第2話
アレクシアの初めての任務は、領内のミクリス村の近くに住み着いた魔獣の群れの討伐となった。
魔獣は報告によるとフォレストウルフ。
森に生息するウルフ系統の魔獣で、一体の強さはそれほどでもないが、群れでの強さは並みの騎士では対処に手間取る強さだ。
もちろん、何の訓練も受けていない村人が相手取れば命はない。
村としては冒険者ギルドに討伐依頼を出すか、領主に助けを求めるかを選択することになる。
冒険者ギルドに討伐依頼を出す場合は、はほとんどの場合で冒険者が受注し討伐がされるが金が掛かる。
領主に助けを求める場合は、金は掛からないが領主の判断で討伐しないと判断されることがある。
村は後者を選び、領主は討伐することが決定したので騎士団が派遣されることになったのである。
エメレイア伯は仁徳の人であり、領民が困っていれば必ず助ける判断をする人であるから、村が領主に助けを求めるのは当然である。
娘であるアレクシアも父の背中を見て育ったことから、領民を助けることは当然と思っている。
「私の初任務、必ず被害無く達成してみせますわ」
アレクシアは、師匠のソバロスと街道を馬に乗りながら任務地に向かっていた。
「お嬢様。その意気です。ところで、今回赴くミクリス村については知っていますか?」
「たしか、領地の西端にある小さな村だったと思いますわ。出発前に地図で確認いたしました」
「予習されていたのですね。では、地形等がどのような土地かは分かりますか?」
「村の西側にピクノ大森林が広がっていて、その奥には隣国との国境になっている山脈が広がっていますわ」
「その通りです。今回討伐の求めがあったフォレストウルフは、その森に生息する魔物でしょう。土魔法と素早い動きか特徴ですね。対処法は分かりますか?」
「フォレストウルフは、土魔法で牽制や姿を隠ししつつ、死角から攻撃をしかけてくるはずだと思いますわ。ですので、攻撃を仕掛けてきたところをカウンターで仕留めますわ」
「素晴らしい。敵の数が多い場合、カウンターは体力を消耗せずに済みますから、とても有効な手ですね」
ソバロスはアレクシアがきちんと任務の事前準備をしてきたことに感心する。騎士になった者でも準備を怠り、殉職する者は一定数いるのだ。
「あともう一つ、主な対処方法があります。我々の修めるエメレイア流であれば、攻撃に威力がありますから、土魔法ごと切り裂いてフォレストウルフを攻撃できます。相手の魔法に飛び込むことは勇気がいりますが、覚えておくと良いですよ。」
「魔法に飛び込むのですね……、私もできますでしょうか」
「今回は私がやってみますので、まずは観察して、真似てください。お嬢様の才能なら問題なくできると思いますよ」
「分かりましたわ。ソバロス師匠の動きを参考にさせてもらいますわ」
「それと、対象方法より大事なことがあります。初任務ですから、無理せず、まずは生きて帰ることを優先しましょう」
会話をしながら街道を進んでいると、戦闘の音が聞こえてきた。
馬を走らせ先に進むと、転倒した荷馬車とその周りで魔物と戦う者が見えてきた。
荷馬車を守りながら、ゴブリンの群れのと戦う冒険者と思わしき者の姿であった。
「戦闘ですね。少し苦戦しているようです。助太刀しましょう」
「もちろんですわ」
「30匹程度の群れですね。リーダー格のホフゴブリン含め20匹は私が受け持ちます。お嬢様は5匹、残りは冒険者に相手をしてもらいましょう」
ソバロスは戦力を的確に見極め、戦闘の割り振りを行う。
アレクシアにとっての初めての実践は唐突なものとなった。
相手がゴブリンとはいえ緊張がある。
「お嬢様の実力であれば、ゴブリンから傷を受けることはまずありませんよ。大丈夫。この程度の魔物であれば、私もすぐにフォローに入れますから」
アレクシアの緊張を感じ取り、ソバロスは声を掛ける。
「やってみますわ!ゴブリンには負けません」
ソバロスの言葉にアレクシアは少し安心する。
アレクシアとソバロスは、馬から飛び降り剣を構え、冒険者とゴブリンとの戦闘に飛び込んだ。
「助太刀いたします。冒険者の皆さんは目の前のゴブリンに集中してください」
「騎士!? わ、分かりました」
ソバロスが声を掛け、ゴブリン達との戦闘を引き受ける。
アレクシアは指示通り、5匹のゴブリンを相手取った。
相手のゴブリン達は突然の登場に困惑した様子が見られたが、すぐに声を出しながら威嚇し、アレクシアの近くにいたゴブリンが手に持った棍棒を叩きつけてくる。
攻撃を問題なく避ける。遅い。
普段から強者と稽古を行っているアレクシアには、攻撃が止まって見えた。
ゴブリンとの実力差を感じ取ったアレクシアは、自身が負けることは決して無いと分かり、緊張がとける。
そして、反撃として上段から真向に切り裂いた。
ゴブリンは避けることが出来ず、一撃で崩れさる。
相対するゴブリン4匹に動揺が走る。分が悪いと悟り、今度はタイミングを合わせ襲ってくる。
そのゴブリンの攻撃は届くことはない。アレクシアが放った横なぎ一閃で全てのゴブリンが仕留められたからだ。
「ふう。全く問題ありませんでしたわ」
「そうでしょう? 初戦闘お疲れさまでした」
アレクシアのつぶやきに対し、ソバロスが反応する。
彼はアレクシアが5匹のゴブリンを倒すよりも早く、相手取ったホフゴブリンを含めたゴブリンを倒し、アレクシアの様子を伺っていた。
「フォレストウルフを問題なく討伐出来るとアフテロス様が判断されているのですから、ゴブリンなど相手になりませんよ。それと、冒険者達もゴブリンを無事討伐できたようですね」
ゴブリンの数が減ったおかげで、冒険者達も問題なく討伐できたようだ。
「冒険者の方々は大丈夫でしょうか。心配ですわ」
「確認しましょう」
ソバロスは転倒した荷馬車の近くで冒険者達に声を掛ける。
「突然の乱入、失礼いたしました。皆さまご無事でしょうか?」
「は、はい。騎士様の助太刀で、命が助かりました。輸送クエストの最中で、この辺は魔物もほとんど出ないから、ゴブリンの群れに襲われるとは思ってもいなくて」
冒険者パーティのリーダーの男がソバロスの確認に答える。
「それなら良かった。今までこの街道で魔物に襲われたことは?」
「群れとの戦闘は全く。ほとんどは単体との戦闘なんです。こんなに多くのゴブリンと戦うのは初めてでした」
「ふむ。魔物が移動してくるような異常があったのかもしれませんね。心当たりはありますか?」
「この街道の先にあるピクノ大森林に魔物が増えているって噂は聞いたことはあります。今回のことを考えれば本当かもしれません」
「ありがとうございます。参考になりました。倒したゴブリンはあなた方がギルドに報告すると良いでしょう。騎士には給金が出ておりますので、討伐報酬は不要です」
「お気遣いありがとうございます。こちらこそ助かりました。エリマノ騎士団は精強と聞いていいましたが本当でした。騎士様、この先もお気をつけください」
アレクシアとソバロスは、冒険者が運んでいた荷馬車を起こす作業を手伝い、再び輸送クエストに戻る一行を見送った。
「お嬢様、今回の任務、難易度が上がる可能性があることをご承知ください。ゴブリンの群れがここにいたこと、フォレストウルフが村の近くに現れていることと、ピクノ大森林の魔物の大量発生には関係があるかもしれません」
「大丈夫ですわ。領民を守るは騎士の引いては貴族の務め。どの様な状況でも任務は果たしてみせますわ」
アレクシアは、任務が困難になったとしても必ず達成すると心に誓い、ミクリス村へ移動を再開する。