第1話
ディニナーミ帝国のエリマノ地方を治めるのは、アフテロス・エメレイア伯である。
その娘として生まれた、金髪碧眼の10歳の少女アレクシア・エメレイアは、屋敷の庭で剣術の稽古を受けていた。
「もっと強く剣を振って」
エメレイア流の師範、そしてエメレイア伯の騎士である男、ソバロス・イドフィから指導を受ける。
彼はアレクシアの師匠であった。
彼女らの操る剣術は、エメレイア流と呼ばれ、アレクシアの祖先が興した流派である。
豪快な剣術として知られ、一撃の破壊力を鍛え上げることが神髄とされている。その少女には不向きとも思われる剣術用い、大人顔負けの動きでアレクシアは素振りを繰り返す。
「もっと速く。もっと滑らかに」
「分かっていますわ」
ソバロスに答えると、さらに素振りの速度を上げ、振る大剣はアレクシアの背丈ほどの大きさにもかかわらず、風を切る音が大きく聞こえるほどのスピードに達する。
エメレイア家は帝国でも有数の武家であり、その一族の者は豊富な魔力を有していた。特に魔力を身体能力強化に用いる術に長けており、アレクシアのような少女も大剣を棒切れのように使いこなせるのである。
「やめ」
ソバロスはアレクシアを観察しながら、動きが鈍くなり稽古の効果が低くなる前に止める指示を出す。
「素晴らしい動きです。このままいけば私なぞ数年のうちに追い越して、お嬢様も剣聖の名を冠することになるかもしれませんね」
ソバロスがアレクシアを称賛する。
師範となった彼も十分に才能に恵まれた者であるが、そんな彼をしてアレクシアは天才であると考えていた。
剣の頂に至った者は剣聖と呼ばれ、この世界で名実共に最強の剣の使い手とされる。当代の剣聖はただ一人、アレクシアの父でありエメレイア流師範代でもあるアフテロスであった。
「お父様の域には、まだまだですわ」
アレクシアは、物心がついた頃から父の剣を見続けてきた。そして、その全てが完璧とも思われる剣に心を奪われた。
剣聖である父の剣を目指す。
天才と呼ばれる少女のアレクシアにとっても、高い目標を掲げていた。
「次は模擬戦の稽古をしましょう」
「では、アレクシアの相手は私がしてもいいかな?」
アレクシアとソバロスは、予想もしていなかった人物から声を掛けられる。
「お父様!?」
「アフテロス様!?」
突然のアフテロスの登場に、二人を驚きの声を上げる。
アフテロスは気配を遮断し、稽古の様子を気付かれぬよう観察していた。自身が見ていないところでの、普段のアレクシアの稽古の様子を確認するために。
アレクシアは父が稽古を見ていると、緊張から動きが鈍くなる傾向が今まであったのだ。
「もちろんですが、本当によろしいのですか?」
「問題ない。アレクシアの今の実力は素振りや構え方を見て大体分かったのでな。」
今までのアフテロスは、自身とアレクシアが稽古をするには、実力差がありすぎることから、時期尚早と考えていた。
しかし、アレクシアの実力の上達を確認し、稽古ができると判断した。
そして、自身と稽古し、その内容が満足いくものだったら、あることを伝えたいと考えている。
「お人が悪い。稽古を見ておられたのですね」
「隠れていて悪かったが、そういうことだ。ではアレクシア、模擬戦を始めようか。お前の今の全力を見せてくれ。」
「はい。もちろんですわ。日頃の成果をお見せいたします!」
アレクシアは突然の展開に驚きつつも剣を構える。
父に手合わせするほどの実力があると認められた喜びを嚙み締めつつ。
模擬戦、たとえ稽古とはいえ、たとえ相手が父とはいえ、たとえ憧れ故の緊張があるとはいえ、これから手合わせする相手に隙を見せてはいけないと自制する。
「では。打ち込んできなさい。」
アフテロスは、剣を握りつつも、ゆったりとした態勢で構えまではとらない。
しかし、隙はどこにも見えなかった。
意を決し、アレクシアは得意の上段からの切り落としを仕掛ける。素振りの時よりも数段速さの増した剣速であったが、アフテロスが少し体を動かすと掠りすらしなかった。
振り下ろした剣をさらに切り上げ、横なぎとコンビネーションで攻撃を仕掛けるも、全ての攻撃は体捌きのみで避けられ、アフテロスを立つ位置から動かすことができなかった。
「なぜ。当たらないんですの!」
「自分の攻撃の威力や速度だけではなく、私がどうして避けれているのか考え、相手の間合いを意識しなさい」
アレクシアには父の言う意味が分からなかった。アフテロスは剣すら構えていないのだ。
思考錯誤して攻撃を繰り出し続けるが、攻撃が当たることはなかった。
「これから私が攻撃するから、観察して当てる方法を考えなさい」
アフテロスは剣を構え攻撃を仕掛けてくる。アレクシアを指導し成長させるために。
その剣速は、アレクシアより遅く手加減しているものだと分かった。
「攻撃は早くないのに、でも、苦しい……ですわ」
避ける余裕のあるはずの攻撃が、捌きにくい場所へ的確に放たれる。
一撃を重ねるごとに詰まされていく。程無くしてアレクシアの剣が弾き飛ばされた。
「剣を拾って、やってみなさい」
「はい」
アレクシアは父の動きを反芻する。父はどうして避けれているのか、相手の間合いを意識しろと言っていた。
父の動きと自分の動きのどこに違いがあったかを考える。
剣の速度はアレクシアの方が早かったので剣速が問題ではない。剣の動きが滑らかに感じたが、相手を意識することを考えると、そこは重要なポイントではないはず。
目線はどうだったか。アレクシアをよく観察していた。どこを見ていたか。アレクシアはさらに深く考える。
こちらの顔付近をみていたと思い当たる。
目線や呼吸を読んでいたのではないかとアレクシアは当たりを付ける。
そして実践する。
父の目線を見て父の動きを予想する、呼吸を見て息継ぎの間に剣を差し込む。
「いい動きになった」
アフテロスは先ほどとは変わり、アレクシアの攻撃を剣で受けた。そして、連撃を捌いていく。
アレクシアが必死に、そして集中して行った攻撃は、なおも届かなった。
「ここまでにしよう」
「はあ、はあ……、ありごとうございました……ですわ」
やはり、剣聖アフテロスとの差は圧倒的であった。
「この稽古の中で、成長を見せれたことは素晴らしいことだ。実践においても、その場で成長できなければ死ぬことはある。心しなさい」
「はい」
「もう一つ、自分の剣を見つけなさい。お前の剣からは模倣を感じた。私の真似をすることは父としては嬉しいが、剣は人の心を映し出す。真似では頂にはとどかない。」
「自分の……剣」
「そう。自分の剣だ。」
「分かりました。頑張って見つけ出しますの!」
アレクシアは自分の剣は分からないままも、憧れの父が言うことを信じることにする。
父が言う、自分の剣を見つけられると。
「ははは。その意気だ。」
アフテロスは娘の素直な反応をかわいいと思いつつも、今回の稽古は満足いくものだと判断していた。そして、伝えるべきことを告げる。
「アレクシア、現在の君は実戦においても、自分の身は自分で守れる実力がある。今までは実力に見合わないと思って見送っていたが、今度からは騎士団の任務に従騎士として同行するといい。実践でこそ剣は磨かれる」
「お父様、いいんですの!?」
アフテロスは才能ある娘のために、新たなステップを提示した。
騎士団の任務に同行するには年齢は幼すぎるが、問題ないと判断してとのことだ。
アレクシアとしても、精強で国内随一とも言われるエリマノ騎士団の任務に同行できることは、嬉しいことであった。
「もちろんだ。最初の任務は私の信頼する、君の師匠でもあるソバロスの任務に同行するといい。彼との任務は勉強になるはずだ。」
「精一杯頑張りますわ!」
「アレクシアを頼むぞ、ソバロス」
「承知いたしました。アフテロス様。お任せください」
かくして、アレクシアは騎士団の任務に臨むことになる。