第119話:白銀の聖女、降臨
白銀の飛空艇が静かに着艦すると、甲板を鋭く切り裂くような風が吹き抜けた。
帆がはためき、積まれた木箱がわずかに揺れる。
空気が張り詰め、誰もがその異変に気づいた、その瞬間だった。
「突然の来訪、失礼しますね」
澄みきった声が、まるで天から降る光のように、空から舞い降りてきた。
振り返った者たちの視線の先にあったのは、白銀の輝きを纏った馬車。
雲を裂いてゆっくりと降下し、まるで神話の一節のように、空から舞い降りてくる。
──救恤の聖女、ミリアリーデ様の到来だった。
白いドレスは風に揺れ、金色の髪は陽光を受けて煌めきながら床に届くほどの長さで流れていた。
顔を覆う白い仮面の奥から覗く金の瞳が、私の腰にある妖刀へと鋭く、しかしどこか慈しむように向けられる。
「サキュウス卿、お疲れ様です」
「はっ!ミリアリーデ猊下!」
ミリアリーデ様がふわりと馬車から降り立つと、彼女の背後に白き甲冑を纏った聖騎士たちが整然と並び、その威容はまるで神の軍勢のようだった。
サキュウスさん、ユリさん、マリーさんは即座に跪き、頭を垂れる。
「魔王の残滓…それも傲焔。最も位が高く、魔王の頭蓋骨を媒体として生まれた黒き脇差…」
ミリアリーデ様は一歩ずつ、まるで空気すら押し返すような静けさを纏って私へと歩み寄る。
「七禍具の中でも、最も強く魔王の"意志"が残っているとされている…」
その言葉に、肩がわずかに震えた。
傲焔が微かに脈打つような錯覚が走る。
そして、ミリアリーデ様の前に、ケビンさんとメグーちゃんが立ちはだかった。
小柄なケビンさんの背中は震えていたが、その瞳には確かな決意が宿っていた。
メグーちゃんは無言で、しかし鋭い視線でミリアリーデ様を睨みつける。
「ぶ、無礼者!!控えぬか!!」
サキュウスさんの怒声が甲板に響き渡るが、ミリアリーデ様はその声に微笑みを返すだけだった。
「いいえ、大丈夫ですよ。サキュウス卿」
「し、しかし!猊下!」
「よいのです。これだけ…仲間に慕われているのですね」
仮面の奥から注がれる金の瞳は、まるで春の陽だまりのように柔らかく、私の心の奥にまで届くようだった。
「あ、貴方は…七元徳…ミリアリーデ…様」
声は震えていた。喉の奥から、絞り出すように言葉が出た。
恐れと敬意が、胸の中でせめぎ合っていた。
ミリアリーデ様は静かに頷く。
「ふふ…あなた、すごいわ。七禍具を持ちながらも意識を保っているだなんて」
賞賛の言葉だったが、私にはどこか遠い世界の出来事のように響いた。
メグーちゃんとケビンさんは顔を見合わせ、ミリアリーデ様の態度に戸惑いを隠せない。
「ふふ、そんなに警戒しないでください。私は、アニーさんを獲って食おうなんて思っていませんよ」
「食う!?」
ケビンさんの素っ頓狂な声が、張り詰めた空気を一瞬だけ和らげた。
「急に、人の家に土足で入り込んできて、何のようかしら?」
メグーちゃんの声には棘があった。
「ふふ…流石ですね」
「何よ?意味が分からないわ」
「あら、ごめんなさい。怒らせてしまったかしら」
「怒っては…いないけど」
メグーちゃんの声がわずかに揺れた。
「貴方が私を警戒するのは無理ありませんね」
「何よ?」
「私は…ミリアリアと腹違いの姉です」
「っ!?」
その一言は、まるで雷鳴のように場を貫いた。
私も、メグーちゃんも、ケビンさんも──ユリさんとマリーさんまでもが、驚愕に目を見開いた。
サキュウスさんだけが口をぽかんと開けていた。
「ふふ、そう驚かないでください。それに、サキュウスは知っていたでしょ?」
「そ、それは!一緒に旅した仲ですから…わ、私が驚いているのは、猊下が単刀直入にお話されたことに驚いているんです!」
「あら、ごめんなさい。驚かせるつもりはありませんでした」
「…なんで、そんな、正直に話すのよ?」
メグーちゃんの声は静かだったが、その瞳には鋭い光が宿っていた。
まるで氷の刃のような視線が、ミリアリーデ様の仮面を貫く。
その視線を受け止めながら、ミリアリーデ様はゆっくりと面を上げ、仮面の奥の金の瞳を私へと向けた。
「はい…アニーさん。貴方は教会の監視対象となりました」
「っ!?」
肩がビクリと跳ねる。
まるで心臓を素手で掴まれたかのような衝撃が、全身を駆け巡った。
メグーちゃんが険しい表情を浮かべ、何かを言い返そうとしたその瞬間だった。
ミリアリーデ様が、静かに、しかし有無を言わせぬ声音で言葉を紡いだ。
「……そして、メグーさん。あなたを、内密に監視することに決めました」
「……っ」
その一言に、メグーちゃんの唇が震えた。
だが、言葉は喉の奥で凍りつき、声にはならなかった。
ミリアリーデ様は一歩、メグーちゃんに近づいた。
その瞳が、夜空に瞬く星のように澄んだメグーちゃんの瞳を、そして月光を編んだかのような銀の髪を、静かに見つめる。
私には、二人の間に何が流れているのかわからなかった。
ただ、ミリアリーデ様がメグーちゃんを見る目に──何かを確信した者の、揺るぎない光があった。
静寂が、重く垂れ込める。
その沈黙の中で、私はそっとメグーちゃんの横顔を見た。
震える唇。言葉を飲み込んだまま、身じろぎひとつしない。
──メグーちゃんのために、何かしなければ。
その思いだけが、ぼんやりと胸の中に浮かんでいた。




