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そうして、沙枝のことを考えながら学校生活を送っていたある日の放課後。
俺は何の気なしに、隣の席で探し物をする沙枝を眺めていた。
なんのことはない。「小学校どこだった?」とか、聞くだけでいい。
それなのに、どうしてこうも、聞けずにいる自分がいるんだろう。
…聞いてはいけないような気がする。
もし聞いてしまったら、何かが壊れてしまう、そんな気がする。
沙枝の物言わぬ背中が、全てを拒絶しているような気さえして。
俺は喉の奥から絞り出すように、ぎこちなく言葉を発した。
「なぁ、沙枝…」
なんで話しかけるだけでこんなに緊張するんだろう。
「ん?何、アキ」
沙枝は俺の気持ちとは正反対に、澄み切った笑顔で答えた。
瞳がキラキラと輝いている…ように見える。
いつものことだ。
俺が変に意識したらおかしいだろうが。
何を考えてるんだ、全く。
「その…お前、」
しかし、その次が発せられることはなく、それは俺の目の前を覆った人影に遮られた。
一瞬の出来事だった。
黒い。
どう見てもこの学校の制服じゃない。
真っ黒でまるで喪服のようですらある。
私服なんだろうか。
でも教師にも見えない。ただ漠然と体の細さが女だと分かる程度だ。
「ちょっといい?」
そう沙枝に聞いた…いや、呟いたと言ったほうが妥当だろうが、そんなことはどうでもいい。
そいつは沙枝の手首を強引に掴むと、沙枝がもがくのを構わずに走っていった。
「ちょっ、沙枝!!」
俺は何故か駆け出していた。
沙枝を追っかける理由?そんなもん俺に聞かないでくれ。
俺が知るわけないだろ。
「アキ、何処行くの?ねぇ、アキ?」
教室を出るとき、好奇心旺盛な谷崎がついてきたが、気にしている暇はない。
俺の脚が勝手に動く。俺を走らせる。
不思議と疲れは感じない。
その黒い女は沙枝の手を引いたまま、俺を凌駕する速さで走っていく。
ほとんど沙枝が引きずられていっているようだ。
黒い女はどこに向かっているのだろう。
突然沙枝がこちらを振り向いて叫んだ。
「アキ!…来ないで!!来ちゃだめ!!…」
「沙枝!」
沙枝は半泣きに叫び続けた。
俺はふと止まってしまった。すると、後続の谷崎が俺の背中に激突する。
「うおっ!痛ってぇ~…何なのさ急に止まって…」
「……」
動きを止めてからどっと疲れが押し寄せてきて、思わず膝を着いた。
はあはあと荒い息をする俺に、谷崎が肩を叩いてきた。
俺は振り返ることも忘れて、がっくりと肩を落とし、うつむいた。
「何なんだよ、アキ」
「サ、エ…」
俺は一言呟き、息を整えるとまた、ばっと走り出した。
階段を転がるように下りる。
もう既にあの二人の姿は見えなくなっていた。
俺は何故か、沙枝を必死になって探していた。
沙枝は何処だ。
あの女は沙枝を何処に連れて行ったんだ。
「いやぁあああぁあああぁぁあぁああああ!!!」
「沙枝!?」
沙枝の悲鳴だ。
全てを拒絶する悲鳴。
それは、ちょうど走って50メートルくらいか、理科準備室から聞こえてきたような気がした。
理科準備室の扉は、いつものようにきっちりと閉じられている。
もしかしたら、内側から鍵をかけているのかもしれない。
俺はなおもついてくる谷崎とともに理科準備室の前に走り出た。
「ここから聞こえてきた…よね?」
谷崎が言い終えたか終えないかのところで、また中から声が。
「やめて…何するの…」
沙枝だ。
俺は力任せに扉を叩いた。
「沙枝!沙枝!!いるのか!!」
「だめだよ…!アキ…!」
「沙枝。お前を殺す時が来た」
凛と静かに響く声は、多分あの女のものだろう。
「自分の立場を分かっているのか?我々が何故お前を始末しなかったか分からないのか」
「でも、でも…死にたくないよ!前と違って力も制御できてるから…だからお願い」
立場?始末?制御?
何の話だ。
俺は中に入ろうとしたがドアが開かない。
やはり内鍵か。
俺は谷崎と協力して、ドアを体当たりで破ることにした。
ドン、と身体をぶつけるたびに肩が痛くなる。
「ダメだよ!!アキ、来ないで!来たら、ダメになっちゃうよ…!!」
ダメニナッチャウ?
音だけが俺の耳を通り過ぎていった。
ダメになろうがなんだろうが、今俺がこうしなきゃ、お前は死ぬんだろ!!
何度か身体をぶつけたところで、ドカッとドアの蝶番が壊れ、俺達は部屋の中に倒れこんだ。
「アキ!!」
女は沙枝の眉間につきつけていた銃を、倒れたままの俺のこめかみに向けた。
「くっ…」
「余計な真似を…」
「アキ!」
女は舌打ちをして、リボルバーのシリンダーをまわした。
谷崎の叫び声も聞こえる。
俺、死ぬのか。
何故かモデルガンには見えなかった。実銃なんて見たことないのに。
死ぬって何なんだろう。俺はそんなことを考えて目を閉じた。
死ぬなら、痛くない程度に…。
どさり。
「なっ!!」
あの女の声だ。
何があったんだ。俺は生きて…る、らしいな。
ゆっくり目を開けると、俺の目の前に、…手が転がっている。
手?…手にしか見えない。
手だけが転がっているのに、血が一滴もたれていない?
何故だ。
俺はゆっくり上体を起こすと、俺のすぐ横に、刀が伸びていた。
女の手が切り落とされていた。
俺は状況が整理できないまま、その刀の元を辿った。
その刀を握っていたのは…
次回で完結します。