第104話:赤黒の空が裂けるとき
龍が咆哮を上げた。
赤黒い魔力がうねり、地平線が波打つ。
今度は地そのものを裂こうとするように、大地が軋んだ。
だが、五人の戦士たちは一歩も退かない。
恐怖に膝を折ることなく、ただ前を見据えていた。
「フェイが龍を制御している!制御を失えば、オーグの魂が龍から離れるかもしれない!」
メグーの声が鋭く響く。
銀の瞳が魔力の流れを読み、龍の背後に渦巻く黒い魔力の中心に、フェイの魔法陣があることを見抜いていた。
龍の肉体とオーグの魂は本来一致しない。
だが今、龍は完全にその力を振るっている。
そこにあるのは、フェイの魔術による強制的な接続。
メグーは確信していた──フェイを倒せば、龍の制御は崩れる。
「なら、パパッと終わらせちゃいましょー!」
ユリが短剣を翻し、影のようにフェイへと迫る。
彼女の動きは軽やかで、まるで重力の束縛を受けていないかのようだった。
「……!」
フェイが無言で唸る。
マリーの魔法によって言葉を封じられている彼は、声を発せずとも、魔力の奔流を操る。
二重の黒い盾が展開され、ユリの接近を阻む。
「残念っ!私ってば、実は物理攻撃よりも!魔法の方が得意なのさ!」
ユリが無邪気に笑いながら、手をピストルの形に構える。
「霊光・破弾!!」
指先から放たれた聖なるオーラが弾丸となって疾走する。
額当てが淡く光を放ち、詠唱が反響するたびに、同じ魔法が連続して放たれる。
二発の霊光弾が黒い盾を貫き、フェイの防御を打ち砕いた。
「天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!ヴォルト・ストライク!!」
「セイクリッド・ソード!」
ケビンとマリーの魔法が続く。
雷の矢と光の剣が、フェイを貫かんと迫る。だが──
龍の尾が唸りを上げて振るわれ、二人の魔法を一瞬でかき消す。
空気が裂け、魔力の残滓が霧散する。
だが、それは囮だった。
「ケビン、支援を頼むわ!」
「はいっ!風と天空の支配者よ!我を阻む風を律せよ!ウインド・アルゲンタビス!!」
ケビンの詠唱と共に、突風が戦場を駆け抜ける。
風がメグーの身体を包み、彼女は一陣の風となって龍の懐へと滑り込む。
「今よ……!」
短剣が閃き、龍の胸の鱗の隙間へと突き立てられる。
鋭い金属音と共に、龍が怒りの咆哮を上げる。
剛腕が振るわれ、メグーの小さな身体が宙を舞う。
だが、地面に叩きつけられる寸前──
「プロテクション!」
マリーの魔法が光の盾を展開し、メグーの身体を優しく受け止める。
衝撃を和らげるその光は、まるで母の腕のように温かかった。
「ねぇ、よそ見していて良いの?」
ユリの声が、フェイの背後から囁くように響く。
フェイが驚愕と共に振り返る──だが、遅い。
「〈影縫い・連鎖〉!」
ユリの短剣が地を叩くと、黒い鎖が地面から這い出し、フェイの足元を絡め取る。
三重の鎖が彼の動きを完全に封じ、魔力の流れすらも鈍らせる。
「……っ!!!」
フェイの顔が苦悶に歪む。
だが、ユリはにやりと笑い、短剣を構え直す。
「あはは!痛そう!ごめんねー!」
フェイが手を突き出す。
だが、それはユリの罠だった。
「〈影身〉!」
掴んだユリの身体が、ふっと霧散する。
代わりに現れたのは、棘だらけの石球。
フェイの手に突き刺さり、彼の顔が苦痛に歪む。
そんな一瞬の隙をついて、マリーが魔法を放つ。
「ホーリー・ランス!!」
マリーの詠唱が終わり、天から三重の光槍が降り注ぐ。
まるで天罰のように、フェイの頭上を貫いた。
「ぐっ……!」
膝をつくフェイ。黒い魔法陣が揺らぎ、龍の魔力の流れが乱れる。
制御が崩れ始めていた。
「今だ、ケビン!」
誰かの叫びに、フェイがケビンを睨む。
だが、彼は遠くから静かに見つめているだけだった。
「へへーん!騙されてやんの!」
ユリの声と共に、フェイの背後からメグーが現れる。
先ほどの声は、フェイの影から迫るメグーを、彼の視線を逸らすためのユリの罠であった。
そして、メグーのその手にした短剣が閃き、フェイの肩口に突き立てられる。
黒い装束が裂け、鮮血が舞った。
「がっ……!」
フェイの身体が崩れ落ちる。
魔法陣が霧散し、龍の背後に渦巻いていた黒い魔力が一気に消滅する。
龍が咆哮を上げ、制御を失ったように暴れ出す。
空が割れ、大地が震え、世界が崩壊の淵へと引きずり込まれていく。
「フェイ!!」
ミリアリアの叫びが響く。だが、その声は届かない。
崩れ落ちたフェイは膝をつき、血を吐きながら地に伏す。
彼の周囲に展開されていた黒の魔法陣が、音もなく崩れ落ちる。
空間に漂っていた龍の魔力が、制御を失ったかのように一気に膨張し始めた。
「……これで龍は!?」
ケビンが息を切らしながら呟く。
だが、メグーの銀の瞳が鋭く細められる。
「違う……これは……!」
彼女の視界に映る魔力の波が、異常な速度で膨張していた。
まるで、封じられていた何かが、今まさに解き放たれようとしているかのように。




