。
俺は状況が整理できないまま、その刀の元を辿った。
その刀を握っていたのは…
「見つけましたよ、礼」
「ユ、イ…?。唯!?」
刃先がゆらりと煌いた。
唯…だよな?
さして存在を自覚したこともない唯が…。
俺は、唯が今日のテスト返しのときに俺に何かを呟いたことを思い出した。
あの時に、何か…。
「警告はしたはずですよ。秋川君」
「分かるかっつーの!」
俺は身体を起こして立ち上がると、唯が女を取り押さえている間に沙枝の元に駆け寄った。
沙枝を立たせると、沙枝の肩についた埃を払った。
「アキ…何で来たの!来ちゃダメって…!!」
沙枝は俺のシャツの裾を掴んだまま、ゆるゆると力が抜けてその場に座り込んだ。
沙枝は泣いていた。
俺も沙枝と目線を合わせる。
俺は何も言わなかった。
かける言葉が見つからなかった。
「この…」
礼と呼ばれた女はゆっくりと立ち上がって沙枝をキッと睨んだ。
「試作品の分際で…っ」
「やめてぇ!!」
沙枝が耳を塞いで頭を振った。
こんな沙枝は見たことがなかった。
俺は礼の方を見て、あろうことか呟いてしまった。
「試作品…?」
「何も知らないようだな…知らなくて当然か」
礼は切り落とされた手と、リボルバーを拾った。
リボルバーを口にくわえ、外れた手を片方の手でまた、手首につけた。
カチャリ、と金属が噛み合う音がした後、リボルバーを握った。
その直後、唯が刀の刃先を礼の後頭部に突きつけた。
「礼!それ以上動けば…」
唯が叫んだ。
「私が死んだら困るんだろう?」
礼は突きつけられた刃先を後ろ手に握った。
そして、今度は俺を真っ直ぐに見つめた。
人間のように見える。
だが、こいつは手を斬られても血を一滴もたらさなかった。
つまり、人間じゃないってコトなのか。
礼と目が合った。
礼の瞳孔が電子音を立てる。
何かの漫画で読んだっけな。カメラアイ、って奴なのか。
礼は淡々と話し始めた。
沙枝は頭を抱えてうずくまり、震えていた。
「こいつは我々の組織が作った、非戦闘型サイボーグのテストタイプ…コードネームは”サエ”だ」
「礼…貴様!!」
礼は構うことなく話し続ける。
「体内にタイムマシンを埋め込まれ、先の未来を自在に見る事ができる能力を持ったサイボーグになる筈だった。だが所詮サエは試作品…期待通りの動きはしなかった」
「やめなさい…礼!」
「使えない…だから破棄する。もともと今の社会には存在してはならない物だ」
礼は唯の方を向いた。
「全て本当のことだ。お前も知っていただろう?」
「……」
礼は尚も畳み掛けるように言った。
「お前は人間じゃない」
無機質な声が、残酷に響く。
俺は沙枝に向き直った。
沙枝は泣いて肩を小さく震わせながら俺を見上げた。
涙でグズグズになった顔だ。
「ごめんね…アキ…」
「沙枝…」
谷崎も沙枝の近くに寄った。
心配そうに沙枝を覗き込む。
「沙枝ちゃん…」
「ごめんね…ごめんね…!!」
沙枝はまた泣き崩れた。
唯は一瞬の隙を突いて、刀の柄に仕込んだ小型のナイフで、礼の肩を刺した。
そのはずみに礼はつかんでいた唯の刀を離し、その場に尻餅をつく。
唯がその上に圧し掛かり、礼の腕を掴んで押さえつけると、俺たちの方を向いた。
「サエを持って早く逃げて下さい!」
持って、という言い方が気になったが、俺は後ろに谷崎がついて来るのを確認しながら、沙枝の手を引いて走った。
走りながら、後ろのほうで取っ組み合う物音が聞こえた。
随分走った気がする。俺たちは人気のない、薄暗い階段下の物置にやっと腰を下ろした。
俺たち三人は息を荒げ、壁にもたれて座り込んだ。
少し息を整えると、沙枝が谷崎のワイシャツの肩を掴んで倒れこみ、すすり泣いた。
「沙枝ちゃん…大丈夫?」
「大丈夫に見えるのかよ、あんな事があって」
「うっ、っ……うぇっ…」
顔を伏せたままの沙枝。
こんな弱気な沙枝が、沙枝に見えない。
姿形だけが、沙枝だ。
沙枝はもっとバカみたいにムカツク奴で、バカみたいに明るくて、バカみたいに元気な奴なのに。
俺はじれったくなって、沙枝の肩を掴んだ。
「沙枝!!しっかりしろ!!」
沙枝の肩を強く揺する。
突然、ふっと沙枝の潤んだ瞳が俺を見上げてきた。
「どうして…?どうして助けたの!?」
「沙枝…」
「ずっと秘密でいれば、こんなことにはならなかったんだよ!?」
沙枝は叫び続ける。
「アキも谷崎くんも!あの組織と関わったから…ずっと命を狙われることになる」
俺は銃口を突きつけられたときの感覚を思い出した。
本気で死を覚悟した瞬間、胸に走る息苦しいまでの恐怖が甦る。
「私一人が死ねば済むことだったのに!」
そこまで言うと、沙枝はまた顔を伏せてしまった。
「私…人間じゃないんだよ?試作品のポンコツ改造人間」
尚もぐずぐずと何かを言おうとする沙枝が、俺は一瞬本気で腹立たしくなった。
俺は沙枝の肩を掴む手に力を込めて、もう一度強く揺すった。
「お前は沙枝だ!」
「アキ…」
谷崎も真剣な顔をする。
「お前が何だろうと、お前は俺達の知ってる沙枝だ!違うのかよ!!沙枝!!!」
力の限り叫んだ。
閉ざしかかった沙枝の心に、少しでも届くように。
沙枝は泣いていた。
少し、叫びすぎたか。
うずくまった沙枝の肩に手を置いて、谷崎が優しく言った。
「何があっても俺達は沙枝を信じる。当然でしょ?」
友達なんだからさ、と谷崎は精一杯微笑みかける。
今の俺にはできない芸当だな。
「谷崎くん…アキ…」
沙枝が制服の袖で涙を拭った。
その時、
コン、コン。
物置のドアを叩く音がした。
俺たちはビクリと動きを止めたが、ドアの向こうから唯の声が聞こえてきた。
「ここ、ですよね…?」
ガチャリと音をたててドアが開けられた。
壁とドアの隙間をすり抜けてきたのは、やはり唯だった。
「唯っ…!!」
沙枝は唯に飛びつくように縋り付き、肩を震わせて泣きついた。
涙ももう枯れたのか、泣き声だけが耳に響く。
「沙枝さん、安心してください」
唯はそう優しく言って、涙でグズグズになった沙枝を伏せるように手のひらをそっと乗せた。
すると、しばらくしないうちに、沙枝の激しかった肩の上下が緩やかになり、やがて表情も安らかになった。
まるで眠っているような…そんな顔だ。
「沙枝さんの脳神経系にはたらきかけ、精神状態を落ち着かせています」
沙枝のパニックが治まったところで、俺たちもやっと一息つくことができた。
唯はしばらく沙枝を見つめていたが、沙枝が落ち着くと、俺たちのほうを向いた。
「…あなた達にお話があります」
真剣な面持ちだった。
「こいつのことだろ…」
俺は、寝ているような沙枝を顎で指し示した。
「はい…聞いてしまったからには、お話しなければなりません」
唯は自分の不始末を悔やむように、俯いた。
しかし、すぐに決心を決めたように息を吸い込み、また正面を向いた。
「礼の言ったことは全て本当です。…沙枝さんは改造人間なんです」
俺達は唯をしっかりと見つめた。
「私は、ある組織から送り込まれたスパイです。この学校には他にも、私の仲間達が潜伏していて、沙枝さんを監視していました」
「監視?」
「はい…礼の組織は沙枝さんをこの中学校に置き、サイボーグが通常の人間と接触した場合の実験を行っていました。私たちは機を見て沙枝さんを救出するため監視していたのです」
「実験…」
谷崎が自分の顎に触れる。
「監視していたつもりでしたが…ああして時々、礼たちと接触していたなんて…」
「あの…ひとつ聞いていいかな?」
谷崎が手を挙げた。
「礼ってのも…サイボーグなの?」
「ええ、彼女の組織は、所属する全ての者が改造手術を受けています」
だから、手が斬りおとされても血の一滴も見えなかったのか。
「よく聞いて下さい」
唯の声に、俯きかけていた俺達がふっと顔を上げた。
そして、耳をそばだてた。
「こうなってしまった以上、沙枝さんは私たちの組織が保護します」
「保護…って…?」
「申し訳ありませんが…あなた達とは、もう一生会わせることはできません。私も、沙枝さんも」
「なっ…!!」
俺はつい声を荒げた。
一生?会えない?
そんなこと考えたこともなかった。
いつも、学校に行けばこいつがいる。
でも、明日学校に行ってもこいつはいない。
明後日も、その後も、卒業しても、ずっと…。
「沙枝さんをここではない場所に移動させなければならないのです…どうかご理解ください」
「沙枝…」
沙枝を見つめた。
まだ眠っている。
まださらに次話に続きます。すいません><