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第105話:楔の喪失、暴走の始まり


 異常な魔力の波が空間を満たし、戦場に奇妙な静寂が降りた。その中で、メグーがぽつりと呟いた。


「フェイが抑えていたはずじゃ…?」


 その声は、驚きでも怒りでもなく、ただ静かな理解だった。彼女の銀の瞳が揺れる。


「空間中の魔力が悲鳴をあげています……これは……」


 マリーの声もまた低く、震えていた。彼女の手に握られた世界樹の杖が微かに震え、周囲の魔力がざわめくように脈動する。まるで、見えない何かが世界を引き裂こうとしているかのようだった。


「どういうことだ?」


 サキュウスが剣を構えたまま、鋭い視線をマリーに向ける。その声には焦りと、仲間を守ろうとする強い意志が滲んでいた。


「フェイは、龍の魔力を制御する“楔”でした。そう思っていました…ミリアリアの血──真祖のドラクレアとしての力で、フェイを眷属にし、彼の力で龍の力を安定させていたのです」


「だが、あれは……明らかに力が膨張しているぞ」


「龍の魔力は制御を失いました……それで、安定性を欠いて力を失うことを期待していたのですが…暴走が始まります」


 その瞬間、空気が震えた。地の底から湧き上がるような笑い声が響く。


「暴走ではない……これは必然。フェイは──オーグと龍を調律し、儀を完成させたのだ!」


 ミリアリアだった。彼女の全身が震え、紅い瞳が狂気に染まる。肌で感じる魔力の震えに、彼女は歓喜すら覚えていた。目の前に広がる光景──それは、彼女が長年夢見た“終焉”の兆し。


「さぁ!!オーグ!!契約を果たせ!!」


 その叫びに呼応するように、龍の巨体が震えた。赤黒い鱗の隙間から、光が漏れ出す。まるで体内の魔力が血管を走るように、全身を赤黒い光が駆け巡る。咆哮が空を裂き、空間が悲鳴を上げる。


 そして──空そのものが、引き裂かれた。

 赤黒い光が奔流となって噴き出し、地面が波打つ。制御を失った魔力が暴風となって吹き荒れ、岩を砕き、空気を焼き尽くす。世界が崩壊の淵へと引きずり込まれていく。


「来るぞ、下がれ!」


 サキュウスの怒声が響くと同時に、ゴルディオンアーマーが虹色の光を放ち、仲間たちを包み込む。直後、龍の口から放たれた紅蓮の奔流が地をなぎ払った。防御の光が軋み、空間が白く染まり、熱と衝撃が押し寄せる。


「くっ……!」


 ケビンが腕で顔を庇いながら、必死にその場に踏みとどまる。だが、身体は震え、足元が崩れそうになる。メグーが素早く彼の肩を支え、共に後方へと跳躍する。


「離れましょう!!私達では堪えきれない」

「あ、ありがとうございます!」


 サキュウスは二人が安全圏へ退いたのを確認し、わずかに頷く。ここから先は、聖武具を纏う者たちにしか踏み込めない領域。メグーはそれを察し、即座に行動していた。


「魔力の制御が、もう……!」


 マリーの声が震える。彼女の杖が光を放ち、暴走する魔力を押し返そうとするが、龍の力はそれを遥かに凌駕していた。まるで、神の怒りが具現化したかのようだった。


「ミリアリア……!」


 サキュウスが睨みつける。だが、ミリアリアは動かない。彼女はただ、倒れたフェイの傍らに立ち、静かにその顔を見下ろしていた。


「……あなたは、最後まで私のために生きたのね」


 その声には、かすかな哀しみが滲んでいた。だが、彼女の瞳は赤く輝き、真祖の証たる魔眼が、龍と共鳴するように脈動していた。彼女の中でも、何かが壊れ、何かが目覚めていた。


「ミリアリア!あなたなら止められる!!今しかない!」


サキュウスの叫びに、ミリアリアはゆっくりと顔を上げた。

その表情には、哀しみとも嘲りともつかない微笑が浮かぶ。


「……もう遅い。お前は私を止められなかった」


「まだ終わっていない!」


 サキュウスが一歩踏み出す。

 すると、ミリアリアは肩をすくめるように笑った。


「強がりね。あなたはいつもそう。自分が正しいと信じて、何も見えていない」


「見えているさ。お前が……恐れているものもな」


 その一言に、ミリアリアの瞳がわずかに揺れた。だが、すぐに、紅い光がその揺らぎを飲み込む。


「恐れ……?私が?ふふ……可笑しいわね。恐れるのは、あなたたちの方よ」


 その言葉と同時に、龍の翼が広がった。空が裂け、赤黒い雷が奔る。その一撃が地を穿ち、巨大なクレーターを穿つ。大地が悲鳴を上げ、空が崩れ落ちる。


「このままじゃ……!」


 ケビンが震える声で呟く。

 だが、メグーは前を見据えていた。彼女の瞳は、恐怖ではなく、確信に満ちていた。


「まだ、終わってない。あの龍は、確かに暴走してる。でも、完全に目を閉じてはいない。どこかに、わずかに理性が残ってる……!」


「理性……?」

「ええ。あれは、オーグの魂が入ってる龍。なら、あの中に“オーグ”がいるはず」


 メグーの言葉に疑問を投げかけるのはユリだ。


「龍の中に意識があるから何なのさ!?」

「…いくら龍とはいえ、肉体と魂の不一致、その理を無視できない。だから、オーグの理性を引っ張り出せれば…、魂の剥離現象で、龍とオーグを引き離せるかもしれないわ。そうすれば、龍はただの置物になるはずよ」


 その言葉に、ケビンの瞳が揺れる。だが、すぐに決意の光が宿った。


「だったら……僕たちで、呼び戻す!そうすれば…龍は完全に力を失うはず」

「どう呼び戻すのです?」


 マリーがケビンに問いかけると、彼はメグーへ視線を向ける。


 すると、メグーはコクリと頷いた。


「…作戦があるのですね」

「ふーん、面白いじゃん」


 ユリが影の中から姿を現し、短剣を構え直す。その瞳には、いつもの飄々とした光と、確かな覚悟が宿っていた。


「じゃあ、暴れる龍を止めるのは、私たちの役目ってわけだね」

「ユリさん!?」

「アンタ達の援護は私とマリー、んで、ミリアリアの相手はサキュウスって寸法!よろしくね!」


「ああ、全員、配置につけ!」


 サキュウスの号令が、戦場に響き渡る。五人の戦士たちが、暴走する龍を取り囲むように布陣する。その姿は、まるで世界の終焉に抗う最後の砦。


 ──世界の終わりを告げる咆哮が、再び空を裂いた。


 だが、それに抗う者たちの意志は、決して折れなかった。


 しかし──ミリアリアは嗤った。


「まだ諦めていないようだな。だが、言ったはずよ……もう手遅れだと」


 サキュウスが睨み返す。


「黙っていろ。貴様の言葉に従う気はない」


「ふん……聞く耳もたんわ、か。相変わらず単純で助かる」


 ミリアリアは紅い瞳を細め、愉悦に満ちた声で続ける。


「オーグと龍は“調和”している。理性を呼び覚ましたところで、魂の剝離など起きない」


「やけに饒舌だな、ミリアリア。勝利を確信するには……まだ早いのではないか」


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