第120話:拒絶と拘束の狭間で
「ま、待ってください!アニーさんもメグーさんも世界を救った英雄ですよ!?」
ケビンさんの声は震えていたが、その叫びには必死の思いが込められていた。
「…ええ、それは承知しています。誤解なさらないでください」
「誤解?」
ケビンさんの眉がひそめられる。
ミリアリーデ様の言葉は穏やかだが、その奥にある意図が読めず、私の胸も締めつけられた。
「…まず、順序だててお話させてください」
その言葉に、ケビンさんが私へと視線を送る。
私は一瞬だけ迷ったが、やがて小さく頷いた。
恐怖を押し殺しながらも、真実を知ろうとする気持ちがあった。
その様子を見たメグーちゃんは、唇を噛みしめながらも一歩引き、静かに成り行きを見守った。
サキュウスさんたちもまた、静かにその場に身を置く。
「ありがとうございます」
「い、いえ…げ、猊下!ど、どうぞ…つ、続けてくだ、くだ…さ…い!」
声は緊張で上ずっていた。
喉が乾き、言葉がうまく出てこない。
しかし、この場で誰も笑う者などいない。
みんな、知ってくれているから。
「私達…七元徳の"勇気"の座──つまり、勇気の聖女が長らく空席であったことはご存知ですか?」
「は、はい!そ、それは…ゆ、有名なお話…です」
「このまま空席とするわけにはいかないと、聖女機関で話し合いました」
「ねぇ、まさか」
メグーちゃんの声が低くなる。
「はい、メグーさん。お察しの通りです。私はアニーさんを"勇気の聖女"として推薦するために、こちらに参りました」
「は、はいぃ!?」
声が裏返り、甲板に響き渡る。
サキュウスさんも思わず目を見開き、ケビンさんは口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
メグーちゃんだけが、冷静にミリアリーデ様の一挙手一投足を観察していた。
「これはアニーさんにとっても悪い話ではありませんよ」
「…聞かせてもらおうかしら」
メグーちゃんが一歩前に出る。
その姿は、まるで母を守る子のようだった。
「教会はアニーさんを監視対象としました。しかし、もしアニーさんが勇気の聖女となり、功績をあげれば──」
「…監視対象とはならないわね。むしろ、教会のお墨付きの英雄だわ」
「お話が早くて助かります」
「わ、私が聖女!?」
声は震え、目を見開いたまま後ずさった。
まるで、見えない壁に背中を押しつけられたかのようだった。
「そうです。どうでしょうか。貴女が頷いてくれれば、この場であなたが勇気の聖女ですよ」
「いやです!無理です!断ります!」
即答だった。
声は甲板に響き、空気を震わせた。
「絶対に無理です!無理!無理無理!カタツ無理です!!」
「お、お母さん、落ち着いて」
メグーちゃんが慌てて声をかける。
震える手でメグーちゃんの袖を掴み、涙をこらえるように顔を伏せた。
「…メグーちゃん」
「はいはい、どうどう」
メグーちゃんは優しく私の背を撫でながら、再びミリアリーデ様を睨みつけた。
その瞳には、怒りと警戒が宿っていた。
だが、ミリアリーデ様はまるでそれすらも計算のうちといった風情で、仮面の奥に静かな微笑を浮かべていた。
「まあまあ、どうしましょう。お断りされてしまいましたわ。メグーさんのためにもなると思ったのですけれど」
その言葉に、眉がわずかに動いた。
「……メグーちゃんの、ため?」
その一言に、心が揺れた。だが、メグーちゃんはすかさず叫んだ。
「聞いちゃダメ!その言葉に耳を貸さないで!」
「え……?」
メグーちゃんの声には、いつもの落ち着きがなかった。
ミリアリーデ様とメグーちゃんの視線が交錯する。二人の間に、言葉よりも鋭い何かが走ったような気がした。
私にはその意味が読み取れなかった。ただ、メグーちゃんがそれほど必死に叫んだことだけが、胸の中で重く響いていた。
そして、ミリアリーデ様は優雅に肩をすくめ、さらりと告げた。
「でも、勇気の聖女の件を断ると…ここで拘束しないといけませんね」
「…っ!やるつもり!?」
メグーちゃんの瞳が鋭く光った、その瞬間だった。
ドン、と鈍い音が響き、メグーちゃんの身体が甲板に叩きつけられる。
「がっ!!…」
「メグーちゃん!?」
叫びが空気を裂く。
だが、次の瞬間にはケビンさんも同じように地面に押さえつけられていた。
「ぐえっ!!」
見えない力が、二人を容赦なく押さえつけていた。メグーちゃんですら抗えないその力に、場の空気が凍りつく。
「…アニーさん、ごめんなさい。でも、皆さんを連行しないといけなくなってしまいました」
「や、やめてください!ミリアリーデ様!!」
叫びは必死だった。
声が枯れそうになるほどに。
だが、ミリアリーデ様はその声に一切動じず、静かに命じる。
「…皆様をお連れして」
「はっ!」
聖騎士たちが一斉に動き出す。
甲冑の音が重く響き、空気がさらに重くなる。
床に押しつけられたケビンさんの顔が、甲板に倒れたメグーちゃんのくぐもった声が、胸を刺した。
これ以上、二人を苦しめるわけにはいかない。
「わ、わかりました!わ、私…」
私が何かを言いかけた、その言葉をメグーちゃんが遮った。
「ダメ!!お母さん!!屈しないで!!」
その叫びは、まるで雷鳴のように響いた。
メグーちゃんの声には、恐れも、怒りも、そして何よりも、私への深い愛情が込められていた。




