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31話 に、苦手ですけど、なにか?

 気持ち元気なさげなアリエルは、左手の薬指に填めた共鳴鈴を所在なげに触っている。


 別に責めたつもりはないんだけど……。


 どうにも居心地が悪い。


 そこで、そんなアリエルの気分転換も兼ね、連携の練習に付き合ってもらうことにした。


 なにごとも経験が大事だ。練習しておいて損はない。


 うん、でもね……だからといって、熊はないんじゃないのかな? 熊は!


「ん?! なんか不満そうな顔してっけど……」


「そりゃそうだろ」


「あれ?! だってあんた、熊、好きなんだろ?」


「え!? なんで?! ……いや、好きではないけど……むしろ……」


「えっ!? あ、そうなの? あたしはてっきり熊肉が好物なのかと……ん! まさか熊が怖いのか? 熊、苦手なんか?」


「うっ……に、苦手ですけど、なにか?」


 それにしても、なんで熊が好きだなんて思ったんだよ? あれだけびくびく怯えてたのに、わかってくれてなかったの? ちゃんと言っとけば、よかったの?


「ふ〜ん、だったら、尚更だな。そんなの早いとこ克服しといた方がいいだろ? あたしがいる安全な状況でさ」


 まぁ! アリエル様ったら素敵。なんて頼もしいの!! 好きになっちゃいそう。


 いやいやいや、駄目だって! 話が変な方向に向かってっから。熊は駄目。熊だけはあかんのよ。やつだけは……。


 お願いだから、もっと手加減して、違うので。


「ほらっ、さっさといくぞ! さっさと」


 なにか当てがあるのか、アリエルは地面や木の幹、それに枝なんかを確認しながら、森の中に踏み入ってしまう。


「キャーッ、置いてかないでっ! 一人にしないでぇーっ!!」


「あはは、結構余裕あるみたいじゃん」


 いやいや、こうやってフザケた振りでもしなけりゃ、怖くて一歩も踏み出せないんだからね……。


「ねえ、聞いてる? アリエルさん。もお、そういうとこだからね。頼むよう、大丈夫なの?」


 足早に駆け寄る。なにやら熊の足取りらしいものを辿っている様子のアリエル、その背後に隠れるようにひっついた。


 つうか、なんでわざわざ危険なものに近づいていくのさ?


「そんなに怖がるなって……たかが熊じゃねえか?」


「いやいや、熊は最強なんだぞっ! 俺の国では……たぶん」


「まじかよ!? もしかして、こっちの熊とは違うのか? へえ、そっか。でも、安心しな。この辺のはよ、魔物じゃねえ。ただの小型の南方熊だから、大したことねえって」


 えっ、そうなの? な、なんだよ!? 脅かしやがって。


 熊のプーさんみたいな、かわいいやつだったりするのかよ?


「でも、それだと、なんか狩るの、かわいそうじゃないか?」


「まあな。軽い練習相手だからよ」


 少し心が落ち着いたところで、アリエルから熊に相対するときの手順を教わった。


 アリエルが敵前に飛び出す際、ハンドサインを出す──と同時に俺が詠唱を開始……アリエルが牽制してくれている間に、魔術を放つ準備をする。それができたら、連絡用アイテム【共鳴鈴】で合図を送った後……一拍置いて、魔術をぶっ放すという運びとなった。


 まあ、なんのことはない。手順自体は基本どおりだ。別にそれはいいんだが……。


「おっ! こっちみたいだな」


 うっ、心の準備が整う前に、アリエルのやつ、熊の形跡を発見してしまったようだ。


「ここだ。見てみ」


 その痕跡を指差して教えてくれているみたいなのだが、俺にはさっぱりだ。普通の地面や樹木との違いが全くわからん。


 アリエルは立ち止まって、耳を澄ませたり、匂いを辿ったりしていたが、森の奥の方を凝視したかと思うと、静かに背負い袋を下ろす。そして、今度は音も立てずに歩き出した──それも、抜き足や差し足といったものではなく、ごくごく自然な足運びで。おぉ! 大したもんだ。


「少し間隔を置いて、できるだけ静かに付いてこい」──見事な足さばきに感心するあまり、アリエルが歩き出す前に、小声でそう告げてきた言葉が、今頃になって頭の中で意味を成した。あ、やばっ。


 こちらも慌てて行動に移す。


 スルスルッと前に出たアリエル。しばらく進んだ後、立ち止まって、茂みの先を指で差し示した。


 直後、ハンドサインで合図してきたかと思えば、あっという間に、熊の背後に。


「なっ!」──度肝を抜かれた。


 なんと剣で斬りつけるのではなく、背中に蹴りを入れやがったんだ。


『なにしてんだよ! あいつ』と思ったのも束の間、蹴飛ばされた方の熊はと言えば、激しく吹っ飛び、辺りの木ごと薙ぎ倒されていた。


 ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる黒い熊。その胸に白い斑紋が見える。


 鼻先だけが黄褐色で、毛足の短い熊を前にし、アリエルはまだ剣も抜いていない。


 悠然と構えたまま、熊の振り下ろした腕を平然と素手で受け流した。


 さすがにそれは!? と、ヒヤッとするも、その後も、熊の攻撃をなんでもないかのように──ひらりひらりと──あしらっている。その姿に呆気にとられた……。


 よほど余裕なのか、チラチラこちらの方へも視線を送ってきて……あっ、そうだった! すっかり詠唱忘れとった。


 違った! 詠唱も要らんのだった……えっと、水魔術の言霊は? っと……おっとその前に合図、合図……どうだ?!


 間髪容れず、アリエルが素早く熊から離れる。


 それを確認した瞬間、水魔術の発動キーとなる【言霊】を叫ぶ。


「【ウォーター】!」


 イメージしたのは、超高圧で圧縮された水のレーザーだ。


 一瞬にして一条のレーザーが熊の胸を貫くと、余程痛かったのか、熊が避けようと横に動いた──すると、体をずらした分だけ胴体がズバッと裂ける。それだけに留まらず、避けた勢いで上半身のみが慣性で停まらず、辛うじて繋がっていた脇が、蝶番となって捲れ返り、そのまま崩れ落ちた──ズッドーンという物凄い音と共に。


 あまりの重低音に腰が引ける。


 続く断末魔の叫び──その残滓だけが、いつまでも耳の奥に響いていた。


 はあ、はあ、はあ……それにしても、ふぅ……アリエルのやつ、なんてことしやがるんだ。


「危ないだろ!」


「まったくだ」


 危険を顧みないアリエルの行動をたしなめると、なぜか呆れ顔で返された。


「本当にそう思ってんなら、あまりにも軽率すぎるんじゃないか?」


「いやいや、あんたの魔術のことだろうが」


「いいや、魔術の話じゃねえよ」


「あん!? じゃあ、なんの話だよ?」


 あんなに馬鹿でかい熊相手に……。


 そうなんだよ! こいつが大したことないなんて抜かしやがるから、てっきりマレーグマの子どもくらいのを想像してたのに、ヒグマ、いや、グリズリー並にどでかい熊だったんだもの。それも、よりにもよって、そんなのと素手でやり合うなんて。


 無茶にも程が……あれっ!? 全然、余裕綽綽……だった、か?


「モシカシテ、コッチノヒトッテ、スゴク、ツヨイノ?」


「いやいや、あんたも大概だかんな」


 いや、俺のは違うんだって……おまえのはどう見ても、自力だろうけどよぅ。


 でもまあ、客観的に見れば、やはりそうなるか。


「さあ、こいつの血抜きすっから手伝え」


「えっ!? これ、食うの?」


「動物殺しといて、食わないわけいかねえだろうがっ! まったく」


 ですよね〜。どうせこれもまた、トラウマからの脱却に必要なことだとか言うんだろ? はいはい、食べますよ。食べればいいんでしょ、食べれば。


 うっ、熊さんと目があった。


 ごめんよ、熊さん……う、だからそんなに恨まないでおくれよぅ。


 さすがに一頭丸々は吊せそうにないので、四肢を切り落とした。もちろん、アリエルさんが。


 その後、胴体を吊すのに適当な大きさに切り分けていった。当然、アリエルさんが。


 うぅっ、ごめんよ。役立たずで……。


 だって、この小さな作業用ナイフじゃ無理だ……きっと……おそらく……いやたぶん……はいっ! やらせていただきますです。


 じろりとアリエルに睨まれて、反射的に頷いてしまった。こえーっ。


 まあ、仕方ないよな。この世界で生きていく上で、これも学ばなきゃならないことのようだし。


 見た目少女のアリエルに頼り切りでは、さすがに格好つかないしな。


 しかし、捌く様子にしても、かなり手慣れた感じだ。洗練された動きって、なんか惚れ惚れする。


 なんなんですかねぇ、この俺との違いは? なんとも男らし「ひぃっ!」


 今まで体験したことのないような凄まじい殺気──一瞬にして、森全体から音が消えた……。ひょえぇーっ。


「……あはは、さてと、お手伝い、お手伝い」


「……」


 あっと、いけね。お手伝い気分じゃいけなかったんですね。ちゃんとやります。やらされ……やらさせていただきますです。はい。


 こえーっ、ちょーこえーよ。この世界には熊よりもずっと怖い生き物が存在していた。そのことを魂に刻みつけられたよ。


 ちなみに、ちょっとだけ味見にいただいた熊肉は超不味かった。


「はあ、いくらなんでも、臭すぎるぞ! おまえ」


 二度と狩ってやらねえ。せめて美味しくあれよぉぉぅ。あれか! わざと不味くしてんのか? 食べられないために。


 襲わないよ? おまえなんか。


 おまえは凄く強いんだから、もっと自信持てよぅ! だから、肉を臭くすんな。余計なことするなっての。


 まあ、燻製にすれば、ちょっとはましになるそうだけど、燻すのにだって時間かかって、ひと苦労みたいだしさ。


 いや、それでもそのお陰で、燻製に使う樹木の種類とか、燻製の仕方なんかをアリエルから教えてもらえたから、まだいいけど。


「う、臭」


「臭い臭いって言ってるけどなぁ。それはあんたのせいだかんな!」


「えっ!? なんで?」


 アリエルによれば、血抜きの問題らしい。


 偶然とはいえ、水魔法で心臓を切り裂いてしまったのがいけなかったようだ。


 ヒグマよりも更に巨大な熊だけに、心臓を先に止めてしまうと、血抜きが不十分になるみたいで。それに俺がぐだぐだしていたのも悪かったのだとか。


 なんでも、血抜きさえ巧くやれば、癖は強いが、むしろ脂身は甘くて、旨味が強い肉なんだそうだ。


 冬の寒い時期、スープにすると最高らしい。


 すまん、熊さん。おまえのせいじゃなかった。俺のせいだった……申し訳ない。


 それにしても、アリエルって、ほんと料理上手みたいだな。


 こうしてほんの近くで、美少女が真剣な表情を浮かべ、てきぱきと料理してると、なんかドキドキすんのよ。ほんまに。


 俺の精神が保ちそうにないから、とにかく何でもいいから喋っておくれよぅ。おじさん、こういう美少女との沈黙には免疫ないから。


 かわいい見た目とちぐはぐな、いつもの喋り方が、なんだかほっとするんだよぅ。


 いやまじで、おまえ黙ってると襲われるぞ!


「よしっ! そろそろ、いいぞ」


 お、おぅっ、びっくりしたぁ!? 襲ってもいいのかと思った……。危うく勘違いするとこだった。


 黙ってたのって、単に燻製の出来上がりを見極めるためだったのか。


「なんだよ!? じっと見て……さては、あたしに惚れたな」


「う、うん」


「なっ!?」


「……って、ち、違グハッ!」


 気が弛んだ弾みに、思わず頷いてしまった俺。そこに、キツい一発……。


 それでもまだ怒りが収まりきらないのか、俺に背を向け、耳まで真っ赤になってぷるぷる震え、怒りを堪えているアリエル。


 あちゃあ、こりゃだめだ。あかんやつや。セクハラ研修でも散々言われてたことだもんな。


 おじさんにそんなこと言われたら、確かに気持ち悪いよね。いろいろと口に出さないようには注意してたのに。はあ、たった一言で台無しかぁ。


 なんか、ごめんよ。



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