河川敷へ向かう
突如としてアルカナフォンから通知された文章に宗一は大いに混乱した。
その理由は昨夜の綾香との戦いである。この手のゲームとは参加者が全員揃った状態でヨーイドンで始めるものではないのか。アイツの行動はフライングか? などと絶妙に整備されていないルールに宗一は怒りさえ覚えた。
サッカーのシーズン前プレマッチじゃないんだぞとブチブチ文句を垂れながら、宗一は自前のスマートフォンから綾香へメッセージを送る。内容は早めに集合しようと呼びかけるものである。幸い、すぐに既読の文字がメッセージにつき、わかったと短い言葉が返ってきた。綾香もプレイヤーが全員で揃ったと聞き、彼女も心が逸っているのだ。
宗一は動きやすい上下黒のジャージを身に纏って一人暮らしのアパートから外に出た。
夏の夜らしく蒸し蒸しとした湿度の高い生ぬるい風が宗一の頬を撫でる。さきほどシャワーを浴びたばかりなのに既に汗が噴き出している。ネットの天気予報によると今夜は熱帯夜だったなと宗一はげんなりしながら部屋の鍵をかける。
二階建てアパートの最奥にある宗一の部屋から階段を降りたところで、宗一は一階に住む金髪にピアスをジャラジャラつけた男と出会った。見知った顔だ。一階の階段横に住むホストである。
「お、こんばん。夜に合うのは珍しいね」
男は宗一へ軽薄な挨拶をした。年齢は宗一と同じらしい男はアパートに一人暮らしの未成年という妙な親近感を宗一へ持っているのか、顔を合わせるとヘラヘラと笑って雑談をしようとすることが多かった。
しかし、彼は出勤前だったようで、ニ、三言葉を交わすとごめんねと謝罪をして繁華街があるほうへと消えていく。これが朝だったならば長話へと発展していたであろう。
宗一は時間を取られなくてよかったと胸をなでおろし、約束の河川敷へ向かって動き出す。
宗一の住む丸盛市は東京近郊のベッドタウンだ。人口五万人弱で繁華街には名の知れたチェーン店やそこそこの大きさの商業施設が存在するが、地元の人間が贔屓目に盛っても田舎と言って差し支えない地区である。
宗一や綾香の通う高校は丸盛市北部唯一の高校で、県内でも片手に入るほどの偏差値の高さを誇る進学校だ。とはいえ、大人になる前の高校生が真面目に勉強するほうが珍しく、明日から夏休みということもあって河川敷近くの――といっても数百メートル離れているが――コンビニエンスストアには聞くに堪えない馬鹿話をベラベラとまき散らしてたむろする者もいた。
困ったことにその人物らは宗一の同級生であった。彼らも彼らで珍しい人物が出歩いていると楽しそうに宗一へ声をかける。
「こんな時間に出歩いてるなんて、出雲にしちゃ珍しいなオイ」
「うっせ、息抜きの散歩って奴だよ。いつもの公園外周が使えねぇからな」
「出雲も神の炎を見たのか!?」
宗一の言葉に男子生徒三人組のひとりが目を輝かせて訊いた。突然スイッチが入ったかのように宗一へ話しかけてきたその男子生徒にたじろぎつつも、宗一は彼の言葉を首を縦に振って肯定する。
宗一は残る二人へ助けを求める視線を向けるが、両者とも曖昧な笑いで目を逸らした。どうやらストッパーはいないらしい。
「どんな炎だった!?」
「別に普通の炎の柱がブワーって一直線に並んでいただけだったけど……」
「やはり人為的、もしくは超常的な光景だったんだな!? だが、警察の調べではそのような動きができる大がかりな装置は見つからなかったと小耳にはさんだ。やはり噂されるように神の力によって――」
「あ、急いでるんでこれで失礼するわ」
宗一はオカルト話を自己陶酔しながら語る同級生に片手で挨拶し、河川敷への道を全力で駆けだす。ちらりと小さくなっていくコンビニを見れば、宗一を呼び止めようとする彼を同級生二人が止めていた。暴走する友人を抑える程度の良心は残っていたようだった。
コンビニを抜ければ河川敷まで数分の距離である。河川敷に到着した宗一はスマートフォンで時間を確認した。時刻は一九時を少し回ったところだった。
待ち合わせ場所の河川敷には等間隔に七本の外灯しかなく、非常に薄暗い空間になっている。宗一は道路から河川敷へ降りる階段に座って待つことにした。
スマートフォンを触ることもなく十数分。ウトウトとしていた宗一の耳に何者かの足音が聞こえてきた。道路の方を見上げると、何故か制服に身を包んだ綾香が宗一へと歩み寄って来ている。
「なんで制服なんだよ」
宗一は思わず訊いた。
「警察に見つかっても学校の部活帰りですって誤魔化すためよ。それに、ゲームが本格的に始まったのだから立場も利用しないとね」
綾香の言葉に宗一は小首をかしげた。そんな宗一へ綾香は飽きれたように説明する。
「ゲームのプレイヤーが成人男性だとして、制服姿の女子高生と成人男性、警察に逃げ込んだ時に助けてようとするのはどちらかしら?」
「……あー。えげつないなオマエ」
超常的な能力を持っていたとしても社会的責任を踏み倒せるわけではないのだ。それを武器にしようというのだから綾香の行動は質が悪かった。
「私の格好なんてどうでもいいの。さっさとアンタの能力を検証しましょう。いつ誰かが襲ってきてもおかしくはない――」
――のだからと続けようとした綾香の言葉を遮るように、アルカナフォンから音楽が流れ出す。二人が慌てて懐からアルカナフォンを取り出すと、通知がひとつ表示されていた。
『戦車が女教皇を撃破。総得点が九に上昇』
その通知は事態が大きく動き出したことを告げるものであった。