7話 神の裁き
〔聖樹ファトゥム side〕
はあ〜、いろいろ失敗しちゃいました。あの会談、どこで間違えたのでしょうか?
後で先任様に呼び出されたとき、答えられないようだと、またお叱りが……。仕方ありません。記憶の保管庫できちんと検証しておかないと。
『魔法の鏡さん、お願い』
壁の一部がいつも通り水鏡に変化します。
……えっと、迷い人さんがこの里に到着した頃だから、この辺りでいいかな? それでは『再生開始』っと────
『聖樹様。件の人族を連れ帰ることに成功したと、森林警備の者より報告を受けております』
『ええ、ご苦労様でした』
うん、ちょうど迎えにやった子たちからの帰還報告を受けたところからですね。記録映像はここからでいいでしょう。
とはいえ、これ以前の外の状況もちゃんと把握してます。世界樹を通して、外の様子はずっと窺ってましたから。
外界を見通す力──それこそが、世界樹に棲まう妖精エルフの最大の強みなわけですし。まあ、根の周辺だけしか覗けないというのが難点ですけどね。
あっと、もちろん【世界の監視者】としてのお役目で、ですよ。世界で起きた出来事を記録することがエルフの使命なのですから。
はあ、でもよかったぁ。なんとか無事に到着してくれて。あの子達ったら、ずっと険悪な雰囲気だったから、ハラハラしどおしでしたよ。
まあ、何もなかったから良いとして、何かあったら……って、あ、これも叱られ案件になってたところじゃないですか? はあ、危なかったぁ。
いえいえ、そんなことよりです。
あぁ、素敵! 異世界からの迷い人だなんて、まるで物語のようじゃないですかぁ〜!! 夢みたいです。
このところお勉強ばかりで、ほとほと退屈してましたし。外の景色を観るのも厭き厭きしていたところです。
『聖樹様、謁見の準備が整いましてございます』
『では、館へ参りましょう』
あ、館へ移動する場面ですね。
いかに聖樹とはいえ、客人をあまりお待たせするのは失礼ですからね。うん、この判断は間違ってません。
とはいっても、このとおり、最奥の間へは一瞬ですからね。慌てる必要はありません。
お客さんを迎え入れる準備が整っているか、私の目でしっかりと確認しましたよ。ここも大丈夫。
ほんと滅多に使われないというのに、きちんと掃除してくれてましたねぇ。とっても綺麗。偉いなぁ、あの子たち。
あの部屋を特別に誂えた甲斐がありましたね。大切にしてくれて、なによりです。あっ、ここはきちんと褒めてあげるべきでしたね。迷い人さんと今回、初顔合わせということもあって、そちらにばかり気が行って、うっかりしてました。
ただ、お陰様で演出の方は、ばっちり用意できましたよ。魔法の御簾だって、ほら、準備万端です。
こちら側からはくっきり見透せちゃいますけど、実はこれ、向こう側からは薄い膜が掛かったように見えるんですよね。
これなら動揺がすぐ顔に出てしまう私であっても大丈夫。そうそう侮られることはないでしょう。これも問題なしと。
私の満足げな表情を、準備完了の合図と読み取ったかのように、館の者たちがいっせいに動き出してます。……ほんとあの子たちって、念話もできないはずなのに、毎回驚かされますねえ。
あ、迷い人さんが入室してきました。
案内の者に促されて、私の正面、少し離れた位置に用意された椅子に腰掛けます。ふふ。見るからに緊張してますねえ。
ふふふ、思念ダダ漏れ! この時からずっと、こんな調子で迷い人さんが考えてることが伝わってきてたんですよぅ……なんともこそばゆかったぁ。
ほら、くすぐったさを堪えた拍子に、なんだか相手を威圧するような形になっちゃってます。あはは、失敗失敗。
って、あれっ!? もしやこれが間違いの元だったのでは? 笑い事ではなくて。
あぁ、言い訳、うまい言い訳を考えなくては……。
いや、だって迷い人さんって、外見は大人なのに、まるで念話に不慣れな幼な子みたいで……まるで戯れつかれてるみたいで、なんだか微笑ましく思えてきちゃったんですよぅ。
そうです。だからこそ、ちょっとした悪戯心が。こっそり念話を繋げて、意味深風なメッセージを送ってみたわけですよ。
そしたら、思った通り。こちらの思念に反応して、いろんな思念が。
あ、いえ、これは相手の能力を探る大切な確認です。そうです。そういうことに致しましょう。
うーん、改めて今聞き直してみても、考えが後ろ向きになりがちな人ですよね。誤解を解いていくのは少し面倒でしたけど、まあ悪戯を楽しみながらでしたので、そこは、ふふふ。
いえいえ、違うんですよ。遊びじゃありません。そう、私が先々任様の口真似で説明したのにも、ちゃんとした理由があるんです。
聖樹としてはまだまだ見習い中の私が、対外的に取り繕うための、あれは私なりの工夫なんですから。
私にとって、聖樹様と言えば、普段から私の教育係を務めてくださってる先任の聖樹様なんですけど。対外的にはやはり、エルフの最長老にして、筆頭聖樹である、かの御方──先々任様というわけです。
その先々任様の口真似に加え、効果音とか、照明とか、それらしい厳かな雰囲気作りだって、手を抜いてません。あの最奥の間の機能を存分に発揮するよう、ばっちり仕込んでもらったわけですし。
上に知れたら、叱られる懸念はありますけど、そこはなに、平気です。一対一の念話なら、口真似なんて周りには伝わりませんからね。
ウッドエルフの子たちには、私たちが無言で対峙しているだけにしか見えなかったでしょう。
でもそろそろ側近たちは、私が念話で話し掛けてたことに気づいたようですね。
まあ、それも当然ですか。こうして見る限りでも、迷い人さんの思念って、私以外にもダダ漏れのようですから。
それにしても、本当に念話できちゃいましたねえ……人族のはずなのに。
やはり、あのへんてこな身体のせいでしょうか? まあ、下手ですけど。もの凄ぉ〜くぅ下手ではあるんですけどぉ。
でも、なんでだろう? なんか面白かったな。
念話が拙い幼な子であれば、あんな風に言葉がポンポン出てこないですし、そもそも考え自体にまとまりがありません。
でも、迷い人さんの場合、全然違います。ちょっと風変わりではありますけど、そこそこ大人の考えがあるようですから。
私が説明するたびに、湧き出るような思念がこちらへどんどん流れ込んでくる不思議な感覚でした……あれっ!? おかしいですね。思念は読み取るものなのに、流れてくるなんて?!
あぁ、でもあんなにも気軽にお話ししたのって、久しぶりだったかも。聖樹に選ばれてからというもの、親しかった子たちからも敬語で話し掛けられるようになって……寂しいんです。
それにしても、迷い人さんったら、なかなか気付いてくれませんねえ。ふふ、おかしなことばかり考えてて。
ほら、男共がひれ伏すとかなんとか。
上司にしたい女性No.1だなんて、そんなこと一度も言われたことなかったですよぅ。
あわわ、理想だなんて、そんなぁ。やっぱり聞き違いではなかったんですね。
は、恥ずかしい。もう限界です。は、早く、種明かしして! もう、過去の私ったら。
やっとですか。ふぅ……ふふふ、あの人ったら、まだ気づかずに辺りを見回していますね。
なにせ声色をがらっと切り替えちゃいましたからね。当然です。
しかし、見事に漏れ出てますねえ。
それになんだか変でした……。会話の合間合間に、迷い人さんの考えてることがすっと心に染み入ってくるんです……その余韻が、うん、すごく気持ち良くて……ああ今思い出しただけでも……あぁん、感じちゃ、きゃっ! やだぁ。いや、違うんです。
ふぅ、あの時も一瞬焦りました。もしかしたら心が同調しすぎた結果、私の思念まで外に漏れ出てしまったのではないかと……。だ、大丈夫でしたよね?
側近たちは無表情に見えます。うん、大丈夫でしょう。
迷い人さんったら、何気に同調しやすいから注意しなくちゃいけません。多少は隠そうとしてたみたいですけど、ちょっとえっちな方のようですし……心の触れ方が特に、とにかく絶妙で。
これ以上触れられてしまったら、反応を抑えるのは無理そうです。
なので、念話のコツを教えてさしあげたんです。というか、ちゃんと覚えてください。でないと、私……声が出ちゃう。
念話の練習をしてみると、これまたびっくり。
余計にひどくなっていくじゃないですか。
それに、妄想までどんどん膨らんで……ほら……きゃっ……すごっ。
これは、なかなか……いえ、なんでもありませんよ、なんでも。
ああ、そうなんですよね、その指摘は確かに……ええ、御簾越しの念話は、初心者には無理があったかも。これもダメでしたか。いやいや、御簾は……う〜ん、難しい問題です。
一時はなんとか煙に巻くことができたと思ったんですけど……更なるツッコミ! 一見すると緩やかなのに、この鋭い突きは!? なんか……ぃぃかも。あ、いえいえ。
あぁ、側近たちが騒ぎ出しましたね。
あーはいはい、そうですよぅ。エルフ社会でも、初めに名乗り合うのが当然の礼儀ですから……は〜ぁ、やらかしがここでやっと判明したわけですよね。
しかも、側近たち皆して、私のせいだって言ってますし。ズルいですよぅ。確かに渉外上のミスって責任重大ですけどぉ。誰も被りたがらないのは分かるんですけどもぉぅ。
あぁ、これは無理。絶対、先任様からの叱られ案件じゃないですかぁ。
ただ、あの場はきちんと非礼を詫びて正解でしたね。私の傷を少しでも浅くするためにも。もちろん御簾を上げ、皆にも頭を下げさせましたし。
とかくプライドの高いエルフですから、内心嫌がっている者もいたことでしょう。でも、有無を言わせませんでした。こうなったら一蓮托生。問答無用ですから。後で一緒に叱られましょうね。
若干一名、あからさまに毒を吐いてましたが……あれは、いつもの事なので忘れましょう、ええ、そうします。
当の迷い人さんはといえば、今こうして見直してみても、こちらの覚悟が馬鹿らしくなるほど、軽く受け流してくれてますし。挙げ句の果てには、反対に謝られちゃいましたし……。なんか調子狂いますね。
まあ、本気で気にしてない様子なので、大丈夫そうですか。
お人好しすぎて、交渉には向かないタイプの方のようです。でも、なんだかほっとさせられます。
【通り名】や【妖精名】をお伝えしたのですけど、この人なら【真名】を明かしても問題ないとすら思えてしまうところが不思議。初めて会ったばかりなのに……。
というか、この通り名こそ問題なんですよぅ。ほんと嫌いです。
ファトゥム──【神の裁き】なんていう意味の、こんな厳めしい通り名って、どうなんですか!? おかしいでしょ? 普通こんな可愛げな乙女に付ける名前じゃないですよ。ほんとおかしいんです。
もちろん真名の方は、蜜月な関係でないと明かさないのが決まりですからぁ〜、ここでは仕方ないんですけど〜。
そうです! 良いことを思いつきました。
同伴契約すれば、いいんじゃないでしょうか? 私の旦那様になっていただけたら! しちゃいますよ、同伴契約。
いやいや、なに考えてるんでしょう、私ったら。
そう、まずは魔法契約からですよね。何事も順番です。
でも、見習いとはいえ、仮にも聖樹が魔法契約するのは、さすがにまずいんでしょうね。反対……されちゃいますよねぇ、やっぱり。
まあ、今はとりあえず、もう少しお近づきに。
歓迎の意をお伝えしたところで、こちらに協力の意思をみせてくれてますよ。ほらほら、会談の方は概ね成功じゃないですか!? 結果的にはイケてますよ! 大丈夫でしょう。
それはそうと、変に畏まった感じではなく、こんなにも普通に柔らかく接してくれる人……こんな人とは、今まで出逢ったこと無いかも。あぁ、優しげなのに、少し陰のあるお顔……。
もうだめ、画面で見ているだけで限界。これ以上は……でも、がんばれ私!
慌てて世界樹の中に逃げ込んでいますけど、なんとか外面だけは取り繕えましたかね? あぁん、それにしても私の意気地なし。もっと一緒に居たかったのにぃ。
あ、そういえば、逃げ込むというイメージをきっかけに、ついつい二人だけの逃避行を妄想しちゃって……。
『それっていいかも。むふっ、にゃはっ、ぐふふっ』────
『あーーーっ!? 停止、停止! 即、再生停止!! 漏れてるから。めっちゃ漏れてるからーっ!』
あぁんもお、側近たちからどん引きされてたじゃないですかぁ。
『魔法の鏡さん、もう結構です』
瞬時に水鏡から切り替わった壁。静まりかえる部屋。
もぉう、皆っ! こんなに漏れてるのに、なんで誰も教えてくれなかったんですかっ? 超恥ずかしいじゃないですかぁーっ!!
はっ! もしかして……これが一番の失敗では!?