第115話:黒雲の門を叩く光
地上に戻った私たちの頭上を、突如として轟音が貫いた。
空を見上げると、黒雲を切り裂くように、一隻の飛空艇が姿を現した。
鋼鉄の船体には無数の補強リベットが打ち込まれ、煤けた外装からは白煙が立ち昇る。
それでもなお、空を力強く滑るその姿は、まさに空の戦車。
「……あれは!」
ケビンさんが目を見開き、驚きと安堵の入り混じった声を漏らす。
そして、飛空艇の側面に設けられたスピーカーから、豪快な声が響いた。
「おーい!そっち、まだ生きてるかい!」
その声は、低く、力強く、そしてどこか懐かしい。
ドワーフ族の女性──飛空艇の操縦士、グラニアさん。
かつて私たちがこの地に降り立つ際に乗ってきた、あの飛空艇の船員だった。
「乗りたきゃ急ぎな!この空も、いつまで持つかわかんないよ!」
黒雲の渦巻く空を背景に、飛空艇の側面が開き、昇降用のリフトが地上へと降りてくる。
その動きは滑らかで、まるで私たちの帰還を待っていたかのようだった。
「グラニア……!」
メグーちゃんが叫ぶ。
その声に応えるように、リフトが地面に着地する。
「乗れ!こっちは準備万端だ!」
「行こう!」
サキュウスさんが私たちを促し、次々とリフトに飛び乗る。
ユリさんがマリーさんを支え、ケビンさんが私の手を引く。
最後にサキュウスさんが飛び乗った瞬間、リフトが唸りを上げて上昇を始めた。
飛空艇の甲板に着地すると、グラニアさんが操縦席から振り返り、にやりと笑った。
煤けたゴーグルを額に上げたその顔は、日焼けした褐色の肌に深い皺が刻まれ、長年の空の旅路を物語っていた。
肩まで伸びた赤銅色の髪は無造作に束ねられ、分厚い革の操縦服には無数の修繕跡が走っている。
小柄ながらもがっしりとした体格で、片手には油で黒ずんだスパナを握りしめていた。
その姿は、まさに空を駆ける職人──空の荒くれ者たちの中でも一目置かれる。
誇り高きドワーフの女だった。
「まったく、あんたらが無事でよかったよ。空がこんなことになってるってのに、のんびり帰ってくるんだからさ」
「助かりました、えっと……」
ケビンさんが戸惑いながら言うと、グラニアさんは肩をすくめて笑う。
「うーん、あっしはグラニア、よろしく」
「グラニアさん……!」
ケビンさんが深く頭を下げる。
その仕草に、グラニアさんは照れくさそうに鼻を鳴らし、操縦桿を握り直した。
「礼はいいさ。さあ、行くよ。あの雲の中心──あそこに向かうんだろ?」
「グラニアは良いの?ミリアリアとフェイと仲が良かったから、貴方も世界の滅びを望んでいたんじゃないの?」
メグーちゃんの問いにグラニアさんは眉間にシワを寄せると言う。
「あーん?なんじゃそりゃ。世界なんざどうでもいいさね。あっしは飛空艇さえ弄り回せれば満足だよ。んで、行くんだろ?」
その問いに、私は静かに頷いた。
(逃げない。これは、私たちが止めないといけないことだ)
「……はい。これは…私達が食い止めないといけないことです」
その言葉は、静かだが力強かった。
恐れはまだ消えていない。
でも、それ以上に、仲間としての責任があった。
──飛空艇が唸りを上げ、空へと加速する。
黒雲の渦が近づくにつれ、空気が重く、冷たくなっていく。
だが、誰一人として目を逸らさなかった。
その先に待つものが、どれほどの絶望であろうとも──
「全速前進!この空を、ぶち抜くよ!」
グラニアさんの叫びと共に、飛空艇が闇を裂いて突き進む。
その軌跡は、黒雲の中に一筋の光を描いていた。
その先に待つのは、世界の終焉か、それとも──新たな始まりか。




