第113話:災厄は形を変えて蘇る
地上へと続く転送陣が、かすかな光を帯びて脈動していた。
その光は、まるで帰還を促す灯火のように、静かに私たちを導いていた。
傷つきながらも、互いに支え合い、ゆっくりと歩き出していた。
ようやく終わった──
誰もが、そう思っていた。
だが──
「……っ!」
私は、ふと足を止めた。
その瞬間、空気が凍りつく。
風が止まり、音が消え、世界が息を潜める。
空間が、裂けた。
音もなく、まるで布を裂くように、空間が黒く割れる。
そこから、禍々しい気配が溢れ出した。
赤黒い霧が渦を巻き、空間の裂け目から、巨大な"それ"が姿を現す。
──龍の思念体。
肉体を持たぬ、魂の残滓。
だが、その存在感は、先ほどの龍をも凌駕していた。
それは形を持たず、ただ黒い雲のように天井を覆い、無数の目のような光がその中で蠢いていた。
見る者の心を抉るような視線が頭上から降り注ぐ。
「……オーグ……!」
ケビンさんが震える声で名を呼ぶ。
その声には、恐怖と、かすかな哀しみが混じっていた。
そう、それは確かにオーグさんの"意志"だった。
肉体を失い、魂の半分を奪われながらも、なおもこの世界に執着し、憎悪と怨念だけを凝縮させた存在。
「我を……否定するな……」
空間に声が響く。
それは音ではなかった。
思考に直接流れ込んでくるような、圧倒的な"念"だった。
その言葉は、世界そのものに刻まれる呪詛のように、重く、深く、染み込んでいく。
「我は……龍なり……我は……災厄なり……我は……終焉なり……」
暗黒の雲が、周囲を覆っていく。
空気が重く沈む。
世界が再び、終焉の予兆に包まれていくのを感じる。
「……オーグさん?ど、ど、どうして?」
気づけば、私は自然と傲焔の柄に手をかけていた。
迷いはなかった。
自分でも不思議なほど、手が自然と動いていた。
(この刀が…私に応えている)
その感覚に驚きながらも、瞳には怯えではなく、静かな覚悟だけが宿っていた。
その姿に、サキュウスさんは驚愕の表情を浮かべる。
「七禍具!?それは…傲焔か!?」
その名を口にした瞬間、空気がさらに張り詰める。
マリーさんもまた、驚きの声を上げる。
「な、なぜ傲焔を!?アニーさん、あなた……!」
「そんなこと言っている場合かしら!?」
メグーちゃんの鋭い声が、場の空気を切り裂く。
その一言が、サキュウスさんたちに優先順位を思い出させた。
「メグーちゃんの言う通り!ですよね!アニー様!」
ユリさんが明るく言いながらも、その声には緊張が滲んでいた。
私は一瞬戸惑いながらも、しっかりと頷く。
「は…はい!」
おどおどした声が出た。
でも、手にした傲焔は確かに私の意志に応えていた。
(大丈夫。この刀は、私の意志を聞いてくれる)
七禍具を持ちながらも精神を侵されていない私の姿に、サキュウスさんは眉をひそめる。
だが、今は疑問を抱いている場合ではない。
彼はすぐに決意を固め、剣を抜いた。
「ゆくぞ!構えろ!!」
その号令に、仲間たちが一斉に武器を構える。
黒き思念体──
オーグさんの残滓が、再び世界を呑み込もうとしていた。
だが、私たちの瞳には、恐怖ではなく、抗う意志が宿っていた。
終わりは、まだ訪れていない。
希望もまた、ここにあるからだ。




