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35話 ほんと厄介ではあるな

〔勇者アリエル side〕


 もうしばらくすると町か。


 短い間だったけど、こいつともいろいろあったよな。今思い返しても……ふふ、笑える。


 昨日一日だって、ほんと盛りだくさんだったもん。


 そう、あの時も──




 落ち込むあたしに気を遣って、連携練習をしようと言ってくれたあいつの誘いに乗った。


 だったら、こいつの好きな熊でも狩ろうかと提案してみたんだが……。まさか熊が怖かったとはねぇ。


 熊肉が好物なんじゃないんだ!? へえーっ。


「ほらっ、さっさといくぞ! さっさと」


 別に意趣返しとかじゃねえぞ! 仮にもあたしは勇者だからな。これもあいつの心の古傷を解消してやるためだ。


 しかし、こいつをこれほど恐がらせる熊って、一体どんなだ? そっちの方が気になる。龍みたいな化け物じみた強さしてんのかもな。


 まあ、ここらの熊はこのとおり、南国だけあって、小型でおとなしい……無手でどうとでもなるくらいだしな……あらよっと!


 それにしても、遅いな……まさか、長文詠唱でぶっ放す気じゃねえだろうな? 勘弁しろよ、こんな熊っころ相手に大魔術とか……おいおい! まさか、あたしごと焼き払うつもりじゃ!? こないだの仕返しに。


 なんて考えてたら、合図が来た──は、早く、ここを離れなキャッ!


 う、森が焼き払われる……なんてことはなかったけど、なにあの威力!? 確か……「ウォーター」とは聞こえたけど。水魔術には違いないんだろうけど、おかしくない? それって、初級魔術だろ?!


 聞き違いか!? 耳でもおかしくなったか? それとも、目の方か……。


「危ないだろ!」なんて言ってきやがるもんだから、つい同意しちまった。


 あーーー、なんなんだろうな?! このどうにも話が噛み合わない感じ。


 あ〜あ、そんなことより、こりゃだめだ……心の臓、切り裂いちまってるよ。


 熊のやつ、かわいそうに……大して旨くもないこんな時期に殺られちまって……。練習の相手が済んだら、背中の脂肪を軽く削ぐ程度で、逃がしてやろうと考えてたんだけど。


 町までまだ距離があるってのにぃ。こんなにも大量の肉なんて仕入れちまいやがって、一体どうするつもりだよ?


 これじゃあ、ばらして吊るすにしても、血抜きが不十分になっちまうぞ。


 仕方ねえ。どうせ全部は食いきれないし、運ぶにしたって限界がある。できるだけ栄養の高いとこと、旨いとこだけ見繕って、後は放置だ。


 ……あ、ダメじゃん! 肉が、黄緑色!? 胆嚢破れちまってる……。くっそぅっ! 胆汁に触れた肉なんて、どう処理したところで食えたもんじゃねえぞ。あぁ、これじゃ貴重な肝も、心の臓だって台無しだ。使い物にならねえ。


 しかも、こんなにど派手に切り裂いちまったから、血に混じって広範囲に飛び散っちまってるよ。


 こりゃあ、冗談抜きで内臓周りほとんど、森の動物行きだな。下手したら、動物でも食わねえかもしんねえけど。


 ただし、だ。自分がしでかしたことの落とし前は、きちんとつけてもらうぞ。どんな結果を招いたのか、ちゃんと体で覚えてもらおうじゃねえか。せめて一口くらいはな。


 ……そうだよ。血抜きに失敗した肉、それも胆汁に触れた肉なんて、食えたもんじゃねえだろ? それだって、できるだけきれいに後処理してやった物なんだからな。わかったら、無闇に食材を傷つけるんじゃねえぞ。胆嚢と腸は絶対に破るな。おい、ちゃんと聞いてるのか?


 まったくぅ、料理の腕はあんなにも凄いっていうのに、貴族の奴らみたいに食材を粗末にしやがって。


 しかも、こいつ……散々、臭い臭いって騒ぐから、あたしが臭うのかと焦っただろうが! バカっ。


 ……あたし、臭くないよね!? ちょっと念入りに、からだ拭いとこ。


 とりあえず、肉は燻製にしちまうしかない。幸いにもこの辺には燻製に適した木なんかも豊富だし。


 さて、どのウッドチップ使って燻そっかなぁ。


 強い薫香から、ちょっと距離を置きつつ、燻されるのを気長に待つ。


 はあ、また湯浴みしてえな。勇者の叙任式前に教会で初めて入れてもらったけど、あれは最高だった。


 ここも暖かい地域とはいえ、さすがに昼間じゃないと、まだまだ水浴びする気にもなれないし……。


 ちょうど燻し終わったところで、こちらを凝視する視線を感じた。


 冗談のつもりで「さては、あたしに惚れたな」なんて言っただけなのに……まさかあんな真顔で「うん」だなんて!? あんた、恥ずかしくないの? そんな、そんなこと言うだなんて……バカばか! なに考えてるんだよ?


 余りにも恥ずかしくって、どんな態度を取っていいのか分かんなくなっちゃった……。もお、意味もなく燻製弄くりまわしちゃったじゃない。あれ!? 待って。あいつって「ううん」って言ったのかも……え!? どっち?


 悶悶としつつも、旅を再開した。


 それにしても、目一杯背負っての移動か。なんか行商人のところにでも嫁いだ気分……。


 しばらくすると、あいつは余程魔物のことが気になるのか、またいろいろと訊いてきた。


 二十年前……といっても、もちろんその辺はあたしだって人から聞いた話でしかないんだけど、聞きたがりのこいつには逐一丁寧に説明してやる。


 分かってんのかな? こいつ……訊けばなんでも、全て教えてもらえるってわけじゃないんだぞ。情報だって、ただじゃないんだから……あたしだけだからな。特別なんだからね。ちゃんと分かってる?


「ほんと厄介ではあるな」──魔物も、あんたも。


 魔物は倒すことができる。でも、慎重に戦わないと撤退を余儀なくされるばかりか、一つ間違えば、仲間だった者を殺さなければならないことすらも……。聖水や神聖魔術がなければ、どうにもこうにも切りがない。それこそ、いたちごっこみてえに。しかも、こっちだけ、じり貧だ。


 勇者になって、詳しい事情を知ることができたのはよかったけど、それによって、今度は……そう、ユニコーンの助力がいつまで続くのかが不安になってくるじゃねえか。


 だって、今の教会が光の妖精の加護を受けられるような立派な組織だとは到底思えないから……。孤児院で教会の裏側を見てきただけに、なんか釈然としないところがある……けど、今は背に腹は替えられない。


 あたしが頑張って、なんとかけりをつけないと。


 ……やっと完全にエルフの支配域の外側に出られた。妖精の森を出てからも、ずっと監視されてたな。ほとんど離れず、外周に沿って戻ってきたから、なんか気に障ったか? 今は少し緊張が解れたのを感じる。


 こちらは尊敬の念すらあるというのに、なぜかエルフからは敵意のようなものを感じてたし……。


 鮮やかな青い海が見えてくる。


 行きでは、このきれいな海に見蕩れ、ここから朝焼けを見たいなんて安易に野営地を決めちまった。


 この湿地を甘く見ていたんだ。いや、そもそも、気付いてすらなかった。まさか丘の真下まで湿地が続いていたなんて……あの忌々しい小さな吸血鬼どもに集られるまでは。


 普通、ブヨが夜に活動するか? 襲うか? 血吸うか? あ、血は吸うか。いや、でも、おまえらの活動時間は昼だろうに。


 お陰であんなところや、こんなところまで、痒いのなんのって! 危うく……いやいや、これ以上はだめ、教えない。


 それにしても、遅い。


「おい、なにしてんだよ? 置いてくぞっ!」


 あぁんもうっ!! 待ってらんねえ──『瞬動ヘルメス』


 あっはっはーっ! 虫め、集れるものなら集ってみやがれ!!


 ひぃ、ひぃ、はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅぅん……ぅん、んっ……。


 やっと息が整ってきたところで、質問されたことに答えているうちに、また痒みがぶり返してきやがった。いや、だめ……こいつが近くに居るのに。ああ、今思い出しただけでも……は、恥ずかしい。


 水が欲しいと思った途端、目の前に口の開いた水筒が差し出されていた。こいつのこういうタイミングの良さ、好き。


 それじゃ、ありがたく……んぐっ、んぐ、くっ、はぁーっ!


 しっかし、この水、まじでうめえな。こいつが【精霊水】とか呼んでるやつ……。


 あっ、あの痒みもすっかり引いてるじゃん!? これって、ほんとにただの水なのか? なんか疲労まで回復してるし……。


 え、あれっ!? 肌まで白くなってやしねえか? くっ、とぼけた顔しやがって。


 ああ、そうか。こいつの美肌の秘密って、これか! これなんだな。ふふ、そうなのかよ。


 でも、本当にいいのかな? こんな貴重な水、料理に使っちまって……。いや、そりゃあ、興味はあるけどよ。まあいいのか、こいつが食べたいって言ってんだから。しかし、もう腹減ってるのかよ?


 なら、野営地に着いたら即、晩飯の仕込み始めないとな。なにせ今日は熊肉と野菜の煮込みの予定だから。


 煮込むにも、味が染みてくるまで一旦ゆっくり冷ますのにも時間が掛かる。冷ましたのをまた温め直す時間も必要だしな。ただ手間さえかければ、断然旨くなるからいいけど。


 鍋を火から下ろして、ゆっくりと冷めるのを待つ間、思わず溜め息が口を衝いて出ていた。


 なんもかんもが無駄足だったもん。溜め息ぐらい吐かせろや的なことをぼやいたら、まさかの爆弾発言──いや、嬉しい方のだからいいけど。へへ。


 まさかエルフが妖精だったなんて!? だったら、聖樹様は妖精女王とかか? えっ、それは違うの?


 ふっひゃあ、ウッドエルフの寿命が、せ、千年! えっ!? あはは、エルフに至っては九千年って。それはいくらなんでも吹かしすぎ。


 でも、やったぁ〜。これならここまで来た甲斐あったよ。うん、十分すぎるくらい元は取れたぁ。


 そんなこんなしている内に、料理も完成した。


 おっ、味が染みてる、馴染んでる。


 よっしゃーっ! いい感じ。今年一番の出来かも!! ふんっ、ふふん! ふふんふん。


 機嫌がいいから、いっぱいよそってあげるよぅ。さあ、食べな!!


 うん、うん! ほくほく顔、いただきました。


 あたしに惚れるなよぉ。火傷するぜ! なにせ火のアリエル様だからね!! ふふふ、なんちって。


 ……『アーキア様、大天使アリエル様、いつも御加護戴き、ありがとうございます』


 おっ、あたしの食器や鍋まで洗ってくれたのか? 感心感心。てかっ、汚れがすっかり落ちてる。大したもんじゃん。


 食後も上機嫌でまったりした時間を過ごす。


 この辺は人里が近くなってきたとはいえ、街道らしい道もない町の反対側だ。盗賊だって滅多に寄り付きやしねえだろ。警戒だって楽なもんだ。


 これまで同様、起きてる必要なんてねえな……気配がしたら飛び起きる程度で十分だ。念のため、あいつにも言っとくか? ん!?


「おい、どこへ……いや、なんでもねえ」


 ああ、どうせしょんべんだよな。余計なこと言っちまうとこだった。


 ……ほらっ! 思ったとおりだ。すぐ帰ってきやがった。


 にしても──「男は早いな……もう出ちまったのかよ?」──やっぱ女とは違うよな。


 な、なんだよ!? 変な顔しやがって?


 それに、いきなりなんだ? あたしの得意な魔術なんか訊いてきて。火の魔術でも教えてほしいのか? もうそんな時間ねえっての。


 それにしても、こいつ……嫌なこと、思い出させやがって……。


 あれは一回限りなんだよ。そう、失敗したの。ロボス兄ごめんよぅ、せっかく貰ったやつだったのに……。


 火の加護? そりゃあ、誰だって欲しいに決まってる。でも、さすがに耐火装備整えて火山目指すのは、金銭的にきついってのもあるんだよ。なんせ支度金み〜んな、修道院へ渡しちまったしな、あはは。


 なっ!? しまったぁ! 油断した!! くっ……あれっ?


 なんだよ!? あんたの仕業か? びっくりさせんなよ。


 へえ、これが、火の精霊の加護なのかよ。へへへ、いいな。あんがとよ。




 ──そう、昨晩、こんなフザケた感じで、あたしは火の加護を得ることができたんだ。まあ、どうやら一時的なものらしいけどな。


 ほんとこの感覚……暖かくて気持ちがいい。心の芯から安心できるような……。


 あれっ!? ちょっと待て、これってまさか……あぁ、そうだ! 最初に森の中を一緒に歩いたときに感じたのと、おんなじだ。


 えっ、そうなの? つまりこれって、精霊の……火の精霊の加護の効果ってこと!? あいつから滲み出た大人の雰囲気とかじゃなくて……。


 ふふっ、なぁ〜んだぁ〜、あたしはてっきり……あはは、そんなわけないよな。うん、なかったわけだ……そっか、そうだよな〜。


 危ねぇ、危うくまた勘違いするとこだった。


 ふふんっ、なんだぁ〜、そういうことか。精霊のせいなのかよ? びっくりさせやがって。


 ふふふ、お陰で吹っ切れたぜ。これで心置きなく、勇者道を邁進できる。よしっ! がんばるぞ!!


 お、やっと見えてきたな。町だ。こっからは勇者の時間だ。

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