第六話:断罪は、誰のために
神殿前の石畳は、いつになく賑わっていた。
新たな祈りの式典が催される──という名目。
だが実際は、王と貴族たちが「聖女ユリア」の存在を国民に示す、半ば見世物のような催しだった。
ユリアは、壇上の中央に立っていた。
白い祭服をまとい、光をその身に集めるかのような佇まい。
──まるで、“本物の聖女”。
けれど、わたくしは知っている。
その中身が、すべてではないことを。
「クロエ様、本当にこの場で……?」
側仕えのエリーゼが、不安そうにわたくしの袖を引いた。
「いいえ。まだ“その時”ではないわ」
わたくしは答える。視線は舞台の上、ユリアの動きから逸らさない。
まだ、証拠が足りない。
決定打を、人々の目の前で突きつけるためには。
誰の目にも明らかに、彼女が“聖女ではない”と示さねばならない。
式典の中盤、王子がユリアに向けて問いかける。
「聖女ユリア。神より賜った“未来の声”を、この国に授けてはもらえぬか」
観衆が息を呑む。
その瞬間、彼女はゆっくりと目を閉じた。
まるで神託でも受けるように。
──だが、わたくしは見た。
彼女の右手が、かすかに震えた。
そして、その唇がほんの一瞬「くそ……」と動いたことを。
それは、誰にも聞こえないほど小さな独白だった。
けれど、わたくしの目は逃さなかった。
彼女は恐れている。
この“台本”が、自分の想定と違う方向へ進んでいることを。
それでも彼女は演じた。
静かに目を開き、柔らかな声で神託の言葉を紡ぐ。
──完璧に、そして美しく。
わたくしは息をつく。
その演技は、もはや“狂気”に近い。
何のために?
誰のために?
“物語通りに進めば、みんな幸せになる”とでも思っているの?
でも、それで犠牲になる者がいる。
──前世のわたくしのように。
ユリア。
あなたの演技は、きっとそのうち壊れる。
わたくしが、その幕を引いてあげましょう。
すべてが整うその日まで、
あなたの“聖女劇”を、最前列で見届けてあげるわ。