第102話:黒炎の龍と、集いし五つの刃
世界を裂くような咆哮が、空を震わせた。
轟音が大気を揺らし、雲は四散し、空の青が赤黒く染まっていく。
龍の巨体が天を仰ぎ、鱗の隙間から滲み出す赤黒い光が、広大な空を塗り潰していく。
その場にいるだけで、心臓が握り潰されるような圧が全身を襲う。
「……オーグ!!」
メグーの声が、静寂を切り裂いた。
普段は冷静な彼女の声に、かすかな焦燥が滲む。
銀の瞳が見据える先、龍の口内に黒き炎が渦巻き、次の瞬間、咆哮と共に放たれた。
黒炎が空を裂き、一直線にメグーへと迫る。
「メグーさん!!」
ケビンの叫びが響く。彼の声は震えていたが、その足は迷わず前へと踏み出していた。
「っ!?」
メグーの目が見開かれる。冷静な彼女でさえ、咄嗟の反応が遅れるほどの威力と速度だった。
「天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!ヴォルト・ストライク!!」
ケビンが両手を掲げ、雷の魔法を放つ。
彼の魔力は未熟だが、仲間を守りたいという一心が、稲妻に力を宿す。
「風と天空の支配者よ!我を阻む風を律せよ!ウインド・アルゲンタビス!!」
風の魔法が雷を包み、突風となって黒炎に立ち向かう。
だが、黒き炎はそれを嘲笑うかのように突き進み、メグーの目前にまで迫る。
その時だった。空に閃光が走る。
雷鳴のような音と共に、金と白銀の光が交差し、空間を切り裂いて三つの影が舞い降りた。
「状況は……最悪のようだな」
金色の鎧を纏い、聖騎士の威容を放つサキュウスが、剣を構えながら低く呟く。
その声には焦燥と覚悟が滲み、彼の瞳は燃えるような決意に満ちていた。
背後には、白きローブを風に揺らすマリーが静かに佇み、黒装束に身を包んだユリが、まるで影のように気配を殺して立っていた。
「サキュウス……!」
メグーが目を細める。
かつて刃を交えた彼らの姿が、記憶の中のそれとは異なっていた。
装備も、気配も、まるで別人のように研ぎ澄まされている。
彼らが本気で来たのだと、彼女は直感した。
「龍が…目覚めたのですね」
マリーの声は静かだったが、その奥には張り詰めた緊張があった。
彼女の指先は微かに震えていたが、それを誰にも悟らせまいと、唇を引き結ぶ。
「へー、なんか面白そうなことになってるじゃん?」
ユリが短剣をくるくると回しながら、飄々とした口調で笑う。
その無邪気な声とは裏腹に、彼女の瞳は鋭く、龍の動きを一瞬たりとも見逃していなかった。
まるで獲物を狙う黒猫のように、静かに、しかし確実に獲物を見据えている。
「……助けに来てくれたんですか?」
ケビンがかすれた声で問う。
恐怖に震える心を押し殺しながら、それでも彼は前を向いていた。
サキュウスは一瞬だけ彼を見やり、静かに頷く。その仕草に、ケビンの胸に小さな灯がともる。
「我らは正義の剣を携え、災厄に立ち向かう者。共に戦う意志があるなら、力を貸そう」
「……はい!」
ケビンの声は、先ほどよりもわずかに強く響いた。
メグーもまた、短剣を構え直し、銀の瞳に決意の光を宿す。
五人の視線が、龍、そしてその背後に立つミリアリアとフェイへと向けられる。
「ミリアリア……まだ引き返せる」
サキュウスが一歩前に出て、静かに語りかける。
その声には怒りも非難もなく、ただ哀しみと祈りが込められていた。
だが、ミリアリアは冷ややかな笑みを浮かべ、金の髪を風に揺らしながら言い放つ。
「引き返す?何を言っている。私は、私の意志でここにいる。世界を終わらせるために」
その言葉は、まるで運命を受け入れた者の宣告のようだった。
隣に立つフェイは一言も発せず、ただ静かに魔法陣を展開する。
黒い魔力が渦を巻き、龍の背後に集まっていく様は、まるで奈落の門が開かれるかのようだった。
「…彼女、龍の血を得たのでしょう。ドラクレアになっています。サキュウス卿、会話は無駄です」
マリーの声は冷静だったが、その瞳には深い哀しみが宿っていた。
「ならば、我らの剣で止めるまでだ」
サキュウスが剣を構える。
ディバイディングブレイバーが空間を震わせ、青白い光が周囲を包み込む。
その光は、絶望の闇を切り裂く希望の刃のようだった。
「行くぞ、メグー、ケビン!」
「はい!」
「ええ!」
メグーが銀の瞳で魔力の波を読み取り、ケビンが震える手で支援魔法を展開する。
マリーが詠唱を始め、ユリが影のように敵陣を回り込む。
龍、ミリアリア、フェイ──そして、メグー、ケビン、サキュウスたち。
世界の命運を賭けた戦いが、今まさに幕を開けようとしていた。




