第三話:台本を読む者
翌朝、ユリアはいつも通り“完璧な聖女”として現れた。
庭園で王子に薬草の名前を教えられ、「まぁ、すごい……」と目を輝かせる。
朝露に濡れた草を踏みしめて、まるで夢から抜け出した妖精のように佇む。
それを見ていた侍女が「やっぱり本物の聖女様だわ」と感嘆する。
──くだらない。
それが正直な感想だった。
何もかも、予定調和。
彼女は“ユリア”を演じるために存在している。
それ以外の選択肢は持ち合わせていないようにすら見える。
試してみる価値はある。そう思ったわたくしは、あえて“台本にない言葉”を口にした。
「ユリア嬢。王子が仰っていた『カムレア草』、実際には毒を持つことをご存じで?」
一瞬だけ、彼女の表情が止まった。
けれど、すぐに微笑みながらこう返してきた。
「まぁ……そうだったのですね。わたくし、知らずに口にしてしまうところでした」
──嘘。
前世のユリアは、その植物の効能も危険性も知っていた。だからこそ、王子を救ったのだ。
そして今の“ユリア”は、それを知らなかった。
確定。
彼女は、“あの”ユリアではない。
だが奇妙なことに、彼女はそれでも物語の進行を外そうとはしない。
まるで「こう動けば、誰も壊れない」と信じているように。
──馬鹿げている。
自分を偽ってまで、何を守ろうというのか。
彼女の微笑みの奥にあるものを、わたくしはまだ測りかねていた。
夜。書斎にこもったわたくしは、尾行の報告書を読み返す。
“深夜に独り言”──しかも、「これ、もうBAD確定では?」といった言葉。
ゲーム。フラグ。セーブ。バッドエンド。
それらの言葉が指し示すものは、ひとつ。
──ユリア・フォールンは、わたくしと同じ“記憶を持っている”。
ただし、方向が違う。
わたくしは“やり直した側”。
彼女は、“壊したくない側”。
互いに、まだ探っている。
けれど、その均衡も──そう長くは持たない。