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第103話:龍哭の戦場


 龍の咆哮が、また響き渡った。

 衝撃波が地を焼き、赤黒い魔力がじわりと空間に染み込む。

 巨体が一歩踏み出すたびに大地がひび割れ、空気は焼け焦げた鉄の匂いを帯びた。


「来るぞ!」


 サキュウスの怒声が戦場に響く。

 彼の声は恐怖を振り払う鐘の音のように、仲間たちの胸に勇気を灯した。

 ゴルディオンアーマーが虹色の光を放ち、その輝きはまるで正義の結晶。

 光の波が地を這い、メグーとケビンの身体を優しく、しかし確かに包み込む。

 温かな光に包まれた瞬間、二人の心に走ったのは、守られているという安堵と、戦う覚悟だった。


「星々の軌道を定めし天の理よ!時空の鎖を解き放て!グラヴィタス・ディメンシオン!!」


 ケビンの声は震えていた。だが、その奥には確かな決意があった。

 彼の詠唱が終わると、仲間たちの足元がふわりと浮き、重力から解き放たれたかのように動きが軽くなる。

 彼の魔法は、ただの補助ではない。

 仲間の命を繋ぐ、戦場の礎だった。


「重力操作魔法!?」


 マリーの目が見開かれる。冷静沈着な彼女でさえ、ケビンの重力魔法に驚きを隠せない。

 だが、その驚きはすぐに頼もしさへと変わる。

 戦場において、仲間の力は何よりの希望だ。


「メグー、右から回り込め!」


 サキュウスの指示に、メグーが無言で頷く。

 銀の瞳が鋭く輝き、龍の魔力の波を読み取る。

 その視線はまるで未来を見通すかのように、左胸の鱗の隙間──唯一の弱点を見抜いた。


「そこね……!」


 風が走る。メグーの身体が地を蹴り、疾風のように駆ける。

 短剣を逆手に構え、龍の巨体の影をすり抜けるように滑り込む。

 その動きはまさに神速。彼女の心は静かだった。

 恐怖も迷いもない。

 ただ、仲間のために、敵を穿つという使命だけが彼女を突き動かしていた。


「時間よ!私を加速させて!」


 その声と共に、彼女の身体が光と同化する。

 瞬間、短剣が龍の左胸に突き立てられた。

 刹那、龍の咆哮が空間を震わせ、黒と赤の魔力が爆発的に広がる。

 空が裂け、世界が悲鳴を上げる。


 メグーは反射的に跳び退き、爆風をかわす。

 その直後、空が閃光に包まれる。

 マリーの杖が天を指し、そこから無数の光の槍が降り注いだ。

 槍は龍の背を貫き、爆ぜる光が鱗を焼き焦がす。

 その光は、まるで天の怒りを具現化したかのようだった。


 だが、マリーの魔法は龍だけを狙ってはいなかった。

 彼女の視線が、ミリアリアとフェイへと向けられる。


「フェイ!」

「光を…!」

「させません」


 フェイが魔法の影響を奪い、無効化しようとする。

 だが、マリーはそれを読んでいた。

 彼女の放った魔法は、音をかき消す禁呪。

 フェイの口から音が消え、彼のスキルは封じられる。

 彼の力がいかに脅威であるか、マリーは誰よりも理解していた。


 フェイは無言のまま、魔法陣を展開。

 黒い障壁が彼の周囲を包み込む。

 奪い取った力か、それとも彼自身の奥底に眠る何か──。

 光の槍が障壁に弾かれ、マリーの魔力と激突する。

 空間が軋み、雷鳴のような轟音が戦場を揺るがす。


「ユリ、行け!」


 サキュウスの声に、ユリが影のように跳ねた。

 三界の短剣が黒い軌跡を描き、フェイの背後へと迫る。


「ふふ、背中ががら空きだよ?」

「……っ!」


 フェイが振り返るより早く、ユリの短剣が彼の肩をかすめた。

 だが、フェイは即座に回し蹴りを放ち、ユリの頭部を穿つと、彼女の手の宝珠の一つが砕かれた。

 攻撃は無効化されたが、ユリの表情に怯えはない。


「もう一発!」

「…!!」

「〈影縫い〉!」


 詠唱と共に、地面から黒い鎖が伸び、フェイの足を絡め取る。

 動きを封じられた彼は、苛立ちを露わにし、魔力を爆発させて鎖を引きちぎった。


「……!!」

「へへーん!私やるでしょ?」

「……!?」


 ユリがにやりと笑う。

 その笑みは、戦場の混沌の中でさえ、どこか無邪気で、しかし底知れぬ闇を孕んでいた。


 一方、ミリアリアは静かに剣を構え、サキュウスと対峙していた。

 風が二人の間を吹き抜け、互いの視線が鋭く交錯する。

 かつての信頼と理想が、今や剣を交える理由となっていた。


「サキュウス、貴様は…なぜ私を止める。貴様も…この世界を変えたいと願った同志であろう」


 ミリアリアの声には、怒りと悲しみが混じっていた。

 かつて共に語り合った夢が、今や剣の間に引き裂かれようとしている。


「ああ。私も…この歪な世界を正さねばならんと思っている。そう思っていたからこそ、ミリアリア様、貴方の背中に夢を見ていた」


「ならば…私と共に来い!サキュウス!」

「できません!それはできない!!ミリアリア…貴方のやり方は間違っている!」


「私が…間違っている?違うな…違うぞ!サキュウス!!間違っているのは世界の方だ!!」


 ミリアリアの瞳が深紅に煌めき、激情がその声に宿る。だが、サキュウスは一歩も引かない。


「私は…人を犠牲にしない…それが私の正義だ!私は…私の正義で…この歪な世界を正して見せる!!」

「傲慢だな…サキュウス!!そして愚かだ!!人に…何の希望を見出しておる!!」


「私は…貴方ほど、人に絶望していない!!」

「私は貴様ほど、人に希望を抱いておらん!!」


 ミリアリアとサキュウスとの間に、確かな決裂が生じた。


「よかろう!ならば…今度こそ、サキュウス!!貴様の首を刎ね飛ばしてやろう」

「貴方を…龍の楔から解放し、今、楽にしてやる!!ミリアリア!!」


 ミリアリアが踏み込み、聖剣を振るう。

 彼女の動きは、まるで風そのもの。

 だが、その一撃には、空間すら裂くほどの重みと鋭さが宿っていた。

 彼女は龍の眷属、真祖たるドラクレア。

 その力は人の域を遥かに超え、神話の存在すら凌駕する。


 サキュウスはその一撃を、ディバイディングブレイバーで受け止めた。

 透き通る刀身が青白く輝き、空間が震える。

 剣と剣がぶつかり合い、火花が弾け、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

 二人の力が拮抗し、空間が悲鳴を上げるように軋んだ。


「ミリアリア……!」


 サキュウスの瞳には、かつての敬愛と、今の悲しみが交錯していた。

 彼女は変わってしまった。

 だが、変わらざるを得なかったのかもしれない。

 世界の理不尽さが、彼女をそうさせたのだと、彼は理解していた。


「私は……貴方を止める……その剣が人を傷つけるのなら、私は……!」


「ならば、貴様もまた敵だ。私の理想を阻む者は、誰であろうと斬る!」


 ミリアリアの瞳が紅く輝き、再び剣を振るう。

 その軌跡は美しく、そして恐ろしい。

 だが、サキュウスもまた、己の信念を剣に込めて応じる。

 彼の剣が放つ青白い光が、ミリアリアの紅の斬撃と交錯し、戦場に新たな閃光を生む。


 その光の中、二人の姿が交差する。

 かつては同じ夢を語り合った者同士が、今や己の正義を剣に宿して向き合っていた。

 どちらも、退くつもりはなかった。


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