第112話:余熱の中で
戦場に残された者たちの胸には、まだ重い余韻がのしかかっていた。
焦げた大地には熱が残り、空気には魔力の残滓が微かに漂っている。
それはまるで、長き戦いの終わりを告げる、世界のため息のようだった。
「……行ったか」
サキュウスさんが、剣を鞘に収めながら呟く。
ミリアリアさんとフェイさんの気配は、完全に消えていた。
だが、その顔に浮かぶのは、勝利の安堵ではなかった。
眉間に刻まれた皺が、彼の内に残る葛藤を物語っていた。
「逃がしてしまったな」
そう言いながらも、彼の声にはどこか柔らかさがあった。
その手でミリアリアさんを討たずに済んだことに、安堵しているのだと、誰もが察していた。
だが、それを口にする者はいなかった。
それは、彼の誇りと痛みに対する、無言の敬意だった。
「……でも、今はそれでいいと思う」
メグーちゃんが静かに言った。
銀の瞳は、まだどこか遠くを見つめている。
「アニーさん、大丈夫ですか?」
ケビンさんが、そっと私の肩に手を添える。
彼の声は優しく、どこか頼りなげでありながら、確かな温もりを帯びていた。
私は小さく頷き、俯いたまま「うん……」とだけ答えた。
声が震えた。
でも、確かに私はここにいた。
戦いを終えて、戻ってきた。
(何が…起きたんだろう)
胸の奥に、空白のような感覚がある。
自分が何をしたのか、記憶がない。
傲焔の感触だけが、掌に残っていた。
「……戻りましょう。ここにいても、もう得るものはありません」
マリーさんがそう言って、杖を地に突く。
その声には疲労が滲んでいたが、同時に、前を向こうとする意志も宿っていた。
「地上へ戻る道は、あちらだ。来たときとは別のルートになるが……安全は確保できる」
サキュウスさんが指差した先には、崩れかけた階段と、かすかに光を帯びた転送陣があった。
その光は、まるで帰還を促す灯火のように、静かに瞬いていた。
ユリさんがふらりと立ち上がり、肩を回しながら笑う。
「ふー、やっと帰れるってわけね。もうちょっとで死ぬとこだったし」
「お前は……もう少し危機感を持て」
サキュウスさんが呆れたように言うと、ユリさんは舌を出して笑った。
「でも、アニー様が全部持ってったね。あれは……すごかったよ」
その言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、ケビンさんの袖をそっと掴み、彼の背に隠れるようにして歩き出す。
(すごかった……って、何が)
聞きたかった。でも怖かった。
自分が知らない自分のことを、教えてもらうのが。
「待て、どういうことだ?ユリよ」
サキュウスさんが問いかける。
だが、ユリさんは両手を頭の後ろで組み、空を見上げながら答える。
「あれ?皆…そっか、気を失っていたんだもんね」
その態度は、何があったのか語るつもりはなさそうだった。
サキュウスさんはそれを察し、深くは追及しなかった。
だが、視線だけは私へと向けられる。
「わ、私もまったく覚えていません!」
慌ててそう言った。顔が熱くなった。
嘘ではなかったけれど、なぜか申し訳ない気持ちがした。
「そういえば、アニーさん、ロールは戻ったんですか?」
「え、あ…はい…戻っています」
「何があったのかしらね…ま、いいわ。流石はお母さんってことよね」
「え…メグーちゃん、軽っ!」
そんなやり取りの中にも、確かな絆があった。
彼らは、共に戦い、共に生き延びた。
その事実が、何よりの証だった。
私たちは、ゆっくりと地上への道を歩き出す。
それぞれに傷を抱え、思いを胸に秘めながら──
転送陣から放たれる光へ向かって、静かに歩を進めた。
それは、終わりではなく、次なる物語の始まりを告げる光だった。




