第3話
アレクシアとソバロスは、夕日に照らされた街道を進んでいると小麦畑が見えてきた。
小麦畑の先には、低い塀に囲まれた住居群がある。
更に奥には、鬱蒼とした森が広がっている。あれはピクノ大森林であろう。
目的地のミクリス村へ到着したのだ。
入口である木の門には見張りがおり、二人が近づいてくると声を掛けてきた。
「この村にご用でしょうか?」
「フォレストウルフの討伐の任を受けやって参りました。エリマノ騎士団のソバロスです。依頼の確認をしたいので村長にお会いできないでしょうか?」
「騎士様でしたか! 俺は見張りのヒラガスです。来るのをお持ちしてました。村長宅までご案内します」
ヒラガスについていくと、村の中で一際大きい家に案内された。
「ここが村長の家です。村長! 騎士様がいらっしゃいましたよ!」
ヒラガスが扉を叩きながら、声を掛けると中から壮年の男が出てきた。
「ようこそお越しいただきました。どうぞ中へお入りください。ヒラガス、案内ご苦労さまでした。戻って大丈夫ですよ」
ヒラガスは、村長から促されると見張りへ戻っていった。
アレクシアとソバロスは家の中に入り、応接用の椅子に座ると、村長の妻がお茶を出してきた。
「こちら粗茶ですがどうぞ。」
「これはご丁寧にありがとうございます」
村長はアレクシアとソバロスがお茶をのみ一息付けたことを確認すると、話しかけてきた。
「騎士様においでいただきありがとうございます。従騎士の方はとてもお若いで驚きました。」
「彼女はとても優秀でして、若くして従騎士の任を拝命しました。実力は確かなのでご安心ください。ところで、村長、今回の依頼についてお聞きしても?」
ソバロスは、アレクシアの素性を隠し任務を遂行することにする。領主の娘と分かれば、アレクシアの成長の妨げになると判断したのだ。
アレクシアは、ソバロスの対応を興味深げに観察する。
初任務、ソバロスのやり方を覚えようと必死であった。
「ええ。この村の近くにあるピクノ大森林の浅い場所にフォレストウルフが現れました。通常であれば、森の奥に行かなければ出会わない魔物です。幸い今のところ村に被害は出ていませんが、魔物たちの縄張りが村まで及べば被害が出ると思い討伐の助けを求めさせていただいたところです」
「いつ頃からフォレストウルフは現れましたか? 我々が討伐のお話をお聞きしたのは昨日のことでしたので」
「一週間前ごろです。先ほどお二人をご案内したヒラガス発見し、私まで報告があったのです。今日は見張りをしていますが、普段は狩人でもありまして、食用の動物や魔物を狩るために森に入ったところ発見したのです」
「よく生き残れましたね。亡くならずに安心しました。戦闘訓練を受けていないものだと、逃げ切ることも難しいでしょうに。腕の良い狩人なのですね」
「村一番の腕の持ち主ですよ。彼のおかげで村の肉事情が解決するほどですから」
村長は騎士からヒラガスが褒められたことに気をよくした。彼は村の自慢の狩人であったのだ。
「それは素晴らしい。先ほど見張りに戻られましたが、発見した時のことを後ほど本人から伺ってもよろしいですか?」
「もちろんです。彼であれば、発見時の詳細が分かりますから」
「それと、今日はもうすぐ日も暮れますから、宿屋をお借りしても?」
「そちらも大丈夫です。宿屋には私から話しておきますので、どうぞお泊りください」
話がひと段落したところで、村長宅を辞し、アレクシアとソバロスは見張りのヒラガスのもとへ向かうことにした。
「お嬢様、これからヒラガスさんに話を聞きに行きます。お嬢様が聞き取りをなさってください。良い経験になりますよ」
「よろしいんですの! 私の出番を待っておりましたわ!」
「おそらくですが、フォレストウルフがこの村の近くで見られるようになったことには原因があるはずです。狩人のヒラガスさんなら何か知っているかもしれません。引き出せるよう頑張ってください」
「分かりましたわ。引き出して見せますの!」
ヒラガスの元に戻ってきた二人は、彼に声を掛ける。
「ヒラガスさん先ほどは案内ありがとうございました。」
「いえいえ。村長のお話はもうよろしいので?」
「おかげさまで村長さんとは一通り話ができました。ヒラガスさんがフォレストウルフの発見者とお聞きしましたので、お話を伺ってもよろしいですか?」
「もちろん良いですよ」
「お嬢様、よろしくお願いします」
ソバロスより促され、アレクシアは意気込んで話を聞く。
「従騎士のアレクシアですわ。まず、発見したフォレストウルフは何匹でしたの?」
「これは、貴女も騎士様でしたか。見た目で人を判断してはいけませんね。そうですね、俺が確認できただけでも10匹はいました。」
「群れですわね。フォレストウルフを発見した場所は、いつも狩りをされているところですの?」
「森に入って深く無い場所ですから、いつもならば食用になる一角ウサギが出るようなところです。フォレストウルフのような危険な魔物が出るような場所ではありませんよ」
「ピクノ大森林で今までもフォレストウルフを見たことはありますの?」
「昔に冒険心でいつもより森に深く潜ったときがありまして、その時には。ほかにも、オーク、オウルベアも見かけました」
オークやオウルベアも戦闘訓練を受けていなければ、とても相手にできるような魔物ではない。ピクノ大森林の奥に生息する魔物の相手は、並みの騎士でも手こずる難易度である。
「手強い魔物ばかりですわね。今回の遭遇より危なかったのではなくて? その魔物が移動してきたと思いますこと?」
「あはは。前回も今回も良く命があったと思いますよ。その可能性は高いと思います」
「理由にお心当たりはありますの?」
「断言はできませんが、傷を負ったフォルストウルフがいましたので、俺の経験から、魔物同士の縄張り争いで負けたのではないかと思っています」
「ピクノ大森林にはフォレストウルフが負けるような魔物が生息してますの?」
「ん-、難しいですね。オークやオウルベア相手なら互角くらいかと思いますし。俺はそういう魔物に会ったことはありません」
「そうですの。原因の特定は難しそうですわね」
「ただ、狩人としての感覚とういうか、何となくなんですが、森の空気が重く違和感があります。討伐の際はお気を付けください」
「ありがとうございます。参考になりましたの。必ず討伐いたしますわ」
「ヒラガスさん、お時間いただきありがとうございました。それでは失礼させていただきます」
アレクシアとソバロスは、ヒラガスに礼を言うとその場を離れた。
「お嬢様、良い聞き取りでしたよ。色々と情報が集まりましたね」
「精一杯やってみましたの。でも、フォレストウルフが現れた原因までは分かりませんでしたわ」
「森を知っている狩人の方が分からなければ、分かる人もいないでしょう。明日、我々が森に入ってフォレストウルフの討伐と、可能であれば原因を究明しましょう」
「はいですの!」
アレクシアは初めての聞き取りを上手くできたことに充実感を覚える。
気付けば、日が暮れ始めていた。
二人は、明日に備えるために宿屋に向かう。