Lovers Ⅱ 恵の章
「恵 今日は ご飯いらないから。」
義兄の洋介が朝食もそこそこに 席を立つ。
「あれ 洋介 デート?」
まだ 時間に余裕のある 私は もう一杯コーヒーを注いで ちらりと洋介を見る。
「ばか ちげ~よ。 仕事が忙しいの。サービス残業ばっかだよ。 ごめんな 恵。」
苦笑しながら くしゃっと私の髪に触れる。
「もう ほらっ 遅れるよ 洋介。」
「ああ 行って来ます。」
バタン
サララ・・・
(ほうっ・・・)
洋介が乱していった髪を撫でて ため息をつく
私と洋介は 連れ子同士の兄妹で 3年前の春に両親が亡くなってからは二人暮しだ。
高校受験を目前に控えた私に 親戚のおじやおばが声をかけてくれていたのに
当時22歳で就職したばかりの洋介は
「心配するな 恵 俺がお前をちゃんと進学させてやる。」
と言ってくれて 私は迷うことなく洋介を選んだ。
洋介と初めて会ったのは7年前 私はまだ10歳だった。
父が「新しいお母さんとおにいさんだよ。」と
残暑きびしい 9月の始業式の後に洋介とお母さんを連れてきたのだ。
「恵ちゃん これから よろしくね。」
はっきりいって この時のお義母さんの顔はあまり覚えていない・・・(ごめんなさい)
なぜって それは・・・
あまりにも 洋介が かっこよかったからだ。
洋介はこの時18歳で ちょうど少年から大人に変わる頃
新しくできた妹である私が 変に緊張しているのを見てとって
「恵 俺は 洋介だ。 お互い呼び捨てで いいよな?」
と しゃがんで目線を合わせて 手を握ってくれた。
義母でさえ 立ったままで見下ろす形で話しかけてきたのに
既に身長180センチは越えていただろう義兄は ちゃんとしゃがんで 私の瞳の奥に語りかけるように接してくれたのだ。
「・・・うん わかったよ 洋介。」
洋介は 黒い学生服のズボンと しろい半袖のシャツで 耳に空いた ピアスの穴が
父や同級生達とは違う 大人の男性を感じさせた。
でも その耳にピアスが飾られるのを しばらく見る機会はなかった。
洋介は 高校が遠くなり 自転車で朝早くに出て 夕方遅い時間じゃないと戻らなかった。
ガララ・・・
「あ 帰ってきた♪」
いつも洋介の帰るのを首を長くして待っていた私。
「洋介 おかえりっ。」
「ああ 恵 ただいま。」
にっこり笑って 髪をくしゃっと撫でる。
そうされる度に 体が熱くなるほど嬉しかった私。
あの頃から もうとっくに私は洋介に恋をしていたのだ・・・
「洋介 ね ね これ食べてみて。」
「お なんだ おいしそうだな。」
「お義母さんと 学校から帰ってきてから作ったの。 シュークリームだよ。」
パクッと 兄は 必ず 私が作ったシュークリームを選んで いつも食べてくれていた。
(まあ 不恰好だから 一目瞭然だったんだろうけど・・・)
「うん 旨いっ すげえな 恵。」
「本当っ?! 良かった~~」
私は 天にも昇る気持ちになる。
「洋介 手も洗ってないのに~ 笑。」
お義母さんは苦笑していたけど 私にとっては 最高に素敵な義兄だった。
父とふたりきりだった食卓に 素敵でやさしい兄と お料理の上手な義母が加わって にぎやかだった。
(家族って こういうのなんだ・・・)
この最高に幸せな日々を味わえたのは 兄が東京の大学に進学するまでのたった数ヶ月だった。
義母と父と三人きりの生活は 決して不幸ではなかったけれど
最高の幸せを味わった私には 兄が欠けたことへの喪失感がいつまでも消えなくて
冬休みや夏休みの度に 兄が帰ってくることだけを楽しみに生きていた。
そんな 私の気持ちを十分に洋介は知っていて。
いや 正確には 寂しがりで手のかかる義妹という認識で できうるかぎり 長期の休みが入れば帰ってきてくれていたものだ。
だから 突然の交通事故で 父と義母が亡くなった時は 一番に新幹線で駆けつけてくれて 私を抱きしめ
「洋介くん 恵はおばさんたちが引き取るけど お墓はどうしますか?
分骨した方がいいかしらね?」
おじもおばも 皆 若い洋介の為を思って
まだまだ義務教育の私から逃れられるようにと 家族の絆を断ちやすいように 気にかけてくれたのだと思う。
父と義母を亡くしたばかりで 最愛の義兄まで 失うのか・・・と
張り裂けそうに震える胸を押さえながら ただ泣いていた私に 洋介は
「心配するな 恵 俺がお前をちゃんと進学させてやる。」
と 髪をくしゃとさせて 肩を抱き寄せてくれたのだ。
「洋介くん 無茶いうんじゃない。 君はまだ 就職したばかりだろう? 自分のことでせいいっぱいじゃないか。
恵はそりゃ 君を慕ってはいるけれども まだまだ これから 高校だって3年あるし 大学だって行かせたい。
そんな子を引き取るのは 重荷だろ?」
当然 おじもおばも驚いて 義兄を何度も説得した。
だけど
「大丈夫です。 僕が恵を責任もって 大学まで通わせます。」
と言い切り 私を感動させたのだ・・・
もちろん 私も兄にできうるかぎり 負担をかけないように 短時間のアルバイトをしたが
それは 微々たる物で
「それは お前が必要なものを買いなさい。 女の子はおしゃれをしたいだろ?」
と 生活費には使わせなかった。
そして 兄のお給料のほとんどが 光熱費や私の授業料 そして食費などに消えていき
貯金をするなんて 夢のまた夢。
突発的にまとまったお金が要る時は 両親が残してくれた預貯金や 両親の死亡によって払い戻された保険金でまかない
それも本当に困ったときだけで 後で兄はかならず補充をしていて
「これは いつか 恵が お嫁に行くときの為に とっておくな。」
と笑って 押入れの奥深くに またしまいこむのだ。
「恵 彼氏 できたか?」
時々 洋介は 私にこう尋ねるが
「できないよ そんなの。」
と 首を振る私。
「変だな~ お前 すっげえ 美人なのに
何をやってるんだろ? 周りの男共は」
「洋介だけだよ 私のこと 美人なんて 言ってくれる人。」
それは 少し嘘だった。
実際 私は 中学に上がった頃から 何度も告られたり プレゼントをされたりと 男性にはモテる方かもしれない。
でも 洋介ほど好きになれる人はいなくって・・・ いままで一度も首を縦に振ることはなかった。
だけど 数ヶ月前から
兄の耳に 光るピアスを見てから
いままでにない 不安と焦燥感を感じてしかたがない。
(また ピアス着け始めるなんて・・・ きっと 兄には恋人ができたんだ。 隠さなくてもいいのに・・・)
義兄のつける銀のピアスは 派手さはなくて 控えめな義兄らしいデザイン。
大学にいた頃は着けていたのかどうかは わからないけど 少なくとも帰省した時に着けているのを見たことはなかった。
(洋介だって 25歳だもの 恋人くらい いるよね・・・)
今年も不景気で 大幅な人員整理のため人手が足りなくなって 優秀な義兄は幸いリストラからは免れたけれど
サービス残業を余儀なくさせられている。
「そんな いつも 同じような服ばかりじゃなくて 新しいのを買えよ。」
「いいの。サッカー部のマネージャーはちゃらちゃらした服はいらないんだってば。」
出かける時は制服 部活動の時は動き易いトレーナーとハーフパンツ 家にいる時は着慣れた部屋着
別になんの問題もない。
でも 義兄が 少し悲しい顔をするから
「しかたない 義兄さん孝行で かわいくしてやるか。」
と 義兄と私の誕生日の時だけは 女の子らしい服を着て 見せてあげた。
「おおおっ 最高にかわいいぞ 恵!」
別にそれで どこに出かけるのでもない。
義兄だけが 見て 満足をしてくれればいいのだ。
ガララ・・・
(あ 帰ってきた)
父と母の残してくれたこの古い家は まだ引き戸の玄関で 義兄が帰ってきたことを容易に報せてくれる。
「ん まだ 起きてたのか?」
「だって まだ12時じゃない。 おかえりなさい 洋介。」
「ただいま。」
上着を脱いだ義兄から ふわっと漂う 甘い香り・・・
(恋人といたんだ・・・)
「お風呂 入りなよ。 まだ保温にしてるから。」
「え あ ああ そうか・・・ じゃあ 入るかな。」
(早く そんな 香り消してほしい・・・)
義兄がバスルームに行った後 私は 義兄の上着に手早く消臭スプレーを浴びせ 落込む。
(洋介・・・ ごめん。 私もちゃんと兄離れするから・・・)
いつまでも 義兄離れできない 自分を持て余して
今日も 枕を濡らしてしまった・・・
次の日 新入生がひとり サッカー部に入部を希望しているらしく 練習グランドに顔をだした。
さっそく キャプテンのイシちゃんが声を掛けている。
今年はまだ入部者が少なくて あんな体躯のしっかりした子が入ってくれるなら 大歓迎だ。
人懐こそうな瞳にも 好感が持てる。
スポーツは野球をやっていただけで サッカー経験はないようだが
「100メートル何秒だ?」
「11秒8くらいは出せます。」
(かなり 早い方だ 良かった。)
「ほう・・・で 彼女いんの?」
(また 余計なことを・・・怒)
「いえ まだ・・・でも」
顔を真っ赤にして 口ごもる少年
「イシちゃん 関係ないでしょ!」
と 思わず駆け寄って 声を張り上げる。
「メグ こいつ 入部希望者だから よろしく。
じゃあ 賢 後でな あ 俺は 石毛 いちおう キャプテンしてっから。」
首をすくめながら イシちゃんは ここで初めて 自分がキャプテンと明かしたようだ
(ったく! せっかくの入部希望者なのに)
「よろしく お願いします。」
「須藤 賢くん・・・ 野球やってたのに どうして サッカーに?」
たしかに 肩の張りを見ると 野球を長年やってきたらしいことは見て取れる。
だがこの学校にも野球部はあるのだ 途中で
{やっぱり 野球の方が良かった}
と退部されては たまらない・・・
「恵さんに 会いたかったからです!」
「・・・は? 私に会いにって・・・・ 何で?」
少年の口から飛び出した答えは意外すぎて うまく飲み込めない
「俺 去年 偶然 恵さんが コンビニで 小学生の男の子が万引きしているのを庇った現場に立ち会ってるんです。」
「ああ あの時 ね・・・それだけで?」
そういえば そんなこともあったかもしれない・・・
「はい 俺 あの時の事 忘れられなくて 恵さんに会いたくて この高校に志望を変えたんです。」
「・・・信じらんない。」
ここは それなりに 近隣の学校の中では 偏差値が高いところなのだが
「メグ すっげえ おもしろいじゃないか! よし 俺も応援するぞ 賢。」
この キャプテンの石毛は 小学生の時からの腐れ縁で ずっと 同じ学校で顔をつき合わせている為
結構 ずけずけと お互いに遠慮なく 言うことが多いのだが さすがに むっとして
「イシちゃん ちょっと!」
と 声を荒げて 睨みつけてやった。
「おお 怖っ いいじゃんか ちょっと見 かわいいし まあ 俺より劣るけど
背も高いし でも 俺よりか 3センチくらい低いか?
それに 馬鹿そうだし それは俺 かなわねえ クスッ」
と 軽くいなされ
「・・・たしかに 馬鹿ですけどね。」
素直な この須藤 賢の 反応に 思わず笑ってしまった。
「くすっ まあ 私 結構 厳しいから 幻滅すると思うけどね。
こっち来て 部室案内するから。」
サッカー部で 顔を突き合わせていたら 理想と違うことにすぐ 気づくだろう。
「メグ いたいけな少年が勇気ふりしぼって 告ッたんだぞ。
お前も ごまかさないで 態度決めろよ。」
(何・・・また こいつは 余計なこと言っちゃってんの?)
「い いや 別に俺 そんなすぐに・・・」
須藤 賢は イシちゃんの後押しに逆に戸惑いはじめた。
「わかった。」
「え・・・?」
(これは・・・ もしかしたら 兄離れをする 良い 機会かもしれない。)
「いいよ 付き合っても
その代わり 中途半端な気持ちでサッカーやってたら 即 退部してもらうから そのつもりでね。」
(もし 私が この子を本当に 好きになれるなら・・・)
「それって 真面目にサッカーに取り組まないと 彼氏として不合格って事か?
あいかわらず 意味わかんね~~。」
(私を好きでいてくれるなら すぐに辞めないはずだもの いいじゃない?)
「にしても 良かったな 賢。 俺の おかげだぞ!」
「ウ・・・あ ありがとうございます。」
急な展開に一番出遅れた感のある当人が
やっと ここで事態を飲み込んだようだった。
「今日ね サッカー部に入ったばかりの子と 付き合うことになっちゃった。」
いつも 「彼氏はできないのか?」と 心配する兄に さっそく報告。
「え・・・そうか どんな奴だ?」
あれほど 彼氏はまだ出来ないのか?と しつこかったのに
実際 出来たとなると とまどうらしい。
「そうね 背は180センチ位はあるんでしょうね~
野球をやってたらしくって ナカナカ肩幅は広かったかも。
サッカーはまだまだ初心者なんだけど 足は 早いよ。」
思いかえしながら 説明すると
「そうじゃなくて 人間としてどうかと聞いてるんだよ。」
「今日はじめて 会った子だから そう言われても・・・ まあ 素直ないい子なんだと思う。」
「なんだ それ?」
「いいじゃない 今日だって 玄関まで送ってくれたんだよ。 優しい子なんだと思う。」
賢は明るくて 話しやすく 肩のこらない子なのはたしかだ。
簡単に付き合うことを決めたにしては いい子を選んだと思った。
「恵 おまえ・・・」
「何?」
「あ・・・いや おかわりくれ。」
「はい。」
妹に彼氏が出来ることに慣れてないから 困惑してるのかな・・・?
「じゃね~ 明日までにもっとドリブル練習しとけよ。」
「は~い わかりました。 おつかれっす。」
今日も賢に送ってもらって 玄関に入ると
「・・・洋介 帰ってるの?」
この時間には 珍しく玄関に洋介の靴があって
体調でも悪くして 早退してきたのだろうかと あわてて居間に上がると
窓辺に立った洋介が
「おかえり 恵。」
と振り向いた。
「ただいま・・・ 早かったんだね。」
「ああ 今日は直帰で良かったからね 早く帰れたんだ。 なかなか 感じのいい男じゃないか。」
「・・・うん ありがとう。」
なんとなく 賢と一緒に居たところを 見られてたって事実に 気後れがして
「すぐご飯作るね。」
と制服のまま エプロンをつけた。
「いいよ 今日は」
洋介の手が私の腕を掴んだ。
ドキドキドキ・・・
一緒に住んでいても 義兄が私に触れることなんて ここ数年なかった。
「でも おなかすいたでしょ? まだ買い物してないけど あるもので何か作るから・・・」
「出かけよう。 たまにはいいだろう?」
「え いいの?」
「ああ 可愛い服に着替えておいで。」
「うん わかった でも ちょっとだけシャワー浴びてもいい?」
せっかくのお出かけなのに 砂埃まみれでは洋介に申し訳ない。
「ああ 待ってるから 綺麗にしておいで。」
洋介と出かけるなんて 初詣以来だ・・・
弾むような気持ちで髪を洗って
大急ぎで ドライヤーで乾かす。
まだ 生乾きなので 髪を高い位置でまとめて 少し大人っぽくしてみた。
「おまたせ・・・」
「お・・・かわいいぞ 恵。」
兄の視線が あらわになった うなじや 膝などに注がれているのがわかった。
こんな ワンピースで 外に出かけるなんて 義兄以外とではありえない・・・
「恵 ちょっと 待って。」
兄はそんなのいつから持っていたのか 薬指にコロンをつけると
私の顔を両側から挟むようにして 耳朶の裏側にこすり付けた。
その間 兄と視線が絡み合って・・・
(キス・・・する時みたい。)
と一瞬 想像してしまい
ちょっと顔が赤くなってしまった。
「くすっ これで少しは 色っぽさが出てきたかな?」
洋介に 私の想像が知れたのではないかと
心臓が 爆発しそうに鳴り出す。
「さあ 行こうか。」
洋介は さっと私に背を向けると 玄関に向かった。
先を歩く義兄に追いついて
「待ってよ 洋介 並んで歩こう。」
はしゃいだ 私は 洋介の左腕に右腕を通して すこしもたれかかってやった。
「おい 重いだろ~。」
「エスコート慣れしてないな~ 洋介。」
もちろん 私達は車などなくて そのまま赤く沈みかける夕日を背にバス停に立つ。
「ねえ どこで 食べるの?」
私達が行くとしたら きっと 駅前の洋食屋か
もう少し 頑張れば 3丁目の角にあたらしく出来た プチレストラン位だろう。
「実は予約してあるんだ。」
「え・・・予約?」
予約が必要なお店なんて 私 入ったことないよ・・・洋介。
急になぜだか緊張してきて 私は洋介の腕に絡めた腕を頼るように寄りかかる。
「かわいい妹が大人になってから 恥じかかないようにと 思ってさ。」
たどり着いたレストランは一品が 私のお昼のお弁当よりもずっと高くって
白いナプキンを持ったもののどうしていいか わからない・・・
洋介は臆することもなく ナプキンを膝に載せると
「もう 予約の時に コース料理を頼んであるんだ。そんなに緊張することはないよ。」
と飲み物だけ オーダーをした。
学校で少しは テーブルマナーを習ってはいたが 慣れてないことにはかわりない。
でも 向かいに座っているのが義兄なので 徐々に緊張が解けて 料理を楽しむことができた。
「今日はね 恵が彼氏を作ったお祝いのつもりで 連れ出したんだ。」
デザートを前にして 洋介がこんな風に言い
「これ おめでとうのプレゼント。」
「え・・・」
手渡された 細長いピンクの箱
「開けてごらん。」
キラッ・・・
銀細工のロザリオ 中央に青い石がはめ込んであった。
「キレイ・・・」
いかにも義兄が選んだと思われるセンスの良いデザイン
(彼氏が出来た お祝いじゃなかったら・・・もっと 嬉しかったかもしれない・・・)
少し 私が沈んだ顔をしてしまったのか
「気に入ってくれたか?」
と洋介が 不安げに顔を覗き込んだ。
「うん すごく ありがとう 洋介。 着けてみてもいい?」
「ああ。」
にっこりと目を細めて 満足げに微笑む義兄。
(これでいいんだ・・・)
義兄は きっと またひとつ 私を預かった上での責任というハードルを飛び越えたと思うのだろう。
「ん・・・あれ どうやるんだろ? 」
はっきり言って ペンダントやネックレスなんて 私は着けた事がなかったので
着け方自体が よくわかっていない。
「クスッ やっぱり まだまだ 女じゃねえな~ 俺が着けてやるよ。」
「ごめん~~」
洋介が席を立って ペンダントをとり私を抱きかかえるようにすんなり着けてくれた。
「・・・慣れているのね。」
「・・・キレイだよ 恵。」
チュッ
軽く おでこに落とされたキス
(え・・・ キス? うそ・・・)
「おめでとう 恵 いっぱい恋をして もっともっと いい女になるんだぞ。」
耳元で そっと 囁かれる義兄の声を
早鐘を打つような心音が消していく
「・・・ありがと 鏡見てくる。」
洋介に顔を見られないよう 立ち上がって 化粧室に向かった。
「うぅっ う・・・えっ えっ」
(どうして キスなんてするの? ひどいよ・・・洋介)
ザーッ・・・
冷水で何度も顔を冷やして ハンカチで 濡れた前髪を押さえていると
「そんな 素敵なプレゼント貰ったのに 泣くのはどうしてなの?」
と突然声を掛けられた。
「えっ?」
鏡越しに私の横に並んでいるのは 20代そこそこの女性で 色白で切れ長の目をした 日本風な顔をした美人だった。
「あ あの・・・」
「ごめんなさい 突然 声をかけて ちょっとこっち向いてくれる?」
「はい・・・」
フワッ 甘い香りが大人の女性を感じさせる。
なんとなく 言われたままに 彼女の方を向くと コンパクトを片手に 押さえるようにパフを頬に当てられる。
「キレイな肌・・・でも 少し日に焼けているわね。」
「いつも外にいますから・・・それに すぐ落ちるから大丈夫です。」
「コレも塗ってもいい? まだ未使用よ。」
女性は オレンジ系のリップを取り出して見せた。
「はあ・・・ いいんですか?」
「いいの あなたキレイだから わたしなんかより すっごく映えそう。」
スッと滑らかなリップが唇の上をなぞる。
「どう 泣いてたなんて わからないと思うけど?」
鏡を見ると 砂埃まみれのわたしとは別人の美少女がそこにいた。
「さあ そろそろ戻ったら?」
女性に促されて あわてて
「ありがとうございます。 すごく 助かりました。」
と頭を下げて化粧室を出る。
「ん・・・ メイクしてる?」
「わかる? ちょっとね 今 キレイなお姉さんにしてもらっちゃった。」
「どおりで時間かかってると思った。」
「ごめんね~」
私が出てくるのを待っていたように(実際そうだったのかもしれない) 冷たいシャーベットのデザートが出てきて
「おいしそ~」
「クスッ 俺のも 食べるか?」
「え~~ いいの? じゃあ 上に載ってるイチゴだけ頂戴。」
「おまえ・・・ クスッ ほら。」
「うぅ おいしい~ ありがとう 洋介。 また いつか 連れて来てね。」
「ば~か そうそう 連れて来れるモンか クスクス。」
美味しい料理を堪能して 素敵なプレゼントまで貰って
(今日だけでも 私 洋介の彼女になれたみたいで すっごく幸せ・・・)
もちろん そんなはずはないのだが 心の中でだけでも そう思いたかった。
お店を出たところで 先程メイクしてくれた 女性が中年の男性と一緒にいるのに出会った。
「先程は ありがとうございました。」
近寄ってお礼を言うと
「藤森さん・・・」
知人だったらしく ひどく 洋介は驚いている。
「こんばんは 洋介さん その子が 妹さんなのね。」
「ほう・・・かわいいお嬢さんだね。こんばんは。」
品のいいスーツを着た紳士は 暖かい微笑を浮かべた。
「ええ 義妹の恵です。 恵 こちらは取引先の藤森社長とお嬢さんで広報課長の澪さんだ。」
少し顔を強張らせながらも 洋介は私を紹介してくれた。
「こんばんは 義兄がいつも お世話になっております・・・」
と頭を下げる。
「いいんだよ そんな畏まらなくたって 今は取引先の相手だが
洋介くんは もう こっちに来てくれる覚悟は出来たんだろう?」
「はあ・・・」
「パパったら そんな 義妹さんのいる前で お仕事の話は止めなさいよ。 ごめんなさいね。恵さん
お義兄さんと水入らずのところ 邪魔しちゃ悪いと思って あえて挨拶に行かなかったのよ。」
「そうだったんですか 気づかず失礼しました。それに 恵にメイクをしてくれたんですね ありがとうございます。」
義兄は恐縮したように頭を下げた。
「元がいいから 必要なかったかもしれないけどね。 では また・・・」
運転手がドアを開けて 澪さんと藤森社長は去っていってしまった。
(嫌だ・・・もしかして・・・)
「あの人の下で働くことになるんだ。」
「び びっくりした 婚約するとか 言い出すかと思った・・・」
「そんなわけないだろ? バカ でも この業界じゃ知らない人はいないほどのやり手で
あんな 着物の似合いそうな 清楚な感じだけど バリバリ仕事ができるんだよ。
そんな人から 一緒に仕事しようって 誘われて ちょっとどうしようかと思ってたけど 断るつもりだ。」
「迷っている原因は何?」
文句のつけようがない好条件に聞こえる。
「それは・・・ほとんどが出張ばかりになって あまり家に帰れなくなるようなんだよ。」
「え・・・」
「心配するな 何日もお前をひとりぼっちにするような 仕事は選ばないよ。」
洋介はそう言って笑うと ぐっと肩を引き寄せて
「ああ やっとバス来たな。 俺達 エコ兄妹 地球にやさしく帰ろうぜ。」
「洋介 本当は 移りたいんでしょ?」
「そんなことないよ いいから来い。」
遅い時間のバスに二人並んで腰掛ける。
「洋介 私 大丈夫だから・・・ あの人と付き合ってるんでしょ?」
「なんだって・・・?」
「あの人の香水 時々 洋介の上着に移り香が残ってるもの。 隠したって無駄だよ。」
「恐え・・・ すごいな やっぱ 女の子は。」
感心したように洋介は肩をすくめる。
(本当にそうなんだ・・・)
若干はったりをかました部分もあったのに こうも当たってしまうと 呆然としてしまう。
(さっきのキスだって 家族への親愛の表現なんだね・・・)
冷たい風が吹いてきたように 両手で肩を抱きしめる。
「ごめんな 薄着させちゃって ほらもっとくっつけ。」
「大丈夫だよ。」と ただうつむく私。
はぁ・・・と 洋介はため息をつくと
「恵 彼女とは何度か仕事の接待として食事しただけで 恋人とかじゃないんだ。
そんな人が出来たら 当然お前に最初に紹介するに決まってるだろ? へそ曲げるなよ。」
「へそ曲げるって何? 今時 そんな死語 誰も使わないからっ」
どうしたんだろう・・・ なんだか すごくモヤモヤして どうしようもない
「せっかく キレイにメイクしてもらったのに そんな 顔すんな。」
家に帰ってからも ムスッとしている私に 洋介が髪をくしゃっとさせて 諌める。
「もともと ブスだよ。私なんて・・・」
駄目だ また 泣きそう・・・
「恵 キレイだよ。
本当は メイクなんてしなくたって 近頃のお前は
十分 女らしくて 時々はっとするくらいなんだ。
今日はお前のことを 俺以外に女として一番に認めた奴ができたお祝いを言いたかっただけなんだ。
そのペンダント
すごく似合ってて 嬉しいよ。」
「洋介は 女として 私を 一番って思っているの?」
「ああ 俺の恵は 世の中で一番 キレイだ。」
(それは 義兄として 欲目で言ってるのかな? でも そんなの確かめたくもない・・・)
私は 洋介の首に腕を巻きつけて
「な・・・めぐ」
驚き目を見開く彼の唇に唇を重ねて目を閉じた。
グッ
強引に身体を引き剥がされた私が見たのは
「何を考えてる? 恵 もう 二度とこんなことはするなっ」
吐き捨てるように言った 義兄の強張った横顔だった。
「ゴメンなさい・・・ 義兄さん。」
逃げ出すように部屋に駆け込んで 毛布をかぶるようにして嗚咽を堪えた。
翌朝 まだ陽も昇りきらない早朝に 私は起きて
――――――――――――――
洋介へ
昨日はごめんなさい
いつも 言うことをきかない 困った いもうとだよね 私
素敵な食事をありがとう
ペンダントも すごく うれしかった。
それから
あのキスは 洋介がおでこにしてくれたキスと同じで
感謝の気持ちなので どうか 気にしないでほしい
だから 洋介も
早く わたしに負けず 素敵な恋人を作ってください。
恵
――――――――――――――
初めて 義兄におくる手紙を 書いた。
このまま 洋介が あの人の部下になって あまり家に帰らなくなったとしても 絶対 後悔しないようにって
昨夜ひと晩考えて 出した答えだった。
伝えるべき言葉は ちゃんと伝えられる内に
私は 洋介の いもうとなのだ・・・
いもうととして ちゃんと 義兄の幸せを祈りたい。
「行ってきます。」
そっと 小さな声で ささやいて 家を出る。
「そら ボヤボヤすんなっ!」
朝早いというのに しっかり 腹から声が出てる。
「おっはよ~!」
「おう マネージャー!」
ここにくれば モヤモヤなんて吹っ飛んで 私はいつもの私に戻れる。
そして 家に帰っても また 洋介に辛口をたたいて 笑うことが出来るようになるよ きっと
「け~ん ピッチ落ちてる! そらそら~ッ!」
「うぃ~っす。」
ハッハッハッハッハ・・・
今日は賢のジョギングに自転車で付き合っている。
最初こそ サッカーのルールも怪しい感じだったが もともと運動神経がいいのか さまになってきている。
スタミナが若干無いので こうして 土日も体力をつけるため イシちゃんから 一日10キロは走るようにと厳命されているのだ。
「よし じゃあ 明日は 8時に集合だからね。」
「わかりました お疲れっす。」
朝のジョギングが終われば そのまま 自転車で帰り 特にデートをすることも無い。
おかげで 私は 家に戻り 兄のために朝食を作ることが出来る。
賢と私が二人きりになるのは 部活の帰り道と 土日の朝のジョギングの時間だけだ。
一緒にいたって サッカーの話以外はしない。
でも それが楽だった。
もしも もっと 彼女としての役割を求められても 私はとたんに嫌になってしまって 続かなかったかもしれない。
私の心にはまだまだ 洋介が占めているのだから
それに 賢は お隣に住んでいるという 真愛ちゃんという子のことを 気にしている。
どうやら 本当はこの子の事が好きらしい。
本人は よくその辺がわかってないようだが イシちゃんや 他の部員が真愛ちゃんに声をかけていると やっきになっているので わかりやすい(笑)
真愛ちゃんも おそらく 賢を好きなのではと感じる。
それは 小学生の頃から 洋介一筋に恋している私が感じているのだから間違いない。
なんの障害も無い 恋・・・
それが ちょっと うらやましかった。
その日も 賢は真愛ちゃんを呼びとめ どうやら クリーニングの引取りを頼んでいる様だった。
部活をやっていて とくに賢は一年だから 後片付けをしていくだけでも かなり遅くなる。
賢のところは母子家庭で 母親がマナー講座の講師をしていて ほとんど家事をしないと以前に聞いたことがあるから 高校生の男の子であっても それなりに 何でもやっているようだった。
私も洋介が働いて生活費を入れてくれる分 家の事はほとんど引き受けているので その苦労がわかった。
「あ 恵さん 待って 俺 送るっすよ。」
部活が終わり 今日も賢は声をかけてくれたが
「いいよ 今日は帰りに寄る所あるから じゃね~!」
そう言って 賢をすこしでも 早く帰してあげたかった。
それに 賢がいないと 学校帰りにスーパーで買い物することが出来る。
別に賢に送ってもらうときに寄ってもいいのだけれど
賢はいい奴だから くたくたに疲れていても スーパーの荷物も持ってくれるというに決まっているから
私は一旦家にかえってから 再び 買い物に行っていたのだ。
「重い・・・ ふうぅ・・・」
買い物袋を持って 帰っても
まだ 洋介は 帰っておらず 今日も サービス残業をしているのか
それとも 澪さんと・・・
シチューを作って 洗濯をして お風呂を入れたところで インターホンが鳴る。
ピンポーン
(洋介 鍵忘れたの?)
慌てて 玄関に走る。
ガラス戸に映る 背の高いシルエット
(やっぱり♪)
ガララ・・・
「メ~グ! 俺」
「・・・なんだ イシちゃんかぁ。」
目の前にぬっと 立つ 長身の石毛は ひとブロックとなりの住宅地に住んでいる。
「なんだよ それ 俺じゃなくて 賢だとでも思ったのか?」
「違うよ で 何?」
「ったく もうちょっと 女らしい言葉遣い できねえのか おめえはよ~
あのさ 賢の馬鹿だと思うんだけど きったね~シューズ 部室に忘れて行ってるんだ。
俺 明日は病院行ってから 学校行くからさ 朝練出ねえんだよ 渡してくれね?」
たしかにそれは 賢の赤いシューズバックで 見覚えがあった。
「わかった 渡しとくよ。」
と受け取る。
「くすっ。」
なぜか 石毛は 私を見下ろし 含み笑いを漏らす。
「何?」
むっとして顔を上げると
「お前でも エプロンつけてると 女の子みてえだなと 思ってさ。」
「はあ? もともと 女だけど。 ケンカ売ってんの?」
「おっと 恐え~~ じゃあな 帰るわ。 メグ 賢に“くそボケ シューズ忘れんな”と言っとけ。」
さっさと 街灯の下をかいくぐる様に 走って帰ってしまう 石毛。
「女の子みたい?だと~~ ったく。」
手渡された シューズバックを 軽く 玄関外で 砂埃を落としてから
玄関に すわり 新聞を持ってきて 本格的にブラシで土を落とす。
(雨降りのシューズじゃなくて 良かった・・・)
裏のソールは金属ブラシを若干使ったが それほど 土がハマり込んではいなかった。
表のアッパー部分はやわらかいブラシで丁寧に汚れを取り除いてから
シューズクリームを乾いた布を使って塗っていく。
「ふう・・・」
これだけ 終えるのに30分ほどかかった。
それでも 洋介は帰らない
「先に 食べちゃおう。」
恵は シューズクリーナーを片付けてから 一人で晩御飯を食べる。
(今は 洋介の帰りが遅いだけで こんなに寂しい
でも どんなに遅くなっても まだ 毎日帰ってくれるだけましだよね
これが 澪さんの下で働くことになったら 何日も帰らないんだね・・・)
あれから 洋介は仕事を変えることについては 何も言っていなかったが
こう サービス残業が続くと さすがに好条件の藤森社長のところに移るかもしれない。
「私 大学なんて 行かなくてもいいのに・・・
父さんや母さんが残してくれた 遺産だってさ 私がお嫁にいかなけりゃ 使ったっていいんじゃない?
ねえ 洋介・・・」
食卓の向いにある 返事などあるはずない 空席に 声を掛けた。
(私は 洋介と 少しでも 一緒に居られるのが 一番 幸せなのに・・・)
「ご馳走様。」
恵は いつものように 洋介の分はラップをして残し
お風呂から上がったあと 部屋の片隅においてある赤いシューズバッグを見て思い出し
携帯を取り上げた。
「賢 今 いい?」
外にいるのか?
若干 車の音などが入ってくる。
「キャプテンから 部室に 賢がシューズ忘れてったって 預かってるわよ。」
「ああ そうだった ごめん。」
「ちゃんと 毎日泥おとして 手入れしないとだめだよ。」
「うん だよね ハハハ」
この子は 本当におっちょこちょいで ほっとけないところがあった。
「それから ちゃんと宿題もしてよ~ うちの学校は 成績落とすと 部活動できなくなるんだから。」
実際 成績を落として 辞めていった子もいるし 賢は尚更心配だ。
「それがさ さっき 真愛の家に強盗入ってさ。」
「え!! 賢の幼馴染のうちが?!」
あの子の家に 強盗!?
「うん そう すっげえびっくりした。」
「じゃあ 大変だったじゃないの!」
「うん そう 警察きてさ 真愛んち 親 留守だし 玄関のガラス割られちゃって 今 お・・・」
いきなり ガチャと 雑音がした後
「なにすんだよ?!」
という 賢の声が聞こえて
通話は途中で切れてしまった・・・
(ン? 真愛ちゃん もしかして 傍にいるのかな~)
だが まもなく 賢はまた電話をかけてきた
「なんで いきなり切るのよ! 賢のくせに 生意気~~。」
「ごめん 真愛のやつ 恵さんが 誤解するから あまり しゃべるなって 怒ってよ~
ちょっと びびッた・・・」
(やっぱり でも 誤解するからって ことは そんな風に 賢のことをあの子は意識してるんだよ わかってないね・・・ 賢。)
「ははは 賢は 鈍感だからね~ 真愛ちゃんの優しい気遣いが わからないんだ~。」
それから ひとしきり 警察が来たことや
真愛ちゃんの玄関が 壊されたことなど 報告を聞き
「もう おそいから 休みな。」
と電話を切った。
「賢 おつかれ 真愛ちゃんと一緒に来るかと思ってた。」
朝練が終わって 片づけをしている賢に声を掛ける。
「ああ あいつ なかなか起きなくて 出かけにやっと目覚ましたんだけど 置いてきました。」
「・・・ やっぱり 泊まっていったんだ。」
(高校生になっても すんなり泊まっていけるほど 仲がいいのね・・・)
「え もちろんそうですけど 言いませんでしたっけ? 俺。」
鈍感な賢はきょとんとしている。
(悪気は無いのだろうけど・・・ 一応 私 あんたの彼女なんだけどね)
「ううん 本当に泊まるとは思わなかったから だって ご両親だって 連絡がとれれば飛んで帰ってくるだろうし。」
「真愛の両親は結構 お酒飲んだりカラオケしたりするらしいから きっと圏外だったり 着信音が聞こえなかったりしたんだと思うけど。」
「真愛のやつ 足大丈夫かな まだ ここ 通ってないと思うけど・・・」
生徒の通用門を首をのばして伺う賢
(賢 あんたにとって 真愛ちゃんは 大事なお姫様のような 存在なんじゃない・・・)
「怪我してるの? 真愛ちゃん」
「ガラスで 切ってるんです。一応消毒はしたけど 足って 結構 力入るから 知らずに傷口開いたりするでしょ?」
「そうね・・・」
(真愛ちゃんのこと気になってしょうがないのね・・・賢)
昼休み 売店に出向くと 真愛ちゃんが 人垣に埋まりそうになって 並んでいる。
(賢は 夕べ一晩 あの子と一緒にいたんだ・・・)
チリッ
ちょっとした ジェラシーだったのかもしれない
洋介 一筋と思っていたのに いつのまに 賢のことを意識するようになったのか
いや きっと 新しくできた 弟子が 別の師匠にも心酔してるらしいのを知って 面白くないだけなのかもしれない(笑)
とにかく 私はいつのまにか 真愛ちゃんに近づいていた。
そして これは本当に不可抗力で 込み合う売店前の喧騒の中で 私の足が真愛ちゃんの傷ついた足の方を踏んでしまっていた。
「!!痛っ」
慌てて 足を退けたが かなり顔をしかめている。
「あら ごめんなさい 大丈夫だった?」
「恵さん・・・ あ いえ 大丈夫です。」
ここで 初めて真愛ちゃんは私だと気づいて 目を見開いた。
「ううん そんなはずないわ すごく痛そうに顔をしかめてたでしょ?
足に怪我してるんですってね
賢から 聞いてるわよ。」
(本当に 悪いことしちゃった・・・ごめんね 真愛ちゃん 汗っ)
「え・・・? 賢が 言ってたんですか?」
真愛ちゃんの顔が強張る。
(くすっ 賢に対してのこの反応! やっぱり 恋してるのね・・・)
それから 私は せめてものお詫びの意味で 真愛ちゃんのかわりに焼き蕎麦パンを買い にくまんを奢って
駄洒落まで披露する・・・
それは 真愛ちゃんが 私に対して 年上にたいする態度以上に 緊張しているように思えたから
なんとなく かわいそうになってしまったのだ。
それでも
「私 恵さんのこと 誤解してました。」
「誤解?」
「はい 恵さんは サッカー部のマドンナで きりっとしてて クールで 上品でって
どこか 近づきがたいような 気がしていたんです。」
(へえ 私って そんな風に見られてたんだ・・・汗っ)
「そりゃ 全然 誤解だわ。
考えても見てよ あの賢が そんなタイプの年上の女の子と付き合えると思う?」
(まあ 今でも 賢は彼氏というより
舎弟のような 感じだよね
それに比べて この子が 賢に対して 想う気持ちは
私よりずっと 深い
きっと 私が 洋介を想うように・・・
私という彼女がいるって事が はっきりわかっていても 尚
その気持ちは変わらないし
変えられないんだよね?
それは 全然 悪いことじゃない
むしろ すごく 愛しいよ・・・真愛ちゃん
ごめんね
私があなただったら・・・きっと すごく 辛いと思う
もし 洋介のこと 軽い気持ちで あの澪さんのような人が付き合っているとしたら
悔しくて 胸が焼かれるように 苦しむはず・・・
私も あなたの様に 本当に愛してる人を 想って生きていたい・・・)
放課後 部活に出てきた賢は なんとなく落ち着きがなく
「キャプテン あの 俺 最近 脚なまってるんで 外走ってきて いいっすか?」
と いきなり 変な要求をイシちゃんにしている。
「そと? グランドじゃなくて?」
「はい えっと・・・」
(もしかして 真愛ちゃんの足のこと心配してる・・・?)
キャプテンに理由を聞かれても 口ごもったきりで うまく言い訳を思いつかないらしい
(しゃあないな~ もう 苦笑)
「坂道とか 階段とかでも 走りこみした方が 良いって わたしが言ったのよ。」
「そ そうです。」
(ほっと しちゃって・・・クスッ)
「ふ~ん そうか 練習試合に向けて 気合入ってるんだな 賢。
ははは ヨシ! 行ってこい。」
イシちゃんも 単純だから あまり深くは詮索しない。
「賢 真愛ちゃんを 送ったら さぼらずすぐ戻ってくるのよ。」
「恵さん・・・ありがとう。 じゃあ 行って来ます。」
(なんにしても 素直な やつ・・・笑)
賢は きっと 自分の感情にいつも素直で だから 誰からも愛されるんだね・・・
私も そんな風に 最初から 洋介に接していたら 今とは違っていたのかな
それとも 兄妹としてじゃないと 一緒にいられなかったのかな?
洋介
私 あなたの事 今でも 本当は 兄妹だと思えない
それを 隠して きたのに 突然 あんな態度とっちゃ びっくりするよね?
だけど それが 本当の私なの
これ以上 それを 偽って 一緒に 暮らしていくことに
なんだか 疲れてきちゃってる
賢や 真愛ちゃんが 羨ましくて しかたがない
たとえ 拒否されても・・・)
「それじゃあ おやすみなさい。」
いつものように 今日も賢が家まで送ってくれた。
部活の途中で 真愛ちゃんを 送ってあげたようだけど 途中で拒否られて 戻ってきたようだ・・・
(きっと 私の存在が 妨げになってるんだろうな・・・)
ポツ ポツ ・・・
ザーッ!
「雨・・・買い物どうしようかな。」
冷蔵庫の中を調べてみたが やはり食材が足りない。
普段 重いから 余計な物は買い置きしていないのだ。
買い置きしても 二人暮しのため すぐ ダメにしてしまい 結局食費の無駄遣いとなる。
しかたなく制服を着替えて Tシャツと短パンという 部活動の時に着ている替えを出して 身につける。
バシャ バシャ
スコールのような夕立で すぐに止むかと思われたが 万が一洋介が早く帰らないとも限らないので買い物に出かける。
「やっぱり カレーにするか・・・」
小分けで売っている にんじんやたまねぎを袋につめながらスーパーの中を歩く。
「あ これ・・・」
この時期だけ売っているラムネが置いてあり
(そういえば 去年 洋介が気に入ってたっけ・・・)
青い色した 小瓶をひとつ手に取りかごに入れた。
スーパーを出る頃には若干小ぶりになってきたようで 素足にサンダルで濡れても構わない恰好はしていたが
そっと水溜りを避けるように歩く。
「洋介さん ねえ まだ いいでしょ?」
「澪さん・・・」
(え・・・? 洋介の声)
傘越しに 振り向くと あのレストランでメイクをしてくれてた女性と義兄が寄り添うようにして 隣のビルから 出てきたところだった。
「雨も 降ってるし もう少しだけ ね?」
スッキリとしたキレイな水色のスーツ グレーのパンプス
背の高い細身の義兄と並んでいると なんと絵になることか・・・
(それに比べて 私は・・・)
気づかれて 義兄に恥をかかせてはと慌てて 家とは反対方向に 遠回りして 帰る事にした。
「やっぱり 今日は これで失礼します。」
背後で そんな声を聞き ほっとする 私。
「じゃあ せめて 車で送るわ。」
「いえ もう 近いんで 結構です 今日は ありがとうございました。」
バシャッ
「あ 洋介さん!」
バシャ バシャ
(え・・・近づいてくる?)
「恵 迎えに来てくれたんじゃないのか?」
「・・・な わけないじゃない いっつも もっと遅いくせに。」
「なんで 逆方向に歩くんだよ。」
「・・・別に ちょっと 寄り道したかっただけだよ。」
「ほら 荷物 俺に貸せよ もっと傘に入れろ。」
「もう 無理やり入ってくるし~」
Tシャツに短パンの私は 多少濡れても構わないから 少し傘を傾けてあげたのだが
「もっとくっつけば二人とも濡れないだろ? それとも 俺にくっついて歩くのは そんなに嫌なのか?」
「どうして・・・雨が止むまで 澪さんのところにいなかったの?」
(私を見かけなければ もっと澪さんと 一緒に居られたのに・・・邪魔しちゃったのかな?)
パシャ パシャ パシャ・・・
「見慣れた傘が 見えて 猛烈 おなかが空いたからだな。」
「うちに帰ったって 作るのはこれからだし 出てくるのはステーキじゃなくて カレーだよ。」
「よりいっそう腹が減って 美味しく食べられそうだな それに ミント味のラムネもあるし。」
「もう チェックしてた?」」
「ったりまえだろ サンキュ 恵。」
バシャ バシャ・・・
「・・・私ね 失恋しちゃったよ。」
「え・・・本当に?」
「うん 私より 本当はもっと身近に好きな子が居たのに 今まで 気がつかずにいたんだね。
まったく 迷惑な 話だよ。
しょうがないから 明日 私から 賢に彼氏廃業を言い渡すつもり。 ふふっ」
「恵・・・」
「もう やんなっちゃう この間 洋介に振られたばかりなのにさ
私って とことん 女として魅力ないんだね。」
「馬鹿 そんなことないよ。」
「そうなんだよ 本当に
あの真愛ちゃんと 話してたらわかる・・・
私って 素直じゃないし
言葉遣いも荒いし 大食いだし・・・」
ガチャ ガララ 鍵を開けてやり 洋介を玄関に入れ
「荷物ありがとう すぐカレー作るね。」
洋介の手から買い物袋を外す。
「恵 お前は とても 可愛いよ 強くて 優しい とても良い子だよ。」
「洋介は ・・・知らないんだよ
私は 別に優しくないし 良い子でもないっ
洋介のこと 諦めたくて 平気で好きでもない男の子と付き合っちゃうし
その子が他の子を好きなんだとわかったら おもちゃを取られそうな子供みたいに ムッとするし
すごく 嫌な奴だよ。
もう 無理・・・ 私 このまま 洋介と一緒に居られない。
洋介は 私がいなければ もっと自由に遊びにいったり 好きな人と会ったり 出来るでしょ?
私がそれを 全部 邪魔してる・・・
わかってるんだけど・・・ それでも 洋介と一緒にいたかったの。
でも これ以上 洋介に 嫌われたくないから 私・・・おばさんの所に行くよ。」
「だから・・・嫌だったんだ。」
洋介は 少し濡れたスーツを脱いで ソファに座り ため息をついた。
「え?」
「俺はお前の保護者である以上 そういう恋愛関係になってしまったら どちらかが万が一 別れたくなった時に まだ学生のお前が 辛い思いをするだろう?
だから 俺は・・・ お前を くそっ・・・」
両手で顔を覆い 洋介が嗚咽を漏らしている。
「洋介・・・」
「ごめんよ 恵
俺が あの日 おまえにキスをしなければ・・・ こんなことにはならなかったんだよ。
お前に彼氏が出来て 気が狂いそうな程 嫉妬していたのは
俺の方だ・・・
あのペンダントだって・・・
お前を独占しておきたい願望の現われだって 澪さんに指摘されたよ。
俺は お前を ずっと昔から 愛している。
だけど それを 告げたとたん お前は 保護者でもある俺を拒否できなくなってしまうだろ?
それが 恐かったんだ・・・」
目を赤くして 搾り出すように放たれた義兄の言葉が
魔法のように 心を覆っていた霧を取り除いていく
「洋介・・・本当?
私だけが一方通行で愛してたわけじゃないの?」
「ああ だから 俺から 離れるな・・・恵。」
「離れたくないよ・・・ ずっと 洋介の傍にいたい・・・。」
わたしは ソファの肘掛に腰掛けて 洋介の震える肩を抱きしめた。
「恵・・・」
一瞬にして 引きずり下ろすように 洋介に抱き抱えられると 私の身体はソファに仰向けに押し付けられていた。
「洋介・・・」
「恵 俺は もう我慢しない・・・お前を手放す気もない。」
(こんな 洋介 見たことない・・・)
涙で潤んだいるのに
熱く 縫い止めてくるように 恵を見つめる。
「うん・・・離さないで・・・洋介。」
洋介は次の瞬間から きっぱりと私の義兄であることをやめて
一人の洋介という 男性として 私を愛してくれた。
「恵 好きだよ・・・」
洋介の声や吐息に 身体中が熱くなる
(ああ もう 私って こんな時にもTシャツとハーフパンツ・・・恥っ)
「ア・・・」
でも だからこそ 洋介の体温や 手の感触が直に感じられて
一瞬ブルッと震えて つい声が出てしまった・・・
「恐いのか? 恵・・・」
ふと 洋介が身体を起こして せっかく顔に掛かっていた髪を手で整える。
(恥ずかしいから 顔見られたくないのに・・・)
「そんな こと・・・ない。」
どうしても 洋介と視線を合わせることが出来ない。
「そんなに恥ずかしがると こっちも恥ずかしくなるんだけど・・・」
「ご ごめん・・・」
(だって・・・)
ぐ ぐるるる・・・
キュル・・・
「・・・プッ」
思わず吹き出す 洋介。
「ヤダ もう 洋介ッ」
「なんだよ 恵だって いま お腹鳴ってたろ?」
「洋介みたいに 盛大に鳴ってないもん。」
起き上がって 文句を言うと
(あ 洋介 真っ赤になってる!?)
私は ここで 本当に洋介も私と同じくらい恥ずかしかったのだと知った。
洋介はちょっと 右手で顔を覆って 吐息をついた後
「恵 おまえは ホントに・・・」
チュッ
ともう一度 照れ隠しのようにキスをしてくれた。
「ごめんな こないだは
せっかくお前からキスしてくれたのに あんな冷たい 言い方して・・・」
「うん 死にたくなりそうなくらい ショックだった。」
「う そうか だよな・・・本当にごめん
俺も言っちまった後になってから お前の部屋の前で どうしようかと しばらく迷ってたんだ。」
「一晩泣いたもん・・・」
「知ってるよ・・・悪かった。」
ギュウウと 強く 洋介に抱きしめられて
(ああ 本当に 今なら 死んでも いいかも・・・)
と 感動したのも束の間
なんと 洋介は 私の耳元に
「・・・やっぱりさ お前は おばさんの所に行ってもらうかな。」
と 囁いた。
「え? ど どうして?」
「このままじゃ やっぱり いられないよ。」
ドンッ
私は 洋介の身体を突き飛ばし
「洋介の馬鹿!」
バシッ
次の瞬間 右手がジンジン 熱くなっていた・・・
「痛っ め 恵 いきなり なぐるなよ・・・」
「だ だって 離さないって言ったのに・・・うッ・・・」
ボロボロと ありえないくらい 涙が溢れる。
幸せの絶頂から 奈落のそこに突き落とされた感じがする。
「嘘つきっ!」
玄関に向かおうと立ち上がったが
そのままになっていた 買い物袋が 足に引っかかり よろける。
「危ないッ」
ぐっ と 洋介の腕が伸びて 腰を抱きかかえた。
「勘違いするな 恵 おばさんの娘に一旦なってくれないと
その・・・
本当の意味で 俺の恵になれないだろう?」
「え・・・?」
「義妹じゃなくてさ・・・ 俺の 奥さんに なる気はないの?」
「洋介ぇ~~。」
「よしよし ごめんな・・・
お前 テンパってんのに 説明足りなかったよな
泣くなったら ほら 一緒にカレー作ろうか お腹ペコペコだし な?」
洋介がプロポーズしてくれた この日のこと きっと 私は忘れない
そうだ 毎年 この日はカレーを作って 食べさせてあげよう
食べる度に 洋介は きっと
「あの時は 痛かったよな~~」
と ぼやくに違いない(笑)
恵の章 終