第七話:壊れるのは、わたしかあなたか
王宮の回廊は静かだった。
白磁のように磨かれた床に、わたくしの靴音が響く。
足取りはゆっくりと。まるで、何かを試すように。
扉の先には、ユリアがいた。
机に広げた薬草の書を前に、静かに指先を滑らせている。
その姿はまるで、勉学に励む少女の鑑。
──だが、もう知っている。
それがただの“役”だということ。
彼女は今も、ユリア・フォールンというキャラクターを演じ続けている。
「クロエ様……」
わたくしに気づき、彼女は立ち上がる。
優美に、無垢に。そして、どこか苦しげに。
「何か……ご用でしょうか」
わたくしは答えず、その場に椅子を引いて座った。
しばしの沈黙。
やがて、わたくしは口を開く。
「あなたは、なぜそこまでして“物語をなぞる”のかしら」
ユリアは、瞳を見開いた。
けれど、すぐに伏せるように笑った。
「……“これが一番丸く収まる”と、思ったんです」
その声は、小さく震えていた。
「本当は、もっと……ぐちゃぐちゃに壊してしまいたかった。
酒もタバコも、ギャンブルも好きだった。
でも、それを出したら……この世界は壊れてしまう気がして」
──ああ、ようやく聞けた。
彼女の“本音”。
この世界に迷い込み、すべてが作り物だと知りながら。
それでも、優等生であろうとする愚かさ。
そして、壊れかけている“善意の仮面”。
「壊れるのは、どちらが先かしらね」
わたくしは呟いた。
彼女か、わたくしか。
この世界か、物語か。
静かに、火種は燃え上がろうとしていた。