第111話:終幕の後で立つ影
戦場に、ようやく静寂が戻っていた。
焦げた大地には、まだ微かに熱が残り、空には戦いの名残を引きずるように、赤黒い雲がゆっくりと流れていた。
傲焔が鞘に収まる感覚だけが残っていた。倒れていた仲間たちがゆっくりと意識を取り戻し始める。
何が起きたのか。
私は、覚えていない。
ただ、龍の気配が完全に消えていることだけが分かった。
安堵と疲労が入り混じる空気の中、誰もが束の間の平穏に身を委ねていた。
そんな中、サキュウスさんが地面に伏せているフェイさんの傍にいるミリアリアさんへと視線を向ける。
「…どうする…つ、つもり…ですか?」
かすれた声が出た。
その声に応じるように、サキュウスさんが剣を構え、静かに歩み寄る。
その足取りには迷いはなかった。
「何を問う?……ここで、殺しておかねば……災禍は再びやってくる」
その言葉は、冷酷ではなく、覚悟の表れだった。
彼の視線が、メグーちゃんとケビンさんへと向けられる。
私もまた、二人に目を向ける。
その視線に、メグーちゃんとケビンさんは静かに頷いた。
「そ、そんなこと……さ、させません!」
声が響いた。
震えていたけれど、その言葉には確かな意志があった。
自分でも驚くほどの強さで、私はそう言えた。
サキュウスさんが目を細め、私を睨む。
剣を構えたまま、静かに間合いを詰める。
緊張が走る。
空気が張り詰め、誰もが息を呑んだその時──
「や、やぁ、やぁ!サキュウス!」
間の抜けた声が、緊張を破った。
ユリさんだった。
いつもの調子で、ひょっこりと現れた彼女は、にこやかに手を振っていた。
「なんだ、ユリ」
「アニー様のお言葉には素直に従った方が良いよー」
その言葉に、サキュウスさんは眉をひそめる。
ユリさん以外の者たちは、龍が滅んだ瞬間の光景を見ていない。
だが、ユリさんだけは違った。
彼女は、私が"何をしたのか"を、すべて見ていた。
「アニー……様?」
その呼び方に、サキュウスさんが目を見開く。
ユリさんは慌てて手を振りながら、さらに続ける。
「ア、アニー様も…ね!ど、どうか、お怒りをお鎮めくださいってば!」
私はユリさんに視線を向けた。
その瞬間、ユリさんの顔が青ざめ、肩を震わせた。
「ひぃ!!た、食べないでぇ!!」
「た、た、食べませんよ!!」
慌てて否定した。
そのやり取りに、場の空気がわずかに緩む。
だが──その隙を突くように、ミリアリアさんが動く。
「……やはり、残っていたか」
彼女の視線の先にあったのは、ケビンさんが落としたままのアイテムスフィア。
赤黒く脈動するその球体の奥で、微かに蠢く影──
それは、オーグさんの魂の残滓だった。
「ケビン……お主は優し過ぎるのだ」
誰にも気づかれぬよう、ミリアリアさんはそっと手を伸ばす。
その動きは、まるで風のように滑らかで、影のように静かだった。
「……っ!」
メグーちゃんが気づいたときには、すでに遅かった。
ミリアリアさんはスフィアを手にし、フェイの身体を抱き起こしていた。
「止まれ! ミリアリア!」
サキュウスさんが叫ぶ。
だが、彼女は振り返らない。
その背中には、決意と執念が宿っていた。
「──まだ終わっていない」
彼女の足元に、黒い魔法陣が展開される。
フェイさんの身体がその中心に浮かび、ミリアリアさんのマントが風に舞う。
魔力が渦を巻き、空間が軋み始める。
「オーグの魂は、まだ完全には消えていない。私は…もはや引き返すことなどできん」
「ミリアリアさん……!」
一歩踏み出した。
だが、戦いの疲れが身体に残っているのか、足がふらつく。
ミリアリアさんは、そんな私に一瞥をくれた。
その瞳には、かつての激情も、狂気もなかった。
ただ、静かな覚悟と、どこか哀しみを帯びた光が宿っていた。
魔法陣が光を放ち、空間が歪む。
風が逆巻き、光が収束し──
ミリアリアさんとフェイさんの姿は、闇の中へと消えた。
残されたのは、赤黒く焼け焦げた地面と、微かに漂う余熱だけ。
それは、終わりではなく、次なる始まりの予兆だった。




