ゲームスタート
何故か夕暮れまでキャッチボールに付き合わされることになった宗一は、クタクタな状態で自宅の鍵を開けた。
ワンルーム一〇畳、家賃二七〇〇〇円の自らの城に帰還した彼はスクールバッグを玄関横に放り投げ、一人用の小型冷蔵庫のドリンクホルダーに並んだ一リットルペットボトルの麦茶を煽る。
音を立てて半分ほどを飲み干した宗一は、再び冷蔵庫へペットボトルをしまって夕飯をなににするか考える。
「……炒飯でいいか」
考えるのが面倒なので炒飯になりがちなのはひとり暮らしの男の性なのかもしれない。
閑話休題。宗一がシャワーを浴び、適当に作った炒飯を食べたころ、スマホがスリープモードから復帰して強くバイブした。メッセージアプリからの着信である。
横着にも食事で空になったペットボトルでスマホを手繰り寄せた宗一は、スマホの画面をフリックして電話を受け取った。電話の相手はもちろん綾香である。
『遅い』
「オマエの我慢の導火線ってミリ単位しかないの?」
『ぶっ殺すわよ』
十数秒待たせた程度で怒り出す綾香に嫌味を言う宗一に、綾香は殺害予告で返した。たった一日で仲良くなったものである。
『アンタと長話だなんてごめんだから、さっさと要件を済ませましょう』
「あいよ。進行は任せるよ」
『殊勝な態度ね。現在確認すべきはふたつ、アンタの能力と獲物の居場所よ。まずは簡単なアンタの能力を共有しましょう。アルカナフォンの真ん中のアプリよ』
了解と呟き、宗一は自身のアルカナフォンを操作する。指示された通りに三つ並ぶアプリの中央のものをタップした。
タップしたアルカナフォンの画面には日本人が想像する電源ボタンのユニバーサルデザインが表示されており、宗一はなにも考えずにそのボタンのアイコンをタッチする。
――刹那。宗一の頭の中へ自然と能力の情報が流れ込んできた。
「無効化」
『なんですって?』
宗一がポツリと呟く。綾香は半音上げたトーンで聞き返す。
自身の発言が信じられないんだろうなと、綾香からは見えもしないのに取り繕った苦笑いを宗一は浮かべて同じ言葉をもう一度言った。
「触れた能力の無効化だってよ」
『……明日、予定空けなさい』
「えー? 明日は映画を見に行く予定が……」
『いいから来なさい。殺すわよ』
真剣な声色で告げる綾香に宗一は思わず黙り込む。遊びではなく本当に必要な作業があると言外に含めた口調だったからだ。
「わかった。どこで集まる?」
『どこか人目につかないところ……心当たりは?』
「一般高校生になにを期待しとんじゃ。バーのバイトでも最低でも夜の九時には退勤していた優等生だぞ、こっちは」
『どこを誇ってるのよ……』
呆れた声色で綾香がため息をついて言った。
「なぁ、今から会うってのはどうだ?」
『――確かに、夜の闇に紛れれば多少魔術を使ってもバレにくいわね……いいわ、その案に乗りましょう』
「オッケー。じゃあどこで集合にするかだ。ちなみに昨日の公園は論外だぞ」
あの公園は昨夜の騒ぎで警視庁の公安部がテロかもしれないと捜査に来ているとまで噂されていて、通行規制はまだ解除されていないはずだと宗一は綾香に教えた。
宗一からの情報に嫌味の陰を感じた綾香だったが、グッと堪えて代替地として二人の通う高校の東側にある河川敷をあげた。件の河川敷は人通りも少なく、休みの日にはサッカーのグラウンドとして使われることもあるほどに大きなスペースがあり、多少暴れても大丈夫な場所だった。
宗一と綾香は二一時に河川敷へ現地集合と決めて通話を切った。現在時刻は一八時過ぎ、移動時間を考慮しなければ三時間弱のアイドルタイムとなった。
空いたばかりの炒飯を持った皿など数分で洗い終え、宗一はゴロリとベッドへ横になる。
明日から夏休みとはいえ、夜半に外出して補導されたらどうしよう。大学の推薦に影響があるんじゃないかと宗一が思い始め、やっぱり明日にしようと綾香へメッセージを送ろうと起き上がった瞬間だった。
アルカナフォンから突然音楽が響く。それはどこかで聴いたことがあるクラシック音楽だった。
「どっかで聴いたことがあるんだよなぁ……」
ピアノの教師をしていた今は亡き母親の奏でる同じ曲が宗一の耳に残っていたのだ。
突然始まった曲名クイズの答えが見つからず、どこかモヤモヤしたスッキリとしない気持ちを抱えたまま、元凶のアルカナフォンを宗一は手に取った。
アルカナフォンは普通のスマートフォンのように右側に電源ボタンがあり、そこを押すと画面にスリープ中に起こった事象が通知される仕組みになっている。
宗一は初めて知った機能に驚きながらも、通知されている内容にも驚愕せざるを得なかった。
『プレイヤーが揃いました。これより第七回目のアルカナゲームを開始します』