第四話:女の影は独り言を落とす
今夜もまた、月が高い。
修道士たちが祈りを終えるころ、わたくしの影たちは静かに動き始める。
ユリア・フォールン。聖女と呼ばれ、すべてに愛されている少女。
彼女が偽りであるという証を得るために、わたくしは動いている。
報告は、思ったよりも早かった。
その日の深夜、彼女が部屋で一人きりになった瞬間──
扉の隙間から、確かに“声”が聞こえたという。
『……あ、もうこれBADルートじゃん。やっば、巻き戻し不可……あーあ、これ絶対詰みだって』
その言葉を、わたくしは報告書で三度読み返した。
“BADルート”。“巻き戻し”。“詰み”。
どれもこの世界に存在しない言葉。
彼女は、この物語の“外側”の人間だ。
確信が、静かに胸の奥に沈殿していく。
侍女のふりをした尾行者が、もう一つ報告してきた。
ユリアは時折、箪笥の裏に隠すようにして“黒い板”を取り出し、
何かに向かって話すようにしている、と。
──まさか。魔導具か? それとも……“異世界の通信機器”?
そう考えるだけで、全身に鳥肌が立った。
前世のわたくしは、そんな事実を一切知らなかった。
彼女が“異物”であると認識することもできず、ただ断罪され、終わった。
だが今は違う。
この手には、証がある。目には、真実が映っている。
「やっぱり、あなた……“ユリア”じゃないでしょう」
わたくしは、静かに呟いた。
誰もいない部屋で、それはまるで“演技の練習”のような声だった。
次に会ったとき。
この台詞を、彼女に直接ぶつけるために。